ミリオンに至る
父親の仕事を手伝いに行く通りがかりで、目立つお屋敷がある。
湖の向こうのお城みたいなお屋敷で、エドワードが生まれる前は王様が来たこともあるという話だった。
「テッド、あまりあのお屋敷に近づくんじゃないわよ」
「なんで?空き家じゃん」
母親は何度も注意をしてきたが、エドワードからしたら近づいたところで誰もいないのは知っている。同じく近づくなと言われる村の反対側に建っているお化け屋敷より余程綺麗な外観だ。
「売れるかどうかはわかんないけど、金目のものだってあるかも」
「おやめっ、あのお屋敷は貴族の別荘よ」
「貴族~?」
母親が顔を青くさせて声を荒げたのを、エドワード冷めた気持ちで聞いていた。
エドワードが生まれた時には身分制度はなくなっていた。
自分たちは職業の選択も住む場所も自由なのだ。村で生きていて身分を感じたことなどないし、貴族だって会ったことはない。
村長だって大昔は貴族だったとか言っているが、他より少しお金持ちなだけで自分たちと変わらないとエドワードは思っていた。村長の子供はエドワードより年上だが鈍くさくて会話も苦手な奴だったから、とてもではないが自分よりも偉いやつだとは思えなかった。
「夏になると来られるのよ、いいこと。絶対に余計なことをしないでちょうだい。私は庇えないわよ」
庇えないってなんだよ、とまるでエドワードが悪い事をすること前提の言い方だ。先ほどの金目のもの発言がいけなかったのかもしれない。
「親父はー?」
「木を伐りに行ったわ」
それもそうか、と自分も追いかけることにした。木を伐る作業はさせてもらえないが、運んだり片づけたりするのは手伝える。エドワードは弟たちの面倒をみるのが嫌で、どちらかというと父親の手伝いをするほうが好きだった。
春夏に木を伐って、冬の間に乾燥やら木工をする。古臭くてつまらない日常かもしれないが、それ以外の生活を知らないのも確か。漠然ともっと楽しいことがあればいいのにと思う。
行きがけに、話題になったお屋敷が遠目に見えた。
エドワードの家と比べると、見た目どころか素材からして違うのがわかる。
人の気配はないが、母親の言う通りならばもうすぐしたらお貴族様がくるのかもしれない。
エドワードは避暑地としてこの村が選ばれていることが誇らしいと同時に夏だけのためにあんな屋敷を建てたのかよ、と思った。
「去年も来てたのかな」
去年は母親の仕事や弟の面倒を見ることがほとんどで、父親の手伝いは薪割りばかりだった。
どんな人間があの立派な屋敷に相応しいというのだろう。
それが気になって、通りがかるたびにそのお屋敷を見つめるようになった。
「テッド、お前は暗くなる前に先に帰れ」
「わかった、親父は」
「何本か様子みて回ったら帰るわ」
そう言って親父は伐採するかしないかの判断のためにマーキングしている木を目指して森の奥へ歩いて行った。エドワードは大した持ち物もなく身軽なままに駆け足で帰路につく。木が減り、森を抜ければ眩しいほどの日光だった。なんだまだ結構明るいじゃんと思った。
「えっ」
湖の近くを走り抜けていく際に、向こう岸に人影が見えた。
最初は動物だと思った。だって小さくて丸かったから、鹿やイノシシの子供が水を飲みに来たのだと二度見した。だが、しゃがみこんでいる小さな女の子だと気づいたのは、その子が金髪だったからかもしれない。
いや、ただの金髪で驚くことはない。エドワードの目を惹いたのは単純に鮮やかで美しいと思ったからだった。白いエプロンドレス、白い肌、金髪、水面の反射があるからか、ひどく輝いて見えた。
「あれが貴族かぁ」
村の人間なんて、どいつもこいつもくすんだ色彩をしていて、自分だって茶褐色の髪であるし日に焼けている。金髪は貴族って村の大人が口をそろえていうが、それは髪色のことだけでなく、その衣服や肌さえ磨き上げられて輝いているのがわかることを言うのだろう。
