2-5
「なっ!?突然チェンシー様のお姿が変わった!?」
元徳は初めてミスランの姿を見て驚く。
羽が生えた姿というのは現実世界では見ることがない。改めて女神の生まれ変わりなのだと感じた。
「チェンシーとミスランは一つの体を共有しあってるようだ。今はだいぶ馴染んだのか、お互い意識がある状態で変われる」
エシンがミスランの頭を撫でながら説明する。
「チェンシーも聞いてるから話すわ」
ミスランは椅子に座って話し出した。
――――――――――――――
「夏桀!!お願いやめて!!」
燃え盛る宮殿の中でワタシは夏桀の手を掴んだ。
「放せ、ミスラン!!俺を裏切る者どもを皆殺しせねばならんのだ!」
夏桀は幻聴に苛まれていた。あのアングラであった末喜の手によりおかしくなってしまった。
「ワタシの声を聞いてくれない…!あぁ、お願い…!殺戮を止めて…。龍の民達が苦しんでいるの。止めてよ!!」
末喜は夏桀に囁き命令させていた。黒い呪われた霧により龍の国の民達を洗脳しお互いを殺し合わせていた。
黒い霧が国を覆い尽くす。家々は焼け人々の叫び声が聞こえる。
そうしておかしくなった夏桀は群臣の手により処刑された。
都に向かい民達を助けようとした瞬間、足を掴まれた。
ワタシの足を掴んでいたのは、民だった。
血まみれの民はワタシの目を見て言った。
「何故…何故なの…か…女神よ…」
何故殺されなければいけないのか、
何故殺さなければいけないのか、
男の近くには女子供が死んでいた。
洗脳され殺したのだ。
「あ、あぁ…!!!許して…お願いよ…!許して…!こんな事を望んでいなかった…!王を決めればすべてが上手くいくと信じていた!!」
夏桀は、末喜に出会うまでは賢王だった。
王になる資格が十分あった。
ワタシが誤ったから…?夏桀を最後まで見なかった。
その隙にワタシの影であり妹であるアングラに付け入る隙を与えた。
ワタシがきちんと時の神の言葉を守っていたら
ワタシが絶対的な王を決めていれば,誤った選択をしなければ!!!
この人達は死なずに済んだのだ。
「あああああああああああ!?!?!?」
自分という存在を消してしまいたくなった。
ワタシが女神でなければよかったのだ。
女神になんてなりたくなかった…
何故こんな使命を与えたのか…!
「時の神…!」
ワタシは砂の国に行き、時の神の前に降り立った。
ワタシを作ってから会っていない。生みの親である神。
時の神の宮殿の中で1人玉座に座っている。
時の神は静かにワタシの顔を見つめてきた。
金髪の髪と青い瞳、人ならざる美しさを持った男とも女とも言えない容姿をしていた。
神の近くに行き、縋り付く。
「何故ワタシを作ったのですか…?ワタシは人間達を傷つけた…守るべき者達を殺したのです…!ワタシに罰をお与え下さい!」
時の神はただ無言でワタシを見つめる。その目には何の感情もない様に見えた。
怒りも憐憫も侮蔑も無かった。
あるのは無だけだった。
「そんな…」
神はワタシを見捨てたのか…?何もない神を見つめ呆然とする。
ふとワタシの後方に目をやるとワタシの思考は停止し叫んでいた。
「クルト!!!!」
巨大な狼、クルトは倒れており頭を抱き抱えると既に息が無かった。
傷だらけのクルトからどんどん血が流れ出ていく。
そんな…!嫌よ!あなたまで居なくなるなんて嫌…!!
ワタシはクルトの頭を抱きしめ絶叫していた。
全てが嫌になった。この世界に生まれ落ち、選んだ選択で全てが消えた。
自ら選んだ現実に心が打ち滅ぼされた。
「ミスラン」
声がした。
その方向に目をやると、1人の人間の少年が立っていた。
金髪の髪と青い瞳――――
すぐに時の神だと気付いた。
「時の神…なのですか?そのお姿は…?それよりも!クルトが、クルトが息をしていません…!お願いです!クルトを救ってください!」
「その者は自ら我に魂を捧げました。その対価に魂を別の運命へと導きました。その者はもう二度とその姿では生き返りません。我の力を持ってしても。」
時の神は、クルトを撫でた。その手つきは優しい。
「どういう事ですか…?もう生き返らない?」
「この姿での生の時間を止めたのです。そして別の魂の時間を選択したのです。器に入る魂は一度だけ。一度出て行った魂を戻す事は叶わぬのです。時間が戻らない様に、彼は別の時間を選んだのです。」
クルトの魂がもう、戻らない。
ワタシは何も考えれなくなった。大切な存在がこの世から消えた事実を受け入れれなかった。
「…クルトは別の姿となり、ミスランを救いたいのです。…それは我も同様に。」
時の神の言葉で理解した。
「生まれ変わりですか…?」
「ええ。そうです。我は随分前から神の身姿を捨てました。神のままいては全てがぼんやりとしてしまう。人間達の時の速さは我からしたら一瞬なのです。また人間達の感情が分からなくなっていったのもあります。なので今はこの様に。いずれあの器(玉座の神)も時と共に消えるでしょう。」
少年の時の神は以前の威厳ある姿ではなく可愛らしい。だが、あの青い瞳は美しいままだ。
「ミスラン、姿が違えどいずれ会えるのです。もう一度彼に。」
クルトに…会える…
だが、
「ワタシも…女神の魂を捧げます。もう、この姿では居たくないのです…!ワタシを…ワタシを解放してください!!」
涙がクルトの額に落ちる。
彼を死に追いやった事実は消えない。人間達をあの様な形で苦しめた事も。
光の女神は消えるべきなのだ。生まれ変わりではなく。
もうクルトに会えないと思った。
「…あなたは逃げるのですか?己の選択から。」
時の神は訝しむ。
「はい。あなた様から与えられた使命を守れなかった。ワタシは女神失格なのです…」
どんどん硬くなっていく彼の体を抱き締める。
ぬくもりが消えていく…生まれ変わりだろうとクルトとしての彼を忘れたくない。
なら、ワタシもワタシで居たくない。
それなら…違う魂でのワタシで会うべきだ。
役割を終えたい。そう思った。
「あなたの願いは分かりました。ですが、使命からの解放は約束できません。」
「何故ですか…!?」
「それが運命だからです。光の女神ミスランとして、生まれたあなたの。それをやめてはいけない。あなたはあなたの姿では無くなるが、あなたが選んだあの選択から逃げてはいけない。それが責任なのです。」
時の神は私の手を握る。
「我も責任を守る為、あなたを守れなかった事実を受け入れ運命に従いました。どんな姿になろうと、今度こそあなたを守りたいのです。」
強く手を握られた思いが伝わってくる。
私を作った責任により、神を辞めた。
だが使命は守り続ける。それはとてつもなく険しく苦しい選択だ。
あなたの様にワタシは強くない…強くなれない…!
