風の王フェリオと、欠けた皿
五人の若き王たちが、あの白い城を去った後。
西の大陸には、誰にも知られぬ静かな変化が始まっていた。
氷の国。
光の国。
水の国。
火の国。
そして――風の国。
五つの国では、それぞれ同じような決断が下されていた。
王を、閉じ込める。
それは忠誠を捨てる行為だった。
下手をすれば謀反。
いや、王たち自身が口にしていたように、発覚すれば死刑では済まないかもしれない。
それでも家臣たちは決断した。
王を殺すためではない。
王から国を奪うためでもない。
ただ。
若すぎる王たちと、滅びかけた国を救うために。
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1 自由を愛した王
風の国の王、フェリオは、王宮へ戻るなり大きなため息をついた。
「まったく……くだらない会談だった」
長い廊下を歩きながら、両腕を大きく広げる。
窓から風が吹き込んできた。
フェリオの長い髪を揺らし、豪華な王の衣をはためかせる。
それだけで、彼の気分は少し良くなった。
「やっぱり、風はいい」
フェリオは笑った。
「誰にも命令されない。誰にも縛られない」
後ろを歩いていた家臣たちは、黙っていた。
「おい」
フェリオが振り返る。
「聞いているのか?」
「……はい、陛下」
「何だ、その返事は」
「申し訳ございません」
「最近、お前たちは謝ってばかりだな」
フェリオはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「まあいい。今日はもう政治の話は禁止だ」
家臣たちの表情が、わずかに動いた。
「酒を持ってこい」
「はい」
「音楽も」
「はい」
「それから、俺の部屋に美女を集めておけ」
「……承知いたしました」
フェリオは満足そうに笑った。
「最初からそうしていればいいんだ」
王宮の窓から、風の国の景色が広がっていた。
高い山。
深い森林。
綺麗な川。
遠くに見える村。
風に揺れる草原。
「見ろ」
フェリオは窓の外を指さした。
「これが俺の国だ」
誰も答えない。
「豊かだろ?」
「……はい」
一人の家臣が答えた。
「豊かな国でございます」
しかし。
その声には、何か重いものがあった。
フェリオは眉をひそめた。
「何だ?」
「いえ」
「何か言いたそうだな」
「何でもございません」
「……そうか」
フェリオは興味を失った。
「なら、もういい」
そして。
彼は自分の部屋へ向かった。
自由を愛する風の王は、まだ知らなかった。
その部屋が。
今日から、自分にとって最も自由のない場所になることを。
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2 鋼鉄の部屋
フェリオは、自室の前で足を止めた。
「……何だ、これは?」
そこには。
以前までなかったものがあった。
鋼鉄。
扉が鋼鉄で覆われている。
壁も。
廊下の周囲も。
まるで王の部屋そのものを、巨大な金属の箱で覆ったようだった。
フェリオは壁を軽く叩いた。
ゴン。
鈍く、重い音が響く。
「趣味が悪いな」
フェリオは後ろを振り返った。
「誰がこんなものを作った?」
誰も答えなかった。
「おい」
沈黙。
フェリオの笑顔が消える。
「誰が作ったと聞いている」
すると。
一人の老臣が前に出た。
「陛下」
「お前か?」
「……どうぞ、中へ」
フェリオは目を細めた。
「何だ?」
「お入りください」
「答えになっていない」
「どうぞ」
フェリオはしばらく老臣を睨んでいた。
しかし。
やがて肩をすくめた。
「まあいい」
扉を開く。
部屋の中へ入った。
寝台。
机。
椅子。
棚。
以前と変わらない家具。
一見すれば、普通の王の部屋だった。
だが。
窓がない。
壁はすべて鋼鉄。
天井も鋼鉄。
床まで金属で覆われている。
「……」
フェリオが振り返った。
「何の冗談だ?」
その瞬間。
ガンッ!
背後で扉が閉じた。
「……ん?」
フェリオは扉へ近づいた。
取っ手を回す。
動かない。
もう一度。
動かない。
「おい」
声が低くなる。
「開けろ」
返事はない。
「聞こえているだろ」
ドン!
