第74話 レンフォード家の当主
「ハル様!? これは一体どういうことですか!」
「ハル様!!」
当主の居座る書斎に呼び出されたハルは、集まっていた一族の者に、肩を掴まれ問い詰められる。
その表情は、どれも切羽詰まったように歪められていた。
(……なんでこの大人達はこんなにも必死なんだろうか? レイではなく俺に必死にしがみついて、一体何を求めているんだろう?)
「見ての通りですよ」
ハルの魔術回廊が衰退し、レイの魔術適正が上がったことについて、一族の者たちはハルに掴みかかった。
慌てる大人へ、ハルは淡々と語る。
「俺の魔術は、レイの物です」
ふざける様子もなく、真顔で告げるハルを見て、大人たちは狼狽える。
誰もが責任を押し付けられぬ様騒ぐ中、扇子を閉じる音が響き渡った。
「お静かに」
上座に座る1人の女性の声により、大人達は一斉に口を閉ざし、怯えた瞳で彼女を見つめた。
「フィーネ様……」
フィーネ・レンフォールド。
没落した家系を一代で再生させた若き天才当主とされる女性であり、ハルとレイの実の母親。
我が子を見下すように眺めながら、フィーネはゆっくりとその口を開く。
「ハル、今の話は?」
「……本当です」
真っ直ぐ見返してくるハルの瞳に、嘘偽りのないことを確かめたフィーネは、僅かに開いた扉へと視線を向けた。
「レイ」
「はい!?」
突然、フィーネに名前を呼ばれ、レイは驚いたように返事を返す。
叔父ら一族の者によってレイの髪は切り刻まれ、その身に纏う服も、汚れが目立っていた。
「……なんでしょう、おかあさま」
レイはゆっくりと扉の前から歩み出る。
その姿に、誰も気づかぬほど僅かに、フィーネは顔を歪めた。
「コイツ! 自分の立場を弁えぬか!」
「キャア!」
当主を『おかあさま』と呼ぶレイに、一族の人間は殺気立つ。
近くにいた使用人が、レイへと殴り掛かった。
「うぇえええん!」
泣きじゃくるレイにたかる一族の人間。
その醜さに、フィーネは、魔法を発動させた。
自分の拳をレイへと振り上げた使用人に、フィーネは息を吹きかける。
途端、使用人が足元から凍り始めた。
目の前の状況に、メイドは息を飲み、失態に気付いた使用人はフィーネに懇願する。
「お、お許しください!! フィーネ様!!」
その間も、使用人は足先から凍りつき、彫刻へと成り果てていく。
使用人の心からの謝罪に、フィーネは冷たく、凍てついた視線で答える。
許されないと悟った使用人は絶望の悲鳴を上げた。
「あああぁああああああああ!!!!!」
それが、使用人の最後の言葉だった。
眼は充血し、見開かれている。
苦悶に満ちた表情は、見る人々を震え上がらせる。
そして、使用人だった氷の彫刻は、音を立てて崩れ落ちた。
足元に転がる使用人の破片は、レイを睨みつけていた。
余りの恐怖に泣くこともできずその場に座りこむレイは、ゆっくり首を動かし、奥に座る母親を見つめた。
その姿は、幼いレイの瞳には死神のように見えた。
「私の前で、その様なことをするんじゃないわ」
扇子を開き、口元を隠すフィーネに、その場にいた者は皆戦慄する。
背筋は凍り、頬を冷や汗が伝う。
気に食わぬ者を容赦なく仕留めるその姿に、誰もが恐怖を覚えた。
「ハル、レイ。前へ」
フィーネは、冷たく我が子の名前を呼ぶ。
2人の頭は、既に恐怖で支配されていた。
互いを支え合いながら恐る恐る踏み出す2人に、表情を変えることなく当主は言い放つ。
「この者たちを、アインフォード国立魔術学園へと送り込む」
「フィーネ様!?」
冷たく、聞くものを凍えさせる声で告げられたその内容に、大人達はまたも騒ぎ出す。
ハルは眼を見開き、レイは理解できずに立ち竦む。
「もはや当主の器に非ず。捨て駒程度で丁度いい」
2人を見下ろしながらフィーネは宣言する。
我が子を捨て駒、と言い切った母親を見つめ、ハルは唖然とする。
「レイについては、今後、外見を汚すことを禁ず」
続けて放たれた言葉に、大人達は狼狽える。
その様子を見て、フィーネは一族の者を鼻で笑い、己の言葉に補足した。
「なに、今の対応を変えろというのではない。このような姿では、外に出せぬからな」
レイを見て、フィーネは口元を扇子で隠す。
表情の読み取れぬ母親に、だがその瞬間、レイを差別することが党首により肯定された。
「おかあさま……」
「ただし、私の眼の届かぬところでな。皆の者、即刻立ち去るがいい」
立ち上がり、窓から外を眺める母親に、レイは何も言わずにその場を去る。
続々と部屋から出ていく大人達に連れられ、ハルは扉の外へ投げ出され、乱暴に扉を閉められた。
「お母様……」
ハルは扉を睨みつけ、拳を強く握る。
自分を捨て駒と呼んだ事、レイを突き放したこと、なにより、自分の行動でレイを追いつめた事。
(……俺達ではできないと思っているんだろ。見下しているんだろ。だったら、やってやる。俺達だけで、一族の悲願を成し遂げてやる……! その時は、あんたを!!)
扉が閉ざされる瞬間、隙間から見えた母親の姿を、ハルは脳裏に焼き付け。
復讐を、心に誓った。




