火の国から届いた報告
灰の大地、火の国
北方の氷の国で、多くの民を救うため。
五人の王たちは初めて、それぞれの国の力を一つにした。
火の国が炎で民を暖め。
光の国が光の力で作物を育て。
水の国が川と海を利用して食料を運び。
風の国が物資を運ぶ風を起こし。
そして氷の国が、凍りついた土地を管理しながら人々を救った。
完璧ではなかった。
救えなかった命もあった。
失われた村もあった。
それでも――。
西の大陸に、初めて変化が訪れ始めていた。
五つの国は。
「敵」ではなくなり始めていた。
そして。
氷の国の問題が、ひとまず落ち着きを見せ始めた頃。
五人の王の前に、新たな報告が届けられた。
それは。
かつて彼らが最も恐れ、そして最も嫌っていた国からの報告だった。
火の国。
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火の国から届いた報告
五人の王は、再び白い城へ集められた。
置かれていたのは。
地図。
報告書。
そして。
数え切れないほどの犠牲者の名前だった。
「……これが、火の国の現状です」
老臣の声が、静かな会議室に響いた。
火の王ガルドは、地図を見つめていた。
赤く塗られているはずの火の国。
しかし。
その地図の多くは黒く塗りつぶされていた。
「何だ、この黒い場所は」
ガルドが尋ねる。
「焼失地域でございます」
「焼失?」
「はい」
老臣は別の紙を差し出した。
「長年の戦争による火災」
「魔法による大規模な炎」
「火山噴火」
「森林の焼失」
「農地の消滅」
「井戸の枯渇」
「そして、避難民の増加」
ガルドは紙を受け取った。
そこには。
数字が書かれていた。
死者。
負傷者。
避難民。
孤児。
失われた農地。
ガルドの手が止まった。
「……こんなに?」
「はい」
「俺の国で?」
「はい、陛下」
ガルドは椅子に座ったまま動かなかった。
エリシアが静かに言った。
「ガルド」
「……何だ」
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろ」
その声には。
以前のような怒りはなかった。
ただ。
混乱があった。
「俺は、何をしていた?」
誰も答えなかった。
ガルドは自分で答えた。
「……遊んでいたな」
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灰しか残っていない村
数日後。
五人の王は火の国へ向かった。
ガルド。
エリシア。
セレナ。
マリウス。
フェリオ。
彼らは王の護衛を連れて、火の国の南部へ入った。
最初に彼らを迎えたのは。
炎ではなかった。
灰だった。
「……」
フェリオが言葉を失った。
地面が黒い。
木々が黒い。
家も黒い。
村だった場所には。
建物の骨組みだけが残っていた。
「ここに、人が住んでいたのか?」
マリウスが尋ねた。
火の国の兵士が答える。
「以前は、三千人ほどが暮らしていた村です」
「以前は?」
「今は、百人ほどです」
五人の表情が変わった。
「残りの人間は?」
「死亡」
兵士は淡々と答えた。
「あるいは避難」
「あるいは行方不明」
ガルドはゆっくり歩き始めた。
自分の足で。
黒い大地を踏んだ。
ザッ。
灰が舞い上がる。
その時。
足元に何かが見えた。
小さな木の人形だった。
焦げている。
片方の腕がない。
「……」
ガルドはそれを拾い上げた。
「誰のものだ?」
近くにいた老人が答えた。
「孫のものです」
ガルドが振り返る。
老人は、焼けた家の跡に座っていた。
「その子は?」
「死にました」
老人は言った。
「母親も」
「父親も」
「家も」
「畑も」
ガルドは何も言えなかった。
老人は王を見ていなかった。
王が来たことなど。
どうでもいいようだった。
「戦争ですか?」
ガルドが尋ねた。
老人は首を横に振った。
「最初は戦争でした」
「最初は?」
「途中から、誰が敵で誰が味方なのか分からなくなった」
老人は黒い大地を見つめた。
「火の魔法が飛んできた」
「家が燃えた」
「森が燃えた」
「畑が燃えた」
「逃げた」
「それだけです」
ガルドは拳を握った。
「……火の国の王として」
老人が初めてガルドを見る。
「俺は――」
