安心できない景況感報告ー1
正義の組織は、なにも航輝達《スターライツⅤ》のような小さな組織だけではない。
中には、世界を股にかけて活躍する大規模な正義の組織も存在する。
数百人にも及ぶ正義の味方を有し、国家にも発言力を持っている。末端の構成員まで含めれば、係わる人間は数万人では効かないだろう。彼らは通常、何ヶ国もの国家に支部を置き、国際的な悪の大組織と対立し、日夜作戦を遂行している。
そんな巨大組織も、世界には存在するのだ。
日本を本拠とする正義の組織も、そんな大組織の一つであった。
そして、この《サンクチュアリ》は、若干十九歳の女性が、リーダーを務めている事で有名なのであった。
「なんですの、これは……」
執務室で一人の女性が怒りに震えている。
彼女が、《サンクチュアリ》のリーダー。名前を、聖園・ジゼル・由美香という。
ミドルネームに外国名が入っているのは、彼女がハーフだからだ。
彼女には半分フランス人の血が流れていた。
シャープな輪郭に、浅黄色の瞳、長い睫毛と細く鋭い目つきの容姿は、通常ならば美女というカテゴリーに入るだろう。
しかし、由美香の場合、容姿が整い過ぎているのだ。
人類の理想を刻んだ彫像が冷たい印象を与えるように。彼女の容姿からキツイ印象を受ける者も少なくは無い。
本人もそれを自覚してか、肩口まであるダークブラウンの髪をふわりとカールさせ、優しげな印象を作り出すようにしているが、あまり効果を上げてはいなかった。
「斎木、これはどういう事です?」
由美香は、苛立たしげに傍らに立つ男に聞いた。苛立った表情が、由美香の整い過ぎた表情をより一層キツくみせる。
「申し訳ありません。お嬢様。現在調査中でございます」
斎木と呼ばれた男が、深く頭を下げる。
黒い燕尾服に身を包んだ老年の男だ。
「あなた、聖園家のハウス・ステュワードとして働いて、何年経ちますの?」
「執事より昇格の栄誉を賜り、7年になります。お嬢様」
ハウス・ステュワードとは『家令』とも訳され、屋敷の一切を取り仕切る使用人の中では最上級の職業である。通常、経験を経た執事が昇格する。
斎木と呼ばれた男も、長年、聖園家に仕え、この地位を得たのだろう。
そんな斎木に、孫ほども年の離れた由美香が声を荒げて命令する。
「でしたら、調査中などと言わず。今すぐにこの失態の原因を探ってきなさいっ!!」
彼女が怒りに震えているのは、訳がある。
この三年の間、《サンクチュアリ》は、持てる能力のほぼ全てを賭けて、ある巨大な悪の組織と戦いを繰り広げてきた。
その組織も世界を股にかける巨大組織であり、《サンクチュアリ》と由美香は全身全霊をかけ戦い抜いてきた。ある時は騙し、また、ある時は騙され。その英知の限りを尽くして、戦う二つの大組織。それは、まるで二匹の巨大な龍が、お互いを喰らいあうかのような、壮絶なものであった。
「《トータル・ディプロヴァリー》と我が《サンクチュアリ》との長い長い闘いが正に終わったその瞬間。私の精神は今までにない幸福に満たされていましたわ」
二大組織の激闘は、正に昨日、《サンクチュアリ》側の勝利で幕を閉じたのである。
それでも尚、由美香の心は晴れやかでは無かった。
「それが……それが……」
由美香が口惜しさにわなないている。
相手の5手も6手も先を読み合う駆け引き。
その末に、昨日はようやく敵の首領を、首都近郊の上空まで追い詰めたのだった。
所有する戦闘飛行船三隻を使った、空中戦。
当然、悪の組織の反撃も凄まじく、残った怪人全てが首領を守るべく応戦する。長く苦しい戦いの末に、ようやく首領を打ち取った。
あの戦いは、《サンクチュアリ》の歴史だけではなく、人類の歴史にだって残る戦いだったに違いない。
