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聞く耳を持たない王国  作者: 耀悟


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13/31

黄金が西を滅ぼし、命が東を蘇らせる

 五大国が協力し始めた頃、西の大陸には、確かに希望が生まれ始めていた。


氷の国では、火の魔術師たちが凍った村を温めた。


光の魔術師たちは、傷ついた民を治療し、作物が育たない土地に新しい畑を作る研究を始めた。


水の国は巨大な運河を整備し、各地へ食料や資材を運んだ。


火の国では焼けた土地に新しい家が建てられた。


風の国では、フェリオが農民たちと共に荒れた土地を歩いた。


五人の若き王たちは、ようやく理解し始めていた。


――王は、欲しいものを手に入れるためにいるのではない。


――民から奪うためにいるのでもない。


――民を守るためにいるのだ。


だが。


西の大陸がようやく立ち直り始めた、その頃――。


誰にも気づかれない場所で。


別の戦争が始まっていた。


剣も。


炎も。


魔法も使わない。


金による戦争が。



---


1 西へ流れ込む黄金


最初に異変に気づいたのは、水の国の港町だった。


「また来たぞ!」


港にいた商人が叫んだ。


東の海の向こうから、一隻の巨大な商船が姿を現した。


船には旗がなかった。


どこの国の船なのか、誰にも分からない。


しかし。


船が港へ入ると、甲板から箱が次々と運び出された。


箱を開けた商人たちは、息を呑んだ。


「こ、これは……」


黄金。


銀。


宝石。


見たこともないほど巨大な金貨。


真珠。


赤い宝石。


青い宝石。


そして、純度の高い銀の延べ棒。


「東の大陸からだ」


誰かが呟いた。


東の大陸。


不毛の大陸。


長い間、ほとんど交流のなかった土地。


そこから今、信じられないほどの財宝が運ばれてきていた。


東の商人は笑って言った。


「食料を売ってほしい」


「食料?」


西の商人が尋ねる。


「そうだ」


「何を売ればいい?」


東の商人は黄金を持ち上げた。


「穀物」


「肉」


「薬」


「武器」


「鉄」


「木材」


「魔法の道具」


「そして――人間だ」


港が静まり返った。


「人間?」


「ああ」


東の商人は笑った。


「働ける者が欲しい」


「兵士になれる者なら、なおいい」


西の商人は眉をひそめた。


「そんなもの、国が許すはずがない」


東の商人は答えた。


「国に知られなければいい」


そして。


黄金の入った袋を机の上へ置いた。


ドン。


それだけで。


数人の商人の表情が変わった。



---


2 商人たちの新しい時代


最初は、小さな取引だった。


余った小麦を売る。


古い武器を売る。


使われなくなった船を売る。


それだけだった。


「国にとっても悪いことではない」


商人たちは言った。


「余っている物を売るだけだ」


「金が入れば、国も豊かになる」


「商売とはそういうものだ」


最初は。


確かにそうだった。


しかし。


黄金は人間を変えた。


一人の商人が、東の大陸へ小麦を売った。


金持ちになった。


別の商人も真似をした。


さらに別の商人も。


やがて。


西の大陸の商人たちは競争を始めた。


「もっと売れ!」


「東は金を払う!」


「西の市場より高く買ってくれる!」


「食料を全部東へ運べ!」


そして。


西の市場から食料が減り始めた。



---


3 高くなっていくパン


風の国。


ある小さな村で、一人の農民が市場へ行った。


「パンをください」


店主が答える。


「銀貨三枚です」


農民は驚いた。


「昨日まで一枚だっただろう!」


「仕入れ値が上がったんだ」


「なぜだ!」


「知らないのか?」


店主は言った。


「穀物が東へ売られている」


「東?」


「東の商人は高い金を払う」


農民は怒った。


「俺たちの食料なのに!」


店主は苦しそうに答えた。


「俺に言うな」


「俺だって困っている」


「西の商人が、食料を買い占めているんだ」


農民は市場を見渡した。


空っぽの棚。


高くなった野菜。


肉はほとんどない。


そして。


市場の外には、新しい馬車が並んでいた。


黄金で飾られた馬車。


豪華な服を着た商人。


以前は普通の商人だった男たちが。


今では貴族よりも豊かな暮らしをしていた。


農民は呟いた。


「……国は豊かになったんじゃないのか」


誰も答えなかった。



---


4 五人の王の会議


白い城。


五人の王たちが、再び円卓に集まっていた。


氷の王女エリシア。


光の王女セレナ。


水の王マリウス。


火の王ガルド。


風の王フェリオ。


しかし。


以前とは違っていた。


酒はない。


宴もない。


美女もいない。


机の上には、大量の報告書が積まれていた。


フェリオが紙を見ながら言った。


「風の国の穀物が減っている」


ガルドが答える。


「火の国の鉄もだ」


マリウスは地図を広げた。


「水の国の港から、毎日のように船が東へ向かっている」


セレナが眉をひそめる。


「光の国の薬まで?」


「売られている」


マリウスは答えた。


エリシアが静かに言った。


