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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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3/31

若き王たちの堕落


五人の王が消えた。


その日から、西の大陸は長い混乱に包まれた。


王がいなくなったからといって、すぐに新しい王が決まるわけではない。


むしろ、王座が空いたことで、それまで水面下に潜んでいた欲望が、一斉に姿を現した。


「次の王位は我が家が継ぐ!」


「いや、王家に最も近い血を持つのは我々だ!」


「王子はまだ幼い!」


「王女などに国を任せられるか!」


五つの国で、同じような争いが始まった。


会議では怒号が飛び交った。


城の廊下では密談が行われた。


夜になると、誰かが毒を盛られた。


朝になると、誰かの遺体が見つかった。


そして――。


長い暗殺と権力闘争の末。


皮肉にも最後まで生き残ったのは、大人たちではなかった。


大人たちは互いを疑い、殺し合い、自ら滅びていった。


その中で生き残ったのは、まだ十五歳だった五人の少年少女だった。


氷の国の王女――エリシア。


光の国の王女――セレナ。


水の国の王――マリウス。


火の国の王――ガルド。


風の国の王――フェリオ。


こうして、五つの国には、十五歳の新たな王たちが誕生した。


かつて彼らは、王になることを望んでいたわけではなかった。


「本当に……私たちに国を治められるのでしょうか」


氷の国のエリシアは、即位の日にそう呟いた。


「俺は王様になんかなりたくなかった」


火の国のガルドは、王冠を机に放り投げた。


「でも、もう後戻りはできない」


水の国のマリウスは言った。


「戦争だけは終わらせたい」


光の国のセレナは、そう願っていた。


「自由に生きたいだけだったのに」


風の国のフェリオは、窓の外を飛ぶ鳥を見ながら笑った。


五人は、まだ子供だった。


そして。


子供のまま、あまりにも大きな権力を手に入れてしまった。



---


 王座は人を待ってくれない


即位から数か月。


五人は、ようやく理解し始めていた。


王になるということは、自由になることではない。


むしろ逆だった。


朝から夜まで、会議。


税金。


農業。


食料。


兵士。


反乱。


外交。


法律。


「また会議ですか?」


氷の国の王女エリシアは、疲れ切った声で尋ねた。


「はい、エリシア様」


側近が答えた。


「午前中は北部領地の税制について」


「午後は食料不足について」


「夕方からは国境警備についての会議がございます」


エリシアは机に顔を伏せた。


「……一日くらい休んでは駄目ですか」


「国は待ってくれません」


その言葉を聞いた瞬間。


エリシアは目を閉じた。


――国は待ってくれない。


何度も聞いた言葉だった。


だが。


自分はまだ十五歳だった。


どうして、自分だけが国のすべてを背負わなければならないのか。


そう思う日が、少しずつ増えていた。


火の国でも同じだった。


「また反対か!」


ガルドが机を叩いた。


大広間にいた家臣たちが震える。


「陛下、この政策には問題があります」


「何が問題なんだ!」


「税を上げれば、民の生活が――」


「じゃあどうしろって言うんだ!」


ガルドの声が響いた。


「軍を維持しろと言う!」


「国境を守れと言う!」


「食料を増やせと言う!」


「そのくせ税金を上げるなと言う!」


炎が、ガルドの手のひらから漏れ出した。


「俺は……もう、どうすればいいのか分からないんだよ!」


家臣たちは黙った。


その沈黙が、ガルドをさらに苛立たせた。


誰も答えを持っていない。


なのに。


誰もが王にだけ答えを求める。



---


 氷の王女の最初の怒り


氷の国。


王宮の大広間。


その日、エリシアは一人の貴族と激しく対立していた。


「その政策には賛成できません」


老貴族が言った。


「理由を聞かせてください」


エリシアは、できるだけ冷静に答えた。


「北部の村々を支援する必要があります。冬が近づけば、多くの民が食料を失います」


「だからといって、王家の財産を使うのですか?」


「民を守るためです」


「王女様は、政治を理解しておられない」


その言葉で。


エリシアの表情が変わった。


「……もう一度言ってください」


「あなたは若すぎる」


大広間が静かになった。


「十五歳の少女に、一国の政治が理解できるはずがない」


エリシアの指先から、冷気が漏れた。


「皆さんは、いつもそう言います」


誰も動かなかった。


「若すぎる」


「子供だ」


「何も分かっていない」


エリシアは、ゆっくりと立ち上がった。


「私が王位を継いでから、何人が私を殺そうとしましたか?」


家臣たちの顔色が変わった。


「毒を盛られました」


「寝室に暗殺者が入りました」


「私を王座から引きずり下ろそうとした者もいました」


エリシアの周囲に、白い霜が広がった。


「私は……もう疲れました」


その瞬間。


床が凍りついた。


老貴族の足元から、氷が伸びる。


「王女様!」


「黙ってください」


エリシアの声は、静かだった。


しかし。


その静けさこそが、周囲の人々を恐怖させた。


