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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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黒い塔の地下迷宮

黒い塔の地下へ続く階段を、五人の若き王たちは一段ずつ下っていった。


氷の王女エリシア。


光の王女セレナ。


水の王マリウス。


火の王ガルド。


そして、風の王フェリオ。


その後ろには、東西両大陸から選ばれた調査隊が続いている。


誰も口を開かなかった。


聞こえるのは、靴音だけだった。


コツ。


コツ。


コツ。


階段はどこまでも続いている。


「なあ……」


フェリオが小声で言った。


「この階段、いつまで続くんだ?」


マリウスが下を見る。


「分からない」


「まだ底が見えないぞ」


ガルドが炎を灯した。


「俺の炎でも先が見えない」


エリシアが壁に手を触れた。


「……おかしい」


「何が?」


セレナが尋ねる。


「この塔は、地下に行くほど古くなっている」


「古く?」


「上の階では、東の大陸で使われていた文字があった。でも、ここでは違う」


エリシアは壁に刻まれた文字を指差した。


それは。


五大国が成立するより遥か以前の文字だった。


「この文字……」


セレナが目を細める。


「読めない」


「私にも読めない」


マリウスも首を振った。


その時。


後ろからアルノが言った。


「私にも完全には読めません」


五人が振り返る。


「ただし――」


老人は壁を見上げた。


「一つだけ分かります」


「何?」


「この文字は、王を意味しています」


---


1 最初の扉


しばらく進むと。


巨大な扉が現れた。


高さは十メートル以上。


黒い金属でできている。


その中央には。


五つの紋章が刻まれていた。


氷。


光。


水。


炎。


風。


ガルドが近づく。


「また五つか」


エリシアが扉を見る。


「私たちを待っていたように見える」


「開けられるのか?」


マリウスが尋ねた。


セレナは扉に手を置いた。


すると。


――ゴォン。


塔全体に低い音が響いた。


五つの紋章が淡く輝く。


「五人で触れてみよう」


五人がそれぞれの紋章に手を置いた。


氷。


光。


水。


炎。


風。


五つの魔力が扉へ流れ込む。


しかし。


扉は開かなかった。


「何だ?」


ガルドが力を込める。


「もっと魔力が必要なのか?」


エリシアが首を振る。


「違う」


「じゃあ何だ?」


「この扉は、魔力だけを求めているんじゃない」


エリシアは刻まれた文字を見る。


「何かを確認している」


「何を?」


「……王としての資格」


五人が黙った。


その瞬間。


扉に新しい文字が浮かび上がった。


――王よ。


――汝は、民の声を聞いたか。


フェリオが息を呑む。


「……」


次の文字。


――汝は、己の過ちを認めたか。


セレナが目を伏せる。


さらに。


――汝は、敵を滅ぼすことより、民を救うことを選べるか。


五人は答えられなかった。


すると。


扉が突然輝いた。


五人の頭の中に。


それぞれ違う光景が浮かんだ。


---


2 エリシアの記憶


エリシアの前に。


雪に覆われた村が現れた。


子供たちが震えている。


老人が薪を探している。


畑は凍っていた。


食料はない。


「……ここは」


エリシアは呟く。


自分が以前訪れた北方の村だった。


村人が叫ぶ。


「陛下!」


「助けてください!」


「食べ物がありません!」


「寒いんです!」


エリシアは手を伸ばす。


しかし。


魔法が使えない。


何もできない。


その時。


一人の少女が言った。


「王様は、私たちのことを知らないんだね」


エリシアの胸が痛んだ。


「……知っている」


「今は知っている」


少女は首を振った。


「でも、もっと早く知ってほしかった」


エリシアは目を閉じる。


「……そうね」


「もっと早く聞くべきだった」


---


3 セレナの記憶


セレナの前には。


一つの家があった。


そこには。


一人の母親と二人の子供がいた。


母親は泣いている。


「どうして……」


壁には。


処刑された最高司祭の肖像画。


セレナがかつて処刑を命じた人物だった。


子供が尋ねる。


「お母さん」


「どうして、お父さんは帰ってこないの?」


母親は答えられなかった。


セレナはその場に立ち尽くす。


「……私は」


かつて自分は。


正義のためだと思っていた。


自分に逆らう者は。


国に逆らう者だと思っていた。


だが。


その命令の先には。


家族がいた。


生活があった。


悲しみがあった。


「私は……間違っていた」


その言葉を口にした瞬間。


光景が消えた。


---


4 マリウスの記憶


マリウスの前には。


水没した村が現れた。


家の屋根だけが水面から出ている。


船が行き交っている。


「助けて!」


「子供がいます!」


「食料を!」


マリウスは水を操ろうとした。


しかし。


水は動かない。


一人の老人が言った。


「王様は、水を操れるんでしょう?」


「……ああ」


「だったら」


老人は涙を流した。


「なぜ、もっと早く来なかった?」


マリウスは答えられなかった。


王宮にいた。


会議を避けていた。


遊んでいた。


その間にも。


水の国では。


人々が水に飲み込まれていた。


「俺は……」


マリウスは拳を握る。


「王だったのに」


---


5 ガルドの記憶


炎。


煙。


