《No.22》若き伝説に戻るには
カマエルの目の前には、銅輪天使が4人。
ミカエルドメインの天使たちだ。
『お前には4人の部下を寄越す。これからの任務はそいつらを率いて行ってもらう』
彼らは皆、カマエルに懐疑的な目を向けている。
神に反逆した天使。若き伝説も、過去の称号。天界の裏切り者。
自分たちは、そんな前科者の下に就かねばならないのか。とでも言いたげな空気だ。
(奴が素直な部下を送ってくるわけもないか)
これはミカエルの嫌がらせか、それとも意味のある試練か?
きっと、どっちも正解だ。
「ミカエルから聞いているとは思うが、今日から俺たちはチームになる。とくに行動に制限をかけるつもりはないが、死にそうなら後ろに下がれ。それだけは言っておく」
今日言い渡された任務は、煉獄悪鬼の掃討。日没までに450体を倒して見せろとのことだ。
天使たちは、指定された目的地へと飛ぶ。
もちろん、その間に会話はない。むしろ、銅輪の4人は敵意のある視線を突き刺すばかりだ。
カマエルもわかりきったことだと、あえて触れずに先頭を飛んだ。
到着後、カマエルが人工の翼を解き、銅輪天使たちも地に着く。
標的の接近に気付いたのか、そこらに群生する紫水晶が悪鬼の姿に変わっていく。
さらには物陰に隠れていた個体や、遠方から援軍に向かってくるものもいる。
これだけ呼び寄せても、数は30にも満たない。
「さあ、いくぞ!」
目標数の達成には、悪鬼の襲来を待っているだけでは到底間に合わない。
自分から奴を喰らうくらいでなければ。
カマエルはいつものブレイクダンス戦法を駆使して、戦場を駆ける。450体、全て自分で稼ぎきるつもりで悪鬼を叩き続けた。
そして日没。結果は……
『165体。どうやら未達のようだな』
部下の一人が、ミカエルに通じる通信機を持っていたようだ。それがカマエルに手渡される。
『与えられた目標の半分にも届かない。若き伝説の現状がコレだ、身に染みただろう』
「黙ってろ。残りは俺が片付ける。部下は帰らせりゃ文句はねえだろ」
『条件は日没までと言ったハズだ。今日は戻れ』
カマエルは、わざと通信機の向こうに聞こえるよう舌打ちをする。
それを最後にブツ切りしてやろうとしたが、ミカエルが差し込んできた。
『未達にペナルティを与えるつもりはない。だが、この状況では若き伝説の復活は夢物語だろうな』
若き伝説の復活はミカエルの計画。それが破綻すると言っているのではない。
その程度では、煉獄の脅威からエルカを守れやしないと突きつけたいのだ。
「せいぜい高みの見物でもしてろ」
今度こそ通話を切り、チームに撤退を言い渡した。
1日を全力で動き回った体は重く、振るった拳や脚は痛みに軋む。
このコンディションを明日に持ち越して、初日よりひどい結果になりました。そんなことは許されない。
何より、ミカエルに対して失敗の言い訳は死んでも御免だった。
寮に戻ったのは、日付が変わって2時間後。
ポストにノートが投函されていた。見覚えのあると思った通り、エルカのものだ。
1ページ目を読めば、それが交換日記のために投函されたものだとすぐにわかった。
(そういやあいつ、家から2冊持ち出してたな。この1冊は連絡用に使えってことか)
カマエルはそれに応じるが、どうも上手く文章がまとまらない。
口下手な分紙面では饒舌、というわけでもないのだ。
そして2日目、昨日と同じように450体の討伐を目指すのだが…
『189体。未達だ』
届かない。
『昨日より伸びているじゃないか。努力の跡は見えるな?』
「心にも思ってねえこと言うんじゃねえよ」
カマエルは今回、部下に指示を与えていた。