「それが、こんな結果になるなんて。わたくしには我慢なりませんっ!!」
「ご心痛、お察しすることも出来ず。ただ恐縮する限りでございます。お嬢様」
彼女が言った『こんな結果』とは、一枚の写真に起因する。
首領を捕らえることに成功した由美香は、早速記者たちを呼び寄せた。
《サンクチュアリ》程の巨大正義の組織となると、戦いに随行する記者も多数存在する。
彼らを呼び寄せ、存分に撮影させる。
「この写真は、わたくしの《サンクチュアリ》運営の最初の大成果として、永久に後世に残るハズだったのですよ!!」
由美香は手に持った写真を握りしめた。
足元にはとらえた首領を縛り上げ、由美香が天使をイメージしたコスチュームのまま、にこやかに微笑んでいる。
飛行船のバルーンの上、周囲にはゴミゴミとした街並みは一つもなく、暮れゆく夕日から伸びる温かい光……
全てが、この日の為に用意された最高の舞台だった。
その最高の瞬間を切り取ったすべての写真に……
写っていたのだ。
『夕凪駅南口商店街、タイムセール。お肉・お魚3割引き』と書かれた垂れ幕が書かれたアドバルーンが……。
それは、虫眼鏡で拡大しなければ、解らないサイズだった。
写真をとった記者たちも気が付かず、そのまま新聞やニュースで掲載・使用されてしまったのだ。
しかし、後になってよくよく見てみれば、写真の右端に小さく、それでいて、無視できないサイズで問題のアドバルーンが、ふよふよと浮いていたのである。
それは、ちょうど写真に写る由美香の顔の横あたりにあるので、見方によっては、由美香がまるで漫画の吹き出しの様にアドバルーンの内容を喋っている様にも見えなくもない。
次の日のワイドショーなどでは、早速、この事がとりあげられて。
『珍事?!世界を救った聖園・ジゼル・由美香嬢。ついでに地方商店街も救済か?』
などと言った見出しが躍った。
あの手のアドバルーンは、本来どこか地面か建物にワイヤーで繋いで使用するものだ。
普通ならば飛行船の高度まで、届かないはずである。
しかし、繋いであったワイヤーが切れたのか。それとも悪質な悪戯か。
とにかく、勝利の瞬間。
最高の場面となるハズだった、一瞬に写りこんでしまったのだった。
「ほんとぉぉぉぉに、信じられませんわ。なんで、あの時、あの瞬間なんですの!?」
由美香は憤慨する。
その日は達成感と心地よい疲労から、お気に入りのベッドで眠り込んでしまったため気が付かなかったが、次の日の報道でそれを知り愕然としたのだ。
「わたくしの偉業を妨害するつもりだったとしか考えられません!!」
手の中の写真を握りしめ、今にも破らんとする勢いだ。
「お父様より組織を受け継いで、これまで今日ほどの屈辱を受けたためしはありませんっ!」
《サンクチュアリ》は日本を代表する企業、聖園コンツェルンの創業者にして由美香の祖父、聖園宗雅によって創られた巨大組織である。
祖父が作った《サンクチュアリ》は、順当に父、弓彦に引き継がれた。
しかし、その父が早世したため、由美香は十五歳でこの巨大な組織を引き継いだのだ。
以来5年、彼女はこの組織のリーダーとしてだけではなく、巨大コンツェルン自体を動かしてきた。
そんな由美香が、三年の時間をかけて《サンクチュアリ》と同じ規模の悪の組織を倒した。
その初めての瞬間を、成果を台無しにされたのだ。
些細な事だとはいえ、由美香がプライドを踏みにじられたと考えるには十分であった。
電子音が鳴る。
なにやら斎木の端末に連絡が入ったようだ。
「失礼いたします」
由美香に断りを入れて、端末を取り出すと、斎木の眉がピクリと動いた。
「お嬢様」
「なに?」
この上、何か問題でも起こしたのなら、本当にクビにしてやると心に決めながら聞いた。
「あのアドバルーンの正体が解りました」
