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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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疑いの鐘

反乱を知らせる鐘が、夜の街に鳴り響いていた。


ゴーン――。


ゴーン――。


ゴーン――。


東西和平会議のために建設された中立都市。


その街は、ほんの数日前まで「新しい時代の始まり」と呼ばれていた。


東の大陸から来た商人。


西の大陸から来た農民。


五大国の兵士。


魔術師。


職人。


学者。


さまざまな人々が行き交い、長い戦争の後では初めて、東西の人々が同じ市場で商品を売買していた。


しかし今。


街のあちこちで、人々が叫んでいた。


「東の兵士が和平を破ったぞ!」


「西の王たちを信用するな!」


「食料を奪われる前に倉庫を守れ!」


「武器を持て!」


「敵が来るぞ!」


五人の王たちは、城壁の上から街を見下ろしていた。


ガルドが拳を握る。


「……まだ敵は来ていない」


マリウスが頷く。


「軍隊の動きもない」


セレナが街を見つめる。


「なのに、民が戦い始めようとしている」


エリシアは静かに言った。


「これが闇の王の狙い……」


フェリオが振り返った。


「戦争を起こす必要すらない」


「人々に、戦争が始まったと思わせればいい」


誰も答えなかった。


それが一番恐ろしいことだった。


---


1 偽りの報告


その頃。


中立都市の西門に、一人の兵士が駆け込んできた。


「緊急報告!」


門番が振り返る。


「どうした!」


「東の軍隊が!」


兵士は息を切らしながら叫んだ。


「東の大陸の軍隊が、西へ向かって進軍しています!」


門番たちの顔色が変わる。


「本当か?」


「間違いありません!」


「何人だ?」


「十万以上!」


その報告は、わずか数分で街中に広がった。


十万の軍隊が来る。


東の大陸が和平を破った。


西の大陸を攻撃する。


人々は恐怖に震えた。


しかし。


実際には。


そんな軍隊は存在しなかった。


東の大陸では、その時刻。


兵士たちは宿営地で休んでいた。


進軍命令など、一度も出ていなかった。


それでも。


偽りの報告だけが。


本物のように広がっていった。


---


2 王たちの決断


五人は緊急会議を開いた。


ガルドが叫ぶ。


「軍を出そう!」


マリウスが反対した。


「待て!」


「何でだ!」


「東軍が本当に動いている証拠がない!」


「でも、報告が来ている!」


「その報告が偽物だったら?」


ガルドは黙った。


セレナが地図を広げる。


「東軍の現在位置を確認する必要があります」


エリシアが言った。


「氷の魔術師を北方へ飛ばします」


フェリオが続ける。


「俺は空から偵察する」


マリウスも言った。


「水路から東側の港を確認する」


ガルドがため息をつく。


「……分かった」


フェリオがガルドの肩を叩いた。


「今までだったら、俺たちはすぐ軍を動かしていたな」


ガルドは苦笑した。


「そうだな」


「でも」


フェリオは街を見る。


「今は違う」


「間違った判断で」


「また五十年の戦争を始めるわけにはいかない」


五人は頷いた。


---


3 民衆の怒り


しかし。


王たちが慎重に調査している間にも。


街の不安は膨れ上がっていった。


市場では、東の商人が店を閉め始めた。


「帰れ!」


誰かが叫んだ。


「東の人間は信用できない!」


「和平なんて嘘だったんだ!」


一人の東の商人が反論する。


「私は何もしていない!」


「嘘つきめ!」


石が飛んだ。


商人は腕で頭を守った。


「やめてくれ!」


しかし。


恐怖に支配された群衆は止まらない。


そこへ。


セレナが現れた。


「やめなさい!」


光の魔法が夜空を照らす。


人々が振り返る。


「女王様!」


セレナは群衆の前に立った。


「この人を攻撃してはいけません」


「しかし、東の軍隊が!」


「証拠はありません」


「兵士が来ると聞きました!」


「聞いたのですか?」


「……」


セレナは静かに続けた。


「誰から?」


誰も答えられない。


「誰かが言った」


「誰かから聞いた」


「その誰かも、また誰かから聞いた」


セレナは群衆を見渡した。


「それだけでしょう?」


人々は黙った。


「恐怖は、事実より速く広がります」


セレナは言った。


「だからこそ、私たちは確かめなければなりません」


---


4 黒い石を持つ少年


その時。


群衆の後ろから。


一人の少年が走ってきた。


「違う!」


セレナが振り返る。


少年は十歳ほどだった。


手には、小さな黒い石を握っている。


「東の兵士が来るって言ったのは、僕じゃない!」


「でも!」


少年は震えていた。


「この石が教えてくれたんだ!」


五人の王たちが同時に顔を上げた。


「黒い石……」


エリシアが呟く。


セレナが少年に近づく。


「その石を見せて」


少年は恐る恐る差し出した。


黒い石。


表面には細い亀裂が入っている。


その亀裂から。


微かな闇が漏れていた。


「触らないで!」


エリシアが叫んだ。


セレナは手を止めた。


「危険なの?」


「分からない」


エリシアは石を観察する。


「でも」


「これは、ただの石ではない」


マリウスが尋ねる。


「どうして少年が持っている?」


少年が答える。


「市場で拾ったんだ」


「いつ?」


「昨日」


「誰から?」


「知らない」


少年は首を振った。


「でも、その夜から」


「頭の中で声が聞こえるようになった」


フェリオが尋ねる。


「何と言っていた?」


少年は怯えた。


「東の人間は敵だ」


「西の人間は敵だ」


「誰も信じるな」


五人は顔を見合わせた。


まさに。


闇の王が狙っていることだった。


---


5 黒い石の正体


エリシアは石を凍らせた。


しかし。


氷が石に触れた瞬間。


バキッ!


