和平条約の裏切り者探し
東西和平会議から、三日が過ぎた。
五十年間続いた戦争。
その戦争を終わらせるために、東西両大陸の代表者たちは、和平条約に署名した。
西の大陸からは、氷の国の王女エリシア、光の国の王女セレナ、水の国の王マリウス、火の国の王ガルド、風の国の王フェリオ。
東の大陸からも、多くの代表が署名した。
誰もが思った。
これで戦争は終わる。
これからは復興が始まる。
もう、血は流れない。
しかし――。
その希望は、一通の手紙によって揺らぎ始めた。
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1 「五人の中に裏切り者がいる」
朝。
東西和平会議のために建てられた中立都市。
その中央にある宿舎で、五人の王は再び集まっていた。
机の上には、一通の封筒が置かれている。
差出人は。
五十年前から姿を消していた五人の先代王。
エリシアが封筒を見つめる。
「本当に……お父様たちからなの?」
「間違いない」
セレナが答えた。
封蝋には、五つの王家の紋章が刻まれていた。
氷。
光。
水。
火。
風。
五つの紋章が、一つの封蝋になっている。
ガルドが腕を組んだ。
「でも、先代王たちは東の地下にいるんだろ?」
「おそらく」
マリウスが答える。
「五十年間、闇の王を封印していた」
フェリオが手紙を見つめる。
「だったら、どうやってこの手紙を送ったんだ?」
誰も答えられない。
やがて。
エリシアが封筒を開いた。
中には一枚の紙が入っていた。
そこには、こう書かれていた。
『和平条約に署名した五人の中に、裏切り者がいる。』
そして。
その下には。
もう一文。
『信じるな。誰も。』
五人の間に。
重い沈黙が流れた。
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2 最初の疑い
「……誰だと思う?」
フェリオが言った。
ガルドが眉をひそめる。
「何が?」
「裏切り者だよ」
「お前、まさか……」
「俺は可能性を考えているだけだ」
フェリオは五人を見回した。
「五人の中に裏切り者がいるって書いてある」
セレナが冷静に言う。
「でも、これが本物の手紙だという証拠もないわ」
「確かに」
マリウスが頷く。
「闇の王が偽物を作った可能性もある」
エリシアが言った。
「むしろ、その可能性が高いと思う」
ガルドは机を叩いた。
「じゃあ、無視すればいい」
「そう簡単にはいかない」
セレナが答える。
「もし本当に裏切り者がいたら?」
ガルドは黙った。
フェリオが呟く。
「和平条約には、軍事情報も含まれている」
マリウスが続けた。
「五大国の軍隊がどこにいるかも、東側は知っている」
エリシアが言う。
「東側の軍事情報も、私たちは知っている」
つまり。
五人の中に一人でも裏切り者がいれば。
東西両大陸の情報がすべて漏れる。
和平どころか。
戦争が再び始まる。
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3 最初の証拠
その日の午後。
東の大陸から緊急の報告が届いた。
「西の大陸軍が、東の大陸との国境近くに兵を集めている!」
会議室が騒然となる。
「何だと?」
ガルドが立ち上がった。
「そんな命令は出していない!」
東側の代表が叫ぶ。
「しかし、兵士が集まっている!」
「なぜだ!」
フェリオが地図を見る。
兵士が集まっている場所。
それは。
和平条約によって、両大陸の軍隊を縮小する予定になっていた地域だった。
「誰かが命令を出した」
マリウスが言った。
「でも、誰が?」
五人は顔を見合わせた。
すると。
一人の東側の兵士が叫んだ。
「西の大陸の王の一人が、秘密裏に軍を動かしたのではないか!」
「誰だ!」
「それを調べる必要がある!」
疑惑が生まれた。
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4 疑惑は火の国へ
調査の結果。
最初に名前が挙がったのは。
ガルドだった。
火の国の王。
軍事力が強い。
戦争中も最も多くの兵士を動かしていた。
そして。
兵士の移動命令には、火の国の王家の印が使われていた。
「ガルド」
セレナが言った。
「説明して」
「知らない」
ガルドは即答した。
「俺はそんな命令を出していない」
「でも、この印は?」
「偽物だ」
「証明できる?」
「……」
ガルドは言葉に詰まった。
フェリオが言う。
「ガルドを疑うのか?」
