幕間
安禄山が洛陽を落とし間も無く天宝帝が、長安から逃げて行く道中の事――――――――
反乱軍は東の都・洛陽を占領し、さらに西へ進軍。
このままでは、皇帝も捕まってしまうと思い急ぎ蜀に向かっていた。
天宝帝は楊貴妃を輿の中で抱きしめながら青ざめた顔で居た。
「あぁ…何故この様な事に…」
弱々しい皇帝を貴妃は支える。
「殿下、お気を確かに。貴妃がそばに居ますからね」
老帝はその言葉に甘えるかの様に貴妃を更に抱き締める力を強めた。
内心貴妃は苛立っていた。
養子にした安禄山がいつの間にか力をつけ裏切っていた事。楊一族に楯突き害を成そうとしている事に。
安禄山め、せっかく取り立ててやったのに。何が新たな皇帝だ!お前は少し前まで私におしめを付け遊ばれていた男だろう。アングラは爪を噛む。
もう、この体も限界かもしれない。
そう考えた。
突然、輿の後方から騒ぎが聞こえてきた。
「この橋を今すぐ落とすのだ!!少しでも反乱軍の手を遅らせる為にな!」
又従兄弟の楊国忠が、今渡り終えた橋を落とそうと兵士に命令する。
「しかし!この橋を壊してしまうとこの辺りの農民達は町へ補給出来ず飢えてしまいます!それにこの川を橋により堰き止めてしまうと農地にまで影響が…」
「ええい!口答えするな!!!お前達は黙って私の言う事を聞いていろ!今は農民よりも殿下をお守りする事が優先だろう!」
楊国忠は、進言した兵士を剣の鞘で殴った。
攻撃を受けた兵士は崩れ落ち他の兵士達が支える。
あの男、騒ぎを起こしよって。橋一つ壊した所ですぐに追いつかれるわ、と輿の中から見ていると天宝帝が外に出た。
「辞めなさい。民の生活を脅かしてまで私は逃げたくはないのだ。それにここまで戦乱が起こった時に民の避難経路を断つ事はあってはならん」
天宝帝の注意で、楊国忠は驚き傅く。
兵士達は王の言葉に敬意を示した。
ここに来るまでに長安にあった宝物庫を避難する前に楊国忠が焼き払おうとしたが、王がそれを止めていた。
戦乱に乗じてきた賊が宝を手にしなければ、今度は民を襲う事になると言って宝をそのままにしたのだ。
こんな時にまで民を思える。王としての器はあったのだ。
《殿下…!》
アングラに取り込まれている玉環が反応した。
慕った王の姿に感銘を受けていた。
みなこの瞬間までは天宝帝を敬った。
虫唾が走る。
姉様が求めた絶対的な善の王などこの世にいない。
賢王であったとしても、彼らは人間だ。
うつけの王であればどんなによかったのか。
1人の女のせいでこの王は愚王に堕落した。
欲はあるのだ。人間には。
その証明を見せてくれよう。私の手など出さずとも。
「殿下!!!今すぐ橋を壊してください!!そうでなければ反乱軍がもうすぐそこまで来ているのですよ!?私達は殺されるのですよ!?」
玉環の姉の1人がヒステリックに大声を上げた。
玉環が入宮する前までは、殿下の寵妃として取り立てられ、今は楊国忠の愛人をしている。
あの性根の悪い女だ。
他の姉達も同じく声をあげだす。
「そうです!!いずれここも戦乱になるなら橋だっていつかは壊されるんです!」
「農民など捨て置きましょう!!あぁ!屋敷だって捨てた私達の方がどんなに哀れか…!農民の事など考えてる場合ではありませんわ!」
彼女達が口々に自分勝手な事を言う事により周りの兵士たちの目つきが変わって行く。
「殿下!!この者達の言う通りです!今は民達よりも御身の事を優先してお考えください!!」
楊国忠が天宝帝に近寄り大声を出した瞬間、女の金切り声が辺りを埋め尽くす。
「ぎゃあぁあぁあぁあ!!!!」
兵士の1人が玉環の姉を刺し殺していた!