でもいつか、自らの過ちと向き合えるのなら…
「分かりました…。使命は守ります。でもワタシを、別の姿にしてください。」
時の神に願い出た。
光の女神を殺し、新たな魂へと生まれ変わる。
「…最後にアングラはどうなったのですか?」
クルトの体から感じる僅かな闇の力の残影に気づく。
「クルトが存在を消す所までは追いやりました。ですが…いつかまた復活するでしょう。女神の影だが、あの者は力を得てしまった…。我はあの者を倒さねばならない。自らが作った存在だからこそ…」
時の神は苦しそうな顔をする。
責任は時の神にもあった。
そして、時の神はワタシの顔を見つめた。
「あなたに次会うときは我ではない者でしょう。我の記憶があるのかわかりません。…ですが、どうか信じてください。必ず守ると。」
小さな男の子となったワタシの生みの親はワタシを抱き締める。
「何故…ワタシを作ったのですか…?」
抱き締められながら次第に光が辺りを覆い出す。
柔らかく綺麗なこの光に身を委ねたいと思った。
「世界の為、とは聞こえはいいですが…我も1人は嫌なのです。我と共に時を同じく過ごしてくれる存在がいて欲しかった…ただの自分勝手な思いからです。あなたを苦しめた事を申し訳なく思っています……。」
少年の目から一筋の涙が流れたのを見たのを最後にワタシという存在は居なくなった。
ワタシは気付くべきだった。
あの神から愛されて生まれてきた事に。
これが、運命なら受け入れるべきだ。
光の女神として、この世に生を授けられたのだから。
そして,子どもの頃のチェンシーの叫びを聞いてかつての自分を思い出した。
クルトを亡くした時の自分と重なる。
あぁ、この子を守りたい!と強く思ったのだ。
もう一度、許されるのなら光の女神としてこの世界に出て行ってもいいだろうか、
時の神…クルト…ワタシを守ってくれた様に、ワタシも守りたい存在ができたと強く思った。
――――――――――――――
「時の神の生まれ変わりは、マーフヴァルドよ…。そして彼は、アングラの手により侵され始めてる…!西方から嫌な気配が増してきてるの!」
光の女神は苦悶の表情をする。
「それは、非常に不味い事ではありませんか!」
元徳は立ち上がる。
「二神を殺す力を持っている者にあの悪の女神が取り込んで仕舞えば、太刀打ちできるものがいなくなる!こうなると解決策などありませんよ!」
焦りからかいつも冷静な元徳が声を荒げる。
「あぁ、分かっている。だから、考えるんじゃねぇか!この先の事を!」
エシンも声を張り上げた。
みな緊張した空気となる。
「…私はマーフを信じたい。」
光の女神からチェンシーに戻り呟く。
「アングラになんか負けるものですか…!彼を元に戻せれば、アングラを何とかできるかもしれない。」
「チェンシー様、アングラを倒すには宿主を殺さなければいけません。それを意味する事は…」
「やめて!!…マーフは殺させない…!どんな手を使ってでも…!」
手が震える。最悪の場面を想像してしまう。
マーフの顔が思い浮かぶ。子どもの頃から私を支えてくれた。最後に会った時に震えながら抱きしめられた事。
マーフは多くのものを私にくれた。
彼を救わないとダメだと思った。
「…敵は俺たちを胸糞悪い方法で倒したいようだ。だが、一つ見誤った事がある。チェンシーと光の女神、両方を敵に回した事だ。あいつはこいつを傷つけない、そう俺は思う。」
エシンが私の肩に手を置く。
その言葉でエシンの顔を見上げた。
「まずはあいつを信じることからあたるしかない」
真剣な目で私を見つめる。
エシンはマーフを信じてくれた!
「ええ!目を覚ましてあげましょう!」
肩に置かれた手を握る。
今はこの道しかないと思った。




