魔法を捨てた王たち
漆黒の城の前。
五人の若き王たちは、動けずにいた。
目の前にいるのは、かつて人間だったもの。
いや。
もはや、人間と呼ぶことすらできない。
巨大な黒い岩石のような身体。
大地を覆い尽くすほどの巨体。
身体のあちこちから黒い霧が噴き出し、そのたびに周囲の空気が震えている。
闇の王。
それが。
五十年間、先代の王たちが封印していた存在だった。
そして今。
その封印は破られた。
「……魔法を使うな」
エリシアが言った。
ガルドが彼女を見る。
「何だと?」
「さっきのを忘れたの?」
「忘れるわけないだろ」
ガルドは拳を握る。
「俺の炎も、お前の氷も、一瞬で消された」
「違う」
エリシアは首を横に振った。
「消されたんじゃない」
「吸収されたのよ」
その言葉に。
五人が沈黙する。
マリウスが考え込む。
「俺たちの魔力そのものが、奴の力になる」
「そう」
セレナが続ける。
「だったら、強い魔法を使うほど危険になる」
フェリオが空を見上げた。
「じゃあ、どうする?」
誰も答えられなかった。
敵は巨大。
こちらは五人。
しかも。
最大の武器である魔法を使えない。
完全に不利だった。
その時。
闇の王が笑った。
「考えているな」
巨大な声が大地を揺らす。
「どうすれば私を倒せるのか」
ガルドが剣を抜いた。
「黙れ!」
闇の王は笑う。
「炎を使えば、私の力になる」
ガルドの手が止まる。
「氷も」
エリシアを見る。
「水も」
マリウスを見る。
「風も」
フェリオを見る。
「光も」
セレナを見る。
「お前たちは、自分自身の力によって私を育てる」
「……」
「皮肉なものだ」
闇の王の声が響く。
「世界を守ろうとする力こそが、世界を滅ぼす私を強くする」
五人は黙った。
しかし。
その言葉を聞いたフェリオが。
突然笑った。
「……なるほど」
四人が振り向く。
「何がおかしいの?」
セレナが尋ねる。
フェリオは剣を抜いた。
「魔法が駄目なら」
「魔法を使わなければいい」
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第一節 剣を取る王
フェリオは走った。
「フェリオ!」
エリシアが叫ぶ。
フェリオは風を使わない。
飛ばない。
加速もしない。
ただ。
自分の足で走る。
「俺は風の王だ!」
「でも!」
「風だけが俺の力じゃない!」
フェリオは腰の剣を抜いた。
「俺には、この国で生きてきた時間がある!」
黒い巨体へ向かって走る。
闇の王が腕を振り下ろす。
「無駄だ」
ドォォン!
地面が砕けた。
フェリオは横へ飛び、転がる。
風を使いたい。
身体を浮かせたい。
しかし。
我慢する。
「魔法なしでも!」
フェリオは立ち上がる。
「戦える!」
黒い岩のような身体へ。
剣を叩きつける。
ガキン!
硬い。
剣が弾かれる。
「くっ……!」
フェリオの手が痺れる。
傷一つつかない。
闇の王が笑う。
「それが答えか?」
フェリオは息を切らしながら笑った。
「いや」
「ただの確認だ」
「何?」
「お前の身体が」
フェリオは剣を見つめた。
「本当に岩なのかどうか」
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第二節 魔法を使わない戦い
「俺も行く!」
ガルドが走る。
「ガルド!」
ガルドは炎を出さなかった。
剣を抜く。
全力で走る。
「炎が使えないなら!」
「腕力で叩く!」
ガキン!
ガルドの剣が。
闇の王の腕へ当たる。
やはり。
傷はつかない。
しかし。
その瞬間。
ガルドが気づいた。
「……硬い」
「だが」
剣を引く。
「全部が同じ硬さじゃない!」
「何?」
エリシアが見る。
ガルドは叫ぶ。
「身体の中に、黒い石が埋まってる!」
闇の王の身体。
巨大な岩の隙間から。
黒い結晶が見えていた。
「そこだけ、妙に脆い!」
マリウスが目を細める。
「なるほど……」
セレナが続ける。
「闇の王の身体は、黒い石によって維持されている?」
「たぶんな!」
ガルドが叫ぶ。
「なら、石を壊せばいい!」
闇の王の顔が。
初めて険しくなった。
「……余計なことを」
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第三節 黒い石
五人は一斉に走った。
エリシアは魔法を使わない。
セレナも光を使わない。
マリウスも水を操らない。
ガルドも炎を出さない。
フェリオも風を使わない。
五人は。
ただの人間として。
闇の王へ挑んだ。
それは。
これまでの彼らにはなかった戦い方だった。
王になってから。
何かを命令する。
魔法で解決する。
力で押し切る。
それが当たり前だった。
しかし。
今は違う。
自分たちの身体。
自分たちの知恵。
仲間との連携。
それだけで戦う。
「右!」
フェリオが叫ぶ。
「分かった!」
マリウスが横へ飛ぶ。
闇の王の腕が地面を叩く。
その隙に。
ガルドが黒い石へ剣を叩き込む。
ガキィィン!
