帰ってこない船
西の大陸に、奇妙な噂が広がり始めていた。
東の大陸へ向かった商船が、帰ってこない。
一隻ではなかった。
二隻でもない。
十隻。
二十隻。
やがて、その数は五十隻を超えた。
船そのものが沈んだという報告もあった。
海賊に襲われたという話もあった。
東の大陸に到着したものの、なぜか帰国しなかったという話もあった。
しかし、不思議なことに――。
東の大陸から西へ戻ってきた商人の中には、以前よりはるかに裕福になっている者たちがいた。
金貨を積んだ馬車。
銀の装飾品。
宝石。
珍しい魔石。
そして、見たこともないほど豪華な衣服。
彼らは口をそろえて言った。
「東の大陸は、素晴らしい市場ですよ」
「西よりも、ずっと商売がしやすい」
「金はいくらでもある」
「商売をする者なら、東へ行くべきです」
その言葉を聞いた人々は、次々と東へ向かい始めた。
五人の最高顧問は、その流れを危険だと感じ始めていた。
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1 五人の最高顧問会議
五大国の中央会議場。
長い円卓の周囲に、五人の最高顧問が座っていた。
中央には、西の大陸の地図が広げられている。
氷の国。
光の国。
水の国。
火の国。
風の国。
そして、その東側に広がる巨大な空白。
東の大陸。
「まず、確認しましょう」
氷の国の最高顧問が口を開いた。
「ここ半年で、西の大陸から東へ向かった商船は百二十七隻」
「百二十七……」
水の国の最高顧問が眉をひそめる。
「そのうち帰還したのは?」
「三十二隻です」
会議室が静かになった。
「少なすぎる」
火の国の最高顧問が言った。
「沈没したのか?」
「それが分かりません」
「海賊では?」
「証拠がありません」
「東の大陸で拘束されている可能性は?」
「それも否定できません」
風の国の最高顧問が地図を見つめた。
「しかし、妙です」
「何が?」
「帰ってきた三十二隻です」
「……」
「船員たちは、東の大陸についてほとんど話そうとしない」
「商人は?」
「商人たちは話します」
最高顧問は一枚の書類を取り出した。
「東の大陸には、莫大な金と銀がある」
「そして、西の商品を高値で買い取る」
「特に欲しがっているのが――」
最高顧問は一度言葉を止めた。
「武器」
誰も口を開かなかった。
「食料」
さらに沈黙。
「鉱石などの資源」
そして最後に。
「人材です」
水の国の最高顧問が立ち上がった。
「人材?」
「魔術師、鍛冶職人、農業技術者、船員、建築技師……」
「東の大陸は、西から人間まで買っているというのか?」
「正確には、莫大な報酬を提示して招いているようです」
「そして誰も帰ってこない」
「はい」
五人の最高顧問は、顔を見合わせた。
これは単なる貿易ではない。
そう思い始めていた。
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2 金貨の誘惑
同じ頃。
風の国の小さな町。
一軒の酒場に、多くの商人が集まっていた。
その中心に、一人の男がいた。
黒い服。
指には大量の金の指輪。
首には宝石。
机の上には、山のような金貨。
「東へ行けば、これくらい稼げる」
男は笑った。
「いや、もっとだ」
若い商人が尋ねる。
「本当に?」
「本当だ」
「何を売ったんです?」
「鉄」
「鉄?」
「武器を作るための鉄だ」
若い商人の顔が曇る。
「武器……」
「向こうでは高く売れる」
「誰が買うんです?」
男は少しだけ黙った。
そして笑った。
「金を持っている連中だよ」
「どんな連中です?」
男は答えなかった。
代わりに金貨を一枚、机へ置いた。
チャリン。
「考えてみろ」
「この金一枚で、こちらでは何日働かなければならない?」
若い商人は金貨を見つめた。
「……一か月」
「東なら、一日だ」
その言葉に、周囲の商人たちがざわめいた。
金の誘惑。
それは、軍隊よりも強かった。
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3 ガルドの怒り