──お前らを狙う個体は俺が討つ。その分、攻めることだけを考えろ。
450の数字を足で稼ぐのは無茶だ。効率を考えると、どうしても飛び道具がいる。
そのために部下を固定砲台にし、光の矢を打ちまくる。近くに寄ってきた悪鬼は、カマエルが直接潰していくという作戦だった。
『お前にひとつヒントをやろう。部下の顔を見ることだ。それで班の姿がわかる』
しかし、部下は作戦通りに動けていた。こちらに向ける目線とは裏腹に、伝えたことはしっかり守っている。
だとすれば問題があるとすれば、カマエル自身だ。稼ぎが足りないのか、指示が足りないのか、それとも両方か。
(煉獄との決着を考えれば、この程度の数字は俺一人で稼ぎ切らなきゃ話にならねえ)
…とは言っても、ミカエルは嘘をつかない。
あの助言も親切心だ。ただ、受け取る側を刺すような伝え方をするだけで。
そしてカマエルも現実を見なければならない。
(考えろ。どうやって達成するかだけじゃない。この任務の意味と、今の俺のすべきことを)
翌日、再びチームでの掃討戦に挑む。
やはりダメだ。このペースでは、とても450体には届かない。
「そこまでにしておいた方がいい」
「…あ?」
さらなる悪鬼の群れを探すカマエルに、部下の一人が制止をかけた。
「一帯の悪鬼を倒し続けると、まれに強力な個体が生まれることがあるんです。もしその個体が現れれば、銅輪天使に対処するのは難しくなる」
「だからセーブしてたってのか」
「ミカエル様からの課題を達成できなくとも、ペナルティはないのでしょう。それなら、必要以上に悪鬼に手を出すこともない」
道理で正午を回ったあたりで、彼らの勢いが落ちてくるわけだ。
その強い個体とやらが出現しない、ギリギリのラインで討伐数をコントロールしていた。
「そいつが出てきたら、俺が先陣に立って対処する。お前らは気にせずに打ちまくればいい」
そう伝えても、銅輪天使たちは納得していないようだ。
「銀輪天使の方ですら手を焼く個体もいるんです。今のあなたでは尚更だ」
ここで信じろと言ったところで、彼らには届かないだろう。
事実として、カマエルを頼りにしていないから強化個体との接触を避けているのだ。
ならば言葉ではなく行動で示さねばならない。
「初日にも言ったことだが、最優先は生き残ることだ。俺はリーダーとしての責任を果たす。その分、お前らにも一天使としての役目は果たしてもらうぞ」
部下4人は互いに目線を合わせる。疑いは晴れず、渋々といった感じだ。
彼らがカマエルに求めていること。それはきっと、カマエルが強化個体を打ち倒すことじゃない。
「さあ続きだ。いこうぜ」
紫水晶が多い区域に留まり、掃討を続ける。落としていたペースを上げるよう指示したので、どんどん悪鬼が倒されていく。
こうして伸ばしていった討伐数が、200を超えたあたりで変化が起きた。
「出た…!あれだ」
件の、強化個体の悪鬼が現れる。他の個体よりも大きく、身に纏う不気味なオーラは色濃い。
「こいつか、親玉ってのは。わかりやすくて助かる」
カマエルはハンドサインで、部下たちに距離を取らせる。陣形はカマエルのワントップだ。
悪鬼の攻撃は両腕の鎌だ。普通の個体に比べてリーチは長いが、対処しきれないほどでもない。
的をカマエル1人に絞ったのもあり、攻略は楽勝。と思われたが…
「危ない!!」
銅輪天使が叫ぶ。
そんなこと、カマエルもわかっている。だが、体が追い付かない。
悪鬼の巨体によるショルダータックルが、カマエルを突き飛ばす。
「うぐっ……!」
地面に体が叩き伏せられる。この攻撃が鎌だったら、その場で紫水晶になって終わっていた。
そんなことを思う間にも、悪鬼は次なるターゲットに狙いを定めていた。
