希望の星の強調介入ー3
会合の席の中の温度が、十度は下がった気がした。
重蔵を除く首領の顔付きが替わる。
「これは、考えもしなかったのぅ」
顎から伸びるひょろりとした髭を撫でさすりつつ《邪仙導師》の首領が呟く。
「よいか?お嬢ちゃん。解っておるのだろうな?正義の味方が、同じ正義の味方を告発するという事が」
干し柿のような老人なのに、その全身から放たれる殺気だけで、悠里など殺されてしまいそうである。
「仲間を売るな……という事でしょうか?でしたら、既に、我々が《サンクチュアリ》によって売られています」
平静を装いつつ悠里は答える。
「あなた方、悪の組織に命じて、我が兄スターライツレッドを嬲っているのがその証拠ではありませんか」
「ふむぅ……。確かにのぅ」
納得したのか、《邪仙導師》の首領が殺気を解いてくれたので、少し話しやすくなる。
「しかし、小娘。一体何を告発するというのだ?まさか世間に、『《サンクチュアリ》は、悪の組織を陰で動かして、正義の味方に制裁を加えています』などと言う訳でもあるまい」
黙って聞いていた《北海の守護》の首領が、悠里に聞いた。
「そうです。《サンクチュアリ》は国家を又にかける大組織。傘下にはマスコミも多数抱えています。小さな組織の少女が、彼らの所業を社会に告発しても、やすやすと握りつぶされるだけでしょう」
《エターナルナイトメア》の首領も冷静に言った。
「はい、みなさんの組織にも、私達を攻撃させる様に圧力をかける程ですからね。攻撃しなければ、組織の存続は保障しないとでも言われましたか?」
と、悠里は上目遣いに、そう呟いた。
「本当に、殺してやろうか。この小娘……」
「安い挑発ですね。乗ってくれたのは、其処の髭ダルマだけのようですよ」
いい感じだ。
悠里は、そう思った。
最初は怒りでも、話を聞いてくれないよりは余程良い。
なかでも《北海の守護》と《エターナルナイトメア》の首領は、御しやすそうだと悠里は考えた。《北海の守護》の首領は、激しやすい反面、悠里の言葉をよく聞いているし。《エターナルナイトメア》の首領は、自分を「智謀の人」だと考えている節がある。
其処を足掛かりに、なんとか説得を成功させるのだ。
「勘違いしないでください。告発するのは社会にではありません」
「ほぅ……」
《邪仙導師》の首領の眉があがる。
仮に、世間にこの事を公表しても。いま、命の危険にさらされている航輝を救うことは出来ない。
悠里の目標は、いま襲っている悪の組織に、兄を攻撃することを諦めさせることなのだ。
その為なら、悠里は何だってやるつもりであった。
モニターを見ると、航輝が怪人の攻撃により吹き飛ばされていた。
ヘルメットが半分壊されて、航輝の顔が覗く。
一瞬、背筋が凍った。
早く何とかしなければ。
内心の焦りが、外に漏れない様に気を付けながら、懐からICチップを取り出すと、首領達に見せた。
「それは?」
「このICチップにはある撮影データが入っています。《サンクチュアリ》が、皆さんを裏切っている証拠です」
「そのチップのデータが偽物かどうか証明するものは?」
「それは、我輩が保障しよう」
今まで黙っていた、重蔵が発言する。
「我輩の娘、バイラオーラの記録素子にも同様の記録がある。いま諸卿の手元にその資料も配布しよう」
「……いいでしょう」
何処の悪の組織か、末端の構成員がチップを受け取り、会議室の映写機にかける。
「ご覧ください。撮影の出所は言えませんが。《サンクチュアリ》のリーダー、聖園・ジゼル・由美香の言葉です」
『正義の組織も、悪の組織も多すぎるんですのよ。あなた達、正義の味方を壊滅させたら、次は、中堅どころの悪の組織も一掃して差し上げますわッ!!』
悠里が首領に見せたのは、由美香と初めて会い、航輝に《サンクチュアリ》の傘下に入れと言ったときの由美香の映像だ。
あの時、こっそりと撮影していたのだ。
悠里が由美香に執拗に食い下がったのは、この言質を取るためだったのだ。
完全に不意を突かれたあの日、交渉材料として何か用意できないかと、必死に引き出した一言である。