石に。
小さな亀裂が入った。
「効いた!」
ガルドが叫ぶ。
だが。
次の瞬間。
闇の王の身体から黒い霧が噴き出した。
「うわっ!」
五人が吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
エリシアが地面を転がる。
セレナも倒れる。
マリウスが立ち上がろうとする。
「みんな……無事か?」
「何とか」
フェリオが答えた。
しかし。
ガルドが見上げる。
「石が……」
先ほど亀裂が入った黒い石。
その亀裂が。
ゆっくりと閉じていく。
「再生している……」
エリシアが呟いた。
「どういうこと?」
セレナが考える。
「周囲の闇を吸収しているのよ」
マリウスが周囲を見る。
「周囲?」
五人が気づいた。
漆黒の城。
その壁。
地面。
そして。
遠くの戦場。
そこから。
黒い霧が集まっている。
闇の王へ。
「……戦場のエネルギーだ」
セレナが言った。
「まだ吸収している」
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第四節 戦場を止めろ
フェリオが立ち上がった。
「だったら」
「何?」
「戦場を止めればいい」
ガルドが振り向く。
「東軍と西軍を?」
「ああ」
「そんなことできるの?」
「やるしかない」
フェリオは東の大地を見た。
遠くから。
戦いの音が聞こえてくる。
剣。
魔法。
叫び声。
爆発。
「戦争が続く限り」
フェリオは言った。
「闇の王は強くなる」
エリシアが頷いた。
「だから、まず戦いを止める」
「でも、東軍は操られている」
マリウスが言う。
「どうやって?」
セレナが答えた。
「黒い石を取り除く」
ガルドが首を振る。
「戦場に何万人いると思ってる?」
「全員を助けるのは無理だ」
「だから」
セレナは静かに言った。
「全員を助ける必要はない」
四人が見る。
「最初に指揮官を助ける」
「指揮官?」
「東軍を動かしている人間たち」
「その人たちの黒い石を取り除けば」
「命令系統を止められるかもしれない」
マリウスが頷いた。
「そして」
「兵士たちにも呼びかける」
エリシアが続ける。
「あなたたちは敵ではない」
「闇に操られているだけだ、と」
ガルドが拳を握った。
「戦争を終わらせる」
フェリオが笑った。
「俺たちが王になった時」
「最初にやりたかったことだろ?」
五人は顔を見合わせた。
十五歳で王になったあの日。
彼らは。
戦争を終わらせたいと思っていた。
しかし。
権力に疲れ。
政治から逃げ。
民の声を聞かなくなった。
そして。
戦争は再び始まった。
「今度こそ」
セレナが言った。
「本当に終わらせましょう」
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第五節 東軍の兵士
その頃。
東の大陸の別の場所では。
一人の東軍兵士が。
剣を握って震えていた。
目には。
黒い光が浮かんでいる。
「進め!」
指揮官が叫ぶ。
「西軍を倒せ!」
兵士たちは進む。
しかし。
一人の少年兵が足を止めた。
「……もう嫌だ」
隣の兵士が見る。
「何?」
「俺は……戦いたくない」
「何を言っている!」
「家に帰りたい」
その瞬間。
指揮官が近づいてきた。
「反逆者め」
剣を抜く。
「戦え!」
少年兵は怯える。
しかし。
その時。
空から声が響いた。
「待って!」
セレナだった。
彼女は武器を持っていた。
しかし。
光の魔法は使わない。
「あなたたちは操られている!」
東軍兵士たちがざわめく。
「嘘だ!」
指揮官が叫ぶ。
「この者たちは敵だ!」
セレナは首を横に振る。
「敵じゃない」
「同じ人間よ」
「戦争を終わらせるために来たの」
「信じるな!」
指揮官が叫ぶ。
「奴らは我々を殺す!」
セレナは静かに言った。
「なら」
「私を殺して」
兵士たちが凍りつく。
「え?」
「私を殺せばいい」
セレナは武器を置いた。
「でも」
「その前に」
「一つだけ聞いて」
「あなたは、本当に自分の意思で戦っていますか?」
兵士たちは。
誰も答えなかった。
