復讐者のM&Aー6
由美香は今、聖園コンツェルンの本社ビル地下にある、周囲を灰色の強化素材で囲まれた訓練場で汗を流していた。この中でなら由美香の強力なパーソナルウエポンを使っても耐えることが出来るのだ。
彼女は変身すると、白を基調とした薄い絹のような衣服に、肩と胸だけを守るハーフプレートと呼ばれる防具を纏い、両手持ちの大剣を携えた姿をしている。
そのどれにも、職人気質のお抱えマッドサイエンティストが、優美な装飾が施していた。顔を隠すヘルメットや仮面といった物はつけていない。
通常、《サンクチュアリ》のグレイスフルエンジェルなどと呼ばれる、サンクチュアリの象徴的存在である。
由美香は、訓練場でランダムに表れる人形を、両手に持った大剣でやすやすと切り裂いていった。
斎木からの通信が入る。
『お嬢様。《スターライツⅤ》の、債権の買い取りすべて、終了いたしました』
「ごくろうさま」
由美香は、その情報を当然の事として聞いた。
これで聖園コンツェルンが最大の債権者である。今までは、借金の返済を猶予してもらっていたようだが、これからは支払えないようなら、容赦なく取り立てしてやるつもりだ。
《サンクチュアリ》と《スターライツⅤ》の組織としての体力は、ゾウとアリ程に離れている。このまま圧力をかけ続ければ、おのずと潰れるだろうが、ただ潰すだけでは面白くない。
自分の傘下に収め、天地航輝のスターライツレッドと言う存在を、貶めてやらなければ由美香の気が済まない。
覚悟も無い癖に、意見だけは立派な航輝への成敗を行うつもりなのだ。
『これをいかが致しますか?』
「馬鹿ね、厳しく取り立てなさい。秘密基地を差し押さえても構わないわ」
『かしこまりました』
訓練を終え、由美香は汗をぬぐいながら言った。
「傘下に入ることを断ったのなら、泣いてお願いするまで締め付けるまでです」
由美香の脳裏に、誘いを断った天地航輝の顔が写る。
口をへの字に曲げ、生意気な口調で由美香に意見を言っていた。
《スターライツⅤ》は既に作戦を遂行することも出来ず、アイテムも買えない。いわば八方塞りの状態だ。そこで傘下に入れば、組織が存続できると言ってやったのに、断るなど、理解できない。
あれからひと月が立つ、圧力をかけ続けているので、すぐにも音を上げるかと思っていたが、意外としぶとい。
『お嬢様は、あの者に、なぜそこまで拘るのでしょう?』
斎木が突然、質問する。この男が、由美香の質問に答える以外で自分から発言することなど、稀な事だ。
「しれたことです。あのような、やる気がなく生意気な男が目障りなのです」
『左様でございますか』
「わたくしに屈辱を与え、善意の申し出も断ったうえに、身勝手な意見まで述べたのですから。それ相応の報いを受けて戴かなくてはなりません」
ひと月ほど前の航輝の姿を思い出し、また不快な気分になる。
「あのアドバルーンの復讐がしたいなら、他の組織を巻き込むなですって?!わたくしが、そのような事だけであのやり方を考えたと思っているなんて!!了見が狭いにもほどがありますわっ!!」
由美香は憤慨する。
ろくな活動が出来ていない小さな正義の組織など、あらかた潰れてしまえば良いと考えていたのは、何も《スターライツⅤ》に係わる前から考えていた事なのだ。
なのに、それを「思いつき」で行動したとばかりに言う航輝の性根は、ねじくれているのではないだろうか。
『お嬢様……』
斎木は、彼にしては珍しく、少し逡巡していたようだが、やがて決心したように発言した。
『《スターライツⅤ》の活動ではございませんが、《スターライツⅤ》が三日後に作戦を行います』
「周囲の悪の組織には、作戦を受け付けない様に『お願い』していたハズでしょう?」
『いえ、《スターライツⅤ》全体としての作戦ではございません。現在は個別に活動しているようです。三日後に出動するのは天地悠里。なんでも、他の正義の組織が戦う所を、サポートする役目だとか』
「同じ事です。作戦を遂行している事には変わりありません」
かれらが一月音を上げずにいられたのはこれか。
全体で行動しなければ、聖園コンツェルンの情報網に捕らえられないとでも思ったのだろうか。浅知恵も良い所である。
『いかが致しましょう?』
「少し脅かしてやりなさい」
由美香は短く、それだけ指示したのだった。




