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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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五つの国、初めて手を取り合う

風の王フェリオが、欠けた皿を前にして初めて民の声を聞いた頃。


氷の国の王女エリシア。


光の国の王女セレナ。


水の国の王マリウス。


火の国の王ガルド。


そして、風の国の王フェリオ。


五人の若き王たちは、それぞれ自分たちの国で、大きな現実を知り始めていた。


そして同じ頃。


五つの国の国境を越え。


一つの不穏な報告が、各王宮へ届けられた。



---


 東の大陸で起きていること


「東の大陸に……動きがあります」


最初にその報告を受けたのは、光の国の王女セレナだった。


白い城の地下。


かつて五人の王が消えた、あの円卓の間。


以前なら。


五人の若き王たちは、こんな場所に集められても、真面目に話を聞かなかった。


「また会議か」


「面倒だな」


「くだらない」


「帰りたい」


「政治の話は禁止だ」


そんな言葉が飛び交っていた。


しかし。


今日の五人は違った。


「もう一度言って」


セレナが言った。


円卓の前に立つ老臣が、ゆっくりと答える。


「東の大陸に、人の動きが確認されました」


「人?」


水の王マリウスが眉をひそめた。


「東の大陸は不毛の地だろ」


火の王ガルドも腕を組む。


「何百年も前から、誰も住めない場所だと聞いている」


「はい」


老臣は答えた。


「しかし、最近になって奇妙なものが確認されております」


老臣が机の上に、一枚の地図を広げた。


西の大陸。


五つの国。


氷の国。


光の国。


水の国。


火の国。


風の国。


そして。


その東。


海を越えた先に、黒く塗られた巨大な土地があった。


東の不毛の大陸。


「ここです」


老臣の指が、東の大陸の海岸を指した。


「夜になると、火が見えるという報告があります」


「火?」


エリシアが呟いた。


「火山ではなく?」


「違います」


「人間が起こした火です」


部屋の空気が変わった。


フェリオが、椅子から身を乗り出す。


「人が住んでいるのか?」


「まだ分かりません」


「船は?」


マリウスが尋ねる。


「確認されております」


「何隻?」


「少なくとも、十隻以上」


ガルドが低い声を出した。


「十隻……」


それは偶然、海を渡った船の数ではない。


誰かが。


何かの目的を持って。


組織的に動いている。


「兵士かもしれないな」


ガルドが言った。


「商人かもしれません」


セレナが答える。


「あるいは、難民かもしれない」


「どちらにせよ」


エリシアは地図を見つめた。


「調べる必要があります」


五人は黙った。


以前なら。


「家臣に任せろ」


そう言って終わっていただろう。


しかし。


今は違う。


フェリオが言った。


「……でも」


四人が彼を見る。


「今、東の大陸へ軍を送る余裕はない」


「そうですね」


セレナが頷いた。


「西の大陸が、まだ安定していません」


ガルドが地図から目を離した。


「戦争を始めるわけにはいかない」


「始めるどころか」


マリウスが言う。


「今の俺たちは、戦争をする前に自分の国を救わなければならない」


そして。


エリシアが静かに言った。


「まずは、西の大陸です」


それは。


五人の若き王たちが初めて。


同じ答えを出した瞬間だった。



---


 凍りついた北方


数日後。


氷の国から、緊急の知らせが届いた。


「エリシア王女!」


「何?」


「北方の村で、凍死者が増えております!」


エリシアの顔が変わった。


「何人?」


「昨日までに二十三人」


「子供は?」


「七人です」


エリシアは立ち上がった。


「食料は?」


「不足しております」


「薪は?」


「雪によって運ぶことができません」


「兵士を送って」


「兵士だけでは足りません!」


家臣の声が震えた。


「道が完全に雪で閉ざされております!」


エリシアは窓の外を見る。


氷の国。


どこまでも続く白い大地。


かつて彼女は、この雪景色を美しいと思っていた。


王宮の中は暖かい。