扉を叩く。
「開けろ!」
その時。
カチャリ。
鍵の音が響いた。
フェリオの顔から、完全に笑みが消えた。
「……今」
ゆっくりと口を開く。
「鍵をかけたのか?」
扉の向こうから声がした。
「はい、陛下」
「俺に?」
「はい」
「……」
「しばらく、この部屋でお過ごしいただきます」
フェリオは笑った。
「面白い冗談だ」
「冗談ではございません」
「俺を誰だと思っている?」
「風の国の王、フェリオ陛下でございます」
「そうだ!」
フェリオは扉を睨んだ。
「なら、今すぐ開けろ!」
「できません」
「これは謀反だぞ!」
「承知しております」
「死刑だ!」
「それも承知しております」
フェリオは一瞬、言葉を失った。
今まで。
自分に逆らう者など、ほとんどいなかった。
怒鳴れば従った。
命令すれば頭を下げた。
処罰すると言えば震えた。
それなのに。
扉の向こうにいる家臣は。
怯えていなかった。
「なぜだ」
フェリオが聞いた。
「なぜ、こんなことをする?」
少しの沈黙。
そして。
「革命から、陛下を守るためです」
「……何?」
「今のままでは、民の怒りが王宮へ向かう可能性がございます」
「俺を守るために監禁するのか?」
「はい」
「ふざけるな!」
その瞬間。
部屋の中に、猛烈な風が吹き荒れた。
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3 風の王の脱出
「暴風魔法!」
フェリオが腕を振る。
ドォォォン!
巨大な暴風が鋼鉄の扉へ叩きつけられた。
机が揺れる。
椅子が倒れる。
紙が宙を舞う。
しかし。
扉は動かなかった。
「……何?」
フェリオは目を見開いた。
「もう一度だ!」
さらに強い風。
ズガァァン!
しかし。
鋼鉄の扉には傷一つつかない。
「馬鹿な!」
フェリオは壁へ向かって手を伸ばした。
「風刃!」
鋭い風の刃が走る。
ギィィィン!
だが。
鋼鉄の壁は傷つかない。
「どうなっている!」
外から家臣の声が聞こえた。
「特殊な鋼鉄を使用しております」
「何?」
「さらに壁の内側には、厚い鉛を使用しております」
「鉛?」
「陛下が風の力で建物を持ち上げる可能性を考慮いたしました」
フェリオは天井を見上げた。
「最初から、全部考えていたのか?」
「はい」
「俺が空を飛べることも?」
「はい」
「嵐を起こせることも?」
「はい」
「屋根を吹き飛ばせることも?」
「はい」
フェリオは奥歯を噛んだ。
「俺の家臣だから、俺の能力を全部知っているんだな」
「その通りでございます」
フェリオは笑った。
「忠実だな」
「ありがとうございます」
「褒めていない!」
フェリオは両手を天井へ向けた。
「ならば!」
部屋の中で、巨大な上昇気流が発生した。
家具が浮く。
紙が激しく舞う。
フェリオ自身も宙へ浮かび上がる。
「天井ごと吹き飛ばす!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
猛烈な風圧が天井を押し上げた。
フェリオの額に汗が浮かぶ。
腕が震える。
「動け!」
さらに魔力を込める。
「動けぇぇぇぇぇ!」
だが。
天井は一ミリも動かなかった。
「……なぜだ!」
「鉛でございます」
「また鉛か!」
フェリオは床へ着地した。
息を切らしている。
「俺の部屋なのに……」
鋼鉄の壁を見つめる。
「牢獄じゃないか」
外から。
静かな声が返ってきた。
「はい、陛下」
フェリオは目を細めた。
「素直に認めるな!」
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4 小さな窓
それから。
フェリオは何度も脱出を試みた。
扉を蹴った。
壁を殴った。
暴風を放った。
天井を持ち上げようとした。
「開けろ!」
「俺は王だぞ!」
「全員、処刑してやる!」
だが。
何も変わらなかった。
やがて。
カタン。
壁から小さな音がした。
フェリオが顔を上げる。
鋼鉄の壁に、小さな穴が開いていた。