「私は、黒い石に操られた家臣から暗殺されそうになった。全員、牢に入れてきた」


五人は黙った。


復興が始まったばかりだった。


ようやく。


国同士が協力できるようになった。


なのに。


その協力によって作られた物資が。


次々と東の大陸へ流れている。


「俺がエリシアの側に居られたら。貿易を止めればいい」


ガルドが言った。


「東との交易を禁止する」


しかし。


フェリオが首を横に振った。


「簡単じゃない」


「なぜだ?」


「商人たちが反対する」


「商人ごときが?」


ガルドが睨む。


フェリオは昔のガルドを思い出した。


命令すれば。


殺す。


反対すれば。


処罰する。


以前の自分たちなら、そうしていた。


フェリオは言った。


「今の俺たちは、昔とは違うだろ」


ガルドは黙った。


セレナが報告書を持ち上げる。


「商人たちはすでに、各国の貴族と関係を持っています」


「何?」


「金を貸している」


「賄賂も渡している」


「王宮の役人にも」


マリウスが呟いた。


「金で国を買っているのか」


エリシアは静かに答えた。


「まだ、国そのものではありません」


そして。


報告書の最後の一枚を見た。


「でも」


顔を上げる。


「このままでは、そうなります」



---


5 西の大陸は金持ちになった


奇妙なことが起きていた。


西の大陸には、金が増えていた。


銀が増えていた。


宝石が増えていた。


豪華な屋敷が建った。


新しい店ができた。


商人たちは金持ちになった。


街には金色の看板が増えた。


「西の大陸は繁栄している!」


人々はそう言った。


しかし。


王たちは違和感を覚えていた。


フェリオは、以前訪れた農村を見た。


家は貧しいままだった。


畑は荒れていた。


農民は減っていた。


「なぜだ」


フェリオは村長に尋ねた。


「国には金があるだろ?」


村長は笑った。


寂しい笑いだった。


「金はあります」


「じゃあ、なぜ畑を直さない?」


「人がいません」


フェリオの表情が変わる。


「人が?」


「若者が東へ行きました」


「何?」


「東では高い給料がもらえるそうです」


「働く人間が足りないらしい」


フェリオは言葉を失った。


金はある。


しかし。


農民がいない。


農民がいなければ。


畑を耕せない。


畑を耕せなければ。


食料がない。


食料がなければ。


金を持っていても意味がない。


フェリオは呟いた。


「……金は食えない」


村長は答えた。


「はい」


「しかし、腹が減った者は」


「金があれば何でも買えると信じております」



---


6 東の大陸では、逆のことが起きていた


一方。


東の大陸では。


まったく逆のことが起きていた。


巨大な都市。


黒い石で作られた宮殿。


その奥深く。


闇の王は、静かに報告を聞いていた。


「食料が増えております」


「武器も増えております」


「木材も」


「鉄も」


「薬も」


「西から大量に流れております」


闇の王は笑った。


「人口は?」


「増えております」


「兵士は?」


「十分に訓練できる人数が集まっております」


「畑は?」


「西から来た農民を使い、少しずつ増えております」


「町は?」


「西から来た技術者が整備しております」


闇の王は玉座から立ち上がった。


「よろしい」


側にいた男が尋ねた。


「陛下」


「何だ」


「金と銀が減っております」


「分かっている」


「財宝も、いずれ尽きるかと」


闇の王は笑った。


「財宝など、また奪えばいい」


男は黙った。


闇の王は続けた。


「金を持っていても」


「誰もいなければ、何も作れない」


「銀を持っていても」


「兵士がいなければ、国は守れない」


「宝石を持っていても」


「食料がなければ、人間は死ぬ」


そして。


闇の王は、西の方角を見た。


「西の王たちは」


「ようやく国を立て直し始めた」


「だからこそ」


「今が最も危険なのだ」


「危険?」


闇の王は笑った。


「国が復興する時」


「商人は、金を欲しがる」


「貴族は、権力を欲しがる」


「民は、豊かな暮らしを欲しがる」


「その欲望に」


「少しだけ金を与えればいい」


「すると、人間は自分から国を売る」



---


7 西から消えていくもの


数年後。


西の大陸の人々は、ようやく異変に気づき始めた。


武器が減った。


食料が減った。


木材が減った。


鉄が減った。


魔法石が減った。


そして。


人間が減った。


「人がいない」


火の国の工場主が叫んだ。


「働く者が足りない!」


「兵士も減っています!」


「若者が東へ行った!」


「農民まで!」


水の国の港では、空になった船が増えていた。


しかし。


帰ってくる人間は少なかった。


「東へ行った者たちは、なぜ帰ってこない?」


マリウスは港の船長に尋ねた。


船長は答えた。


「分かりません」


「手紙は?」


「最初は届いていました」


「最初は?」


「今は、何も」


マリウスは海を見つめた。


東の海。


その向こうには。


不毛だったはずの大陸がある。


しかし。


今では違う。


西から。


食料。


資源。


技術。


そして人間が流れ続けている。


マリウスは低い声で言った。