豪華な毛皮。


暖炉。


温かい食事。


窓から雪を見るのは、美しかった。


しかし。


その雪の中で。


人々が死んでいた。


「……会議を開きます」


家臣が驚く。


「陛下?」


「すぐに」


「しかし、各地の貴族を集めるには――」


「五つの国を呼んで」


「え?」


「五人の王を」


家臣は目を見開いた。


「五つの国で、話し合います」



---


 王たちは、もう帰らなかった


再び。


白い城。


五人の王が円卓に集まった。


しかし。


誰も酒を飲んでいない。


誰も鏡を見ていない。


誰も美女や男の話をしていない。


円卓の上には。


地図。


食料の一覧。


村の人口。


死亡者の数。


輸送経路。


農地の状況。


大量の資料が置かれていた。


「北方の村だけじゃない」


エリシアが言った。


「氷の国全体で、凍死者と餓死者が増えている」


セレナが資料を見る。


「どうして、光の国から食料を送らないの?」


「道がありません」


エリシアが答える。


「雪で閉ざされている」


マリウスが言った。


「船ならどうだ?」


「北方の海も凍っている」


「……」


ガルドが地図を見た。


「氷を溶かせばいい」


エリシアが彼を見る。


「何?」


「俺の炎で」


ガルドが立ち上がる。


「海岸の氷を溶かす」


「でも、火の国は遠い」


「だから何だ」


「魔法使いを派遣する」


エリシアは黙った。


火の国と氷の国。


長い間。


互いに戦ってきた。


氷は炎を恐れた。


炎は氷を憎んだ。


ガルドも、かつてなら。


こんな提案をしなかっただろう。


エリシアも。


素直に受け入れなかっただろう。


しかし。


今は。


「……お願い」


エリシアは頭を下げた。


円卓の周囲が静かになった。


「私の国の民を、助けて」


火の王ガルドは。


少し驚いたような顔をした。


そして。


「分かった」


とだけ答えた。



---


 火が氷の国へ行く日


数日後。


氷の国の北方。


雪原に。


火の国の魔術師たちが立っていた。


氷の国の民は、不安そうに彼らを見ていた。


「あれが火の国の人間か」


「昔、俺たちの村を焼いた連中だ」


「信用できるのか?」


一方。


火の国の魔術師たちも緊張していた。


「氷の国の民が、俺たちを受け入れるとは思えない」


「王の命令だ」


「しかし……」


その時。


一人の少女が、雪の中から姿を現した。


氷の国の少女だった。


少女は、火の魔術師を見上げる。


「……暖かい?」


火の魔術師は答えられなかった。


少女の服は薄かった。


頬は赤く腫れている。


指先は紫色だった。


魔術師は、ゆっくりと手を前へ出した。


炎が生まれる。


少女が驚く。


しかし。


炎は少女を焼かなかった。


その炎は。


優しく。


暖かかった。


少女は小さく笑った。


「本当に、暖かい」


火の魔術師は、その場に立ち尽くした。


彼は初めて思った。


――炎は、焼くためだけのものではない。


その日。


氷の国に。


無数の炎が灯った。


凍った家を暖め。


雪を溶かし。


人々を救うための炎だった。



---


 光が畑を作る


しかし。


暖房だけでは、人は生きられない。


「次は食料です」


セレナが言った。


氷の国の大地は凍っていた。


畑を作ることができない。


種を植えても育たない。


「光の魔法を使う」


セレナが言った。


「太陽の光を増幅させることができます」


エリシアが尋ねる。


「雪が降っていても?」


「雲の上から光を届ける」


「そんなことができるの?」


「やってみる」


セレナは北方へ向かった。


かつて。


彼女の光は。


敵を裁くために使われた。


逆らう者を照らし。


闇を払うという名目で。


多くの者を傷つけた。


しかし。


今。


セレナは。


一枚の小さな畑の前に立っていた。


「……こんなことに使えるなんて」


彼女が両手を広げる。


空から。


黄金色の光が降り注いだ。


雪がゆっくり溶ける。


凍った土が姿を現す。


そして。


土の中から。


小さな芽が出てきた。


周囲の人々が息を呑む。


「芽が……」


「育っている」


「畑が!」


セレナは、その光景を見つめた。


かつて彼女は。


光とは、正義だと思っていた。