火の国。
復興途中の街。
ガルド王は、焼け焦げた大地を歩いていた。
以前なら、炎に包まれた土地を見ると怒りを覚えただろう。
しかし今は違った。
そこには、新しく植えられた木々が並んでいる。
まだ小さい。
だが、確実に成長していた。
「陛下」
火の国の最高顧問が駆け寄ってきた。
「何だ?」
「問題が発生しております」
「東の大陸か?」
「はい」
ガルドの表情が険しくなる。
「武器商人が、我が国から大量の鉄を買っています」
「どれくらいだ?」
「軍の備蓄に影響するほどです」
ガルドは拳を握った。
「止めろ」
「すでに一部は止めました」
「一部?」
「すべて止めるには、商人たちの権利を制限する必要があります」
「……」
「それを行えば、国内の商人から強い反発が予想されます」
ガルドは黙った。
かつての彼なら。
「全員捕らえろ」
そう命令していただろう。
だが今は違う。
「俺が決めていいのか?」
最高顧問は答えた。
「最終的には陛下の判断です」
「しかし?」
「民の生活にも影響します」
「……そうだな」
ガルドは焼けた大地を見つめた。
「戦争のための鉄と、暮らしのための鉄」
「どちらも必要だ」
「はい」
「難しいな」
「王とは、そういう仕事でございます」
ガルドは苦笑した。
「昔の俺なら、お前を怒鳴っていたな」
「存じております」
「……本当に容赦ないな」
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4 セレナの疑問
光の国。
白い神殿。
セレナ王女は、一人の女性と向かい合っていた。
女性の夫は、かつてセレナの命令によって処刑された。
「あなたは……」
セレナが言葉を探す。
「私を憎んでいますか?」
女性はしばらく黙っていた。
「はい」
セレナの顔が強張る。
「当然です」
「……そうね」
「でも」
女性は続けた。
「あなたが変わろうとしていることも知っています」
セレナは顔を上げた。
「どうして?」
「民会で聞きました」
「……」
「王女様が、今は民の話を聞いていると」
セレナは胸が痛んだ。
「私は……」
「あなたは、間違えました」
「はい」
「私の夫は戻ってきません」
「……はい」
「でも」
女性は静かに言った。
「これから同じことを繰り返さない王になってください」
セレナは深く頭を下げた。
「約束します」
その日。
セレナは新たな法律の草案を書き始めた。
王の独断で死刑を決めることを禁止する法律だった。
王自身も例外ではない。
それは、かつて絶対的な権力を持っていた彼女自身を縛る法律だった。
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5 エリシアの北方
氷の国。
北方の村。
エリシア王女は、分厚い外套を着て歩いていた。
目の前には、以前より少しだけ緑を取り戻した畑がある。
しかし。
まだ多くの家には煙突から煙が出ていない。
「寒い……」
一人の少女が呟いた。
エリシアはしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
少女は頷いた。
「でも、お腹が空いた」
エリシアは言葉を失った。
王宮では食事が余るほどあった。
しかし、この村では違う。
「もっと食料を送ります」
エリシアが言う。
最高顧問が静かに答えた。
「陛下」
「何?」
「食料だけでは解決しません」
「……」
「農地を復活させなければ」
エリシアは雪原を見た。
「そうね」
「そして、それには火、水、光、風の力が必要です」
エリシアは頷いた。
「五つの国が必要なのね」
「はい」
エリシアは空を見上げた。
「なら、協力するしかない」
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6 五人の王、再び集まる
数日後。
五人の王が集まった。
中央の机には、西の大陸の地図。
そして、その東側には――。
巨大な黒い印がつけられていた。
「東の大陸で、何かが起きている」