人間が通ることなど絶対にできない。
腕さえ入らないほど小さな窓。
そこから。
木の盆が押し込まれてきた。
「……食事?」
盆の上には。
固いパン。
少量の野菜。
薄いスープ。
そして。
一枚の皿。
フェリオは皿を見た。
皿の端が欠けていた。
「……何だ、これは」
外から声がする。
「陛下。お食事でございます」
フェリオは盆を持ち上げた。
「何だ、この貧相な食事は!」
外が静かになる。
「パンは固い!」
「スープは少ない!」
そして。
欠けた皿を持ち上げた。
「皿も欠けているじゃないか!」
長い沈黙。
やがて。
家臣が静かに答えた。
「陛下」
「何だ」
「庶民は、もっと貧しい食事をしております」
フェリオの手が止まった。
「……何?」
「農民の多くが、長い戦争で命を落としました」
「……」
「田畑を耕す者が減っております」
「……」
「収穫量も、以前ほどではございません」
フェリオは鼻で笑った。
「そんな馬鹿な」
「陛下」
「ここは風の国だぞ」
フェリオは言った。
「山がある」
「森がある」
「川がある」
「緑もある」
窓のない鋼鉄の部屋で。
彼は以前、自分が窓から見ていた景色を思い出した。
美しい国。
豊かな国。
平和そうな村。
「こんな国で、どうして食べ物が足りないんだ」
すると。
家臣の声が少しだけ重くなった。
「見えるものが、すべてではございません」
フェリオは黙った。
「炎によって木々が焼かれた地域がございます」
「……」
「河川の氾濫によって、土が水に覆われた地域もございます」
「……」
「干ばつによって、不作が続いている場所もございます」
「……」
「氷によって、大地そのものが凍りついた地域もございます」
フェリオは手の中の皿を見つめた。
欠けた皿。
固いパン。
薄いスープ。
「そんなことが……」
小さな声だった。
「俺の知らないところで、起きていたのか」
「はい」
「俺は……」
「会議で、その話をしておりました」
フェリオの顔が上がった。
「会議?」
「はい」
「……」
「ずっと、その話をしておりました」
家臣は、一つずつ数えるように言った。
「どこが飢えているのか」
「どこへ食料を送るべきか」
「水路をどう修復するか」
「農地をどう守るか」
「戦争の傷をどう癒やすか」
「そして」
少し間があった。
「陛下が、どうすれば国を守れるのか」
フェリオの表情が変わった。
「……俺は」
自分の記憶がよみがえる。
会議。
退屈だった。
難しい話ばかりだった。
聞いていても分からなかった。
だから。
「俺は出ない」
そう言った。
「家臣たちで決めろ」
そう命じた。
そして。
酒を飲んだ。
美女を集めた。
遊んだ。
自由を楽しんだ。
「……俺は」
フェリオは呟いた。
「会議に出なくなって、遊んでいた」
「はい、陛下」
「……」
「陛下が出なくなった、その会議でございます」
フェリオは。
何も言えなくなった。
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5 王が初めて聞いた話
フェリオは、ゆっくりとパンを手に取った。
固い。
冷たい。
以前の自分なら、床に投げ捨てていただろう。
「まずいな」
「申し訳ございません」
「謝るな」
家臣が黙った。
フェリオはパンを見つめた。
「これより、もっと食べられない人間がいるのか?」
「はい」
「……」
「子供に食べさせるため、自分は食べない親もおります」
フェリオの手が止まった。
「戦争で夫を失った者もおります」
「……」
「子供を失った者もおります」
「……」
「農地を失った者もおります」
「……」
そして。
家臣の声が、少しだけ震えた。
「陛下を、まだ信じている者もおります」
フェリオは目を見開いた。
「俺を?」
「はい」
「……なぜだ?」
「王だからです」
その一言が。
フェリオの胸に深く刺さった。
「風の国を救えるのは、王だと」
「そう信じている民がおります」
フェリオは笑えなかった。