「ご覧になった通り、聖園は皆さんの組織を保障するつもりはありませんッ」
会議室の首領達がざわめきだす。
「皆さん中堅の悪の組織は、我々零細の正義の組織を潰すために先兵として、酷使され……」
言葉が『毒』の様に首領達に浸透していく。
一瞬の間を置いた後、悠里は大声で訴えた。
「疲弊したところを見計らい《サンクチュアリ》は、あなた方を壊滅させるつもりなんです!!」
悪の首領たちは、口々に《サンクチュアリ》を罵る。
「ちっ!奴らのやりそうな事だぜ」
「まぁ、我々と《サンクチュアリ》では、力の差がありすぎますからね。ありそうな事です」
「ふむ……まぁ、ただ圧力をかけて来るだけでは無いと思っていたがの……」
由美香が喋った言葉は、ICチップで再生された内容だけに過ぎない。
しかし、悠里はその言葉をもとに、首領達が信じやすい『嘘』を織り交ぜた。
『由美香なら、そこまで考えていてもおかしくは無い……』
首領達にそう思わせる事、これが悠里の『作戦』だった。
悠里は、首領たちのざわめきが収まるのを待たずに、畳み掛けるように言った。
「実際、皆さんの組織に配布された《サンクチュアリ》からの指示も、怪人の名前や数など詳細なものだったハズです」
「ああ、確かにな……」
「それこそ、次に潰そうと狙っているのが、みなさんの組織である事を表しているのです!」
「……むぅ」
それはそうである。
いま、航輝を襲っている怪人たちの組織は、〈悠里が選んだ〉のだから。
悠里が、由美香に願った「やられる相手ぐらい、希望させてください」との訴えは、受け入れられ。悠里は、即座に希望を出した。
判断基準は、今まで《サンクチュアリ》との取引が無く、《ラ・フィエスタ》とある程度のつながりがあって、怪人のデータをある程度調査できる相手……。
全て「組織の構成まで調べられているぞ、次は自分たちの番だ」と首領達に思い込ませる為の布石だったのである。
「どうか皆さん、攻撃してくると解っている組織の指示など聞かないでください。この戦闘から、手を引いてくださいっ!!!」
ここだけは、悠里の偽らざる本音だった。
「今まさに《サンクチュアリ》に潰されようとしている我々と、遠くない将来、潰されようとしている皆さんの組織が、争う必要は無いはずですっ!!」
会議場に沈黙が走る。
なにやら、首領達が自分の携帯端末を使い指示を出している音だけが聞こえる。
きっと、今の悠里の訴えた内容を、調査させているのだろう。
しかし、何も解らないはずだ。
何故なら、これは全て悠里の『ハッタリ』であるのだから。
そして疑心を植え付けられた首領達にとって『調べても何もわからない』という事は『それだけ、深い所で作戦が進行しているのか』と疑惑を深める事になるだけである。
悠里の言葉を『調べ始めた』という事実だけで、彼らが混乱している事が解った。
(はやく……はやくして)
悠里は、焦る心を抑え、黙り続けた。
言うべきことは言った。
後は、首領達の返答を待つだけだ。
モニターでは、航輝がまた吹き飛ばされた。既に熱線銃は吹き飛ばされ、剣もボロボロだ。
『あーっと!ご覧ください。またスターライツレッドの天地航輝君が、吹き飛ばされましたっ!!指示を聞かずに己の力を過信して勝手に飛び出したせいとはいえ、あまりにて痛い教訓を受けていますっ!!』
《サンクチュアリ》から発表された情報を鵜呑みにしたアナウンサーが、スターライツレッドの軽挙を批判しながら実況している。
(はやくッ!……お兄ちゃんが死んじゃうッッ!!)
焦りが頂点に達する。
ここが会議室で良かった。
机に体重をかけていなかったら、足が震えて座り込んでしまうだろう。
やがて、悪の首領の一人が口を開いた。
《エターナルナイトメア》の首領だ。
「お待たせしました。貴女の言う事に一応の裏付けが取れましたよ」
これもハッタリだろう。でなければ、誤報を信じたという事だ。
「では、申し出は受けて戴けますか!?」
口調がつい早口になってしまう。
腰を浮かしかけた悠里に《エターナルナイトメア》の首領は、冷たく言い放つ。
「いえ、申し出はお断りいたします」