「不毛の大陸ではなくなっている」



---


8 黄金の商人たち


五大国は、商人たちを集めた。


白い城。


巨大な会議場。


そこには、西の大陸を代表する商人たちが集まっていた。


全員が豪華な服を着ている。


指には宝石。


首には金。


腕には銀。


フェリオが言った。


「東との交易を調査する」


商人たちがざわめいた。


一人の大商人が立ち上がった。


「なぜです?」


「西の国力が低下している」


「国力?」


商人は笑った。


「国庫には、これまでにないほどの金があります」


ガルドが言った。


「食料が減っている」


「金で買えばよろしい」


「誰からだ?」


「東から」


その瞬間。


会議場が静まり返った。


商人は笑みを浮かべたまま言った。


「東には、まだ食料があります」


「西の食料を売り」


「金をもらい」


「必要になったら、また東から買う」


「それの何が悪いのです?」


エリシアが尋ねた。


「もし東が売らなかったら?」


商人は答えなかった。


セレナが言った。


「武器も東へ売ったわね」


「商売です」


「西の兵士より、東の兵士を強くした」


「商売です」


「人間まで東へ送った」


「本人が望んだことです」


ガルドが机を叩いた。


「貴様らは!」


しかし。


商人たちは怯えなかった。


昔なら。


王の怒りだけで震えていた。


だが今は違う。


彼らには金がある。


貴族がいる。


役人がいる。


各国の政治家がいる。


商人は言った。


「陛下」


「今さら、我々を止められると思われますか?」


五人の王は黙った。


その瞬間。


フェリオは理解した。


「……取り込まれている」


「何?」


マリウスが尋ねる。


フェリオは商人たちを見た。


「こいつらだけじゃない」


「西の大陸そのものが」


「東に取り込まれ始めている」



---


9 闇の王からの手紙


その夜。


五人の王のもとへ。


同じ手紙が届けられた。


差出人の名前はなかった。


封を開ける。


中には。


一枚の黒い紙が入っていた。


そこに書かれていた。


> 西の若き王たちへ。


お前たちは、ようやく王になろうとしている。


だが、遅すぎた。


お前たちが民を救っている間に。


お前たちの商人は、国を売った。


お前たちが戦争を終わらせようとしている間に。


お前たちの武器は、私の手に渡った。


お前たちが民を豊かにしようとしている間に。


お前たちの民は、私の国へ来た。


そして今。


西には黄金がある。


東には、力がある。




最後に。


一行だけ書かれていた。


――さて、王とは、どちらが豊かなのだろうな。


五人の王は。


誰もすぐには言葉を発することができなかった。


西の大陸には。


金がある。


銀がある。


宝石がある。


しかし。


食料がない。


資源がない。


働く者がいない。


兵士も減っている。


一方。


東の大陸では。


金が減った。


銀が減った。


財宝も減った。


しかし。


食料がある。


武器がある。


資源がある。


そして。


人間がいる。


エリシアが、震える声で言った。


「私たちは……」


セレナが続けた。


「また、間違えたのね」


ガルドは拳を握り締めた。


「戦争をしなくても」


「国は滅びる」


マリウスが地図を見た。


「いや」


「これはもう戦争だ」


フェリオが顔を上げる。


「剣を使わない戦争」


「国を奪うために、城を攻める必要もない」


「金を渡せばいい」


「人間が自分から」


「国を売る」


その時。


白い城の地下から。


再び、地響きが響いた。


ゴゴゴゴゴゴゴ……。


五人が振り返る。


地下。


古代の扉。


そして。


あの声が聞こえた。


「今なら分かるか」


五人の先代の王を消した、正体不明の存在。


低い声が響く。


「国とは、土地ではない」


「城でもない」


「黄金でもない」


「王でもない」


五人は黙って聞いた。


「国とは」


一瞬。


声が止まった。


「そこに生きる者たちの未来だ」


古代の扉が。


ゆっくりと開き始めた。


そして。


五人の若き王たちは知ることになる。


なぜ先代の王たちが消えたのか。


なぜ東の闇の王は、西の大陸を攻めなかったのか。


なぜ金と銀を惜しげもなく西へ流したのか。


そして――。


五人の先代の王たちは、本当に逃げたのではなかった。


彼らは。


この日が来ることを知っていたのだ。


西の大陸が黄金に酔い。


自らの力を東へ差し出す日を。


その日。


地下の闇から。


一人の男が現れた。


海の底で消えたはずの。


水の王マリウスの父だった。


しかし。


その後ろには。


さらに四つの影が立っていた。


氷の先代王。


光の先代女王。


火の先代王。


風の先代王。


五人は生きていた。


だが。


彼らは五人の若き王たちを見るなり。


同時に、こう言った。


「間に合わなかったか」


そして。


先代の王たちの背後。


地下の扉のさらに奥。


そこには――。


東の闇の王と、同じ紋章が刻まれていた。


西の大陸の歴史は。


今までとは比べものにならないほど大きく動き始めようとしていた。

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