「疑っているわけじゃない」
セレナが答える。
「確認しているの」
ガルドは苛立った。
「俺を疑っているじゃないか!」
「ガルド!」
エリシアが止める。
「落ち着いて」
「落ち着けるか!」
ガルドは立ち上がった。
「五人で和平を作ったんだぞ!」
「それなのに、三日で俺が裏切り者扱いか!」
マリウスが静かに言う。
「誰も決めつけていない」
「でも疑ってる!」
ガルドは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
セレナは黙った。
「……まずかったわ」
フェリオも頷く。
「そうだな」
エリシアが言った。
「闇の王は、戦争だけを狙っているんじゃない」
マリウスが顔を上げた。
「俺たちを疑わせようとしている?」
「そう」
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5 次の証拠
翌日。
今度は光の国から情報が届いた。
秘密裏に東の大陸へ大量の食料を送っていた記録。
しかも。
その許可証には。
セレナの署名があった。
「……私じゃない」
セレナは青ざめた。
「私は署名していない」
「しかし、筆跡は一致しています」
最高顧問が言った。
「印章も本物です」
「そんな……」
セレナは紙を握りしめた。
フェリオが言う。
「これは罠だ」
「そうね」
セレナが答える。
「でも」
彼女は紙を見る。
「本当に私の署名に見える」
マリウスが言った。
「誰かが魔法で複製したんじゃないか?」
「可能性はある」
エリシアが答える。
その時。
東側の代表が口を開いた。
「では、セレナ女王は東の大陸に食料を送りながら、その事実を隠していたということですか?」
セレナは黙った。
「違う」
「証拠があります」
「……」
セレナは悔しそうに拳を握った。
「証拠だけなら」
「いくらでも作れる」
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6 水の国の秘密
さらに二日後。
水の国で事件が起きた。
東側へ向かうはずだった大量の水と食料が、途中で消えた。
輸送船には。
マリウスの王家の紋章が刻まれていた。
「王が物資を横流しした」
東側の新聞が報じた。
「水の国王マリウス、和平条約を裏切る」
その記事は瞬く間に広がった。
マリウスは愕然とした。
「俺は何もしていない!」
しかし。
国民の一部は疑い始めた。
「本当に王は裏切っていないのか?」
「戦争が終わって困る人間もいるのではないか?」
「王は何かを隠しているのでは?」
マリウスは初めて。
王座に座っていた頃とは違う恐怖を感じた。
自分が命令しても。
人々が信じてくれない。
それは。
王にとって最大の弱点だった。
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7 エリシアへの疑惑
そして。
最後に。
氷の国でも事件が起きた。
北方の村が突然、氷に閉ざされた。
調査隊が向かう。
すると。
氷の魔法の痕跡が見つかった。
「エリシア様の魔法です」
報告した魔術師が言う。
「間違いありません」
エリシアは絶句した。
「私ではありません」
「しかし、魔力の波長が一致しています」
「そんな……」
エリシアは自分の手を見つめた。
「私の魔法が使われた?」
「はい」
「でも」
エリシアは首を振った。
「私は、その時間ここにいた」
フェリオが言う。
「俺たち全員が証人だ」
だが。
東側の代表は納得しなかった。
「では、別の方法で魔法を使ったのでは?」
「どういう意味?」
「王女本人が使わなくても、魔力を保存して使う方法はある」
エリシアは黙った。
確かに。
それは可能だった。
「……誰かが私の魔力を利用している」
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8 フェリオの疑い
最後に。
風の国でも事件が起きた。
国境近くの倉庫から。
大量の武器が発見された。
その武器には。
東の大陸へ運ぶための荷札がついていた。
しかも。
荷札の承認欄には。
フェリオの名前があった。
フェリオは紙を見て笑った。
「俺が?」
誰も答えない。
「俺が東に武器を売った?」
「記録上は」
最高顧問が言った。
フェリオは黙った。
「なるほど」
そして。
小さく笑った。
「これで五人全員か」
セレナが顔を上げた。
「……そうね」
ガルド。
セレナ。
マリウス。