呆気に取られて離れた湖の向こうを眺めていると、少女を迎えに来たらしい、これまた綺麗なドレスを着た女性が、まるで幽霊のように静かに立っていた。日傘を差していて顔は見えないが、きっと彼女も美しいのだろう。
危ないから離れなさい、といったところだろうか。それはそうだ。あんな綺麗なエプロンドレスで水辺の縁をうろうろするもんではない。エドワードは自分と弟なら靴も服も泥だらけにして母親に怒鳴られるだろう。
何故だかエドワードはそんな光景をずっと見つめてしまっていた。
茫然と立ちっぱなしで、向こう岸を絵本かなにかの物語を見るようにして眺めていた。
人影が消えて、空が明らんできたぐらいでようやく動き出した。
エドワードは遠くのその人間が自分とは別種の生き物に感じられて、好奇心がくすぐられた。
夏しかいないならば、すぐ動かねばならない。
突き動かされるままにエドワードは次の日から湖の向こうを、そのお屋敷を観察した。
本来父親の仕事を手伝うべきかもしれないが、その本人に止められている。というのも、お貴族様が狩りをしに森へ入るということで危ないから来るなということらしい。なんでも父親や村の男たちで狩りの手伝いをするらしく、村はそわそわと落ち着きがない。
(ま、貴重な金づるか)
兎やら鹿やらの獲物をお貴族さまのために放ったり、森の中を案内したりする役目をするらしい。勝手に森を荒らされるよりずっといい。
遠くからみたが彼らも輝く派手な衣服を着ていたし、立派な体格と金髪をしていた。だが昨日湖でみた少女ほどの衝撃はない。
「・・・あ」
いた。
昨日同様に湖の近くでまるで絵画のような光景になっていた。芝生に白い敷物とバスケット、使用人であろう女たちと女性が優雅に紅茶を飲んでいた。
少女がいない。
一番目立つ存在がいない、と周辺を見回すと少し離れた湖の端で花の観察をしていた。じっと見つめていると少女が顔をあげて、エドワードを視界に入れた。
口をぱくぱくとさせて、笑顔で何か言ったのはわかった。小さすぎて聞こえていないけれど、エドワードは何か反応をしなくては、とヒラヒラと手を振った。すると少女も手を振り返してくれた。胸元の高さで、なんともお上品に。
「あ、あの」
エドワードは声をかけようと思ったが、一歩近づこうとしてぬかるみの泥が靴にかかった時に思った。こんな木くずや泥にまみれた格好で声をかけようなんて正気じゃない。
エドワードはひどい羞恥を覚えて足早にその場から去った。
家に鏡の一つくらいあっただろうか、エドワードは身なりなど気にしたこともない。
母親が汚い、洗ってこいという指示をするまで水浴びもしないのは駄目なのではないか。
狭い家の中、母親の私物である鏡らしきものを覗き込んでエドワードは初めて自分の顔をみた。
長ったらしい前髪はパサパサで、気づかない内に顔には泥がついていた。唇はガサガサで割れているし、顔面の美醜の判断はつかないが、あの少女のような清廉さや清潔感はないとわかる。
なんだか駄目な気がする。
だからといって、どうすればいいのか分からない。
とりあえず母親に言われる前に川で水浴びをした。少なくとも土埃は落ちる。
「あの子は、お姫様かな」
貴族にもランクがあったらしいが、そんなもの誰も教えてくれないので、貴族は貴族としか知らない。王様と王妃様。お姫様と王子さま。あとは偉い人。昔話に出てくるのはそれだけだ。
それから、彼女が見たくて何度か湖へ行ったが、見かけるときはいつだって使用人が傍にいた。エドワードの姿はいつも目ざとく使用人に見つかり、犬か何かを追い払うような仕草をされて、たまに別の使用人を呼ばれてしまう。
こちらを攻撃してくることはなかったが、牽制はされていた。
