《No.21》翡翠色の勾玉
午前の訓練終了後、流れるように食堂へ向かうことになった。
初日はひとりで食べていたため、複数人は初めてだ。
「あれっ。アンバーあんた、辛いのダメじゃなかったっけ」
「最近ちょっとずつ慣れてきたんです。ヒスイさんこそ、いつも麺類ですよね」
「丼モノは家のがおいしいし。あ、エルカちゃん、これおすすめ」
ヒスイ、アンバー、エルカの女性天使3人が机を囲む。
ひとつの卓に金、銀、銅の三種の天輪が集う。
「そうなのよ、あたしもアンバーたちと同じ。ここに就いたのは何年前だっけ、あぁそうだ9年前だ」
ヒスイの自己紹介後、エルカも自分のことを打ち明ける。
一応、天輪を授かった経緯やカマエルのことはオフレコにした。
となると必然的に話題になるのが……
「そっかあ、ミカエル様のねえ。あー、あの人ね」
彼の薦めで入校したことを話したときだ。
その名を聞くや、ヒスイの表情はゲンナリとする。なかなか表情の動きがわかりやすい人だ。
「知ってるんですか?」
「そりゃ知ってるわよ!あの人ねぇ。……超絶オブラートで言うと、突き抜けた正義マンって感じ。エルカちゃん、変なことされなかった?」
「え、私は、まぁ…」
こんな反応では肯定しているようなものだ。
直接何かされたわけではないが、初対面の印象は同じだったから仕方がない。
「絶対、1人で抱え込んじゃダメだからね。ほんとにロクなこと言わないんだから。何かあったら、いつでもあたしやアンバーに相談していいからね」
「た、頼りにしてます」
ミカエルのことをやたら警戒するのはカマエルだけかと思っていたが、どうやら一般常識だったらしい。
「あたしは絶対あんな金輪天使にはならないわ。やっぱ天使は親しみやすくなきゃ、ねえ?」
ヒスイの愚痴には、同意混じりの苦笑を浮かべるアンバーだった。
エルカも言わんとすることはわかる。
「同じ金輪の立場になったから言えるんだけどさあ、アレが許されてるなら、余計あの子がつまずいてたのが納得できないわ」
ヒスイは、エルカの首掛け勾玉を見てため息をつく。
「そうですね。真摯さで言ったら、彼以上の天使はいないのに」
ヒスイとアンバーが思い浮かべている人物は同一のようだ。
まるでこちらも知っているかのような話しぶりだが、エルカに浮かぶのはクエスチョンマークだけだ。
戸惑っているところ、アンバーが助け舟を出してくれた。
「エルカちゃんにその勾玉をあげた人のことよ」
「えっ」
…これはたぶん、ヤマトのことを言っているのではない。
それよりも前の、勾玉の持ち主。銅輪試験の試験官のことだろう。
ヤマトが紫水晶に消えた今、その存在を覚えているのはカマエルとエルカだけ。
勾玉の行方も、彼をすっ飛ばして試験官からエルカに渡ったと事実改変されているようだ。
「そうなんですか」
こういうとき、なんと返せばいいか迷う。彼女らと話が合わないのは、決して誰かが悪いということではない。
紫水晶の影響で、実は違うんです。その経緯をどう話す?
結局悩むより、目先の回答を優先してしまう。
そして、その回答が引き出したのは、思いもよらぬ名前だった。
「そう、ガネットね。私とダイヤ先生の同期なの」
ガネット。それを聞いた途端、体が強張った。
ヴァルハラに向かう列車の中で交戦した、銀輪天使だ。カマエルを外道と罵った、歪んだ正義感を持つ男のことだ。
まさか、ガネットがヤマトにこの勾玉を?
エルカが眉をひそめたことで、件の試験官のことをよく思っていないと取られたらしい。(間違ってはいないのだが)
ヒスイは苦笑した。
「まぁ、あの子も敵を作りやすい性格してるからね。銀輪昇格の時も苦労したのよ、あたしが推薦しても上がなかなか納得しなくて」
「そんなこともありましたね。付き合いが長いと、悪い人じゃないってわかるんですけどね」
アンバーのフォローも、エルカにとっては信じられなかった。
軍校に来て、親しみやすい天使に出会っている分余計にだ。
「声が大きい。公共の場ですよ」
割って入ってきたのは男性の声。ヒスイの背後に立っていたのは、ちょうど話題にしていたガネットだった。
対するのが誰であっても、鋭く尖った眼光である。
「うわ、噂をすれば。久しぶりじゃん」
「相変わらずですね。ヒスイ様。公共の場で人の噂話ですか」
「やだぁ、様なんて。いつもみたいに呼んでよ」
「呼べるわけがないでしょう。あなたはもう銀輪ではない」
ガネットがヒスイから視線を外すと、必然的に次はエルカと合う。
列車で対峙したときと同じだ。
両者間で緊迫した空気になりかけるが、アンバーがそれを防いだ。
「どうかしたの?ガネットが食堂にくるなんて珍しいね」
「ダイヤに資料を渡しに来ただけだ」
「ダイヤ先生なら今日は出張よ。私が預かろっか?」
「頼んだ」
ガネットは脇に抱えていた封筒をアンバーに渡す。
同期だからなのか、アンバーに対してはそれほど険悪ではなかった。
ガネットはヒスイに向き変える。
「ヒスイ様。いい加減、あなたも自身の振る舞いを改めたほうがいい。軽薄なあなたの態度は目に余る」
「直しようがないのよ。これがあたしのスタイルなんだもん」
「まったく、なぜ教官が務まっているのか不思議でならない。これが他の天使や民衆に示す姿ですか」
「なによ~。それでもあたし、金輪になれたのよ。ちょっとくらい褒めてくれてもいいんじゃないの」
