東西大戦の始まり
闇の王の封印
五十年前。
東の大陸は、今とはまったく違っていた。
不毛の大地。
乾いた荒野。
人の住める場所は少なく。
国らしい国も存在していなかった。
しかし。
その地下には。
古代文明によって封じられた存在が眠っていた。
――闇の王。
強大な魔力を持つ存在。
かつて世界の半分を支配しようとし。
氷。
光。
水。
火。
風。
五つの力を奪おうとした存在。
その闇の王が。
五十年前。
目を覚ましかけた。
「封印が破れ始めた。闇の力が漏れ始めた」
先代の風の王が語る。
「私たちは、そのことを知った」
「五人で調査した」
「そして」
先代の氷の王が続ける。
「東の大陸の地下に、巨大な闇の力が眠っていることを知った」
エリシアは息を呑んだ。
「それで……」
「私たちは決断した」
先代の火の王が言った。
「東へ行くことを」
「国を捨てて?」
ガルドが尋ねる。
「違う」
「国を守るためだ」
---
なぜ後継者に託したのか
先代の光の王が説明する。
「当時、私たちはすでに戦争を終わらせることができなくなっていた」
「氷と火は争い」
「光と水も対立し」
「水と風も争っていた」
「五つの国は、互いに憎しみ合っていた」
セレナは黙って聞いていた。
「私たちが王でいる限り」
先代の光王は続ける。
「五つの国は、私たちの命令に従う」
「しかし」
「それだけでは平和にはならなかった」
「だから」
先代王たちは。
西の大陸を後継者に託した。
「次の世代に、平和を作ってもらおうとした」
フェリオが呟く。
「俺たちに?」
「そうだ」
「……無茶だろ」
フェリオは苦笑する。
「十五歳の俺たちに、そんなものを背負わせるなんて」
「本当は」
先代の風王が言った。
「もっと時間を与えるつもりだった」
「だが」
彼は目を閉じる。
「封印が待ってくれなかった」
---
五十年間の孤独
先代王たちは。
五十年間。
東の大陸に残った。
最初の十年。
何度も封印を修復した。
二十年。
闇の力はさらに強くなった。
三十年。
東の大陸に人々が集まり始めた。
四十年。
闇の王を信奉する者たちが現れた。
そして。
五十年。
ついに。
東の大陸は一つの巨大な軍事国家へと変貌していた。
「私たちは」
先代の水の王が言う。
「封印だけを見ていた」
「その間に」
「東の大陸は力を蓄えた」
マリウスが顔を上げる。
「つまり……」
「東の大陸は」
フェリオが続ける。
「五十年間で急成長した?」
先代の風の王は頷いた。
「そうだ」
「そして」
先代の火王が言った。
「もう、西の大陸を上回るほどの力を持っている」
五人の若き王たちは。
言葉を失った。
---
突然の警報
その瞬間。
――ゴォォォォォン!
神殿全体が激しく揺れた。
「何だ!」
ガルドが叫ぶ。
天井から石が落ちてくる。
「封印が!」
先代の光の王が立ち上がった。
「まさか……」
黒い結晶が赤く染まる。
その中心に。
巨大な亀裂が走った。
――ピシッ。
――ピシピシッ。
そして。
バァァァン!
結晶の一部が砕け散った。
闇の魔力が噴き出す。
「封印が破られたのか!」
エリシアが叫ぶ。
「違う!」
先代の氷の王が答える。
「外側から攻撃されている!」
「外側?」
マリウスが尋ねる。
その時。
遠くから。
巨大な爆発音が響いた。
――ドォォォォォン!
先代王たちは顔を見合わせた。
そして。
先代の風の王が呟いた。
「……始まった」
---
西の大陸への侵攻
西の大陸。
風の国。
国境監視塔。
兵士が望遠鏡を覗いていた。
「……何だ?」
遠くの地平線。
黒い線が見える。
それは。
軍隊だった。
数千。
数万。
さらにその後ろには。
巨大な魔導兵器。
黒い旗。
闇の魔獣。
そして。
東の大陸から送り込まれた兵士たち。
「敵軍接近!」
鐘が鳴る。
ゴォォォォン!
ゴォォォォン!
ゴォォォォン!
