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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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鋼鉄の牢獄と火の王ガルド

五人の若き王たちが、老臣たちとの会談を終えて去った後。


白い城の大広間には、重い沈黙だけが残されていた。


先ほどまでそこには、五つの国を支配する王たちがいた。


氷の国の王女。


光の国の王女。


水の国の王。


火の国の王。


風の国の王。


彼らはまだ若かった。


しかし、その若さを補って余りあるほどの力を持っていた。


王家に生まれ。


十五歳という若さで王座に座り。


暗殺と権力闘争を生き延び。


自分たちを殺そうとした者たちを退けてきた。


そして今では。


誰も彼らに逆らえなくなっていた。


逆らった者は罰せられた。


王に反対した者は処刑された。


王の命令を拒んだ者は消えた。


それを繰り返すうちに、五人の王はいつしか思うようになっていた。


――自分たちが正しい。


――王である自分たちに逆らう者が間違っている。


――王の言葉は絶対である。


その考えは、ゆっくりと。


しかし確実に。


彼らの心を蝕んでいた。


そして。


五人の王が大広間から出て行った後。


最年長の老臣が、深く息を吐いた。


「……もう、監禁するしかあるまいな」


その言葉に、周囲の家臣たちは凍りついた。


「か、監禁……?」


「王をですか?」


「しかし、それでは謀反になります!」


老臣は静かに首を横に振った。


「違う」


「では、何だというのです?」


老臣は閉じていた目を開いた。


「王を守るのだ」


誰もすぐには理解できなかった。


「……王を?」


「ああ」


「何からですか?」


老臣は低い声で答えた。


「革命からだ」


その言葉が、大広間に重く落ちた。



火の国へ帰る王


火の国の王――ガルドは、自国へ帰る馬車の中で、ずっと不機嫌だった。


窓の外には、火の国特有の赤い岩山が続いている。


遠くには火山が見えた。


地面の裂け目からは、時折、白い蒸気が立ち上っていた。


ガルドは窓の外を見ることにも飽きていた。


「くだらない」


隣に座る側近が顔を上げた。


「陛下?」


「あの老臣たちだ」


ガルドは腕を組んだ。


「俺たちに説教をするとはな」


「……」


「民が苦しんでいる?」


「国が崩壊する?」


「王の資格がない?」


ガルドは鼻で笑った。


「何様のつもりだ」


側近は何も答えなかった。


ガルドは気づかなかった。


いつもなら。


彼が文句を言えば、側近は慌てて同意した。


「その通りでございます」


「陛下のお考えが正しいのです」


誰もがそう言った。


しかし。


今日は違った。


側近は黙っている。


「おい」


ガルドが言った。


「聞いているのか?」


「……はい」


「なら、何か言え」


「何を、でございましょう」


「俺が間違っていると思うのか?」


側近の顔が固まった。


「それは……」


「言え」


「……」


ガルドは眉をひそめた。


「まあいい」


そう言って、窓の外へ顔を向けた。


「王宮に着いたら、酒を用意しろ」


「はい」


「それから、美女もだ」


側近は小さく息を吐いた。


「……承知いたしました」


「今日は会議は禁止だ」


「しかし、明日の政務の予定が――」


「明日も禁止だ」


「陛下」


「聞こえなかったか?」


ガルドは鋭い目で側近を睨んだ。


「政治の話は、しばらく聞きたくない」


「……かしこまりました」


馬車は。


燃えるように赤い大地を進んでいった。



---


 美女を集めろ


夕方。


ガルドは火の国の王宮へ戻った。


王宮の外では、兵士たちが整列していた。