しかし。
その先の言葉が出なかった。
王として何を言えばいいのか。
分からなかった。
謝ればいいのか。
約束すればいいのか。
金を渡せばいいのか。
死んだ者は帰ってこない。
焼けた土地は。
言葉だけでは元に戻らない。
「……必ず」
ガルドは、ようやく言った。
「必ず、この土地を元に戻す」
老人は何も答えなかった。
ただ。
「前の王たちも、そう言いました」
その言葉だけが。
ガルドの胸に突き刺さった。
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火を使えない火の王
その夜。
ガルドは野営地で一人、炎を見つめていた。
自分の手のひらの上で、小さな炎が揺れている。
「俺の力は」
ガルドが呟く。
「人を殺すためだけの力じゃない」
しかし。
火の魔法は長い間。
戦争に使われてきた。
敵を焼く。
城を燃やす。
畑を焼く。
森を焼く。
ガルドは手を握った。
炎が消える。
「どうすればいい」
その時。
背後から声がした。
「暖めればいい」
ガルドが振り返る。
そこには。
エリシアが立っていた。
「簡単に言うな」
「簡単なことを、今まで私たちは忘れていたのよ」
「……」
エリシアは、自分の白い手を見る。
「私の氷も同じ」
「凍らせることしか知らなかった」
「でも」
エリシアはガルドを見る。
「氷は食料を保存できる」
「氷の壁は洪水を防げる」
「雪を管理すれば、水不足を防ぐこともできる」
ガルドは驚いた。
「……お前、そんなこと考えてたのか」
「牢に閉じ込められている間、ずっと考えていたわ」
「俺は、壁を燃やすことしか考えてなかった」
「知ってる」
「なぜ知ってる」
「みんな知ってると思う」
ガルドは顔をしかめた。
エリシアは少しだけ笑った。
そして言った。
「あなたの火は、人を暖められる」
「……」
「それなら、まず暖めましょう」
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五つの力
翌日。
五人の王は、焼けた村の中心に立っていた。
そこに。
五つの国の魔術師たちが集められていた。
火。
氷。
光。
水。
風。
長い戦争では。
彼らは互いを殺すために集められていた。
しかし今日は違う。
「始めるぞ」
ガルドが言った。
最初に動いたのは。
水の王マリウスだった。
「川の流れを変える」
彼が手を前へ出す。
遠くの川から水が持ち上がった。
大量の水が空を移動する。
「ただし、村へ流し込むな」
フェリオが言った。
「分かっている」
「俺が誘導する」
フェリオが風を起こす。
水は巨大な空中の川となって、焼けた土地へ運ばれていく。
乾き切った大地へ。
少しずつ。
水が染み込んでいった。
「次は私」
セレナが前へ出た。
光が大地を包む。
「焼けた土は、すぐには元に戻らない」
彼女は言った。
「でも」
「命が戻るための手伝いはできる」
光が土へ降り注ぐ。
土の中に残っていた小さな種。
死んだと思われていた植物。
そこに。
わずかな緑が生まれ始めた。
「すごい……」
村人たちが声を上げた。
次に。
エリシアが動いた。
「氷の魔法は、火の国には向いていないと思われていた」
彼女は静かに言った。
「でも」
氷の壁が作られる。
それは冷たい牢獄の壁ではなかった。
貯水池だった。
水を保存するための氷。
暑さから食料を守るための氷室。
そして。
洪水を防ぐための壁。
「氷にも、できることがある」
最後に。
ガルドが前へ出た。
村人たちが、少し身構えた。
火の国の王。
炎を操る王。
その炎が。
この土地を焼いたこともあった。
ガルドはそれに気づいていた。
だから。
簡単に炎を放つことができなかった。
「……俺がやる」
ガルドは手を開いた。
炎が現れる。
しかし。
以前のような巨大な炎ではない。
小さな炎だった。
暖かい炎。
「家を建てるための鉄を加工する」
「焼けた木を処理する」
「寒い夜を暖める」
「食料を調理する」
ガルドは村人を見る。
「もう」
炎が揺れた。
「この火を、お前たちを焼くためには使わない」
誰もすぐには拍手しなかった。
誰も。
すぐには信じられなかった。
ガルドも分かっていた。
だから。
何度も言わなかった。