「お前たちのせいで!!お前たちのせいで俺の家族は!!」
1人が動いた後、他の兵士達も次々に女達を襲いかかっていた。
「何をしておるのだ!!!やめろ!やめたまえ!!」
「この戦乱を起こしたのはお前だろう!楊一族だろう!!俺の村は戦乱で焼け野原にされ無くなった!死んで償え!!!」
「お前達が遊び耽っていた間に税で苦しんでいた者達は誰だと思っているんだ!!」
楊国忠は何人もの兵士に襲われていく。そしてただの肉塊へと変わった。
「な…なんと言う事だ…。この恐ろしい光景は…私のせいなのか…?」
天宝帝は家臣に守られながら輿の中に戻される。
「あぁ…!!貴妃や…!お前だけでも必ず守るぞ!」
輿の中にいた貴妃を抱き締める。
《姉様達……》
玉環の感情が流れてくる。自分達一族が好き勝手してきたつけが今返ってきているのだ。
民の事を考えず、豪遊し戦乱を起こした。
また玉環は一族を諌めもせず放置してきた。何もかも流されてきた。その結果である。
この女の中に入った時から玉環の罪は既に確定していた。アングラが愚王を誑かした結果でもあるが、楊一族の慢心は元々人々を苦しめていた。
アングラの力など関係無く、この人間達は愚かな行為を既に起こしていた。
そして――――――――
「殿下、今すぐ楊貴妃を処罰してください。この戦乱の元凶はその女だ。民を思うなら今すぐに身柄を渡してください。」
家臣達が天宝帝に告げた。
「なっ…ならんならん、ならん!!!貴妃は絶対に渡せぬ!!貴妃だけは!」
ブルブルと天宝帝は震えながら貴妃をより一層抱き締める。
「王よ、このままでは民達が納得しません。楊一族を根絶やしにせねばこの反乱は治りません。そうなった場合…あなた様の命も危なくなります。」
殺意のこもった目を私に向けてくる。
どうしようもなく憎しみを募った場合の行動、同族殺し。
それが数千年前アングラが最初に人間に教えた事だ。
それを今、私にしようとしてきてる。
やはり…人間は愚かだ。
「それは…それは…!!!」
天宝帝は、徐々に貴妃を抱きしめている手の力が抜けて行く。
「殿下は王であらせられる。国のため、この女のために王朝が崩されてはなりません!女1人差し出すだけです…!」
「王よ!ご決断を!!」
家臣や兵達が頭を下げた。
天宝帝の手は楊貴妃の体から離された。
絶対的な善王など、この世にいない。
そして、自らの命と天秤にかけた時完璧な愛など無いのだ。
「貴妃を…連れて行くのだ…………すまない」
楊貴妃はすぐに拘束され連れて行かれた。
天宝帝はその場に崩れ落ちる。
《殿下…》
玉環は、天宝帝の名を呟いた。
家臣に連れられ、人気のない泉の前にきた。
「あなた様個人に恨みはありません。ですがお許しください。この選択肢しかないのです。どうか…お許しください…」
家臣の1人が貴妃の首に手をかける。
アングラは考えた。争う術は持っている。だが、玉環の体を奪っていた時間は玉環の罪では無い。
死の瞬間ぐらいはこの女から私が肩代わりしてやろうと、思った。
流されるがままの女を見て可哀想だと思った。
叔父や家族に汚され、姉達にも集られ
初めての夫となった者も守ってくれず、自分の父親程の老王の寵妃となった哀れな女。
(あなたって可哀想ね。)
初めて出会い黒い霧の時に思ったのだ。
女は私を憐れんだが、自分の境遇を憐れみたくなくて、自分を可哀想などと思いたくなくて他人を憐れんで誤魔化していた。
可哀想な女。
私に少し似てる女。
「お前達の選択はいつだって愚かだ。だが、愚かである事を許していかなければ誰が救える?神など…祈ったとて助けにはこないのだから…」
光の女神の様に私は綺麗では無い。
愚かさを受け入れなければあの純真さは毒でしかない。
いつだって正義でいられるわけがないのだ
涙を流す家臣の手に力が籠り一気に呼吸が出来なくなった。目の前が真っ暗になった。
―――――――――――――
黒い霧となった私は空を漂う。
地上は戦火と人間達の争う声が聞こえてくる。
どんどん世界が汚れていく。
恍惚とした気持ちになった。姉様が綺麗なままの存在なら私は何?
汚れたままいなきゃダメ?それなら他も汚してやる。
汚して汚して汚して、みんな同じになればいい…!
ふと気づいたら長安に辿り着いていた。
そしてある屋敷に気づく。
チェンシーの家だ。
潜り込むと男がいた。チェンシーの父だ。
「チェンシーが生きて過ごしている…!あぁ、俗世に居るならいつかは会いに行けるな!」
男は手紙を読みながら喜び涙を流していた。
その姿を見た黒い感情がムクムクとでてくる。
父親からの愛情…
羨ましいと思った。
時の神は、光の女神には目を向けて自分には何もなかった。
ずるい、ずるい!人の魂になっても思ってもらえる!
そんな独り占めさせない!!
屋敷の中の1人の男に取り憑き、次々と刃物で刺していった。
全員殺したあと気づいた。
あ、この者も殺したら寄生先居ないじゃん。
失敗したなーと考えていると、屋敷の中に1人の人間がやってきて絶叫していた。
チェンシーの父親を抱きしめて泣いていた。
その姿を見て固まった。
時の神!!!
金の髪に青い瞳!まだ子孫がいたのか!
「何故なんだ!!何故殺されなければいけないんだ…!俺の全てを奪わないでくれ!」
血塗れに汚れていくその姿を見ていい気分になった。
次の寄生先を見つけたと、
時の神、あなたへと復讐最高に面白い形でしてたらどうなるかしら?
男の体に縋りつき抱き締める。
負の感情は私に力を与える。この男の悲劇は最高の味がした。
楽しみね…!
光の女神の顔を思い浮かべながら笑った。