「東の軍隊だ!」
「全員、戦闘配置!」
「民を避難させろ!」
しかし。
敵軍は一か所だけを攻めていたわけではなかった。
同じ頃。
氷の国。
光の国。
水の国。
火の国。
風の国。
五つの国すべてに。
東の大陸の軍勢が押し寄せていた。
---
五人の王、帰還を決意する
神殿。
五人の王たちは。
次々に届く報告を聞いていた。
「氷の国北部、攻撃を受けています!」
「光の国東門、突破されました!」
「水の国沿岸部、敵艦隊を確認!」
「火の国南部、村が襲撃されています!」
「風の国国境砦、陥落!」
エリシアが立ち上がる。
「戻らなきゃ」
セレナも頷く。
「私たちの国が攻撃されています」
マリウスが剣を取る。
「海を守る」
ガルドが炎をまとわせる。
「火の国には、もう二度と同じことをさせない」
フェリオが窓の外を見る。
「俺も戻る」
先代王たちは黙っていた。
「行っていいの?」
フェリオが尋ねる。
先代の風の王は。
ゆっくりと頷いた。
「お前たちは王だ」
「国を守るのがお前たちの役目だ」
フェリオは苦笑した。
「五十年前に国を離れた親父に言われるとはな」
先代王は少しだけ笑った。
「その通りだ」
--
五十年前の約束
出発する直前。
エリシアが先代王を振り返った。
「一つだけ聞きたい」
「何だ?」
「五十年前」
「あなたたちは、本当に私たちを見捨てたわけじゃないの?」
先代の氷の王は。
長い間。
答えられなかった。
やがて。
静かに言う。
「見捨てたと思われても仕方がない」
「……」
「だが」
先代王は。
娘の目を見つめた。
「私たちは、毎年、お前たちの国を見ていた」
エリシアが目を見開く。
「あなたたちは知らなかっただろう」
「だが」
「私たちは、お前たちの成長を見ていた」
セレナが尋ねる。
「だったら、なぜ帰ってこなかったの?」
「帰れば」
先代の光王は答えた。
「封印が破られる可能性があった」
「だから」
「私たちは、戻れなかった」
五人の若き王たちは。
初めて。
父と母たちの選択が。
単なる逃亡ではなかったことを知った。
しかし。
それでも。
傷が消えたわけではない。
五十年の空白は。
一言で埋められるものではなかった。
---
東の闇
その夜。
西の大陸の空が。
黒く染まった。
東の大陸から。
無数の闇の軍隊が進んでくる。
その中心に。
巨大な黒い城が浮かんでいた。
玉座に座る。
一人の男。
いや。
人間と呼んでいいのかさえ分からない存在。
黒い王冠。
赤い目。
全身から溢れる闇の魔力。
五十年前から。
封印の奥で眠っていた闇の王の分身。
彼は。
ゆっくりと目を開いた。
「五十年」
低い声が響く。
「長かった」
その手を上げる。
黒い魔力が広がる。
「西の大陸よ」
「お前たちは」
「五十年間、何も知らずに生きてきた」
そして。
闇の王は笑った。
「今度こそ」
「五つの力を」
「私のものにする」
---
東西大戦
翌朝。
西の大陸全土に。
緊急命令が発令された。
五大国は。
初めて。
一つの軍として動き始めた。
氷の兵士。
光の聖騎士。
水の術師。
火の戦士。
風の騎士。
五つの国の旗が。
同じ戦場に並んだ。
かつて。
互いに殺し合っていた国々。
今は。
同じ敵を見ている。
エリシアが言う。
「氷の国だけでは戦わない」
セレナが続ける。
「光の国だけでも戦わない」
マリウス。
「水の国も」
ガルド。
「火の国も」
フェリオ。
「風の国も」
五人が。
同時に叫んだ。
「五つの国で戦う!」
その瞬間。
空から。
巨大な黒い影が落ちてきた。
――ドォォォォォン!
大地が揺れる。
東の軍勢が。
西の大地へ侵入した。
五十年間。
封印を守り続けていた先代王たち。
五十年間。
親のいない国を守ってきた若き王たち。
そして。
五十年間。
力を蓄えてきた東の大陸。
三つの運命が。
ついに交差した。
戦争は。
もう避けられない。
だが。
五人の若き王たちは。
以前とは違っていた。
彼らは。
民の苦しみを知っている。
飢えを知っている。
焼けた土地を知っている。
沈んだ村を知っている。
処刑された者たちの家族を知っている。
そして。
五十年間、自分たちを見守っていた先代王たちの苦しみも。
少しずつ理解し始めていた。
だから。
今度の戦争は。
王たちだけの戦争ではない。
親子だけの戦争でもない。
五つの国すべてが。
自分たちの未来を決めるための戦いだった。
そして。
東の大陸の最深部。
闇の王の本体は。
静かに西を見つめていた。
「来い」
「五人の若き王よ」
「お前たちが本当に王なのか」
「この戦争で確かめてやろう」
こうして。
五十年間の空白を埋めるように。
東西大戦の幕が。
ついに上がった。