「火の国の王、ガルド陛下のお帰りである!」


兵士たちの声が響く。


ガルドは満足そうに歩いた。


「やっぱり、自分の国が一番だな」


王宮へ入る。


すると、家臣たちが深々と頭を下げた。


「お帰りなさいませ、陛下」


「うむ」


ガルドは大きく頷いた。


「今日は疲れた」


「さようでございますか」


「美女を集めろ」


家臣たちの表情が、一瞬だけ固まった。


「……陛下?」


「聞こえなかったのか?」


ガルドは不機嫌そうに言った。


「美女を俺の部屋に集めろ!」


「しかし……」


「それから酒だ」


「……」


「音楽も用意しろ」


ガルドは歩きながら続けた。


「優秀な家臣も何人か連れてこい」


「政務のためですか?」


「違う」


「話を聞くためだ」


「では、何のお話を?」


「くだらない話だ」


ガルドは笑った。


「政治の話は禁止だと言っただろう」


家臣たちは、困ったような顔をした。


しかし。


誰も反論しなかった。


「かしこまりました」


ガルドは満足した。


「最初からそうすればいい」


そして。


自分の部屋へ向かった。



---


 消えた王の部屋


火の国の王の部屋は、王宮の最上階にあった。


大きな窓からは、火の国の首都が一望できる。


夜になれば。


家々の灯りが赤い大地を照らした。


ガルドは、この部屋が好きだった。


何より。


ここから見る景色は、自分が王であることを思い出させてくれた。


「俺の国だ」


そう呟くのが、ガルドの癖だった。


部屋の前まで来る。


「さて」


ガルドは扉を開けた。


そして。


動きを止めた。


「……何だ?」


部屋の中が、おかしかった。


壁。


床。


天井。


窓。


すべてが。


鋼鉄で覆われていた。


「……」


ガルドは、しばらく何も言わなかった。


部屋の中へ入る。


壁に近づく。


コン。


指で叩く。


金属の音。


「鋼鉄?」


以前あったはずの豪華な装飾は消えていた。


赤い絨毯もない。


黄金の像もない。


壁画もない。


代わりに。


分厚い鋼鉄の壁だけがある。


「誰がこんなことをした?」


返事はない。


ガルドは部屋の奥まで歩いた。


寝台はある。


食事をする場所もある。


水も用意されている。


しかし。


部屋全体が、まるで巨大な箱だった。


「おい」


ガルドが振り返る。


「誰かいるか?」


その時だった。


――ガシャン!


扉が閉じた。


ガルドは振り返った。


「……何だ?」


――ガチャ。


鍵が閉まる。


――ガチャ。


もう一つ。


――ガチャ。


さらにもう一つ。


何重もの鍵。


「おい」


ガルドが扉へ近づく。


「開けろ」


返事はない。


「おい!」


ガルドが扉を叩いた。


「聞こえているだろ!」


すると。


扉の向こうから、聞き慣れた声がした。


「陛下」


「……お前か」


それは、長年ガルドに仕えてきた側近の声だった。


「何の真似だ?」


「申し訳ありません」


「扉を開けろ」


「できません」


ガルドの顔から、笑みが消えた。


「もう一度言え」


「できません」


「俺が誰だか分かっているのか?」


「火の国の王、ガルド陛下です」


「なら、開けろ!」


「できません」


「これは命令だ!」


「……」


「開けろ!」


扉の向こうで。


側近が深く息を吸う気配がした。


「陛下」


「何だ!」


「あなたを、この部屋から出すことはできません」


ガルドの目が見開かれた。


「……何?」


「しばらくの間、この部屋でお過ごしください」


「俺を……」


ガルドの声が低くなった。


「俺を、監禁するのか?」


「はい」


「お前たちが?」


「はい」


「俺を?」


「……はい」


次の瞬間。


ガルドの怒鳴り声が、王宮中に響いた。


「ふざけるなああああ!」



---


 炎の王


轟ッ!


