希望の星の強調介入ー4
今、何と言ったのか?
断られた。悠里は呆然として、崩れ落ちるように椅子に座り込む。
「すみません。いま、なんと?」
やっとそれだけ絞り出した。
「ですから、手は引けないと申し上げたのです」
首領は、細い眼鏡をくいっと上げるとそう言った。
眼鏡が光り目元を隠したため、表情までは読み取れない。
「儂らも、申し出は受けられないのぅ」
《邪仙導師》の首領もそういうと、他の首領たちも賛同の意を示す。
「なぜですっ!!」
遂に声を荒げてしまった。
悲鳴にならなかっただけでも、我慢したのだ。
「小娘の言う事は聞けないと、そう、おっしゃられますかっ!!」
何か説得の手順を間違っただろうか。
悠里の立てた作戦は、ここで首領たちを説得する事から始まるのだ。
このままでは、航輝を助けられない。
「ちげぇよ……。アンタが小娘だからじゃねぇんだ」
《北海の守護》の首領が、すまなそうに眉をハの字に曲げながら言う。
「少なくともオレは、もうアンタを小娘などとは考えていない」
小娘から「アンタ」に呼び方が変わっている。
「左様、儂もだよ。むしろ感心しておるぐらいじゃ。正直言えば、儂の部下に欲しいわぃ」
《邪仙導師》の首領もそう応える。
「だがのぅ……嬢ちゃんや、あんたの言うことは『甘い』んじゃよ」
「……あ、あまい?」
不意打ちだった。
会話の流れに『甘さ』など、あっただろうか?
「将来の危機を披露し、手を引かせるという考えは、なるほど感心する。しかしの……」
その後を《エターナルナイトメア》の首領が続ける。
「そう、我々が将来の事を考え、手を引くとします。その場合の矛先は、確実に我々に向かうでしょう」
「そして、オレ達の組織は報復を受け、壊滅。そうならなくとも、仕事をさせないように、あの手この手で圧力をかけてくるだろう。そして裏切り者のオレ達を片付けた後、アンタの組織は、また潰される……違うかい?」
たしかに、由美香の性格ならそうするだろう。
悠里は反論することが出来ない。
「あなたが言う危険は確かに正しいのでしょう。しかし我らには、生活があります」
こちらを向いた青年首領の顔が眼鏡越しにも苦悩している事が解る。
「私の組織は末端の構成員まで含めて百二十名。この者達の人生を預かる私としては、貴女の言う『いつか必ず来る危険』より『明日来るやもしれぬ欠乏』なのです」
そう話す間にも、航輝は徐々に追い詰められ、壁を背負って十人近い怪人に取り囲まれている。彼の正義の象徴であった白い星も、今や、土煙りで黒ずみ、流れ出た血で汚れていた。
(だめ・・・・・・ごめん、お兄ちゃん)
絶望とは、こういう事を云うのか、視界が真っ暗になる。
「《ラ・フィエスタ》の首領よ、貴方も同じ意見でしょう?」
蒼白な顔の悠里をしり目に、《エターナルナイトメア》の首領が、重蔵にも賛同を求めた。
「難しい問いですな」
「なにを、悩む?ドン・ファン、首領ならば当然の事だろう?」
重蔵の言葉に、《北海の守護》の首領が言った。
「悪の組織の長としてなら、そうでしょう。しかし、悪の首領としては頷きたく無いものです」
「儂らが悪の首領として、間違った判断をしていると申すか?」
《邪仙導師》の首領が問うた。再び殺気が部屋の中に充満する。
悠里に向けられたものよりも、数段強い、濃密なものだ。実際に殺気を向けられていないはずの悠里ですら、身動きが出来ない。
重蔵は、《邪仙導師》の首領の殺気を受け流すと、笑みを崩すことなく
「この娘が、怯えてしまいます。お静まりなさい」
と、言った。
途端に、殺気が弱まる。《邪仙導師》の首領は「すまんの」と悠里に謝ってくれた。
「い、いえ……」
それだけ返すのが、精一杯だ。
「諸卿の気分を害するつもりはないのです」
重蔵は、そう言うと、悠里を指さした。
「いま、この娘の話を聞いていて、我輩が組織を作ったころの事を思い出していたのですよ。世界征服の野望に燃えて組織を結成した頃をね」
重蔵は目をつぶり上を向く、その頃の事を思い出しているのだろう。部屋中をざわめきが満たす。
「幾多の困難がありはしたが、我らは組織をここまで大きくすることが出来ました。―――だが、我らは組織の経営ばかりが上手くなってしまったのではないでしょうか?」
首領達はめいめいに。
「オレ達は、世界征服の野望を失ってはおらぬわっ!」
「そうです。そのため、日夜作戦を練っているのではないですか」
などと、憤慨している。
悠里は、重蔵の話を緊張しながら聞いていた。援護射撃をしてくれている事は解る。だが、どうするつもりなのかが予想できない。
つばを飲み込もうとして、口の中がカラカラに乾いている事に気が付いた。