今まで。
王だから何をしてもいいと思っていた。
王だから自由に遊べる。
王だから命令できる。
王だから誰も逆らえない。
しかし。
違った。
王だから。
民は信じる。
王だから。
民は待つ。
王だから。
逃げてはいけない。
「……俺」
フェリオは呟いた。
「何も知らなかったな」
「まだ遅くはございません」
「本当に?」
「はい」
「俺は今まで、政治を放り出していたぞ」
「はい」
「民のことも知らなかった」
「はい」
「会議もさぼった」
「はい」
「……お前、容赦ないな」
「事実でございますので」
フェリオは。
ほんの少しだけ笑った。
しかし。
その笑顔は以前のものとは違っていた。
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6 牢獄で始まった会議
翌日。
小さな窓が開いた。
「陛下」
「何だ?」
「本日の報告を始めます」
フェリオはしばらく黙った。
「……会議か?」
「はい」
「俺はまだ出られないのか?」
「はい」
「そうか」
「不満でございますか?」
「不満だ」
即答だった。
外で、誰かが小さく息を吐いた。
しかし。
フェリオは続けた。
「でも」
「……はい」
「話は聞く」
扉の向こうで、家臣たちがざわめいた。
「北部の村について、ご報告いたします」
「待て」
フェリオが言った。
「まず、その村には何人いる?」
「……約三千人でございます」
「子供は?」
「約八百人」
「食料は?」
「あと十日ほどで尽きる可能性がございます」
フェリオは黙った。
以前の自分なら。
「食料を送れ」
それだけで終わらせていただろう。
しかし。
今回は違った。
「他の村には余裕があるのか?」
「ほとんどございません」
「川は?」
「氾濫しております」
「山道は?」
「一部が崩れております」
「兵を送ったら?」
「食料を運ぶための人員は確保できます」
フェリオは深く息を吐いた。
「資料を持ってこい」
「……はい?」
「その村の地図」
「周辺の川」
「畑の状況」
「他の村の食料」
「兵士の数」
「全部だ」
「かしこまりました」
フェリオは言った。
「適当に命令するのはやめる」
外が静かになる。
「考える」
「……はい」
「分からないことは聞く」
「はい」
「今までみたいに、知らないくせに偉そうに決めない」
家臣は、しばらく返事をしなかった。
やがて。
「承知いたしました」
その声には。
以前にはなかったものがあった。
希望。
ほんの小さな。
まだ信じるには早すぎる。
けれど。
確かに生まれ始めた希望だった。
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7 自由な王が閉じ込められた理由
その夜。
フェリオは鋼鉄の壁にもたれて座っていた。
「なあ」
「はい、陛下」
扉の向こうには、まだ家臣がいた。
「どうして、こんなことをした?」
「……監禁のことでございますか?」
「そうだ」
「陛下を守るためです」
「民から?」
「民から」
「革命から?」
「革命から」
フェリオは少し考えた。
そして。
小さく笑った。
「でも」
「……」
「本当は、一番守りたかったのは俺の国だったんじゃないか?」
扉の向こうが静かになった。
フェリオは続けた。
「俺を閉じ込めなかったら」
「俺はまた遊んでいた」
「会議から逃げた」
「民の話を聞かなかった」
「好き勝手に命令していた」
「そうだろ?」
長い沈黙。
そして。
「はい」
家臣は答えた。
「そうでございます」
フェリオは目を閉じた。
「正直だな」
「陛下には、もう嘘をつかないことにしました」
「今まで嘘をついていたのか?」
「陛下の機嫌を損ねないようにしておりました」
「……」
「しかし、それでは国が滅びます」
フェリオは天井を見上げた。
「なるほどな」
自由だった王。
何でもできた王。
誰にも止められなかった王。
しかし。
誰も本当のことを言えない王。
「……俺は」
フェリオは呟いた。