ガルドの身体から炎が噴き上がった。


部屋の温度が一気に上がる。


鋼鉄の壁が赤く染まる。


「俺に逆らう奴は!」


炎が大きくなる。


「全員、焼き尽くしてやる!」


ガルドが両手を壁へ向けた。


「炎よ!」


巨大な炎が放たれた。


轟音。


鋼鉄の壁が赤くなった。


「溶けろ!」


炎がさらに強くなる。


「溶けろおおおお!」


ガルドは、火の国でも最強の炎の魔法を使った。


普通の扉なら。


一瞬で灰になる。


普通の城壁なら。


溶けて崩れ落ちる。


しかし。


鋼鉄の壁は、赤くなっただけだった。


そして。


次の瞬間。


ジュウウウウウ……。


白い蒸気が上がった。


ガルドは眉をひそめた。


「……?」


赤くなった鋼鉄が。


冷えていく。


急速に。


異常な速度で。


「何だ?」


壁が白くなる。


霜が広がる。


「あり得ない」


ガルドは壁に近づいた。


そして。


驚いて手を引いた。


「冷たい……?」


火の国の王の炎より。


さらに強い冷気。


「まさか」


ガルドは叫んだ。


「氷の国の魔術師か!」


その通りだった。


王宮の外。


ガルドの部屋の周囲には。


氷の国から派遣された魔術師たちが立っていた。


「凍結術、維持!」


「火の魔法を抑えろ!」


「鋼鉄を冷却!」


魔術師たちは、家臣たちに協力していた。


火の国だけでは。


ガルドを閉じ込められない。


だから。


五つの国の老臣たちが手を組んだ。


かつて。


何百年も争ってきた国々が。


今。


一人の若い王を守るために。


協力していた。


「氷の国の連中まで!」


ガルドは怒り狂った。


「全員、俺を裏切ったのか!」


しかし。


扉の向こうから。


側近が静かに答えた。


「違います」


「何が違う!」


「陛下を守っているのです」


「何からだ!」


「革命からです」


ガルドは黙った。


「……革命?」


「はい」


「俺を?」


「はい」


「民が?」


「はい」


「俺を殺す?」


長い沈黙。


そして。


「……その可能性があります」


ガルドの炎が。


一瞬だけ小さくなった。



---


 死刑だ


しかし。


ガルドはすぐに怒りを取り戻した。


「ふざけるな!」


彼は扉を蹴った。


ドン!


「これは謀反だ!」


ドン!


「謀反人は死刑だ!」


ドン!


