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第94話 師弟


「おつかれー」


 訓練後、ブレアは持ってきていた水筒とタオルをレイに手渡す。

 乾いた喉を潤すレイに、ハルは声をかけずただ視線を送り続けた。


「グラナートの分もあるぞ」

「あぁ」


 自分に水筒を投げ渡すブレアと、グラナートは視線のみで会話する。

 言葉で感謝を告げられないことに大して不満を覚えることもないブレアは、座ったままのハルに声をかけた。


「ガキ共、格闘祭の個人戦でるんだろ?」

「強制参加でな」


 何か企んでいるかのように口角を上げるブレアに、ハルは眼を細める。


「お前、本当は何も考えてないだろ」

「あ? バレた?」


 悪戯っぽく笑って見せるブレアは、呆れるハルの隣に座り直す。

 髪を解き、腕にリボンを巻きなおすレイを見つめたまま何も言わないハルに、ブレアは表情から笑みを消した。


「お兄ちゃんだなぁ」

「は?」


 顔を向けることなく呟くブレアに、ハルは顔を顰める。

 その反応を見て、愉快そうに笑うブレアは、1つ、ハルに提案をした。


「妹がグラナートなら、俺がお前を鍛えてやろうか?」

「あ゛?」


 ベンチの背凭れに左ひじを置き、ハルの方へ体を向けて言い放つブレアに、ハルの顔は更に神妙なものになる。


「お前だってレイに頼まれてんだろ」

「ほら、レイがあの調子なら俺の出番ねぇし」


 ブレアは今日の特訓内容について語り、ハルはその言葉に少し考える。

 レイの欠点克服については、誰かが手を貸せるものではなく、グラナートが付きっ切りで指導するため、ブレアの出番はないも同然であった。


「お前、誰かに教えられんの?」

「あ? なめんなよ?」


 ニヤリ、と口角を上げるブレアに、ハルはその提案を飲むことにした。

 互いに手を合わせようと右手を伸ばす。

 2人の手が触れ合う寸前、ブレアがハルの右手首を掴み、捻りあげた。


「いってぇ!?」

「口のきき方からだな!」


 ブレアは捻りあげたハルの右腕をそのまま振り回し、ハルの身体を投げ飛ばす。

 しかし、ハルは負けじと魔術を発動し、ブレアの足を取り、その身体を宙へ投げ飛ばす。


「は!?」

「あ゛!?」

「んだよ!」

「やんのか!」

「やめろ!!!!!」


 ヒートアップした2人は、つい先ほどまで座っていた椅子を破壊し、グラナートに無理やり止められ、正座で説教を聞かされる。

 グラナートに一発ずつ入れられた拳骨に、ブレアは頬を膨らまし、ハルは視線を逸らし抵抗する。


「反省する気がないのなら……」

「「します!!」」


 もう一発、と拳を構えたグラナートを見て、ハルとブレアは姿勢を正す。

 自分の兄の失態に、レイは苦笑いでグラナートに加担した。

 ハルとブレアの悲鳴が響き渡る学園裏には、その幼稚なやり取りを見守る影が2つ。

 フィーネとドレットが、動くことなく4人を凝視していた。


「声かけなくていいのか」


 後ろから声をかけるドレットに、フィーネは動じることなく言葉を返す。

 扇子を右手で弄ぶ彼女の顔に、表情は一切なく、気持ちを読み取ることは困難であった。


「私が声をかけるなど、場違いであろう?」


 我が子から視線を逸らさず、感情の無い瞳で見つめ続けるフィーネを見て、ドレットは大きく溜め息を吐く。


「そうか……」

「あの2人は、私の声を聴く権利がないのだから」


 踵を返し、ハルとレイから遠ざかるフィーネの姿を、ドレットは眼を細め、見つめていた。




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