第95話 潜伏の意義
本日二話目の投稿です
「なんでいるんだよ……」
翌日、昼休みのテラス席。
本日もフィーネの監視の下授業は進み、ハルの精神へ確かなダメージが入っていた。
「あの雰囲気、慣れないわ……」
暗い雰囲気で机に突っ伏すハルを見下ろしながら、ティアナもまた溜め息を吐く。
しかし、昨日とは違う部分を見逃すことの無かったテレサは、まだ元気のあるレイに話を振る。
「ハルとレイのお母様の隣に待機していた男性は誰なのかしら?」
首を捻るテレサに、レイは思い当たる節が無く、助け舟を求めるようにハルに視線を送る。
妹からの視線を受け取ったハルは、まだ回復していない体を起こし、代わりに説明した。
「あの人は、当主様直属の執事。特に目立った能力があるわけでもないが、取り敢えず使ってるんだろ」
紅茶に映る自分を眺めながら、ハルは簡単に執事を紹介する。
容姿も比較的整っているという訳でもなく、今日まで存在に気付かなかった程に気配も薄い。
「執事……」
「それより、明日の個人戦、本当にあんの?」
まだ諦めていないハルは、ティアナに再度確認を取る。
呆れたように視線を逸らすティアナは、腕を組み、簡潔に告げる。
「魔術格闘祭は、チーム戦が予選、個人戦が本選扱いなのよ」
「聞いてねぇ……」
魔術格闘祭は2種目に別れており、両方とも決勝は設けているが、チーム戦はあくまでも予選であり、個人戦こそが全生徒からの注目を集める本選であった。
ティアナの言葉に覚悟を決めたハルは、食堂にいるであろうブレアへと視線を向けた。
姿の見えないブレアに、僅かに眼を細めたハルは、ティアナに合図を送る。
「ブレア」
「え? 気付いてた?」
淹れ立ての紅茶と作り立てのサンドイッチを盛った大皿を器用に持ちながら歩いてくるブレアは、自分の存在を先に探知されたことに、驚愕で眼を見開く。
「いや、適当に呼んだだけ」
ヘラヘラ、と笑って見せるハルに、ブレアは一瞬表情を消し、だがまたすぐに悪戯っぽく笑って見せる。
「ほらガキ共、いっぱい食え食え」
大皿をテーブルに置き、空になったティーポットを回収しながら、ブレアはハルの耳元で囁く。
「放課後、覚えてろよ」
「望むところだ」
何事もなかったかの様に去っていくブレアの背中に、ハルはポツリ、と呟く。
喧嘩を売り合う2人に気付いたものは誰もおらず、学園裏でベンチを修理するグラナートの背に悪寒が走る。
日常生活の中でも潜伏を使うブレアに疑問を持ったティアナは、首を捻りながら言葉を漏らした。
「なんで、姿消してるの……?」
その言葉の答えを知らない生徒5人は、食堂へ消えたブレアを視線で追う。
どこにも見当たらない彼に、ハルは興味もなさそうに答えを出す。
「あいつにも、なんかこだわりでもあるんじゃねぇの」
「そういうものなの?」
解決されない疑問に考え込むティアナを横目に、ハルはティーカップに注がれた紅茶へ眼を落とす。
ブレアが淹れたその液体から、豊かな香りが空気中へ広がっていた。