突き刺さるような視線を受けても、ヒスイは全く意に介していないようだった。
ガネットは苦虫を噛み潰したように眉間を固め、その場から去ろうとする。
数メートル離れたところで立ち止まり、ばつが悪そうに呟いた。
「……金輪昇格、おめでとうございます」
それを聞いたヒスイは悪戯っぽく笑う。こちらに小声で、ほらね、と。
そんな気配を感じ取ったのか、ガネットは勢いよく振り返る。
「金輪天使になったからこそ、より厳正な品格が求められるんだッ!あなたの振る舞いは金輪天使足り得るものじゃないんだ、私は認めない!」
まくし立てたあと、足早に食堂を出ていった。
「ね、ほんとは悪い子じゃないの。ただ、堅物で融通が利かなくて頑固で口悪くて不愛想なだけなのよ。そこが可愛いんだけど」
たしかに、ヒスイに軽くあしらわれているところだけを見ればそうかもしれない。
それでもエルカの抱く第一印象は覆らなかった。
いくら周りからの評価が高くても、悪い部分を受けたこちらはたまったものではない。
「…エルカちゃんはガネットのこと、あんまり好きじゃない?」
「え、あ、私は…」
二度目だ。ガネットへの敵意を見抜かれたエルカは、慌てて表情を作り直す。
良く思っていないのはガネット個人であって、ヒスイを嫌いたいわけじゃない。
「嫌い、ではないとは言い切れないと思います。でも、うぅん…」
言葉を作る前に話してしまい、声が途切れる。
それに対し、ヒスイは表情を柔らかくして言った。
「大丈夫大丈夫。あの子は誰にでもあんな態度だし、そりゃ印象も悪くなるわ」
てっきりフォローが入ると思ったが、ヒスイはあっさりとエルカを肯定した。
「ね。だから、何かあったらすぐあたしに相談していいんだからね。特に上層部の天使なんてさ、ガネット以上に頭の固ぁぁぁいおじさまおばさまばっかりなんだから。昨日なんてあたし、小娘なんて言われたのよ。もう36だっつーの」
「天使社会も年功序列ですからね」
アンバーは苦笑交じりに同調する。彼女もまた、若年の教官だ。その地位に至るまでに、似たような視線を受けてきたのだろう。
「若者が活躍してると落ち着かないのよ。とくにアンバー世代は注目の的だもの」
そのことは確か、ミカエルも話題に出していた気がする。カマエルに憧れた世代で銅輪試験が賑わったのだとか。
ガネットやアンバーがその世代だったようだ。
「そういえば、エルカちゃんは幾つなの?」
「え、私ですか。16です」
「わっかァ!可能性の塊じゃん!アンバー、あんた責任重大よ」
「もちろんです。最近はだいぶ長く飛べるようになってきたもんね?」
「は、はい。なんとか、アンバー先生のおかげです」
まっすぐな目に見つめられ、エルカは反射的に視線をそらしてしまう。
そして午後の呼び鈴が鳴る。10分前の合図だ。束の間の女子会は幕引きとなった。
「そういうわけでごめん。私、今日はまだ業務が残ってるからさ。明々後日くらいかな、エルカちゃんのとこにも顔出すから、その時はよろしくね」
食堂を出るや、ヒスイはすぐに別れてしまった。金輪天使はやはり忙しいらしい。
「面白い人でしょう?ヒスイ先生」
廊下の奥へ消えていく背中を見送り、アンバーは微笑んだ・
「…なんというか、ちょっと意外でした。金輪天使で、しかも教官って、もっと厳しい人ってイメージあって」
「ガネットやミカエル様を先に見てたんだもの、そう思っちゃうよね。でもあの通りよ」
表情に裏表がなくて、とっつきやすい人柄。しかし話を聞いていると、上司の愚痴をこぼしたりもする。
一人前の天使になるための軍校だが、エルカがここにいればいるほど天使のイメージが身近なものに塗り替わっていく。
「いろんな人がいるんですね。天使って」
そんなヒスイの姿を通して見るのは、やっぱりカマエルの現役時代だった。
アンバーやダイヤよりも年上のヒスイですら、金輪天使の中では小娘扱い。
それよりも若くして金輪になったカマエルは、いったいどんな天使だったのだろう。
たぶんお偉いさんの受けは悪かっただろうな。それを実力で黙らせたのか、それとも意外な支持者がいたり?
想像ばかりが膨らんでいく。
そしてトレーニングルームへ戻り、午後の訓練の再開だ。
昨日一昨日と変わらず、とにかく飛行能力を重点的に鍛えていく。
帰宅後も、交換日記に向き合うのは変わらない。
疲れた体で過ごす1人の夜も、これがあれば幾分か気が楽になる。
まずは1日の振り返りを書いて、それからカマエル宛のものに続く。声を交わす機会が減った分、伝えたいことは増えていく。何を文章にするかは要整理だ。
日中の軍校、夜中の日記。このサイクルが繰り返されていく。
──自分の翼で浮けるようになったのか。一歩前進だな。こっちもミカエルのムチャぶりをこなしてるよ。
──怪我とかしてないですか?いつも何時くらいに帰ってますか?
──心配はいらねえよ。帰りも、少しずつだが早く上がれそうにはなってる。エルカこそ大丈夫か?軍校はなかなか厳しいところだろ。
──先生が優しい人だから大丈夫ですよ。私の練習にも、付きっきりでいてくれるんです。だいぶ飛ぶのにも慣れてきました。
──それなら明日、そっち見に行くよ。エルカがどれだけ天使として成長したかな。
「えっ!?」
あれから3日後の返事だった。
日記越しに心を読まれたのか。『会いたい』と文章から滲み出ていなかったか、つい読み返してしまった。