マリウスが言った。
ガルドが腕を組む。
「俺たちの武器が流れている」
エリシアが続ける。
「食料も」
フェリオが言う。
「人もだ」
セレナが地図を見る。
「そして、金が西へ流れている」
五人は黙った。
フェリオが口を開いた。
「俺たちの国は、豊かになっているように見える」
「金や銀は増えている」
「商人たちは儲かっている」
「王宮にも財宝が増えている」
そして。
「でも、本当に豊かになっているのか?」
誰も答えなかった。
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7 闇の王の城
その頃。
東の大陸。
黒い城。
闇の王は、一人の商人から報告を受けていた。
「西の大陸から、さらに武器が届いております」
「食料は?」
「十分です」
「人材は?」
「魔術師が百二十人」
「鍛冶職人が三百人」
「農業技術者が五十人」
闇の王は満足そうに笑った。
「順調だ」
商人が尋ねる。
「ですが、彼らは我々を疑い始めています」
「構わん」
「なぜです?」
闇の王は玉座から立ち上がった。
「疑われる頃には、もう遅い」
彼は巨大な窓から外を見る。
東の大陸には、以前にはなかったものがあった。
農地。
城壁。
武器工房。
軍事施設。
そして、人口の増えた都市。
かつて不毛だった大地が。
少しずつ変わっていた。
「西の大陸は、金を得ている」
闇の王は呟いた。
「我々は、力を得ている」
その言葉に、商人は頭を下げた。
「すべては計画通りです」
闇の王は笑った。
「いや」
そして。
「まだ始まったばかりだ」
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8 五人の王に届いた手紙
五大国の会議が終わった夜。
五人の王のもとへ、同じ内容の手紙が届いた。
差出人は――。
東の大陸の商人組合。
内容は簡潔だった。
「西の大陸と東の大陸の間に、正式な自由貿易協定を結びませんか」
条件は驚くほど良かった。
東からは大量の金。
銀。
宝石。
魔石。
珍しい資源。
西からは武器。
食料。
木材。
鉱石。
そして労働力。
一見すれば。
両方に利益がある。
五人の王は、それぞれ手紙を見つめた。
ガルドが言う。
「怪しい」
フェリオも頷く。
「俺もそう思う」
マリウスは腕を組む。
「でも、金は魅力的だ」
セレナが言った。
「民に必要なものを買える」
エリシアは黙っていた。
やがて。
彼女は手紙を机に置いた。
「だからこそ、慎重にしないといけない」
五人は互いの顔を見た。
以前の五人なら。
きっと金に飛びついていただろう。
しかし。
今の五人は違った。
彼らには、最高顧問がいる。
民の声がある。
そして。
過去の失敗がある。
「調査しよう」
エリシアが言った。
「東の大陸を」
五人全員が頷いた。
だが――。
その瞬間。
水の国の最高顧問が、青ざめた顔で会議室へ駆け込んできた。
「陛下!」
マリウスが振り返る。
「どうした?」
最高顧問は息を切らしながら言った。
「海底調査隊から、緊急報告です」
「何があった?」
「古代遺跡の奥から――」
最高顧問は震える手で、一枚の古い紙を差し出した。
「五人の先代王が残した記録が見つかりました」
五人の王の表情が変わる。
「何と書いてある?」
最高顧問は答えた。
「こうです」
そして。
紙に書かれた一文を読み上げた。
『東の大陸には、我々五人だけでは封じることのできないものが眠っている』
五人の王は、互いの顔を見た。
「封印に失敗したという事か。闇の魔力の影響が出てくるのでは」
フェリオが静かに言った。
「……俺たちは、ただ国を復興させればいいわけじゃなかったんだな」
ガルドが拳を握る。
「東へ行く必要がある」
マリウスは海を見つめる。
セレナは古文書を握りしめる。
そしてエリシアが、五人を見回した。
「でも、その前に」
彼女は言った。
「西の大陸を一つにしなければならない」
五人は頷いた。
かつて敵だった五つの国。
今度は――。
同じ敵を前にして、再び一つになろうとしていた。