「や、やめろ……!」
銅輪天使は悪鬼のプレッシャーに負け、及び腰で後ずさる。
これ以上は行かせまいと、カマエルは地面に手を食い込ませた。そのグリップを頼りに、倒立開脚による大車輪を発動。
回転の連続蹴りを食らった悪鬼は姿勢を崩す。この一瞬の隙で、
「た、助かりました……」
「ああ」
カマエルは、指先から滴る血を払って悪鬼に向き直る。
回転した際に皮膚を破いたようだが、死ぬよりはマシだ。
その後もカマエルは地に手をつき、強化個体の攻撃を何度もさばいていく。
無理をして飛び出せば、体は地面に叩きつけられる。スーツが泥や土で汚れていく。
それでも、これはチームで共有した決め事だ。奴の攻撃は部下に届かせてはならない。
「カマエル様。あなたは何故そこまで…」
「わかるだろ。天使なら」
地に着けた拳に血が染みる。乱れた息を強引に整え、再び悪鬼へと向かっていく。
凶爪の薙ぎ払いを避け、カマエルの健脚は悪鬼の胴を捉える。それでも足りないなら、血染めの拳を追加で叩き込む。
よろめいた隙に、部下の光の矢が一斉射撃。悪鬼が怯み、次の行動への猶予が生まれる。
カマエルも限界が近い。だが力を振り絞り、倒れかけた体を利用して前転倒立、そこから蹴りを放つ。
ここまでしてようやく──
「…やった、やったぞ!」
討伐成功にカマエルが気付いたのは、一瞬失いかけた気を取り戻してからだった。
「よくやった」
強力な悪鬼を倒したとて、討伐数にカウントするのは1。
リーダーのカマエルは泥や土にまみれ、体も傷だらけ。若き伝説と謳われた天使の姿にしては、あまりにも無残な姿だ。
それでも、彼を見る部下の目は、明らかに昨日までとは違っていた。
任務終了の日没。結果は378体と未達だが、ようやくゴールテープが見えてきた。
部下たちも、明日こそはという顔で解散する。今までの無気力な振る舞いからは見違えるほどだ。
そして翌日、ついにその時が来た。
『…461体。かなり早い達成じゃないか』
日没より前にミカエルから連絡が入り、目標数達成を知らされた。
「コイツらのお陰でな」
カマエルは部下を指差す。そんな姿をデバイス越しに見えているかのように、ミカエルは鼻を鳴らした。
『ひとまずはよくやったと褒めておこう。今日は上がれ』
もう少し悔しげな反応を引き出したかったが、ミカエルとの通話自体が精神衛生上よろしくないのでブツ切り。
解散直前、部下の一人から声をかけられた。
「カマエル様。俺、間違えていたのかもしれません。天使としてのあるべき姿を」
「よせよ。せっかく気持ちよく終われたんだ、辛気臭いのは無しにしようぜ」
「…そうですね。ありがとうございました」
困ったように笑った部下は、そのまま飛び去った。
そしてカマエルは寮に戻ると、エルカからの交換日記に応じる。
隙あらばこちらの心配をする。帰りが遅いのが、よほど効いているらしい。
ならばこうだ。
──それなら明日、そっち見に行くよ。エルカがどれだけ天使として成長したかな。
そして約束の日。昨日の調子なら、もっと早い時間での達成が見込める。エルカのところへも早めに向かえそうだ。
そう思って向かった先、集合場所でカマエルを待っていたのは、昨日までの面々とは違った。
昨日までの部下は、誰一人いない。全員が新顔だ。
「今日からあんたの下につくよう、ミカエル様から指示を受けました。ですが俺は前科者に従うつもりはないんで、そのつもりで」
カマエルは瞬時に理解した。
順調という言葉を与えない、それがミカエルという男だ。
単純な嫌がらせの意味もあるだろうが、カマエルが進むべきは次の段階だ。
「上等だ。いくぞ、お前ら」




