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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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親子の確執


東の大陸。


黒い城の地下にある古代神殿では、五人の若き王と、五人の先代王が向かい合っていた。


誰も口を開かなかった。


巨大な黒い結晶の向こうには、封印された闇の王。


その周囲には、五百年前から続く魔法陣。


そして、その前に立つ五人の老人。


彼らは。


エリシアの父。


セレナの父。


マリウスの父。


ガルドの父。


フェリオの父。


かつて五つの国を治めていた王たちだった。


長い年月を経ても、その面影は残っていた。


しかし。


子供たちにとっては。


「父親が生きていた」


という喜びよりも。


「なぜ、自分たちを捨てたのか」


という怒りの方が大きかった。


最初に口を開いたのは、エリシアだった。


「……どうして?」


先代の氷王が顔を上げる。


「エリシア」


「その名前で呼ばないで」


声が震えていた。


「あなたは、私が何歳の時に消えたと思っているの?」


「……」


「私はまだ幼かった」


エリシアは拳を握った。


「毎晩、あなたが帰ってくるのを待っていた」


「母も、あなたは必ず戻ると言っていた」


「でも、戻ってこなかった」


先代王は何も言わない。


「私は王宮の廊下を何度も走った」


「父上が帰ってきたかもしれないと思って」


「馬の音が聞こえるたびに、外へ出た」


「でも……」


エリシアの声がかすれる。


「あなたはいなかった」


先代王は目を閉じた。


「……すまなかった」


「その言葉で終わるの?」


エリシアが叫んだ。


「五十年も封印を守っていたから?」


「世界を守るためだったから?」


「だから、娘を捨ててもよかったの?」


「違う」


先代王は首を振った。


「捨てたのではない」


「結果は同じよ!」


エリシアの声が神殿に響いた。


「あなたは私の父親だった!」


「私は国王になる前に、あなたの娘だった!」


「なのに、あなたは何も説明しなかった!」


先代王は答えられなかった。


---


 「世界を守るためだった」


セレナも父を見つめていた。


彼女はエリシアほど怒鳴らなかった。


むしろ。


静かだった。


だからこそ。


その言葉は鋭かった。


「父上」


「……何だ」


「私が女王になった時、何を考えていましたか?」


先代の光の王は答えなかった。


「私は十五歳でした」


「周囲の貴族は、私を操ろうとした」


「最高司祭は私に反対した」


「暗殺者が何人も来た」


「私は誰を信じればいいのか分からなかった」


セレナの声は震えていた。


「だから私は、人を疑うようになった」


「逆らう者を恐れるようになった」


「そして……」


彼女は一度、目を伏せた。


「人を処刑した」


先代王の顔が変わる。


「……聞いている」


「でしょうね」


セレナは笑った。


悲しい笑顔だった。


「父上なら、全部知っているのでしょう」


「私がどんな女王になったか」


「どれだけの人間を傷つけたか」


「それでも、戻ってこなかった」


「……」


「私は、父上がいれば違ったかもしれないと思っていた」


先代王が一歩近づく。


「セレナ」


「来ないで」


彼女は後ろへ下がった。


「今さら父親のような顔をしないでください」


先代王の足が止まった。


「私はあなたを尊敬していました」


「あなたは私にとって、光そのものだった」


「だからこそ」


セレナの目から涙が落ちた。


「あなたがいなくなったことが、許せない」


---

 水王と息子


マリウスは。


父親の前に立ったまま、一言も話さなかった。


やがて。


「……父上」


「マリウス」


「俺は、あなたを死んだと思っていた」


「……」


「母上もそう言っていた」


「王として、最後まで国民を守って亡くなったと」


先代の水王は目を伏せた。


「嘘だった」


「そうだ」


マリウスの声が低くなる。


「あなたは生きていた」


「海の底で」


「俺たちに何も知らせず」


「ずっと」


「……そうだ」


「じゃあ」


マリウスが父を睨む。


「なぜ一度も会いに来なかった!」


水の魔力が周囲に集まる。


「俺が王になった時も!」


「水害が起きた時も!」


「村が沈んだ時も!」


「食糧が足りなかった時も!」


「俺は必死だった!」