「私に意見することは構いません」


エリシアは言った。


「でも」


瞳が青白く光る。


「私を殺そうとする者も」


「私から王位を奪おうとする者も」


「もう、許しません」


氷が止まった。


老貴族は助かった。


だが。


その日から。


氷の国で、エリシアに正面から逆らう者はいなくなった。


人々は気づいた。


優しい少女だったエリシアは。


少しずつ。


氷の王女へと変わり始めていた。



---


第三節 火の王が手に入れたもの


火の国のガルドは、別の方法で変わっていった。


最初は、国のためだった。


軍を強くしなければならない。


食料を確保しなければならない。


民を守らなければならない。


そう思っていた。


だが。


毎日、反対された。


「陛下の政策では民が苦しみます」


「陛下、それは危険です」


「陛下、お考え直しください」


ある日。


ガルドは、とうとう叫んだ。


「うるさい!」


炎が大広間を照らした。


「お前らは何でも反対する!」


一人の家臣が震えながら言った。


「しかし、陛下」


「しかしじゃない!」


「国を思えばこそ――」


「俺だって国のことを考えてる!」


ガルドの炎が激しく燃え上がった。


「俺が王になりたくてなったと思ってるのか!」


誰も答えられなかった。


「毎日、誰かが俺を殺そうとした」


「俺の親族は殺し合った」


「俺だって何度も死ぬと思った」


ガルドは拳を握った。


「それでも生き残った」


炎が揺れる。


「生き残った俺が王になった」


そして。


ガルドは、ゆっくりと言った。


「だったら……もう俺の好きにしていいだろ」


その日から。


火の国の王は変わった。


反対する家臣を遠ざけた。


逆らう者を罰した。


そして。


政治に疲れたガルドは、ある夜、酒を飲みながら呟いた。


「もう政治の話は聞きたくない」


側近たちは黙った。


「毎日、会議ばかりだ」


「税金」


「戦争」


「農業」


「反乱」


ガルドは酒杯を置いた。


「……飽きた」


そして。


側近を見た。


「女を集めろ」


「……陛下?」


「聞こえなかったのか?」


ガルドは笑った。


「美女を俺の部屋に集めろ!」


側近は凍りついた。


「しかし、それは……」


笑みが消えた。


「俺に逆らうのか?」


その一言だけで。


側近は深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


翌日から。


火の国の王宮には、多くの女性が集められるようになった。


美しい者。


踊りの得意な者。


歌の上手い者。


魔法を使える者。


貴族たちは競うように娘たちを王宮へ送った。


ガルドに気に入られれば。


家の地位が上がる。


逆に。


王の機嫌を損ねれば、何が起こるか分からない。


こうして。


火の国の政治は、少しずつ王の手から離れていった。



---


 五人の若き支配者


他の国でも。


同じような変化が起きていた。


光の国のセレナは、かつて民を癒やすことを願っていた。


しかし。


「女王陛下、それは間違っています」


と言われるたび。


彼女は過去の恐怖を思い出した。


暗殺。


裏切り。


毒。


そして。


「私を否定する人間は、みんな敵なのではないか」


そう考えるようになった。


「連れてきなさい」


「誰をですか?」


「優秀な男を」


「……はい?」


セレナは眉をひそめた。


「顔が良くて」


「頭が良くて」


「優秀で」


「話も面白い人」


「毎日、私の部屋へ連れてきなさい」


家臣たちは困惑した。


しかし。


誰も反論できなかった。


水の国のマリウスも。


風の国のフェリオも。


次第に政治より、自分たちの自由を優先するようになった。


「俺は王なんだぞ」


マリウスは笑った。


「少しくらい遊んだっていいだろ?」


「王様だからこそ駄目です!」


側近が言った。


「何だと?」


「民が苦しんでおります!」


「じゃあ、家臣が何とかしろよ」


「陛下!」


「俺は休む」


風の国のフェリオは、さらに露骨だった。


「会議は禁止!」


「陛下、そんな!」


「政治の話も禁止!」


「では何をなさるのですか?」


フェリオは笑った。


「自由に生きる」


「王としての責任は……」


「うるさいな」


風が吹いた。


「可愛い女の子と遊ぶ」


「……陛下」


「美女を俺の部屋に集めろ!」


家臣たちは天を仰いだ。


こうして。


五人の若き王たちは。


少年と少女のまま。


絶大な権力だけを持つ存在へと変わっていった。



---


 子孫繁栄という言い訳


やがて。


五人は自分たちの行動を正当化する言葉を見つけた。


子孫繁栄。


「王家には後継者が必要です」


「優秀な血を残さなければなりません」


「強い王家を作ることは国のためです」


エリシアは言った。


「王家が途絶えれば、また跡継ぎ争いが起こるでしょう」


セレナも頷いた。


「だから、優秀な男性と出会うことは必要なことです」


ガルドは笑った。


「俺だって、国のためにやってるんだ」


マリウスも。


フェリオも。


似たようなことを言った。


しかし。


本当にそうだったのだろうか。


会議は延期された。


飢饉の報告書は積み上がった。


農民たちの訴えは、王宮の門前で止められた。