エドワードはその行いは正しいと思った。
彼女は大切に見守られているべきなのだと思った。
再び彼女の視界に入ってみたい気がしていたが、それが許されるのか悩む。
「テッド、おめぇ知ってるか」
「なんだよ、ソンチョー薪買いに来たのか」
「薪は今度親父が買いに来る、100は買うって言ってた。冬に備えるって言ってた」
「了解、用意しとく」
知ってるか、と言った癖にソンチョーは話が逸れてしまうと戻ってこれない。会話が終わったと思ったら言い忘れてた、と後で舞い戻って来ることはしばしばある。
俺は次期村長と言ってはばからない村長の息子は、揶揄いの意味で皆にソンチョーと呼ばれている。
「んで、なんなんだよ結局」
「お、そうだ。湖のお屋敷だよ。おめぇ知ってる?」
気取った態度で湖の方向を指差した。
「・・・屋敷は見たことある。お貴族様がいんだろ」
「そうそう、それだよ、なんか親父がさぁ、これ持っていけって言われたんだよ」
これ、と言って脇に抱えていた小包を見せつけてくる。それなりに重たそうな荷物で、ソンチョーはどこかに置いてしまいたいのか、机や椅子がないかエドワードの周囲を見回した。薪の積まれたこの場所にはそんなものはない。
「なんだそれ」
「なんか村で取ってるニュースペーパーとかそういうのだってよ。屋敷にゃ届かねぇから」
「それで親父さんじゃなくてなんでソンチョーが?」
この声に少しの嫉妬が滲んだのは致し方ない。少女の傍に近寄って見たくても、そんな理由も資格もないエドワードには羨ましい話だった。
「よく知らねぇけど、最初に暫く滞在するってので挨拶に来た時お貴族様に嫌な顔されたとかなんか言ってたぜ。それで親父びびっちまってよ、俺なら子供だから許されるし、使用人に渡すだけだからって」
「なんだそれ、じゃぁお前もたもたしないで行ってこいよ」
八つ当たりのように強い言葉を返した。よくみればソンチョーはいつものミートソース染みのある襯衣ではなくて、卸たての綺麗なシャツに磨きぬかれたピカピカの靴だった。それでもお貴族さまに敵わない恰好ではあったが、精一杯失礼のない装いだろう。
「だからそれが嫌なんじゃん、不敬罪?で怒られたらどうすんだよ、俺礼儀とか知らねぇし」
「・・・お前なんで俺んとこ来た」
愚痴を言いに来ただけではないだろう。本題に入れと視線で促してやれば、ソンチョーは悪びれることなく口を開いた。
「お前代わりにいってくれよ」
「はぁ?ふざけんなよ。こんな恰好の俺が貴族の前にでれっかよ!」
「俺の服貸してやるって、大丈夫!おめぇタッパあっからよぉ、黙ってりゃ俺よりちゃんとしてそうに見えるから!な?お屋敷でメイドに声かけて渡すだけだって!」
なんなら今度家からパンでも肉でも分けてやるって、なんて言い募ってソンチョーはエドワードを懐柔しようとした。エドワードはそれらの報酬ではなくて、まっとうな恰好で少女の前に立てるんじゃないかと、言いようのない期待が湧いた。つまるところ、引き受けざるを得ないのである。
渡されたソンチョーの高い服は、光沢があって滑らかなものだった。なんの素材かもわからない。体格は似たりよったり、突っ張ることもなく十分なサイズ感。鏡はないが、貧相な俺でも一丁前の人間に見えるのではないかと思った。
邪魔な前髪をかきあげて纏めれば、ソンチョーは瞠目していた。
「おめぇ顔良かったんだな、最悪だ!」
「お前、俺に頼み事してる立場なんだぜ、わかってんのかよ」
ソンチョーの渋い面を見ると気分が良かった。代わりに小包を持って、さっそく屋敷に向かうことにした。ソンチョーは調子よく手を振って見送ってくれた。