「なのにあなたは海の底で、何をしていた!」


先代王は答えた。


「封印を守っていた」


「そんなもの!」


マリウスが叫ぶ。


「俺には関係ない!」


神殿が揺れた。


「俺は父親に帰ってきてほしかった!」


その言葉だけは。


王の言葉ではなかった。


一人の息子の言葉だった。


「王なんかどうでもよかった!」


「俺は……」


マリウスの声が震える。


「ただ、父上に会いたかった」


先代王は。


ゆっくりと息子を抱きしめようとした。


しかし。


マリウスは一歩下がった。


「……今は、まだ無理だ」


先代王は手を下ろした。


「分かっている」


「ごめん」


「謝るな」


「でも……」


「私が謝るべきなのだ」


父親は。


初めて王ではなく。


一人の父親として頭を下げた。


---


 火王とガルド


ガルドは。


父親を睨み続けていた。


「俺は、あんたが嫌いだった」


先代の火王は黙って聞いていた。


「俺が小さい頃から、王宮ではあんたの話ばかりだった」


「偉大な王」


「強い王」


「大陸を守った王」


「そんな話ばかり」


ガルドは笑った。


「俺は、そんな父親になりたくなかった」


「だから好き勝手にした」


「政治も放り出した」


「美女を集めた」


「反対する家臣を怒鳴った」


「……」


「王なんて、何をしてもいいと思った」


先代王は静かに尋ねた。


「今は違うのか?」


ガルドは黙った。


「……少しだけな」


「なぜ?」


「俺も王になって分かった」


ガルドは拳を握る。


「王座っていうのは、思っていたより重い」


「誰かが苦しんでいる」


「誰かが助けを求めている」


「誰かが俺の判断で死ぬ」


「そんなものを背負って、平気でいられる奴なんていない」


先代王は目を細めた。


「それに気づいたのか」


「牢獄に入れられてからな」


ガルドは苦笑した。


「皮肉だよな」


「王になって自由になったと思ったら」


「閉じ込められて、初めて王の仕事を考え始めた」


先代王は言った。


「お前なら、私より良い王になれる」


ガルドの表情が険しくなる。


「……そういうところが嫌いなんだ」


「何?」


「俺を褒めるな」


「なぜ?」


「父親なら、もっと怒れよ」


ガルドの目から涙が落ちた。


「俺が馬鹿なことをした時」


「王として失敗した時」


「俺を殴ってでも止めてくれよ!」


「父親だったんだろ!」


先代王は。


何も言えなかった。


ガルドは泣きながら笑った。


「……遅すぎるんだよ」


---


第四節 風王とフェリオ


最後に。


フェリオが父親の前に立った。


「俺は、あんたに似たんだと思う」


先代の風王が眉を上げる。


「自由が好きだった」


「王宮が嫌いだった」


「人に命令されるのが嫌だった」


「だから、俺は好き勝手に生きた」


フェリオは笑った。


「でもな」


彼は欠けた皿を取り出した。


風の国で。


牢獄に入れられた時に使っていた皿だった。


「俺は、これを見て初めて気づいた」


「民が何を食べているのか」


「どんな生活をしているのか」


「戦争で何を失ったのか」


先代王は黙って皿を見る。


「父上」


「何だ」


「あなたは、俺たちを次の王にするために消えたんだろ?」


「……そうだ」


「じゃあ、どうして」


フェリオの声が低くなる。


「どうして何も教えてくれなかった?」


先代王は答えた。


「教える時間がなかった」


「嘘だ」


フェリオが即答する。


「五十年もあったじゃないか」


「……」


「手紙一枚くらい書けた」


「一度くらい、夢に出てきてもよかった」


「遠くから見ることくらいできた」


「それなのに」


フェリオは父親を見つめた。


「俺たちを完全に切り離した」


先代王は目を閉じた。


「そうしなければ、お前たちまで闇の王に狙われる」


「だから?」


「だから、父親であることを捨てた」


フェリオはしばらく黙った。


そして。


「……馬鹿だな」


先代王が顔を上げる。


「何?」


「父親であることを捨てても」


「俺は、ずっと父親を待っていた」


フェリオは涙を拭った。


「俺たちが欲しかったのは」


「偉大な王じゃない」


「世界を救う英雄でもない」


「ただの父親だったんだ」


---


 五人の先代王が犯した罪


五人の若き王は。


それぞれの父親を見つめた。


やがてエリシアが言った。


「あなたたちは、世界を守った」


先代王たちは黙って聞く。


「それは分かりました」


セレナが続ける。


「あなたたちがいなければ、闇の王は解放されていたかもしれない」