国境の問題は家臣に押しつけられた。


そして。


王たちは宴を開いた。


「税金が足りません」


「増やせばいい」


「民が苦しみます」


「我慢させろ」


「反乱が起きる可能性が」


「反対する奴を捕まえろ」


かつて。


戦争を終わらせたいと願っていた少年少女は。


いつの間にか。


自分たちが何を望んでいたのかさえ、忘れ始めていた。



---


第六節 五人の会談


数年後。


五人の王は再び、光の国の白い城へ集められた。


かつて。


消えた五人の王が会談を行った場所。


巨大な円卓。


高い天井。


白い柱。


そこに。


若き支配者たちが座っていた。


氷の王女、エリシア。


光の女王、セレナ。


水の王、マリウス。


火の王、ガルド。


風の王、フェリオ。


エリシアは、冷たい飲み物を口にしていた。


セレナは鏡を見ていた。


マリウスは窓の外を眺めている。


ガルドは酒を飲んでいた。


フェリオは椅子を揺らしていた。


「で?」


ガルドが言った。


「何のために集められたんだ?」


「外交じゃない?」


エリシアが答えた。


「面倒ね」


セレナが鏡から目を離さずに呟いた。


「最近、本当に優秀な男性が少ないの」


「お前のところには毎日何人も来てるだろ」


マリウスが笑った。


「数じゃないの」


「何が違うんだよ」


「質よ」


フェリオが笑った。


「じゃあ、俺の国から紹介しようか?」


「あなたが選ぶ男性なんて信用できないわ」


「ひどいな」


五人は笑った。


だが。


その笑いを。


一人の老人が止めた。


「陛下方」


五人が振り返った。


老臣だった。


長い間、五つの国を見続けてきた男。


老臣は深く頭を下げた。


「このままでは、西の大陸が崩壊いたします」


笑いが消えた。


ガルドが酒杯を置いた。


「何だ?」


「五つの国で、民が苦しんでおります」


「知ってる」


マリウスが答えた。


「飢饉が発生しています」


「家臣に任せた」


フェリオが言った。


「各地で反乱の兆しが」


「しつこいな」


エリシアが冷たく言った。


老臣は顔を上げた。


そして。


震える声で叫んだ。


「陛下方は、王なのです!」


大広間が静まり返った。


「民を守るために!」


「国を導くために!」


「あなた方は王位を継いだのではないのですか!」


ガルドが立ち上がった。


「誰に口をきいている?」


炎が揺れた。


エリシアの周囲に冷気が広がる。


セレナの手から光が漏れる。


マリウスの足元で水が波打つ。


フェリオの周囲に風が吹いた。


老臣は、それでも怯まなかった。


「あなた方は、変わってしまった!」


沈黙。


長い沈黙だった。


そして。


老臣は、さらに続けた。


「五人の王が消えた理由を」


「お考えになったことはありますか?」


五人の表情が変わった。


「……何?」


フェリオが椅子から身を乗り出した。


「あなた方の父君と母君は」


老臣はゆっくり言った。


「今も、見つかっておりません」


「だから何?」


ガルドが言った。


「もし」


老臣は続けた。


「消えたのではなく」


「何かから逃げたのだとしたら?」


空気が変わった。


「何から?」


セレナが尋ねた。


老臣は答えなかった。


その時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。


城全体が揺れた。


円卓が震える。


窓ガラスが音を立てた。


「何よ!?」


セレナが立ち上がった。


「地震か?」


マリウスが周囲を見回す。


フェリオが窓へ走った。


「外には何もない!」


ガルドの炎が激しく揺れた。


「じゃあ、どこからだ!」


エリシアが青ざめた。


「……地下」


全員が彼女を見る。


「地下からです」


さらに。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ――。


地響き。


城の地下。


五人の先代の王たちが消えた場所。


長い間。


誰も近づかなかった場所。


そこに存在する。


古代の巨大な扉。


何百年もの間。


決して開かなかった扉が。


ギイイイイイイ……。


ゆっくりと。


開き始めた。


五人は動けなかった。


扉の向こうは。


何も見えない。


ただ。


深い闇だけが広がっている。


そして。


その闇の奥から。


声が聞こえた。


「若き王たちよ」


五人の身体が凍りついた。


「お前たちは」


「王の資格を持たなかった」


「誰だ!」


ガルドが叫んだ。


炎を手に集める。


返事はない。


しかし。


闇の奥で。


何かが笑った。


「だから」


声は続けた。


「お前たちの父と母は、消えたのだ」


五人の顔から。


初めて笑顔が消えた。


そして。


闇の奥から。


もう一つの言葉が響いた。


「次は」


「お前たちの番だ」


その瞬間。


地下から黒い風が吹き上がった。


氷の王女エリシアの髪が舞う。


火の王ガルドの炎が消える。


光の女王セレナの魔法が揺らぐ。


水の王マリウスの水が震える。


風の王フェリオは。


生まれて初めて。


自分の操る風ではない何かを感じた。



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