氷が砕け散った。


「……」


エリシアは驚いた。


「私の魔法を弾いた?」


ガルドが近づく。


「なら、俺が試す」


手のひらに炎が生まれる。


炎が黒い石を包む。


だが。


炎は石に吸い込まれていった。


「何だと?」


ガルドが手を引く。


「俺の炎まで吸った」


マリウスが水を出す。


水も。


黒い石に触れた瞬間。


消えた。


フェリオが風をぶつける。


風も消えた。


セレナの光も。


同じだった。


五人の力。


すべてが。


石に吸収された。


エリシアが震える声で言った。


「この石……」


「私たち五人の魔法を」


「吸収している」


フェリオが呟く。


「闇の王が」


「俺たちの力を研究している?」


---


6 五人の王が気づいたこと


その夜。


五人は地下の研究室に集まった。


黒い石は。


特殊な結界の中に置かれている。


セレナが資料を広げた。


「闇の王は、戦争中に人間の憎しみや恐怖を集めていた」


マリウスが続ける。


「そして、血や肉体のエネルギーまで吸収していた」


ガルドが言う。


「だから戦争を起こしたかった」


「でも」


フェリオが言った。


「戦争だけじゃない」


エリシアが頷く。


「恐怖でも力を得られる」


「憎しみでも」


「疑いでも」


「絶望でも」


セレナが静かに言った。


「ならば」


「平和そのものが、闇の王にとって最大の敵なのね」


五人は沈黙した。


だから。


闇の王は和平を壊そうとしている。


---


7 裏切り者の正体


しかし。


まだ一つ問題が残っていた。


誰が偽の報告を流したのか。


五人は調査を始めた。


兵士。


商人。


役人。


運送業者。


新聞記者。


多くの人間が調べられた。


そして。


意外な人物の名前が浮かび上がった。


東の大陸から来た商人。


かつて西の大陸との交易で莫大な利益を得ていた男だった。


男は東の金や銀を受け取り。


西の武器や食料を東へ運んでいた。


戦争によって。


彼は大金持ちになっていた。


和平によって。


その利益が失われる。


「……だから」


マリウスが言った。


「戦争を望んでいるのか」


商人は震えながら答えた。


「違う!」


「私はただ……」


「商売をしたかっただけだ」


ガルドが睨む。


「そのために戦争を続けたのか?」


「私は!」


商人は叫んだ。


「私だけじゃない!」


部屋が静まり返った。


「大勢いる!」


「東にも!」


「西にも!」


「戦争が終わって困る商人は!」


フェリオは拳を握った。


それは。


闇の王にとって。


最高の協力者だった。


---


8 闇の王の本当の作戦


商人の尋問によって。


さらに驚くべき事実が判明した。


闇の王は。


直接命令していたのではなかった。


人々に。


「もっと儲かる」


「もっと権力を持てる」


「敵を倒せば豊かになれる」


そんな言葉を。


黒い石を通して与えていた。


人々は。


自分の意思で行動していると思っていた。


しかし。


少しずつ。


闇に染められていた。


エリシアが言う。


「闇の王は」


「人間を操っているんじゃない」


「人間自身に、欲望を選ばせている」


セレナが答えた。


「だから、止めるのが難しい」


「そう」


「欲望そのものを」


「魔法で消すことはできない」


