《No.20》銀輪天使は想う
『こっちは問題ない。やることが天使だった半年前に戻っただけだからな。むしろ懐かしいくらいだ。
そっちはどうだ、困ったことはないか?』
こちらが書いた内容に対し、カマエルの返事は淡泊だ。
普段の振る舞いから予想はしていたが、もう少し文章に感情を出してほしい気もする。これでは業務日誌になりかねない。
返ってきた日記の返事を書き、翌日またカマエルのポストに投函する。
急ぎがちな朝のルーチンワークに組み込まれた。
「おはよう、エルカちゃん」
今日は、トレーニングルームにいたのはアンバーだけだった。
「ダイヤ先生はいないんですか?」
「今日は出張よ。明日は私なんだけど、どっちもいない日は作らないから安心してね」
教官が1人減ったとて、エルカの課題は変わらない。
小さな翼を背中に広げ、トレーニングルームで飛行の練度を高めていく。
「その調子よ!あそこまで頑張って飛んでみて」
10メートルの印である、赤ラインまでゆっくり進んでいく。
ノロマに見えるだろうが、これがまたキツい。少しでも意識が途切れれば、床に激突だ。
「…届いた!」
墜落ギリギリ、10メートルのラインを超えた。
初日の絶望的な飛行状況に比べたら、多少は波に乗り始めたのではないだろうか。
ちょうどチャイムが鳴ったこともあり、訓練午前の分は終了だ。
「すごいわ!ひとりでちゃんと飛べるようになったじゃない!」
「でも、まだまだです。早さも高さも、全然」
「そんなことないわ。ダイちゃ…ダイヤ先生も言ってたでしょう?少しずつの積み重ねが大事なんだから」
ダイちゃんと呼ぼうとした?
おおらかで表情を崩さなかったアンバーが、ここで初めて取り乱した。頬がわずかに染まる。
こういう時、あえて突っついてみたくなるものだ。
「ダイヤ先生とは仲がいいんですか?」
「そうね。天使になったのも、教官になったのも一緒のタイミングだったから。一緒にいる時間の方が長いかもね」
「やっぱり。ダイヤ先生とアンバー先生、最初に見たとき、恋人同士なんじゃないかって思いました」
やだ、とアンバーは照れた顔を手で仰ぐ。
「恋人かぁ。よく言われるんだけど、実は違うの」
「も、もしかして結婚してるとか…!?」
「昔はそういう話をしたこともあったんだけどね。今はめっきり」
興奮するエルカとは対照、アンバーは落ち着いて返事をする。
声は静かだが、表情は暗くない。
ならどうして、今の関係に収まっているのか。聞いてみたい気持ちもあったが、さすがに、そこまで無神経ではない。
次の言葉を探しているうちに、アンバーから口を開いた。
「喧嘩別れとかじゃないのよ。ただ、お互いのことを考えてたらこうなっちゃった。難しいよね、人生を決めるって」
自分から人間関係のこじれをひけらかす者などいない。当たり前のことだ。
それからは無言で退出の用意を進めていたが、不意にアンバーが口を開いた。
「エルカちゃんはどう思う?ダイちゃん、天使の教官として。いい先生かな」
「わ、私から見てですか?そうですね、まだ1日ですけど…さわやかでいい先生だと思います」
教官として、で助かった。これで男性としてなんて聞かれれば、まともな空気で終えられる自信がなかった。
「そうよね、いい先生だよね。教官になってよかったよね」
アンバーはエルカの答えを噛みしめるようにうなずいている。
回答としては正解のようだ。
(なんか、不思議な感じ)
昨日の初対面から今日の今まで、アンバーは天使として完璧に見えた。
若くして銀輪天使。教官の地位につき、恋人に見えるくらい親密そうなパートナーもいる。
そんな人でも、人間関係に悩むことだって、あるものなのか。
またひとつ、天使に対する認識がアップデートされる。
そしてトレーニングルームの片付けが終わる、その時だった。
「ハロー!やってるじゃない」
快活な声が部屋に響く。
2人がそちらを向くと、出入口に見知らぬ女性が立っていた。
スタイルのいい、長身の女性だ。灰色のスーツがよく似合っている。
腰まで一直線に伸びるブロンドヘアは、ポニーテールに結ばれている。
「あ、ヒスイさん!お疲れ様ですー!」
アンバーは彼女に向かって、手を振る。
それに応じて、ヒスイと呼ばれた女性はこちらに歩いてくる。
「終わったとこ?」
「そうです、ちょうど今」
年齢はアンバーより少し上くらい?カマエルに近いかもしれない。
それよりも、驚くべきは天輪が金色だったことだ。
「紹介します、昨日入ったエルカちゃんです」
アンバーの紹介に合わせて「よろしくお願いします」と お辞儀をする。
「そっか、君がウワサの。私はヒスイ、よろしく」
白い歯を見せて笑う。表情、立ちふるまい、自信に満ち溢れた人だ。
よく見ると、首掛けの名札に教官と書いてあった。
「昨日言った、ここの軍校の教官よ。なんと、教官の中で唯一の金輪天使なの!」
「そ、そうなんですか」
「へへへ。金輪になったのはほんの最近なんだけどね」
つまりこの女性は、ミカエルや失墜する前のカマエルと同等の天使ということになる。
頭上に輝く金輪、これと同じものがカマエルにも。
「そうだ、2人ともこれからお昼でしょ?せっかくだし一緒にいきましょーよ」