一歩足を進めるごとに、興奮か緊張か、頭に熱が上がっていく気がした。湖を越えて屋敷を目の前にすると、思っていたよりも大きくて圧倒されてしまう。鉄の門に阻まれて、玄関扉はもっと先、ノックすらできないがどうしたらいいのかわからない。
声をかけてみるのか、どこかに守衛でもいるのか。
庭師や使用人の一人くらいいるだろうと門の隙間から様子を窺っていると、木立の角から少女が見えた。
ばちっと音が鳴ったように思えたのはエドワードの勘違いなのだろうか。
視線が合って、狼狽える。帽子を押さえながら近づいてくる少女に、思わず逃げてしまいたくなったが、今の自分は人生で一番まともな恰好をしているのだと言い聞かせてふんばった。
「・・・」
「こんにちは、何か用かしら」
「こ、これを・・・荷物を渡しに来た」
小包を門の隙間から通そうとしたが、渡してしまったらもうそれでおしまいなのではないかと思った。惜しむ気持ちが手の震えに出た気がする。エドワードは中途半端に小包を宙に浮かせたままになった。
少女も手は出さず、少し距離を保ったまま声をかけてきた。
「あなた、前に見たことあるわ。村の人?私ステラよ。ステラ・エンテ」
「俺・・・テッド」
そのまま素直にエドワードと名乗るには、あまりにもどこにでもある名前すぎて恥ずかしかった。きっとステラの親戚にだって一人ぐらいいるだろう。それに、欲を言えばニックネームで呼んで欲しかったから、テッドと名乗った。
「その荷物はなぁに?」
「あの、これは」
首を傾げて尋ねるステラに、エドワードは急に片言みたいな喋り方になってますます顔に熱がこもった。
「お嬢様、近づいてはいけません。私が伺いますので」
ばたばたと走り寄ってきて、ステラを守るように前に割って入ってきたのはメイド服の女で、エドワードは睨むような厳しい目を向けられた。ソンチョーのいう不敬罪という単語が思い浮かんだが、エドワードはつばを飲み込んで俯かなかった。真っすぐにステラの姿を隠す女を見つめた。
「・・・その場に置いてください。荷物の中身は」
「ニュースペーパーだって聞いてる」
「・・・成程、わかりました。こちらをどうぞ。チップです」
「やった!ニュースペーパー、コラム小説の続き気になってたの!」
使用人がエプロンのポケットから小銭をエドワードに渡すのと同時にステラは嬉しそうに小包を拾い上げた。使用人はその行為を咎めるような表情になっていたが、仕方がなさそうに途中で諦めていた。
ステラは、小包を胸にエドワードへ笑顔で御礼を言って来た。
「・・・う、ん」
気の利いた言葉は何も浮かばなくて使用人にもらった小銭を握ったまま立ち尽くしていた。その使用人にはやくどっかに行け、と黙ったまま視線で促されて、エドワードは追い立てられた。未練がましく何度か振り返るが、ステラは一度手を振った後は小包を開封しようと夢中になって、使用人と手を繋いで移動していった。
最後まで使用人にエドワードがちゃんと屋敷から離れていくかをチェックされているのがプレッシャーで、振り切るように走って逃げた。
ちゃんとした格好でも、柵越しが限界かと思った。
使用人の服でさえ俺より上等だ、とかステラはあの歳で文字が読めるのか、とかぐるぐると考えた。
間近で見れたステラの笑顔に浮かれるばかりではいられなかった。
名前を胸に刻み込もうと何度も口の中で転がしたが、それだって家名があるという苦さが湧く。
貴族だとわかっていたのに、劣等感にも似た強烈な身分差を叩きこまれた気がした。
「金って、どうしたら稼げんだ」
握ったままだった手を広げて、渡された小銭を見つめた。
荷物を運んだだけの金。高いのか、安いのかで言えば高いはずだ。
「木こりじゃ駄目だ」
そんな言葉が出た。
父親の仕事がいくらになっているのかわからない。
木工や機織りがどれくらいの価値になるのかもわかっていない。
でもきっと足りない。
