すでに手遅れだった
氷の国の王女――エリシア。
光の国の王女――セレナ。
水の国の王――マリウス。
火の国の王――ガルド。
風の国の王――フェリオ。
かつては、自分の楽しみばかりを優先していた五人だった。
しかし今は違う。
民の苦しみを知った。
戦争で焼けた土地を見た。
飢えた子供たちを見た。
沈んだ村を見た。
そして、ようやく五つの国が手を取り合い始めた。
誰もが思っていた。
――まだ間に合う。
――五つの国が力を合わせれば、西の大陸は再び立ち直れる。
だが。
その考えは、一つの報告書によって打ち砕かれることになる。
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1 東方調査団
「報告いたします」
五人の最高顧問が、円卓を囲んでいた。
王たちは、それぞれの部屋から魔法通信によって会議に参加している。
机の中央には、西の大陸と東の大陸を描いた巨大な地図が置かれていた。
エリシアが尋ねる。
「調査団は、東の大陸へ到着したのですね?」
「はい」
最高顧問が答えた。
「そして、東の大陸の都市を実際に確認しました」
フェリオが身を乗り出す。
「どうだった?」
最高顧問は、すぐには答えなかった。
「……予想を遥かに超えていました」
ガルドが眉をひそめる。
「どれほどだ?」
「我々の想像を、すべて上回っています」
マリウスが口を開いた。
「具体的に話してくれ」
最高顧問は、一枚目の資料を机に置いた。
「東の大陸には、巨大な都市が存在しています」
「人口は?」
「一つの都市だけで、数十万人規模です」
「……」
五人が黙る。
西の大陸では、戦争によって多くの都市が人口を失っていた。
それに対して東の大陸では。
人が増えていた。
しかも。
想像を遥かに超える速度で。
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2 金の正体
「東の商人たちが持ってきた金についても調査しました」
セレナが尋ねる。
「東には、それほど大量の金鉱があるのですか?」
「違います」
「では、どこから?」
最高顧問は答えた。
「東の大陸では、金そのものが国力の中心ではありませんでした」
「……どういう意味?」
「彼らは金を使って、西の大陸から必要なものを買っていたのです」
エリシアが気づく。
「食料……」
「はい」
マリウスが続ける。
「武器」
「はい」
ガルドが言う。
「木材や鉱石」
「はい」
フェリオが呟く。
「そして、人……」
最高顧問は頷いた。
「その通りです」
五人の顔から血の気が引いた。
東の大陸は。
金を減らしていた。
しかし。
その代わりに。
食料。
武器。
資源。
労働力。
技術。
人口。
それらを手に入れていた。
「つまり……」
セレナが呟く。
「私たちは金を受け取って、国そのものを渡していた?」
「はい」
誰も言葉を返せなかった。
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3 恐るべき人口
次の資料が出された。
そこには、東西の人口推移が記されていた。
エリシアは数字を見つめる。
「これは……本当なの?」
「はい」
「東の人口が……西の人口を上回っている?」
「すでに上回っています」
フェリオが椅子から立ち上がった。
「待て」
「はい」
「東は不毛の大陸だったはずだぞ」
「我々も、そう考えていました」
最高顧問は答えた。
「しかし、それは数百年前の話です」
東の大陸では。
荒れ果てた土地に水路が造られていた。
乾燥した大地には巨大な貯水施設が築かれ。
地下水脈を利用する技術が発達していた。
食料生産のための魔法も研究されていた。
さらに。
西の大陸から渡った農民たちによって、新しい農法が広まっていた。
「東は、不毛な土地ではなくなりつつあるのです」
最高顧問が言った。
「いいえ」
しばらく沈黙してから、訂正した。
「すでに、不毛な土地ではありません」
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4 東の軍隊
ガルドが資料をめくる。
「軍隊は?」
その質問だけは。
誰もが恐れていた。
最高顧問は、一枚の報告書を差し出した。
「東の軍隊は、我々の想定を遥かに超えています」
「兵士の数は?」
「西の五大国の兵士を合わせても、東の大軍には及びません」
「……」
ガルドは黙った。
「武器は?」
「最新式の魔導兵器を大量に保有しています」
「どれほど?」
「我々が確認できた範囲だけでも、西の大陸全体の備蓄を上回ります」
ガルドは拳を握った。
火の国は。
かつて大量の武器を東へ売った。
その金で。
復興資金を得た。
その時は、それが正しいと思っていた。
しかし。
その武器は。
今。
敵の手にある。
「……俺たちが売った武器で?」
最高顧問は静かに答えた。
「その可能性が高いです」
ガルドは顔を伏せた。
「馬鹿だった……」
誰も彼を責めなかった。
なぜなら。
同じことを。
五つの国すべてがしていたからだ。
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5 東の空
さらに恐ろしい報告があった。
風の国の最高顧問が口を開く。
「東には、空軍も存在します」
フェリオが顔を上げた。
「空軍?」
「はい」
「風の魔法を使える者たちか?」
「それだけではありません」
資料には、巨大な飛行船が描かれていた。
「魔導機関によって飛行する兵器です」
フェリオは絶句した。
風の国は。
空を支配していると信じていた。
しかし。
東では。
風の魔法がなくても空を飛ぶ技術が生まれていた。
「……俺たちが知らない間に」
フェリオは呟く。
「空まで奪われていたのか」