しかし。


違った。


光とは。


誰かを裁くためだけのものではない。


誰かを生かすためにも、使える。



---


 水が命を運ぶ


食料を作ることができても。


それを運ばなければ意味がない。


氷の国へ続く道は。


雪と氷に閉ざされていた。


「俺の出番だな」


水の王マリウスが言った。


「船を使う」


「海が凍っている」


エリシアが言う。


「だから、凍っていない道を作る」


「水路を?」


「そうだ」


マリウスは海へ向かった。


巨大な波を起こす。


しかし。


以前とは違う。


敵の船を沈めるためではない。


村を流すためでもない。


食料を運ぶためだ。


火の魔術師が氷を溶かす。


水の魔術師が流れを作る。


そして。


巨大な輸送船が進んだ。


船の中には。


パン。


小麦。


野菜。


薬。


毛布。


衣服。


そして。


他の四つの国から送られた物資が積まれていた。


氷の国の老人が、船を見た。


「水の国の船だ……」


「敵じゃないのか?」


老人は言った。


「違う」


船から食料が降ろされる。


「助けに来たんだ」



---


 風が道を開く


最後に。


フェリオが立ち上がった。


「俺は何をすればいい?」


ガルドが笑う。


「珍しいな。自分から聞くのか」


「うるさい」


フェリオは少し不機嫌そうに答えた。


しかし。


以前とは違う。


その声に怒りはなかった。


セレナが地図を見る。


「物資を運んでも、最後の村まで届かない場所があります」


「なぜ?」


「雪崩です」


「山道が崩れています」


フェリオは頷いた。


「なら、俺が道を作る」


巨大な山。


雪に覆われた谷。


そこへ。


風の国の王が飛んだ。


フェリオは空へ舞い上がる。


そして。


両手を広げた。


「風よ!」


巨大な風が山を駆け抜ける。


雪を吹き飛ばす。


倒木を動かす。


崩れた岩を押しのける。


かつて。


フェリオの風は、敵を吹き飛ばすためのものだった。


しかし今。


その風は。


馬車が通る道を作っていた。


子供を乗せた荷車が進む。


食料が運ばれる。


薬が届く。


一人の農民が、空を見上げた。


「風の王だ……」


フェリオは、その言葉を聞いた。


以前なら。


得意になっていただろう。


しかし。


今のフェリオは。


ただ、小さく手を振った。



---


 初めての共同作戦


こうして。


五つの国は。


初めて本当の意味で協力した。


氷が、大地を守る。


光が、畑を育てる。


水が、物資を運ぶ。


火が、人々を暖める。


風が、道を開く。


五つの力。


かつては。


互いを傷つけるために使われていた。


しかし。


今は違う。


一つの村を救うために。


一人の子供を救うために。


五つの国の魔法が使われていた。


エリシアは、北方の村でその光景を見ていた。


火の国の魔術師が、氷の国の子供を暖めている。


光の国の魔術師が、凍った大地に光を注いでいる。


水の国の船が、食料を運んでいる。


風の国の人々が、新しい道を作っている。


エリシアは呟いた。


「……これが」


隣にいたセレナが尋ねる。


「何?」


「同盟なのね」


セレナは、少し笑った。


「そうね」


その言葉を聞いたマリウスが言う。


「今までの同盟とは違うな」


ガルドが頷いた。


「昔は、敵と戦うための同盟だった」


フェリオが空を見る。


「今度は」


少し考えてから。


「誰かを助けるための同盟か」


五人は、しばらく黙っていた。


老臣が口を開いた。


「もっと強固な同盟を作れば、さらに西の大陸は安定する」


「どうすれば良いの?」


セレナは理解出来なかった。


「結婚」


老臣がゆっくりと答えた。


皆が驚いた。


争っていた国同士の王の結婚。


「世界平和のためなら」


セレナは覚悟を決めた。


老臣が提案する。


「セレナとマリウス、ガルドとエリシアが結婚するのはどうじゃ」


セレナとマリウスは、じっくり考えて頷いた。


エリシアは怒った。


「ずっと争ってきたガルドと結婚なんてありえないわ。ガルドも何か言ってやりなさい」


ガルドは黙って考えて、答えなかった。


エリシアは笑った。


「ガルド、もしかして私の事が好きなの?」


「世界のためか」


ガルドは呟いた。


エリシアはさらに笑って


「否定しないのね」