この村にいて、特別貧しいと思ったことはないが金持ちだとも思ったことはない。生活していくだけのレベルだ。
湖を隔てて、屋敷を見る。
立派な屋敷だ。夏しか使われない屋敷。
あそこには、ステラがいるのだ。
ステラとまた会いたい。
俺もステラの世話がしたい。
あの使用人の女が羨ましかった。使用人になるにはどうしたらいいのだろう。
そんなふって湧いたような疑問を、エドワードは身近な両親に尋ねることしか思いつかなかった。
「お前、村を出たいのか」
そんなつもりはなかった。
この村に屋敷があるのだから、当然村で働くべきだと思っていた。
そこまでの具体性を持った未来の話を考えていたわけでもなかった。だが父親は息子が将来を見据え始めた相談だと考えていたし、それは遠い未来の話ではないと思っていた。
「使用人ねぇ・・・。今のご時世、職業は自由だっつーけどよ」
父親にしては歯切れの悪い物言いで、傍にいた母親も弟をあやしつつ難しい顔をしていた。エドワードはなんともいえない居心地の悪さに、手元の木工作業を無心でした。手持ち無沙汰を解消するには木のやすり掛けが一番効くのである。
「使用人になるにゃ学校いかなきゃならんのじゃなかったっけ、母さん」
「地主さんにそのまま雑用で召し上げられるか、学校に入るかだった気がするわね」
「・・・学校、あるんか」
学校、と聞いてもいまいち想像がつかない。教会みたいなもんだろうか、と首を傾げた。
「学校はさぁ、あれも貴族の人らのもんだよなぁ」
エドワードに聞かせるというよりも、ぼやくように父親は言った。
「どっちにしろこんな田舎にそんなご立派な職業はないさね、都会にいかにゃ」
結局大したアドバイスは貰えず、ただ漠然と都会に行って立派にならねばならないということだけ理解した。確かに毎年のように年上の男たちが出稼ぎに行く光景は覚えがあった。大体はそのまま帰ってこない。ごく少数負け犬のようなボロボロになって帰って来ることがある。それはやっぱり夏の頃合いが多い気がした。
そうだ。よく考えれば夏にしかステラはこの村にこない。
夏以外はどこにいるのだろう。都会と言ってもどの街にいるのか、エドワードは詳しくなかった。村から出たこともない。ここから一番近い街だってわからなかった。
村にたまに来てくれる商人だって街から来ているのではない。
この村より大きいどっかの村だ。
知りたいことがあるのに、なんにもわからない。
自分で考えても、大人に聞いてもわからない。
エドワードは、曖昧さがすっきりしない気持ちを抑えて知識が欲しいと思った。
博識な大人がいて欲しいと思った。
湖の向こうの人間に聞けば、何かわかるのかもしれない。
エドワードは挑むように屋敷を睨んだ。
だが結局、ソンチョーの服を脱いだ自分が、再びステラの前に立つ勇気が持てぬままに夏が終わろうとしていた。
涼しくなってきた頃に、男手が必要だと村で手伝いを募集していた。
荷物の運び出しだ。馬車が何台も用意された。
エドワードは希望するも子供だからいらないと言われたが、関係なく押しかけて、村の男たちに混じって屋敷へ行った。すんなりと入れた。
その代わりといってはなんだが、コソ泥をしないかしっかりと見張られているのがわかった。金目になるものは荷物にはないと使用人が言ったが、エドワードの目から見ると十分価値あるものばかりに見えた。
きょろきょろと周囲を見てステラがいないか確認するが見えるのは使用人たちばかりだ。
「なぁ、この荷物ってどこに行くんだ」
「街やと。リュノの首都コンラーヴィタって知らんか坊主」
使用人は黙って仕事をして、と言いたげな視線を寄こすから、こっそりと荷物運びをしている男たちに質問をすると、そう教えてくれた。首都の名前は流石に聞いたことがある。エドワードは、貴族はやはり首都にいるものかと思って納得した。