---


9 五人の王の新しい戦い


翌朝。


五人は街の中央広場に立った。


集まった人々を前に。


フェリオが話し始める。


「俺たちは」


「王だ」


「でも」


「王だから正しいとは限らない」


人々が静かに聞く。


「俺たちは以前」


「民の声を聞かなかった」


「政治を放り出した」


「自分たちの欲望を優先した」


ガルドが続ける。


「俺たちは間違えた」


セレナも言う。


「だから」


「民にもお願いしたい」


マリウスが言った。


「聞いてほしい」


エリシアが続ける。


「疑う前に」


「確かめてほしい」


五人は同時に。


人々を見た。


「憎む前に」


「相手の話を聞いてほしい」


広場は静まり返った。


そして。


一人の老人が手を上げた。


「王様」


フェリオが答える。


「何だ?」


「私たちは」


「誰を信じればいい?」


フェリオは少し考えた。


「俺たちだけを信じなくていい」


人々がざわめく。


「自分の目で見て」


「自分の耳で聞いて」


「そして」


「隣にいる人間とも話してくれ」


フェリオは言った。


「それが」


「闇の王に対抗する最初の方法だ」


---


10 東から届いた知らせ


その日の夕方。


東の大陸から急使が到着した。


「緊急報告です!」


五人が集まる。


「東の各地で」


「黒い石を持つ人々が増えています」


セレナが立ち上がる。


「どのくらい?」


「数千」


「いや」


急使は震えながら言った。


「数万人です」


五人の顔が強張った。


そして。


急使は最後に。


さらに恐ろしい報告を伝えた。


「東の大陸の中央部で」


「巨大な黒い塔が」


「地中から現れました」


エリシアが呟く。


「塔……」


マリウスが尋ねる。


「何のための塔だ?」


急使は首を振った。


「分かりません」


「ただ」


「塔の周囲にいる人間は」


「全員、同じ言葉を繰り返しています」


「何と言っている?」


急使は答えた。


「――王を倒せ」


五人の王は。


互いに顔を見合わせた。


闇の王は。


もう五人を直接狙っていなかった。


今度は。


人々自身を使って。


王国そのものを内側から崩そうとしている。


そして。


その戦いは。


五人の王が剣を振るうだけでは。


決して勝てない戦いだった。


必要なのは。


軍隊ではない。


魔法でもない。


王座でもない。


人々の間に生まれた疑いを。


一つずつ解いていくこと。


そして。


東と西の人々が。


もう一度。


互いの顔を見て話すことだった。


五十年間。


戦争によって失われていたもの。


それは。


土地でも。


財宝でも。


軍隊でもなかった。


人間が。


人間を信じる心だった。


五人の若き王たちは。


その心を取り戻すための戦いへ。


歩き始めた。


しかし。


彼らの知らない場所で。


黒い塔の地下から。


低い声が響いていた。


「信頼を取り戻すか……」


「ならば」


「その信頼が」


「最も深くなる瞬間に」


「もう一度、壊してやろう」


暗闇の中で。


黒い石が。


一つ。


また一つ。


赤黒く輝き始めた。


東西和平。


その本当の戦いは。

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