「扉を開けろ!」


外にいる家臣たちは、黙っていた。


ガルドはさらに叫んだ。


「お前たち全員!」


「死刑だ!」


「聞こえているのか!」


すると。


外から、複数の家臣の声が聞こえた。


「聞こえております、陛下」


ガルドは動きを止めた。


「……なら、なぜ開けない?」


一人の家臣が答えた。


「革命から、あなたを守るためです」


「革命?」


「はい」


「俺が王だぞ」


「存じております」


「王が革命から守られる?」


「はい」


「誰が革命を起こす!」


「民です」


「……」


「そして」


家臣は続けた。


「一部の貴族と」


「兵士たちです」


「……兵士?」


ガルドの顔が変わった。


兵士は。


自分を守る者だった。


自分の命令に従う者だった。


「俺の兵士が?」


「陛下」


家臣の声が震えていた。


「兵士にも、家族がおります」


「……」


「税が上がり」


「食べ物が不足し」


「村が苦しんでいるのに」


「王宮では毎晩、宴が開かれている」


「……」


「それを見て」


「何も思わない者ばかりではありません」


ガルドは何も言えなかった。


扉の向こうの家臣が続ける。


「私たちは、革命を起こしたくありません」


「王を殺したくありません」


「だから」


ガルドは唇を噛んだ。


「だから?」


「陛下を閉じ込めました」



---


第六節 王を守るための監禁


「聞け!」


ガルドは叫んだ。


「俺を閉じ込めることが、どうして俺を守ることになる!」


外にいる側近が答えた。


「陛下」


「何だ!」


「革命が起これば」


「……」


「陛下を殺そうとする者が現れます」


「俺が返り討ちにする」


「全員をですか?」


ガルドは黙った。


「何万人もの民が」


「王宮へ押し寄せたとしても?」


「……」


「火の国の兵士たち全員が」


「陛下に従うとは限らなくなったとしても?」


「……」


「それでも、陛下は国を焼くのですか?」


ガルドの拳が震えた。


「俺は……」


「火の国を滅ぼすために、王になったのですか?」


ガルドは言葉を失った。


側近の声が続く。


「違うはずです」


「……」


「陛下は、昔」


「戦争を終わらせたいと、おっしゃっていました」


ガルドの瞳が揺れた。


それは。


まだ彼が十四歳だった頃の言葉だった。


王になる前。


父や母が消え。


国が混乱し。


毎日、誰かが殺されていた頃。


ガルドは確かに言った。


――もう、誰も死んでほしくない。


その言葉を。


彼自身が忘れていた。


「……俺は」


ガルドが小さく呟いた。


「俺は……」


側近が言う。


「家臣に相談しながら」


「政治ができるようになったら」


「必ず、この部屋から出します」


ガルドは、鋼鉄の扉を見つめた。


「本当に?」


「はい」


「俺が、政治をすれば?」


「はい」


「家臣と話せば?」


「はい」


「出してくれる?」


「必ず」


ガルドは笑った。


しかし。


それは怒りの笑顔ではなかった。


「……随分と偉くなったものだな」


外から。


小さな笑い声が聞こえた。


「陛下に仕えておりますので」


「生意気な奴だ」


「申し訳ありません」


「謝るな」


「……はい」


ガルドは、初めて。


炎を消した。


部屋は静かになった。



---


 五人の王


その頃。


西の大陸の各地で。


同じような出来事が起きていた。


氷の国の王女も。


光の国の王女も。


水の国の王も。


風の国の王も。


それぞれの王宮で。


閉じ込められていた。


火の国の王ガルドは、鋼鉄の部屋で一人、座っていた。


壁には霜が広がっている。


自分の炎は。


完全に封じられていた。


ガルドは呟いた。


「……俺は王なのに」


誰も答えない。


「俺は」


彼は、自分の手を見た。


炎を操る手。


何人もの敵を倒した手。


誰も逆らえない王の手。


しかし。


今。


その手では。


鋼鉄の扉一つ開けられない。


「……俺は、何をしていたんだ」


その言葉は。


誰にも聞こえなかった。


だが。


ガルド自身には。


はっきりと聞こえた。


王として生きてきた若者が。


初めて。


自分自身に問いかけた言葉だった。



--

地下から聞こえる声


その夜。


火の国の王宮が眠りについた頃。


ガルドは眠れずにいた。


鋼鉄の壁を見つめる。


すると。


どこからともなく。


声が聞こえた。


「火の王よ」


ガルドが立ち上がった。


「誰だ!」


返事はない。


「姿を見せろ!」


すると。


声は笑った。


「お前は、まだ分かっていない」


「何がだ!」


「力とは何かを」


ガルドは拳を握った。


「俺には力がある!」


「炎の魔法」


「軍隊」


「王の権力!」


「それでも」


声が言った。


「お前は今、扉一つ開けられない」


ガルドは黙った。


「王とは」


「民の上に立つ者ではない」


「では何だ!」


「民の前に立つ者だ」


部屋が静かになった。


「王が恐怖から逃げれば」


「民は誰を頼ればいい?」


「……」


「王が欲望に溺れれば」


「国を誰が導く?」


「……」


「答えを探せ、ガルド」


ガルドは叫んだ。


「待て!」


しかし。


もう声は聞こえなかった。


ガルドは鋼鉄の壁にもたれた。


「……何なんだ」


その夜。


火の国の王ガルドは。


初めて。


王であることについて考えた。


美女のことでもない。


酒のことでもない。


敵を倒すことでもない。


ただ。


自分が。


どうすれば火の国の王として生きられるのか。


その答えを。


彼はまだ知らなかった。


しかし。


鋼鉄の牢獄の中で。


火の王ガルドの長い夜は。


ようやく始まったばかりだった。

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