「遅い!もっと早く探してきなさい」
「申し訳ありません。お嬢様。調査班の解析によりますと、問題のアドバルーンの上がっている方向は夕凪市という街でございます」
斎木は、由美香の叱責に眉一つ動かさず謝罪してから、説明した。
「また、夕凪市には《スターライツⅤ》と名乗る、ささやかな規模の正義の組織がございます」
「それで?」
「問題の写真が撮られた同刻、同日時に、その正義の組織による、戦闘が行われておりました」
「戦闘の規模は?あの周辺の主だった正義の味方には、あの日大がかりな作戦をしないように『お願い』しておいたはずでしょう?」
この場合、『お願い』と言うより、『命令』に近い、《サンクチュアリ》のような巨大な組織の申し出を断ることの出来る組織は、少ないのだ。
由美香としては、相手の都合など考えずに、一方的な通告をすれば事足りるのである。
舞台を整え、最高の環境の下で戦いに挑んだはずだった。
なぜこんな手抜かりがあったのか。
イライラと指で机の上を何度も叩く。
「それが、駅前商店街の防衛作戦という、ごく些細なものでしたので情報網に引っかからなかったというのです。さらに、その作戦の遂行の際、何らかのトラブルが起きたようです。内容は調査中ですが、作戦自体は失敗に終わったとの報告が入っております」
由美香には、信じられない作戦だった。
商店街の平和を守って、何か良いことがあるのだろうか。
少なくとも、世界平和には貢献出来そうもない。
その様な、作戦など聞いたことも無かったし、そんな作戦を遂行する正義の組織がいるなど考えたことも無かった。
さらに信じられないのは、『その程度の作戦』を、どうやったら失敗することが出来たのか。
活動に真面目に取り組まない質の悪い、正義の味方に違いない。
「で、その些末な組織がどうしたのです?」
由美香は苛立ちを隠さずに聞いた。
「作戦に失敗した際、あやまって、商店街のアドバルーンの土台を破壊。空に放ってしまったとの事でございます。」
「んなっ?!」
斎木は、自分の主人が驚きから立ち直るまで、しばらく間を置いてから言った。
「そのアドバルーンが台座から解き放たれた時刻と、お嬢様が写真を撮られた時刻が、ほぼ一致しております」
つまり、航輝達の商店街の作戦で空高く飛んで行ってしまったアドバルーンは、たまたま由美香の勝利の記念写真を取る瞬間に、その姿を余すことなく写されてしまったという事である。
由美香は、斎木から伝え聞いた事実を暫く無言で考えていた。
斎木は何も言わず控えている。この男は主人から発言を求めない限り、決して自分の意見をいう事は無い。
やがて由美香は、低く底冷えのする声で言った。
「では何?わたくしたち《サンクチュアリ》は、商店街の平和を守る戦いに邪魔をされたというのね」
「ありていに言えば、そういう事に御座います。お嬢様」
斎木が答える。
「その者達の、データーをここに」
その様な者達に邪魔されたのだと考えれば考える程、屈辱である。
「もう一方、戦っていた悪の組織はいかが致しましょう?」
「無頼の輩に興味はありません。わたくしが屈辱を感じているのは、同じ正義の組織に邪魔をされた事ですッ!!」
「かしこまりました。では私も資料をまとめてまいります。ついては、暫時お嬢様のもとから席を外すことのご許可を」
「許可します」
「ありがとうございます。お嬢様」
「そうだ、斎木」
由美香は、退出しようとする斎木を呼び止める。
「なんでございましょう。お嬢様」
ドアを開け退出しようとしていた斎木が立ち止り、由美香に向き直る
「ただの執事に戻りたくなければ、この様な失態は、これきりにしておきなさい」
「はい、お嬢様。ご寛恕、痛み入ります」
斎木は深い一礼を持って応えた。