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6 水の国の海
マリウスも報告を聞いていた。
「海軍は?」
「巨大な艦隊を保有しています」
「どれくらい?」
「水の国の海軍を上回っています」
マリウスは目を閉じた。
東の大陸は。
かつて海を持たないと思われていた。
だが。
東の海岸には巨大な港が建設されていた。
数百隻の船が停泊し。
巨大な造船所では、昼夜を問わず船が建造されていた。
「東は……」
マリウスが呟く。
「海まで手に入れたのか」
「はい」
「どうやって?」
最高顧問は答えた。
「西から渡った技術者たちによってです」
マリウスは目を伏せた。
自分たちが失った技術。
自分たちが東へ送った人間。
それらが。
敵の力になっていた。
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7 西の大陸が失ったもの
その夜。
五人の王は、初めて同じ現実を突きつけられた。
東の大陸には。
人口がある。
食料がある。
武器がある。
資源がある。
技術がある。
巨大な都市がある。
強力な軍隊がある。
海軍がある。
そして。
空を飛ぶ兵器まである。
対して。
西の大陸は。
戦争で疲弊している。
農地は荒れている。
鉱山は閉鎖されている。
人口は減っている。
武器も不足している。
そして。
五つの国は。
ようやく復興を始めたばかりだった。
フェリオが静かに言った。
「……勝てない」
誰も否定しなかった。
ガルドが拳を握る。
「今、戦争になったら?」
最高顧問が答える。
「数か月も持たないでしょう」
エリシアが聞いた。
「防衛線は?」
「突破される可能性が高いです」
セレナが尋ねる。
「民を避難させる時間は?」
「十分にはありません」
マリウスが言った。
「海からなら?」
「海軍力でも東が優勢です」
沈黙。
五人は初めて。
自分たちの国が。
本当に危険な状態にあることを理解した。
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8 もう遅いのか
フェリオが呟いた。
「俺たちは……間違えたのか?」
エリシアが答える。
「間違えたと思う」
「……」
「でも」
エリシアは続けた。
「間違えたからこそ、今それを認めなければならない」
セレナが頷く。
「東を責めるだけでは何も変わらない」
マリウスも続けた。
「僕たちが東を強くした原因を、まず理解しなければならない」
ガルドは地図を見つめた。
「戦争をするわけにはいかない」
「そうです」
最高顧問が答える。
「今の西には、戦争をする余力がありません」
「なら……」
フェリオが言った。
「どうする?」
誰も答えられなかった。
その時。
扉の外から声がした。
「最高顧問」
「何だ?」
「東の大陸から、新たな使者が到着しました」
五人の王が顔を上げた。
「使者?」
「はい」
「何と言っている?」
しばらく沈黙した後。
使者を案内していた兵士が答えた。
「東の王からの伝言です」
「内容は?」
兵士は、一言ずつ読み上げた。
「――西の大陸の五大国へ」
「――我々は、あなた方と戦争を望んでいない」
五人は驚いた。
「ただし」
兵士は続ける。
「西の大陸が、我々の要求を拒否するなら」
そこで言葉が止まった。
「……何だ?」
ガルドが尋ねる。
兵士は震える声で言った。
「東の大陸は、自らの安全を守るために行動する」
「その時、西の大陸がどうなるかは――」
兵士は手紙を見つめた。
「我々にも分からない」
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9 闇の王の名
その手紙の最後には。
東の大陸の王の署名があった。
五人は、その名を見た瞬間。
凍りついた。
黒いインクで書かれた名前。
――闇の王ヴァルガス。
エリシアの顔から血の気が引いた。
「……闇の王」
セレナが呟く。
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10 すでに始まっていた戦い
その夜。
五人の王は眠れなかった。
エリシアは、凍った窓を見つめた。
セレナは、過去の処刑記録を読み返した。
マリウスは、海底遺跡の記録を調べた。
ガルドは、焼けた大地を見つめた。
フェリオは、あの欠けた皿を机の上に置いた。
五人はようやく気づいた。
敵は。
まだ西の大陸を攻撃していない。
しかし。
戦いは。
すでに始まっていたのだ。
剣と魔法による戦争ではない。
金によって。
交易によって。
人口によって。
食料によって。
技術によって。
そして。
人々の欲望によって。
気づかないうちに。
西の大陸は。
自らの力を東へ渡していた。
フェリオは欠けた皿を握りしめた。
「……俺たちは」
小さな声で言った。
「自分たちの国を、自分たちで弱くしていたんだ」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
そして。
東の大陸では。
巨大な黒い城の最上階から。
一人の男が西を見つめていた。
黒い王冠。
黒い衣。
そして。
底知れない闇を宿した瞳。
東の闇の王――ヴァルガス。
彼の前には。
西の大陸の詳細な地図が広げられていた。
「まだ攻めるな」
側近が尋ねる。
「なぜでございますか?」
ヴァルガスは微笑んだ。
「西の者たちは、まだ自分たちが敗北したことに気づいていない」
「……」
「気づくまで待て」
王は地図の上に指を置いた。
氷。
光。
水。
火。
風。
五つの国。
「彼らには、まだ希望がある」
そして。
「希望がある者ほど――」
黒い瞳が細くなる。
「絶望が大きくなる」
闇の王は静かに笑った。
西の大陸では。
五人の若き王たちが。
初めて、自分たちより遥かに強い存在を前にしていた。