代わりに。
働いた。
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王が初めて土を踏んだ日
復興は。
一日では終わらなかった。
一週間でも。
一か月でも。
終わらなかった。
王たちは。
毎日のように村へ通った。
ガルドは、焼けた建物の鉄を加工した。
フェリオは、木材を運ぶ風を作った。
マリウスは、新しい水路を作った。
セレナは、傷ついた人々を治療した。
エリシアは、食料を保存するための巨大な氷室を作った。
そして。
初めて。
五人の王は知った。
政治とは。
王宮で命令することだけではない。
土を知ること。
水を知ること。
人を知ること。
失われたものを知ること。
そして。
失った者の前で。
簡単な約束をしないことだった。
ある日。
ガルドは焼けた畑で鍬を持っていた。
「……重い」
「当たり前です」
農民が答えた。
「毎日こんなものを使っているのか」
「はい」
「朝から?」
「日の出から」
「夜まで?」
「日が落ちるまで」
ガルドは鍬を見つめた。
「俺は今まで」
土を触ったことすらなかった。
王だから。
必要ないと思っていた。
しかし。
王の食事も。
王の酒も。
王宮の豪華な宴も。
すべて。
誰かが土を耕えしていたから存在していた。
「……悪かった」
ガルドが言った。
農民が止まる。
「俺は」
「何も知らなかった」
農民は、しばらく黙っていた。
「知ったなら」
やがて言った。
「これからやればいいでしょう」
ガルドは顔を上げた。
農民は笑っていなかった。
怒ってもいなかった。
ただ。
当たり前のことを言うように。
「王様」
「はい」
「畑は、明日もあります」
ガルドは鍬を握った。
「……そうだな」
そして。
もう一度。
土を耕し始めた。
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東の大陸からの影
火の国の復興が始まってから。
数か月が過ぎた。
黒かった土地には。
少しずつ緑が戻り始めていた。
新しい家が建ち。
水路が作られ。
市場には少しずつ人が戻ってきた。
五つの国の旗が。
同じ村に並んでいた。
それは。
西の大陸の歴史上。
初めての光景だった。
しかし。
ある日。
白い城に、一羽の鳥が飛び込んできた。
鳥ではない。
風の国が東の大陸へ放っていた偵察鳥だった。
フェリオが手紙を開く。
そして。
顔色を変えた。
「……何だ?」
ガルドが尋ねる。
フェリオは答えなかった。
代わりに。
手紙を円卓の上へ置いた。
そこには。
たった一行。
こう書かれていた。
『不毛の大陸に、緑が生まれ始めている』
誰もが沈黙した。
エリシアが言った。
「不毛の大陸は、何百年も人が住めない場所だったはずよ」
「そうだ」
マリウスが答える。
「川もない」
「森もない」
「作物も育たない」
セレナは手紙を見つめた。
「……それなのに、緑が生まれた?」
その時。
もう一人の使者が入ってきた。
「報告いたします!」
「何だ!」
フェリオが振り返る。
使者は息を切らしていた。
「東の海で」
「何?」
「見たことのない船を確認しました」
「どこの国の船だ?」
「分かりません」
「旗は?」
「ありません」
五人の王が立ち上がった。
使者は続けた。
「ただ……」
「ただ?」
「船の数が」
使者の声が震える。
「一隻や二隻ではありません」
部屋が静まり返った。
「数百隻です」
窓の外。
西の大陸には。
ようやく平和が生まれ始めていた。
氷の国と火の国が協力し。
光の国と水の国が協力し。
風の国が国々を結び始めていた。
しかし。
東の大陸では。
何かが動いている。
不毛だったはずの土地に。
緑が生まれ。
旗のない巨大な船団が。
西の大陸へ近づいていた。
そして。
地下深く。
古代の扉の向こう。
あの声が。
再び響いた。
「ようやく、五人は学び始めた」
暗闇の中で。
何者かが笑った。
「だが――」
「今度こそ」
「協力できるかな?」
五人の若き王たちは。
まだ知らなかった。
東の大陸で目覚めつつある存在が。
かつて五人の先代の王たちを消した事件と。
深く関係していることを。
そして。
西の大陸の復興は。
まだ始まったばかりだった。




