第73話 一筋の救済
本日四話目の投稿です
「お前は賢いな」
ハルが自分の負けを飲み込めなくとも、愚かさを認めるその姿勢に、男はハルの頭を優しく撫でる。
「妹を、助けたいか」
「助けるんだ!」
不可能だと分かっていながらも尚叫んだその言葉に、男は静かに笑う。
「妹を助けるために、どんなことでもできるか」
先ほどよりも低い声で、男はハルに問う。
雰囲気を変え、威圧力を増したその男に、だがハルは躊躇わずに叫んだ。
「できる!」
その愚かさを理解できたのは、男のみ。
ハルの言葉が虚勢でないかを確認する様に、男はハルの肩に手を置き、優しく言葉を紡ぐ。
「お前は、そのままでいれば一族の誰もが追いつくことのできない神童になる。一族の悲願を叶えるのですら容易いだろう。お前にはたくさんの期待がかかっている。それを、自分の未来を全て棒に振る覚悟がお前にはあるか?」
僅かに眼を光らせて問う男に、ハルは想像もつかない話の大きさに怖気付きながらも、しっかりとその男と眼を合わせ、答えた。
「ある!」
「母親の期待も裏切れるか?」
念を押すように、男は問いを重ねた。
突然出てきたその単語に、ハルは呆気にとられる。
(母親……? お母様……。でも、お母様もレイをいじめてた。なら、そんな期待なんて……!)
「できる!」
はっきりと告げたハルに、男は少し嬉しそうに眼を細めた。
男はハルから手を離し、レイに視線を移す。
「ひっ!?」
「おいで、いじめたりはしない」
突然見つめられたレイは、恐怖で縮こまる。
差し出された男の手を、レイは怯えた眼で見つめるが、男の優しい笑みに、恐る恐る前へ出た。
「いい子だ」
ハルにしがみついたまま、それでも動いたレイの頭を、男は優しく撫でる。
レイの身体にある傷を男が撫でると、たちまち痛みは消え、跡が残ることなく綺麗な肌へと再生される。
「わぁ……!」
初めて見た魔術に、レイは感嘆の声を上げ、眼を輝かせる。
2人は男を見上げ、男は2人を優しく撫でる。
「レイ、お前はどんな痛みにも耐えられるか?」
男は、レイの頬を撫でながら、低い声で尋ねた。
痛み、というワードにレイは顔を歪めるが、続いた言葉に、幼い妹は決意した。
「自分の兄と居る為に、どんなことでも乗り切れるか?」
「……はい!」
迷いながらも、はっきりと返事をしたレイの頭をもう一度撫で、男は二人を抱きしめる。
「俺が、お前等兄妹を助けてやる」
耳元で囁かれた言葉に、2人は眼を見開き、男を見つめる。
優しく微笑み、2人の顔を見比べた男は、その小さな手を取り、厳しい声で告げた。
「ハルの魔術回廊を、レイに移植する」
レイは、男の言葉の意味を把握できず首を捻る。
妹とは違い、僅かに意味を理解できたハルは、驚愕し、動揺し、男に訴えた。
「でも、そんなことできないだろ!」
「俺ならできる」
二人の小さな手を握った自分の手に力を込め、男ははっきりと言い切った。
その声には確かな力が籠り、瞳には炎が灯っているように見えた。
「だが、使える魔術の質は極端に落ちる。ハルは簡素な魔術しか使えなくなるし、レイは魔術が使えるようになるが、質が悪い上に厳しい訓練が必要になる」
2人に言い聞かせるように告げる男の言葉に、ハルは息を飲み、レイは視線を男から離せず、その場に立ち竦む。
「それでも、やるか」
最後の確認だ、と念を押す男の声は今までの中で一番力が籠っていた。
兄弟は圧倒されそうになるも、だが逃げずに答えた。
「「はい!」」
二人の結論に、男は一度俯いた後、2人を強く抱きしめた。
硬い身体、少し細いが力強い腕、温かい体温に、2人は安堵する。
「2人とも、心の準備はいいか?」
「「はい!」」
立ち上がり、2人を見下ろす男に返事をし、手を引かれるままに幼いハルとレイは歩き出した。
ふと、思い出したようにハルは男を見上げ、尋ねる。
「どうして俺達を助けてくれるの?」
幼い二人に見つめられ、男は困った様に視線をそらす。
そして、迷いながら、男は答えを口にした。
「それは――」