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第六節 黒い石の正体
その時。
一人の兵士が。
自分の胸を押さえた。
「……苦しい」
別の兵士も。
「俺もだ」
さらに。
「頭の中で声がする」
セレナが気づく。
「黒い石……」
兵士たちの胸元。
衣服の下から。
黒い光が漏れている。
「それを見せて!」
兵士は震えながら。
胸の黒い石を取り出そうとする。
しかし。
触れた瞬間。
「ぐああああ!」
黒い霧が噴き出した。
セレナが駆け寄る。
「触らないで!」
彼女は考える。
光の魔法なら。
この石を破壊できるかもしれない。
しかし。
闇の王が魔法を吸収する。
「……」
セレナは迷った。
「どうすれば……」
その時。
エリシアが言った。
「魔法じゃなくて」
「手で取り出せばいい」
セレナが見る。
「できる?」
「やってみる」
二人は兵士を押さえた。
そして。
黒い石を。
ゆっくりと身体から取り出した。
――パキッ。
石が抜けた瞬間。
兵士の目から。
黒い光が消えた。
「……俺」
兵士は呆然とする。
「何をしていたんだ?」
「あなたは」
セレナが答えた。
「戦争をしていた」
「でも」
「それはあなたの意思じゃなかった」
兵士は。
地面に座り込んだ。
「……家に帰りたい」
セレナは頷いた。
「帰りましょう」
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第七節 闇の王の怒り
その光景を。
遠くから闇の王が見ていた。
「……愚かな」
巨大な身体が震える。
「私の兵士を」
一歩。
歩く。
大地が揺れる。
「奪うというのか」
二歩。
三歩。
漆黒の城の周囲に。
巨大な亀裂が走る。
「ならば」
闇の王の身体から。
黒い霧が噴き出した。
「全員を」
「私の力にしてやろう」
黒い霧が。
空へ広がる。
その先には。
東軍の兵士たち。
そして。
西の大陸。
五大国。
無数の人々。
「戦争を止める?」
闇の王が笑う。
「ならば」
「戦争そのものを」
「起こしてやろう」
空が。
真っ黒に染まった。
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第八節 五人の決意
五人の王は。
空を見上げた。
「……来る」
エリシアが言った。
「何が?」
フェリオが尋ねる。
「もっと大きな闇が」
セレナが答える。
「闇の王は」
「私たちが兵士たちを救うことを嫌がっている」
マリウスが剣を握る。
「だったら」
ガルドが笑った。
「もっと救えばいい」
エリシアが微笑む。
「ええ」
セレナも頷く。
フェリオが空を見る。
「俺たちは」
「魔法を使う王じゃない」
マリウスが続ける。
「国を治める王だ」
ガルドが言う。
「民を守る王だ」
エリシアが続ける。
「戦争を終わらせる王よ」
セレナが最後に言った。
「そして」
五人は。
同時に東の大陸を見た。
「聞く耳を持つ王になる」
その言葉が。
風に乗って。
東の大陸へ広がっていった。
しかし。
まだ。
五人は知らない。
闇の王には。
彼らの魔法を吸収する能力以上に。
恐ろしい力があることを。
それは。
人々の心にある。
「憎しみ」そのものを。
力に変える能力だった。
だからこそ。
五人が戦争を止めようとすればするほど。
闇の王は。
人々の心に新しい憎しみを植え付けようとする。
そして。
その戦いの中で。
五人は初めて知ることになる。
五十年前。
先代の王たちが。
なぜ自分たちの前から姿を消したのか。
なぜ。
東の大陸へ向かったのか。
なぜ。
後継者たちに西の大陸を託したのか。
そして。
なぜ彼らが。
五十年間もの間。
闇の王を封印し続けなければならなかったのか。
その答えは。
まだ。
漆黒の城の地下に眠っていた。
そしてその地下には。
五人の若き王たちが知らない。
もう一つの封印が存在していた。
その封印の中心には。
古い文字で。
こう刻まれていた。
――「闇の王を倒してはならない」
――「彼を倒せば、世界の均衡が崩れる」