結局ステラを見かけることはなく、その夏は終わった。
来年の夏までに、なんとかまともに金を稼げるようになりたくてエドワードはその冬はとにかく木工細工をたくさん作った。家族が驚くぐらいに薪割りも革づくりも真面目にして、それでもこれっぽっちの金もエドワードの懐にたまらなかった。
貧しくないが、余裕はない家庭だ。
働いたって家族に金は出さないし、金は村の中で回っているだけで、物々交換も多い。
(やっぱ村の外にでるしかねぇのか)
きゃーきゃー言って走り回る弟を適当に相手しながら、外に出る手段をいくつか考えた。
だが、その内の一つを早急に選ばざるえなくなるとは思っていなかった。
用は身売りだ。
その年の冬はつらかった。
思っているよりも例年よりも寒くて、皆が大量に薪を使って凌いだ。蓄えていた食料も皆尽きるぐらいにはギリギリだった。最後は持っている人間が食料も薪も分け合って、なんとか全員で春を迎えられたことを喜んだ。
冬が長くて、死人が出てなかったことは不思議なほどだった。
だが、浮かれてばかりはいられなかった。
冬が長かったせいで上手く育ってない植物が多かった、らしい。
農家の人間が村長と話し合っていた。子供のエドワードの許に詳細はこないが、ただよくない空気だけは漂っていた。
備蓄がなくなったということは、余裕がなくなったということだ。
この村は自給自足がほとんどで、商人だってそうそう来ない。補充をしなければいけないが、食料は自然が相手だ。早々上手くもいかない
「作ったやつ、全部出すけど」
「買い取ってくれるかだな・・・」
エドワードが冬の間に作っていた木箱やらを全部差し出しても、父親は難しい顔をしていた。そりゃそうだ。細工技術やデザイン、あらゆる点でただの箱でしかないものがそう高く売れるはずもないし、在庫を抱えたくない商人はそうそう買い取ってくれない。
「なぁ、乾燥させてた木材どうなってた」
「寒すぎたんだろうな、デカいのは割れてた。あとは凍って溶けてびしゃびしゃのも多かった。そのままじゃ売れねぇな」
大きい木材は都会で楽器だったり建築だったりで使うから、高く売れる。それが割れて小さくなれば、使用用途が限定されるから、安く買いたたかれるのは目に見えている。当てにしていた収入がない。両親の焦りは大きいだろう。
薪だって、自分たちの分を確保しておかないといけない。今年の冬も、もしかしたら去年以上かもしれない。今度こそ死ぬかも、といううっすらとした恐怖がついて回る。
「兄貴ぃー!今年も貴族くんのか?!」
「・・・来ない、らしい」
エドワードは言いたくもないことを言った。
能天気な弟が言った疑問は、つい先日エドワードも父親に投げたものだった。
親父たち村の男は、去年のように貴族の滞在と世話という多少の小銭稼ぎができるかもしれないと思っていたらしいが、なんとあの屋敷の売却の話が出たという。
ステラは、来ない。去年のあれが最後だったのだ。
一年経ってもまるで忘れられないのに、エドワードの前に再び現れることすらない。
妙に悔しかった。強烈な印象だけを植え付けて、エドワードだけが置き去りにされた気分だった。
勝手な思い込みだったが、胸を渦巻く執着だけはどんどん強くなっていく。
近隣の村も農作物があまり上手くいってないと聞く。状態は全体的に悪い。余裕のあった食料や衣類、その他もろもろも金のある都会のやつらが掻っ攫っていった。国からの支援はまるで期待ができない。
「今年の冬は、越せないかもしれない」
そんな弱気な言葉をエドワードの前で漏らしたのは、うっかりだったかもしれない。
それが余計に切実に思えた。夏なのに、妙に身体が冷えた。
真綿で首を絞められている。
「俺、奴隷商の馬車に載るよ」
ストックがねぇでごわす。