「自分で自分を閉じ込めていたのかもしれないな」
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8 欠けた皿
翌朝。
また食事が運ばれてきた。
固いパン。
薄いスープ。
少量の野菜。
そして。
いつもの欠けた皿。
フェリオは皿を見つめた。
「まだ、この皿か」
「申し訳ございません」
「謝るなと言っただろ」
「しかし、王に使わせる皿としては……」
「いい」
フェリオは皿を持ち上げた。
欠けている。
傷もある。
豪華ではない。
「これでいい」
「陛下?」
「この皿を見ると」
フェリオは静かに言った。
「俺が知らなかったものを思い出せる」
家臣は黙った。
「俺の国には」
フェリオは続ける。
「もっと酷い食事をしている人間がいる」
「食事すらない人間もいる」
「家族を失った人間もいる」
「戦争で畑を失った人間もいる」
「俺が遊んでいた間に、苦しんでいた人間がいる」
フェリオは皿を机に置いた。
そして。
顔を上げた。
「だから」
「俺は忘れない」
小さな窓の向こうで。
誰かが息を呑んだ。
「この皿は捨てるな」
「……はい、陛下」
「これからも、この皿で食事を出せ」
「承知いたしました」
「それと」
フェリオの声が変わった。
「今日も会議だ」
「はい」
「農民について教えてくれ」
「はい」
「河川の氾濫についても」
「はい」
「干ばつの地域も」
「はい」
「戦争で親を失った子供たちのことも」
家臣の返事が止まった。
フェリオは言った。
「全部聞く」
そして。
ゆっくりと。
一言ずつ。
「今度は、逃げない」
扉の外にいた家臣たちは。
すぐには返事ができなかった。
なぜなら。
その言葉こそ。
彼らがずっと待っていた言葉だったからだ。
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9 地下から響く声
その夜。
風の国の王フェリオは、まだ鋼鉄の部屋から出ることを許されていなかった。
自由を愛した王は。
自由を失って初めて。
王とは何かを考え始めていた。
しかし。
西の大陸では。
フェリオだけが変わり始めていたわけではない。
氷の国では――氷の王女エリシアが。
光の国では――光の王女セレナが。
水の国では――水の王マリウスが。
火の国では――火の王ガルドが。
それぞれの牢の中で。
自分たちの国と向き合い始めていた。
だが。
五人はまだ知らなかった。
白い城の地下。
あの古代の扉の奥で。
正体不明の存在が。
静かに彼らを見つめていることを。
暗闇の中。
低い声が響いた。
「聞く耳を持つようになったか」
何者かが。
静かに笑った。
「だが、それだけでは王にはなれない」
地下の闇が揺れる。
「話を聞くこと」
「民を知ること」
「己の過ちを認めること」
「それは、王になるための第一歩に過ぎない」
声は続けた。
「いつか、お前たちは選ばなければならない」
誰かを救うために。
何かを失うことを。
自分の国を守るために。
別の国を見捨てるのか。
五人の友情を守るために。
民を危険にさらすのか。
そして――。
「五人の王が消えた本当の理由を知った時」
闇の奥で。
何かが目を開いた。
「お前たちは、初めて本当の王になる資格を問われる」
西の大陸に生まれた。
五人の若き王。
氷の王女、エリシア。
光の王女、セレナ。
水の王、マリウス。
火の王、ガルド。
そして。
風の王、フェリオ。
彼らはまだ知らなかった。
自分たちの父と母――かつて一夜にして消えた五人の王が。
死んだのではないことを。
そして。
地下の扉の向こうには。
五人の先代王たちが消えた理由そのものが。
眠っていることを。
風の国の小さな牢獄で。
フェリオは、欠けた皿を静かに見つめていた。
「……明日は、もっと早く会議を始めよう」
扉の向こうで。
家臣が答える。
「承知いたしました、陛下」
その声を聞いて。
フェリオは初めて。
少しだけ、王らしく笑った。