エリシア。
フェリオ。
全員に。
裏切りの証拠が出てきた。
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9 五人の王、対立する
その夜。
五人は再び円卓を囲んだ。
しかし。
以前のような空気ではなかった。
誰もが互いを見ている。
ガルドが口を開いた。
「俺は誰も裏切っていない」
セレナも言う。
「私も」
マリウスも。
「俺もだ」
エリシアも。
「私も」
そして。
フェリオも。
「俺も」
五人は黙った。
しかし。
疑いは消えない。
なぜなら。
全員に証拠があるからだ。
ガルドが言った。
「だったら」
「五人の誰でもない」
セレナが答える。
「でも、先代王の手紙には『五人の中にいる』と書いてある」
マリウスが言った。
「じゃあ、誰かが嘘をついている」
エリシアが呟いた。
「……それは」
フェリオが言った。
「俺たちの誰かが」
「闇の王に操られているってことか?」
沈黙。
誰も答えなかった。
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11 真実への手がかり
翌朝。
フェリオは一人で倉庫へ向かった。
武器が見つかった場所。
「……変だ」
彼は荷札を手に取った。
風の魔法を使う。
微弱な魔力の流れが。
紙から漂ってきた。
「これは……」
フェリオは目を細める。
「俺の魔力じゃない」
そこへ。
エリシアがやって来た。
「何を見ているの?」
「この紙」
フェリオは答えた。
「俺の魔力に似ているけど」
「完全に同じじゃない」
エリシアが紙に触れる。
「……これ」
「何?」
「魔力の複製」
フェリオが顔を上げる。
「つまり」
「誰かが私たち五人の魔力を研究している」
二人は顔を見合わせた。
そこへ。
セレナが走ってくる。
「見つけたわ!」
「何を?」
「私の署名」
彼女は一冊の古い資料を持っていた。
「私の署名を複製するためには」
「私の過去の公文書が必要になる」
「でも、その資料が保管されていた場所には」
「侵入した形跡がなかった」
フェリオが言った。
「つまり?」
セレナは答えた。
「最初から内部にいた人間が」
「資料を使った可能性がある」
マリウスとガルドもやってきた。
五人が揃う。
フェリオは言った。
「じゃあ」
「裏切り者は」
「俺たち五人じゃない」
ガルドが拳を握る。
「俺たちの近くにいる」
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12 最高顧問会議
五人は。
各国の最高顧問を集めた。
氷の国。
光の国。
水の国。
火の国。
風の国。
それぞれの最高顧問が並ぶ。
エリシアが言った。
「私たちは」
「五人の中に裏切り者がいるという手紙を受け取りました」
「しかし」
「五人全員に偽の証拠が見つかった」
セレナが続ける。
「つまり」
「誰かが五人を裏切り者に見せようとしている」
マリウスが言う。
「目的は一つ」
「東西和平を壊すこと」
ガルドが言った。
「そして」
「また戦争を始めること」
フェリオが続ける。
「さらに」
「戦争で生まれる憎しみを」
「闇の王に与える」
部屋の空気が変わった。
最高顧問の一人が言った。
「では」
「闇の王は」
「戦争そのものより」
「和平を恐れているのでは?」
五人は顔を見合わせた。
エリシアが頷く。
「そう」
「だから」
「和平を壊そうとしている」
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13 しかし、一人の最高顧問が立ち上がる
その時だった。
東の大陸との交渉を担当していた最高顧問の一人が。
突然立ち上がった。
「くだらない」
全員が振り返る。
「何?」
セレナが尋ねる。
男は冷たく笑った。
「闇の王だの、黒い石だの」
「そんなものに責任を押しつけるのですか?」
ガルドが睨む。
「じゃあ、お前は何だと思っている?」
男は答えた。
「和平など不可能だ」
「東と西は、全面戦争をした」
「簡単に仲良くなれるはずがない」
「ならば」
「戦争を続けるべきだと?」
男は黙った。
その瞬間。
フェリオが気づいた。
男の首元。
小さな黒い石がついていた。
「それ……」
男の顔色が変わる。
「何でもありません」
フェリオが一歩近づく。
「見せろ」
「お断りします」
ガルドの手に炎が灯る。
「見せろ!」
男が後退する。
すると。
黒い石が突然、強く光った。
ドクン!
