流行わからないのは女子力にかかわる
一階の店舗はこの建物に入る際に一瞥した程度だったので改めてゆっくりみたい。
そう言えばゴンザレスは頷いてくれ、先導してくれた。
お客さんがいないことを確認して、足を踏み入れると店番をしていた人が会釈してくれた。ゴンザレスがいるので声をかけないでくれているらしい。
狭い範囲にずらっと並んだ色とりどりの生地に感動する。綺麗だった。生地に触れると繊維も様々、刺繍糸で綴られた細かなレース生地まであって値段を想像して指先が震えた。
「お客様はどんな注文をするの?」
「生地だけ買いに来るご婦人も多いですが、ほとんどはフルオーダーです」
「上にあった衣装の購入は?」
「希望があれば。ですが見本として使われることが多いようです」
なるほど、と思った。
私の服の購入というと両親の借金、自宅に訪れた職人との戦いでもあった。日常着として汚れてもいい古着をどうしたら手に入れられるのか悩んだ記憶がよみがえる。ここに並んでいる生地を見る限り、日常着には質が高すぎる。客は上流階級でいいのだろうか。
「一般の方はこられるの」
「・・・モリ」
ゴンザレスが困ったように振り返った。
黙って布と針を扱っていたモリと呼ばれた男性が顔をあげた。店番としての意見を聞かれているのだと理解して、うーんと視線は斜め上へ飛んだ。
「ほとんどメイド付の上流階級だけど、中流階級のお嬢さんぐらいまではよく来られますよ」
リメイクも受けてますからね、とモリは茶目っ気のある物言いをした。
私はドレスのリメイクがプロにしてもらえるならお願いしてしまうな、と自分の時を思い出す。
小さかった頃に作ってもらった高いドレス。寸足らずになって糸をほどいて裾直しをするもガタガタな糸。ドレス構造がわからずプリーツなどがぐちゃぐちゃになった苦い思い出だ。布が完全に足りなくなったドレスを鞄に作り替えたりするのも手探りで、本当に不格好な出来だった。
「奥様のお好みは?」
並んだ生地以外にボタンや宝飾品などの置かれた棚を見せてくれた。
アリサもどこか楽しそうにキラキラと輝くそれらを眺めていて、私も楽しくなった。だが豪奢なものばかりで正直なんとも言いづらい。
「最近はどんなものが流行っているの?」
「流行ですか。昔は権力あるお貴族様から流行ができてたんですが、階級がなくなると途端に流れが読みにくくなっちまって・・・もう蜂みたいなスカートは売れてませんね」
「あらあら、ではここでの売り上げはどんなものが?」
それにはモリではなくゴンザレスが答えてくれた。売上や商品の仕入れの報告はゴンザレスが受け取っているのだろう。全体をきちんと把握しているようで、彼は詳細を教えてくれた。傾向は様々、だがシンプルにいうと今までの伝統的なデザインや生地は死蔵しがちになっているとのことだった。
「最近の仕入れはコットン生地がほとんど、男女ともにめっきり派手なものは減りました」
「とくに女性は学生になることが増えてパーティに出なくなりましたからね」
「そう、彼女たち質素倹約なもんだから・・・流行っていうかとにかく無地でシンプルで楽なもの。クジラの髭なんてぜーんぜん出番がないですよ」
モリは嘆くようにそう言った。
アリサも補足するようにありのままの身体のラインを出すのがセクシーだという考えが広まってます、と言った。私からすると衝撃だ。それだけ皆バッスルドレスやコルセットが実のところ嫌だったということだろうか?
