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復讐者のM&Aー5

ソファーの前にあるガラス板の机に、一枚のファイルが差し出される。

「これは?」

「契約書です。お話が理解出来たら、どうぞ署名なさい」

由美香は、そう答えた。何をぐずぐずしているんだと言う様子を隠そうともしない。

「今ここで?」

航輝は聞いた。

「他に選択肢はありますか?」

 由美香は平然と答える

「仲間と話し合う時間をください」

「くだらない。あなた自身で決められませんの?」

 由美香が眉をひそめる。正義の組織のリーダーの在り方についても見解の相違がありそうだ。

「おれは、良いぜ航輝。お前が決めろ」

不意に鋭一が言った。

「正直言えば、はらわたが煮えくり返ってて、冷静な判断が出来そうにないからな。俺に聞いても無意味だ」

 鋭一が、今まで喋らなかったのは、怒鳴りつけたくなるのを我慢していたからだった。

「うん、航輝が決めればいいと思う」

都も、ぶっきらぼうに答えた。本当に怒っている時の声だ。

「お兄ちゃんの正義の組織だもん。お兄ちゃんが決めていいと思うよ」

 悠里がこっちを向いて言った。ポケットからチョコを取出し「いる?」と聞いてくる。

 気が楽になった。

航輝は、励ましてくれたみんなを見て一つ頷くと、差し出されたファイルをそのまま由美香につき返した。

「その申し出、お断りします」

「なんですって?」

 断られるなど考えもつかなかったのだろう。由美香が驚きの声を上げる。

「確かに、良い案なんだと思いますよ。作戦実行する相手を探して『営業』しに行く手間も省けますし。でも小さな組織だって、それなりに平和を守っているんです。街のイザコザを解決するのだって立派な事じゃないですか」

「町のイザコザを解決することなんて、正義の味方じゃなくても出来ますわ」

そんなものは正義でも何でもないとばかりに由美香が切り捨てる。

「そんなことありません。俺達は、それも大切な活動だと思っています」

 航輝達に舞い込む依頼の中には、近所の人から『猫がいなくなったから、捜してくれ』なんて、しょうもないものも存在するのだ。航輝達は総出で二日間探し回った事もある。

正義の味方を何でも屋か何かと間違っている気もするし、確かに『作戦』とは言えないが、これだって、街の平和に貢献していると思うのだ。

「あとそれ、あのアドバルーンの事があったから思いついたんですよね。小さな組織の俺達に恥をかかされて、悔しかったからって、他の組織も巻き込んで復讐なんてしないで下さいよ」

「私が、屈辱を晴らすために考えたと仰いますの?」

「違うんですか?」

 由美香がソファーから立ち上がる。受け取ったファイルが震えている所を見ると、怒りに震えているようだ。もう言ってやろう。後の事なんか気にするものか。

航輝は、由美香の目を見ると言ってやった。


「ご自分の、幼稚な復讐を正当化する為の『建前』を、自分の『本音』だと勘違いしないでください」




「みんな、ごめん」

つい、カッとなって言ってしまった。

航輝は、素直に頭を下げた。

「気にするなって、カルシウムが足りないんだよあの女」

「そうよ、航輝が言ったことの方が正しいよ」

 しかし、由美香を完全に怒らせてしまった。

あの後が大変だった。由美香は「こんな屈辱は初めてだと」頭の髪をわしゃわしゃと掻き毟って喚きちらした上で、後悔するなという趣旨の言葉で罵倒した後、ファイルを航輝に叩きつけると、去っていった。

ファイルから散らばった契約書の紙が辺りに散らばっている。

斎木やボディーガードの男たちが慌てて後に続いて出ていくと、航輝達は応接室に残されたままとなってしまった。

「うん、都さんの言うとおりだと思う。ウチはウチなりの方法で頑張ればいいよー」

 みんなの言葉に心が温かくなると同時に、涙腺が緩む。

「さぁ、俺達も帰ろうぜ」

 鋭一が俯いてしまった航輝の肩を叩いて言う。部屋の主人が勝手に出ていってしまったのだから、航輝達も却ってよいはずだ。皆で応接室を出る。

「あ、ちょっと、みんな、ちょっとココで待ってて」

部屋を出ようとした際に、悠里が何事か思いついたらしく立ち止まると。応接室に引き返していった。

「悠里ちゃんどうしたんだろ?」

「悠里ちゃんの事だ、なんか考えでもあるんだろ。二人とも、俺が見ていてやるから、先に車に戻っていていいぜ」鋭一が、車のキーを航輝に放ってよこした。

 ビルを出て車の中で待機する。由美香の高級車が見当たらないところをみると、本当に帰ってしまったようだ。周囲はすっかり夜になっていた。小雨も降り始めているので、星空は見えない。

助手席に座った航輝は、バックミラーで都を見ながら言った。

「すっかり遅くなっちゃってゴメンな。鋭一さんには悪いけど、この車で送ってってもらうよ」

秋も終盤の、この小雨の中、一人で返すわけにはいかない。

「あ、うんありがとう。お父さんに今から帰るってメール入れちゃうよ」

「おう」

 しばらく、都が携帯を操作と共に、つけているストラップの鈴が、ちりちりと車内に鳴る。ぐるぐるした大きな目と、まるい体を持つ子供向けアニメのキャラクターだ。名前は、何だったか。航輝には興味が無いので、何度聞いても覚えていられない。

「それにしてもすごい人だったね」

都がしみじみと呟く。言葉には疲れが見えた。

「ああ」

 由美香は、航輝が今まで会ってきた人物のなかで、一番強烈な個性を持っていた。

「なんというか、自分のいう事『だけ』が正しいってタイプの人だったなぁ」

 航輝が一番苦手とするタイプである。

「ほんっっっと、ゆるせない」

都が、車内の床を踏み鳴らす。

バイラオーラの姿だったら、十秒で車がスクラップになる処だが、今の都では車はびくともしない。

そんな話をしていると、鋭一と悠里が帰ってきた。

「すまん、遅くなった」

 運転席に戻った鋭一が言う。ブルゾンの肩が少し濡れている。いつの間にか飴が強くなっていたようだ。

「何か気になる事でもあったのか?」

「うん、役に立つかわからないけど、ちょっとねー」

手には、由美香が投げつけたファイルなどがある。さらには置いてあった紅茶カップまで持ってきている。

「おい、それドロボ……」

航輝は言いかけたが、悠里は聞く耳を持たない。


「いいの、『敵』の情報は少しでも多いほうが良いでしょ」

 悠里も由美香を『敵』と認識したらしい。

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