「我輩も、諸卿が世界征服の野望の情熱を今もなお燃やしている事は、承知しています。かく言う我輩も、その一人ですので」
そう言うと、席を立ちあがり、声のトーンを強める。
「そう!!我らには、世界征服の野望という誇りがあるはず!!」
「なにが言いたいのだ?ドン・ファン!!」
《北海の守護》の首領がしびれを切らして大声を上げる。
「わからないか?世界征服とはなんであるか?世界を征服し、世界の王となることだでしょう?悪の首領とは、未来における世界の王とは、他者の圧力に屈し、言いなりになる者の事をいうのかッッ?!」
重蔵の大喝が、部屋の中を満たす。
「そ、それは……」
《北海の守護》始め、首領達は雷鳴が走ったような衝撃を受けたようだ。
「そういうわけだから、首領としては賛同できないと言ったまでのこと……」
重蔵の声に首領達は反論できない。
悠里は、この様子を見守ることにした。
重蔵は首領達の『心』に話しかけているのだ。悪の組織の首領だからできる説得方法である。正義の味方の悠里には、到底不可能だ。
「彼を見たまえ」
重蔵は声のトーンを下げ、モニターの中で戦っている航輝を指さす。
モニターの中の航輝は、既に立っているのがやっとのように見える。攻撃を被弾する回数も増えてきたようだ。もう五分も戦っていられないだろう。
「彼は、スターライツレッドは、なにも知らずに我らの連合軍と、戦わされているのでない。我らの連合軍の数を十分に承知したうえで、自らの意志であの戦場に立っているのだ。」
重蔵の口調から、丁寧な口調が消える。彼も興奮しているのだろう。
皆が、航輝の戦いに注目する。への字口の少年は、歯を食いしばって攻撃を耐えていた。
「みよ、既に剣はボロボロ。コスチュームも破壊寸前ではないか!!!スターライツの娘よ、貴女に問おう。彼を突き動かしているモノはなんだ?」
「―――それは……」
急に話を振られて、悠里は考える。ここでしくじったら、永久に首領の心を動かすことは出来ない。今ここで何を言えばいい?長すぎてもダメだ。重蔵が求めている言葉。説得に使えるワード。航輝の心……。
時間にして一秒に満たない間ではあったが、悠里は頭脳をめぐるましく動かし、結論をだした。
この言葉しかない。
「それは『誇り』です。《スターライツⅤ》を理不尽な力で蹂躙されようとしているからこそ、兄は……レッドは誇りを持って立ち向かっているのです!!」
『上出来だよ、悠里ちゃん』
重蔵の声が聞こえた気がした。
「そう、『誇り』だ―――たしかに、彼が戦っているのは、自らの組織を維持し『誇り』を守るためだ為だ。しかし、悪の首領達は、組織を維持する為に自らの誇りに目をつぶった!!」
その空間に響くのは、重蔵の声だけだ。
「さて、我らの誇りは何処へ行ったのかね?」
その後の展開は早かった。
重蔵の言葉に、場の形勢は一気に逆転し、悪の首領達は、悠里の提案に乗る事を約束してくれたのである。
一緒に《サンクチュアリ》に敵対して戦闘してくれる組織こそ現れなかったものの、派遣している怪人や戦闘員を引き揚げてくれることを約束してくれた。
「確かに、後に潰されることが解っているのに、これに従うのは、悪の首領として問題だわなぁ」
と、《邪仙導師》の首領が言えば、《エターナルナイトメア》の首領も
「やられましたね、そう言われて返す言葉が見つかりません。それにしても、『誇り』と来ましたか……いやはや」などと言いながら退出していった。
《北海の守護》の首領などは
「悪の組織に圧力をかけて言う事を従わせる正義の味方と、無理と知りつつも誇りの為に立ち向かう正義の味方か……オレは、お前達と戦いたくなったぜ」
と嗤いながら悠里の頭を撫でた程である。
悠里は、会議場の廊下を歩く重蔵の隣を歩いていた。
「ありがと」
「なにが?」
「おじさんは、『悪の首領』としてじゃなく、『知り合いのおじさん』として、なんの利もなく動いてくれたじゃない」
「いや、利はあるさ」
「そうなの?」
何かあの会議で、《ラ・フィエスタ》が得るところがあっただろうか?
思いつかない。
重蔵はにやりと笑うと、人差し指を立てながら言う。
「わが娘、都の花婿候補が再起不能になっては、《ラ・フィエスタ》の将来が危ぶまれるからね」
なるほど、そういう事か。
やはり、『知り合いのおじさん』としてじゃないか。
悠里は、温かい気持ちになりながら、言った。
「そっか。わたしも、都さんならお姉ちゃんになっても良いとおもう」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ、これは《ラ・フィエスタ》最大の戦果だよ」
「都さん、どうしてるかな」
「なに、悠里ちゃんと同じで、航輝君を心配しているよ」