焼けた大地。


火の国の村だった。


戦争で焼かれた場所。


家も。


畑も。


森も。


すべてが灰になっていた。


一人の少年が。


焼けた剣を拾っていた。


「父さんのだ」


ガルドが近づく。


「お父さんは?」


少年は答えない。


「……死んだ」


ガルドの胸に。


重いものが落ちた。


少年は言った。


「王様は強いんだろ?」


「ああ」


「だったら」


少年はガルドを見上げる。


「戦争を止めてよ」


ガルドは。


何も言えなかった。


---


6 フェリオの記憶


最後に。


フェリオの前に広がったのは。


一面の農地だった。


しかし。


畑には作物が少ない。


農民たちは疲れ切っていた。


子供たちも働いている。


フェリオは。


欠けた皿を思い出した。


あの鋼鉄の部屋。


粗末な食事。


家臣から聞いた言葉。


――庶民はもっと貧しい食事をしています。


フェリオは目を閉じる。


「俺は……何も見ていなかった」


すると。


農民の一人が言った。


「陛下」


フェリオが顔を上げる。


「俺たちは王に、贅沢をしてほしいわけじゃない」


「……」


「俺たちの声を聞いてほしいんです」


フェリオは頷いた。


「分かった」


「もう逃げない」


その瞬間。


五人の王の前から、幻影が消えた。


---


7 開かれた扉


五人が目を開ける。


巨大な扉が。


ゆっくりと開いていた。


ゴゴゴゴゴ……。


その向こうには。


巨大な地下都市が広がっていた。


「都市……?」


マリウスが驚く。


そこには。


道路があった。


建物があった。


水路があった。


そして。


五大国の紋章が刻まれた巨大な広場があった。


「こんな場所が地下に……」


セレナは言葉を失う。


アルノが震えた。


「これが……」


「五十年前に先代王たちが見つけた場所です」


ガルドが振り返る。


「知っているのか?」


「はい」


老人は答えた。


「しかし、ここまで深く入ったことはありません」


「なぜ?」


「恐ろしかったからです」


その時。


都市の中央にある巨大な石碑が輝いた。


そこには。


五人の先代王の姿が浮かび上がった。


エリシアが息を呑む。


「父上……」


セレナも。


「母上……」


マリウス。


「父さん……」


ガルド。


「……」


フェリオ。


五人の先代王は。


石碑の中で話していた。


『我々は、五十年間ここに留まる』


『西の大陸へ戻れば、封印が弱まる』


『だから』


『我々は帰れない』


五人の若き王は。


静かに聞いていた。


『我々は、王として失敗した』


『戦争を止められなかった』


『民を守れなかった』


『だからこそ』


『次の王たちには――』


映像が途切れる。


フェリオが叫ぶ。


「待ってくれ!」


しかし。


石碑は沈黙した。


---


8 裏切り者の名前


その時。


調査隊の後ろから。


声がした。


「……ここまで来たか」


五人が振り返る。


そこにいたのは。


東の大陸から参加した調査隊の男だった。


男の手には。


黒い石が握られている。


セレナが驚く。


「あなた……!」


男は笑った。


「そうだ」


「和平条約を結んだ東の大陸の代表の一人だ」


ガルドが剣を抜く。


「裏切ったのか?」


男は答えた。


「違う」


「私は、東の大陸を守っている」


マリウスが睨む。


「黒い石を持っている時点で、闇の王の側だろ」


「闇の王?」


男は笑う。


「違う」


「私は闇の王の部下ではない」


全員が黙った。


男は黒い石を掲げた。


「闇の王すら恐れていた存在に仕えている」


「……何?」


男の足元に。


黒い影が広がる。


「黒い塔の地下にいるもの」


「それこそが――」


突然。


塔全体が揺れた。


男の声が途切れる。


地下都市の中央。


巨大な石柱が割れ始める。


バキッ。


バキバキバキッ。


そして。


そこから。


黒い煙が噴き出した。


アルノが叫ぶ。


「逃げてください!」


「何だ?」


「封印が――」


「また破れる!」


五人の王は身構えた。


しかし。


黒い煙は彼らを襲わなかった。


煙はゆっくりと。


一つの人間の姿を作っていく。


黒い影。


長い髪。


人間のような顔。


そして。


五人の王を見つめた。


「……久しぶりだな」


フェリオが息を呑む。


「お前は……」


影は微笑んだ。


「五十年前」


「お前たちの父親たちと話した者だ」


エリシアの目が見開かれる。


「父上と……?」


「そうだ」


影は答えた。


「そして私は」


「五人の先代王たちに、一つの選択をさせた」


セレナが叫ぶ。


「何を選ばせたの!」


影は笑った。


「西の大陸を救うか」


「東の大陸を救うか」


「そして――」


影の目が赤く光る。


「自分たち自身を救うか」


五人は動かなかった。


その言葉の意味を。


まだ理解できない。


しかし。


地下都市のさらに奥。


巨大な扉が。


ゆっくり開き始めていた。


その向こうには。


闇の王のものとは違う。


さらに古く。


さらに巨大な魔力が眠っていた。


そして。


五人の若き王たちは。


ついに知ることになる。


先代王たちが消えた理由。


東の大陸が力を蓄えた理由。


西の大陸で戦争が続いた理由。


和平条約を壊そうとする者がいる理由。


それらすべてが。


一つの巨大な秘密につながっていたことを。


黒い塔の地下深く。


五十年前から眠っていた秘密が。


今。


目を覚まそうとしていた。

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