男の目が黒く染まった。
「和平を」
「壊せ……」
低い声が響く。
「憎しみを」
「取り戻せ……」
エリシアが叫ぶ。
「闇の王の魔力!」
セレナが光の魔法を放つ。
黒い石が砕ける。
男はその場に倒れた。
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14 本当の裏切り者
しばらく。
誰も動けなかった。
やがて。
男が目を覚ます。
「私は……何を……」
フェリオが尋ねる。
「お前は誰かに操られていたのか?」
男は震えながら頷いた。
「黒い石を……」
「東の商人から渡された……」
「それを持っていると」
「不思議な声が聞こえた」
「もっと豊かになれる」
「もっと力を持てる」
「西を倒せ」
「東を支配しろ」
「そう言われた」
マリウスが言った。
「闇の王に取り込まれていた商人か」
男は頷いた。
「しかし」
「私は……」
男は涙を流した。
「本当に自分の意思で考えていたと思っていた」
セレナは静かに答えた。
「だから恐ろしいのです」
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15 先代王の手紙の真実
その夜。
五人は再び手紙を見た。
エリシアが何度も読み返す。
「『五人の中に裏切り者がいる』」
フェリオが言った。
「実際には違った」
「でも」
セレナが言う。
「この手紙を書いた先代王たちは」
「わざとそう書いたのかもしれない」
マリウスが顔を上げる。
「わざと?」
「私たちが疑い合うことを」
「予想していたのでは?」
エリシアが静かに言った。
「つまり」
「先代王たちは」
「闇の王が私たちの信頼関係を狙うことを知っていた」
ガルドが拳を握る。
「じゃあ、この手紙は」
「罠じゃなく」
「警告だったのか」
フェリオが笑った。
「ずいぶん分かりにくい警告だな」
セレナも苦笑する。
「私たちが疑い合うところまで計算していたのかもしれないわ」
五人の間に。
久しぶりに笑いが戻った。
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16 五人の誓い
フェリオが立ち上がる。
「決めよう」
「何を?」
ガルドが尋ねる。
「これから」
「誰かに裏切りの証拠を見せられても」
「すぐに仲間を疑わない」
エリシアが頷く。
「まず本人に聞く」
マリウスが続ける。
「証拠を調べる」
セレナが言った。
「そして」
「民にも説明する」
ガルドが拳を差し出す。
「俺は賛成だ」
エリシアも。
マリウスも。
セレナも。
そして。
フェリオも。
五人の拳が中央で重なった。
「東西和平を守る」
五人は誓った。
しかし。
その時。
窓の外から。
黒い鳥が飛んできた。
その足には。
一枚の紙が結ばれている。
フェリオが紙を取る。
そこには。
新しい文字が書かれていた。
『第一の疑いは失敗した。』
五人の表情が変わる。
その下には。
さらに一文。
『では、次は民自身に疑わせよう。』
そして。
最後に。
黒い文字で。
『和平の次に壊すものは――王国そのものだ。』
窓の外。
遠くの街から。
大きな鐘の音が鳴り響いた。
その鐘は。
東西和平を祝う鐘ではなかった。
反乱を知らせる鐘だった。
五人の若き王たちは。
同時に立ち上がった。
「始まった……」
エリシアが呟く。
和平条約の裏切り者探し。
その戦いは。
終わったのではなかった。
むしろ。
本当の戦いは。
これからだった。
闇の王は。
五人の王を直接攻撃するのではなく。
東と西の民そのものを。
再び疑いと憎しみへ導こうとしていた。