マリウスが言う。


「五十年も封印を維持したことも分かった」


ガルドが言う。


「西の大陸を後継者に託した理由も分かった」


フェリオが言う。


「でも」


五人は同時に。


「許したわけじゃない」


先代王たちは目を伏せた。


エリシアが続ける。


「あなたたちは世界を救った」


「でも」


セレナが言う。


「私たちの人生を壊した」


マリウスが言う。


「親子である時間を奪った」


ガルドが言う。


「父親としての責任から逃げた」


フェリオが言う。


「そして、その結果」


五人は顔を見合わせる。


「俺たちは、あなたたちと同じ過ちを繰り返しかけた」


先代王たちは。


何も言えなかった。


それこそが。


彼らが最も恐れていたことだった。


自分たちが子供たちを守るために選んだ道が。


結果として。


子供たちを孤独にし。


権力に溺れさせ。


暴君へと変えてしまった。


---


 父親として


長い沈黙の後。


氷の先代王が。


娘の前に歩み寄った。


「エリシア」


「……何?」


「私は、お前に王になってほしかったのではない」


エリシアが顔を上げる。


「生きていてほしかった」


「……」


「笑っていてほしかった」


「それなら」


エリシアの目から涙が落ちた。


「帰ってきてよ」


先代王の目にも涙が浮かぶ。


「帰りたい」


「じゃあ――」


「だが、まだ帰れない」


エリシアは悲しそうに笑った。


「やっぱり」


「すまない」


「父上」


「何だ」


「今度は、勝手に決めないで」


先代王は驚いた。


「私に?」


「そう」


エリシアは言った。


「私たちにも相談して」


セレナが頷く。


「私たちはもう子供ではありません」


マリウスが続ける。


「一緒に考えよう」


ガルドが腕を組む。


「一人で全部背負うな」


フェリオが笑った。


「五十年前の王様にも、聞く耳を持ってもらわないとな」


先代王たちは。


初めて笑った。


それは。


五十年ぶりの。


親子の笑顔だった。


---


 しかし、亀裂は消えない


だが。


すべてが解決したわけではなかった。


親子の間にできた傷は。


五十年という時間を経ても。


簡単には消えない。


エリシアは父を完全には許せなかった。


セレナも。


マリウスも。


ガルドも。


フェリオも。


そして。


先代王たち自身も。


自分たちの選択が正しかったのか分からなくなっていた。


その夜。


五人の若き王は神殿の外で話をした。


「俺たち、父親を許せると思うか?」


ガルドが聞く。


エリシアが首を振る。


「すぐには無理」


セレナも頷いた。


「私も」


マリウスは海の方を見る。


「でも、話すことはできる」


フェリオが笑う。


「それだけでも、昔とは違う」


五人は黙った。


その時。


地下神殿から。


巨大な音が響いた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


黒い結晶に。


一本の亀裂が入った。


先代王たちが振り返る。


「まずい!」


氷の王が叫ぶ。


「封印が弱まっている!」


そして。


黒い結晶の中から。


闇の王の声が響いた。


「親子の再会か」


五人の若き王が振り返る。


「ならば、次は」


「お前たちが選ぶ番だ」


黒い結晶が。


さらに大きくひび割れていく。


「父親を救うか」


「世界を救うか」


「どちらか一つしか選べないとしたら――」


闇の王の声が。


神殿全体に響き渡った。


「お前たちは、何を選ぶ?」


五人の王は。


答えられなかった。


なぜなら。


それは。


五十年前に先代王たちが迫られた選択と。


同じだったからだ。


そして今。


親子の確執は。


単なる過去の問題ではなくなった。


五人の若き王たちは。


自分たちの父親を救うのか。


それとも。


五十年前から続く使命を引き継ぐのか。


あるいは。


父親も。


世界も。


どちらも捨てない第三の道を探すのか。


その答えを。


誰も知らなかった。


ただ一つだけ。


五人の王には分かっていた。


もう。


父親たちのように。


一人で決めることはしない。


今度こそ。


五人で話し。


五つの国で話し。


東と西の大陸すべての民の声を聞く。


それが。


かつて「聞く耳を持たなかった」王たちが。


自分たちの親から受け継いだ悲劇を。


終わらせるための。


最初の一歩だった。

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