と言った。


フェリオが言った。


「あれ?俺は?」


老臣は考えている。


「俺は、自由に好きな時に結婚するわ」


フェリオらしかった。


二組の王が結婚し、同盟関係は強化された。


さらに、それぞれ子供も産まれた。

---


 しかし、東の大陸は動いている


その夜。


五人の王は久しぶりに、同じ場所で食事をしていた。


豪華な料理ではない。


北方の村で作られた。


固いパン。


温かいスープ。


少しの野菜。


そして。


フェリオの前には。


あの欠けた皿が置かれていた。


ガルドが笑う。


「まだ使っているのか?」


「捨てるなって言っただろ」


「王が欠けた皿とはな」


「うるさい」


セレナが少し笑った。


以前の五人なら。


こんな食事を前にして怒っていただろう。


しかし。


今は誰も文句を言わなかった。


その時。


一人の伝令が、部屋へ飛び込んできた。


「陛下!」


五人が振り返る。


「東の大陸より、新たな報告が!」


食堂の空気が変わった。


「何があった?」


マリウスが尋ねる。


伝令は、震える手で一枚の紙を差し出した。


「東の海岸に……巨大な建造物が確認されました」


「建造物?」


「城ではありません」


「では何だ?」


伝令は答えた。


「壁です」


五人の表情が変わる。


「巨大な壁が」


「東の大陸の海岸線に沿って」


「何十キロにも渡って建設されております」


エリシアが立ち上がった。


「誰が作っているの?」


「分かりません」


「人間なのか?」


「分かりません」


「兵士は?」


「確認できません」


ガルドが低い声を出した。


「壁を作っている?」


フェリオが尋ねる。


「西の大陸から何かを守るためか?」


「それとも」


セレナが呟いた。


「東の大陸から、何かを出さないためか」


部屋が静まり返った。


そして。


マリウスが言った。


「……どちらにしても」


「東の大陸で、何かが始まっている」


五人は、地図を見る。


西の大陸は、まだ完全には平和ではない。


氷の国では、多くの民が苦しんでいる。


火の国には、焼けた土地が残っている。


水の国には、沈んだ村がある。


光の国には、処刑された者たちの家族がいる。


風の国には、飢えた農民がいる。


五人には。


まだやるべきことがあった。


遊んでいる暇などなかった。


権力に酔っている暇もなかった。


自分のためだけに生きている暇もなかった。


エリシアが言った。


「まず、西の大陸を安定させる」


セレナが頷く。


「その後、東の大陸を調べる」


マリウスが言う。


「今度は、一国だけで行かない」


ガルドが拳を握る。


「五つの国で行く」


そして。


フェリオが、欠けた皿を机の上に置いた。


「……全部聞くんだろ?」


四人が彼を見る。


フェリオは言った。


「東の大陸の話も」


「西の大陸の民の話も」


「家臣の話も」


「敵の話も」


「全部聞く」


セレナが、わずかに笑った。


「それなら」


「ようやく始められそうね」


「何を?」


フェリオが尋ねる。


セレナは答えた。


「本当の王国を」



---


その頃。


遥か東。


誰も住んでいないはずの不毛の大陸。


黒い海岸。


巨大な壁。


その壁の向こう。


地下深く。


無数の松明が燃えていた。


一人の人影が、暗闇の中で地図を見ている。


地図に描かれているのは。


西の大陸。


そして。


氷。


光。


水。


火。


風。


五つの国。


人影が、ゆっくりと呟いた。


「五人の若き王が……変わり始めたか」


暗闇の中で。


誰かが答える。


「はい」


「では、予定を早めなければならない」


人影は立ち上がった。


「五つの国が完全に一つになる前に」


地図の上に。


黒い手が置かれる。


「西の大陸を、もう一度分断する」


遠くで。


何かが鳴いた。


人間の声にも聞こえた。


獣の声にも聞こえた。


それは。


長い間。


東の不毛の大陸で眠っていた何かが。


目を覚ました音だった。


そして、五人の若き王たちはまだ知らない。


五つの国が初めて協力し始めたその時。


東の大陸では。


西の大陸を再び戦争へ引き戻すための計画が、静かに動き始めていた。

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