モリはその言葉を聞いてさらに大げさにため息を吐いた。
「とにかく薄い布一枚でいいんだ!とか言ってさぁ・・・。商売あがったりですよ。なんとかエドワードさんらが上手い商品作ってくれりゃいいんですけどね」
「あらあら、でも流行はいったり来たりするものだもの、また懐かしさを求めるんじゃないかしら」
気休めのような私の言葉にモリは期待薄です、と肩を落としていた。
流石にこれ以上は仕事の邪魔かと私たちは二階へと移動することにし、そしてその途中で先刻見学していた古めかしい衣装たちを再び目にした。思わず立ち止まる。モリが言っていたコットンではないシルクの生地だとわかった。
「この生地とかが余ってしまっているの?」
「ええ、金糸や銀糸を織った硬い生地は、あまりにも貴族的だと」
「そう、ミリオンで職人を囲っているといっていたけどもこれも?」
「はい、なので生産を止めるのはしたくないとのことで」
たしかに指で触れると硬い生地だ。ごわごわとしていて肌ざわりは良くないだろう。だがこの豪華で分厚い生地はやはり美しいと思う。素晴らしい職人を抱えているのだな、と私は感心した。そう言えばアリサとゴンザレスがどことなく嬉しそうに頬を緩めたように見えた。
「エドワード様自身が元は職人ですので彼らの扱いは上手いですよ」
「そうなの?」
「ええ、木工職人であり母親の扱う機織り機を作っていたとか」
聞いた話ですが、とアリサは笑った。
ゴンザレスが特に否定する様子もないので真実なのだろう。私は現在のキリッとスーツを身に着け髪を撫でつけた父親以上に威厳ある貴族のようなエドワードしか知らないので、木工職人と繋がらず、違和感を持ってしまった。
「エドワード様に詳しく聞いてみようかしら」
「是非そうしてみてください」
アリサは随分優しく微笑んだ。
私はその後も生地の縫製やそれに伴う職人がどの村にいるか、宝飾品の加工や原材料の仕入れがどこを経由しているかなどを聞いたりした。あまりに手広く範囲が広い。思っていたよりずっとミリオン商会とは大きいらしい。私の両親の借金を肩代わりするのに無理はしていないかと心配していたが、余計なお世話だったようだ。
一旦休憩にアリサがお茶とクッキーを用意してくれて、三人で一息をついた。
アリサとゴンザレスは遠慮して立ったままでいようとしたので、流石にこの状況で一人だけ優雅にティータイムというも居心地が悪いと二人も座らせた。逆にゴンザレスはどことなく緊張した様子で、太い眉毛が八の字になっていて申し訳なく思った。
大きな身体で小さなカップを扱うゴンザレスを見て、ふと私は気になっていたことを口にした。
「聞きにくいことを聞いてもいいかしら」
「どうぞ」
早々に添えられたクッキーを食べきりお茶も飲み干したらしいゴンザレスがティーカップを置いた。
「ゴンザレスって家名で聞いたことあるわ」
「はい」
「貴方は元貴族なのかしら」
言いたくなければ言わなくてもいいのだけど、とも付け加えたがゴンザレスは特に動揺を露わにすることもなく、口を開いた。
「血筋はもしかしたら、ですが名前がなかったので勝手に家名を名乗っています。いつか勝手に名前に使うなと接触があるかと思ったのですが、今まで音沙汰はないのでそのままですね」
「そう、なら呼び続けていいのね」
「はい」
ゴンザレスは平たんな声で家名ではなく、ただの名前だと明言した。
空気が気まずくなることもなく、私たちはただにこやかにティータイムを終えた。
それだけでゴンザレスという男性が非常に理性的で頼れる男性なのだと理解できる。エドワードは良い部下を持っているのだな、と私は少し嬉しくなった。
そして個人的に、込み入った事情があるかもしれない元貴族たる彼に親近感も湧いた。
貴族には家名があり、庶民に家名がない。
この国の原則はシンプルだったが、貴族という階級がなくなったのを良いことに勝手に庶民が家名を名乗ったり、エドワードのように店の看板名ミリオンを家名として名乗ることだったり、書類の上ではっきりとしない面倒は増えた。だがきちんとしたルールは未だ明確ではなく、おそらくはそのルールを決める側にゴンザレスという家名はあるはずだ。
「どこも大変ねぇ」
なんてことを嘯いて、私は紅茶を飲み干した。




