黄金は王国を裏切る
東の大陸で、封印されていた古代の王が目を覚ました。
その知らせは、まだ西の大陸の民には知られていなかった。
知らない方がよかったのかもしれない。
なぜなら――。
最初に西の大陸を侵略したのは、東の軍隊ではなかったからだ。
最初に西の大陸へ入り込んだのは。
剣でも。
炎でも。
魔物でもなかった。
それは。
黄金だった。
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海の向こうから来た商人
水の国の港町、アクエリア。
長い戦争によって壊れていた港は、五大国の協力によって少しずつ復興していた。
新しい堤防。
新しい倉庫。
新しい船。
そして。
久しぶりに訪れた平和。
「見ろ!」
港で、一人の商人が叫んだ。
「船だ!」
水平線の向こうから、一隻の巨大な船が現れた。
しかし。
水の国の船ではなかった。
帆には、見たことのない紋章が描かれていた。
黒い円。
その中央に。
一本の金色の線。
「どこの国の船だ?」
「分からない」
「東の大陸から来たんじゃないか?」
その言葉に。
港の人々がざわめいた。
東の大陸。
不毛の大陸。
誰も住めないとされていた土地。
そこから。
船が来た。
船はゆっくりと港へ近づいた。
そして。
甲板に立っていた男が笑った。
「商売をしに来ただけだ」
男は言った。
「我々は戦争をするつもりはない」
港の役人が尋ねた。
「何を売る?」
男は箱を開いた。
その瞬間。
周囲にいた人々が息を呑んだ。
金。
銀。
宝石。
見たこともないほど美しい宝物。
「東の大陸には」
男は笑った。
「使い切れないほどの金がある」
商人たちの目が変わった。
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黄金の商売
最初に東の商人と取引したのは、小さな商人だった。
名は、バルド。
水の国で小さな店を経営していた男である。
長い戦争によって、彼の商売は苦しくなっていた。
船は沈んだ。
商品は届かない。
客は減った。
借金だけが残った。
「何を望む?」
東の商人が尋ねた。
バルドは答えた。
「金だ」
「それだけか?」
「金があれば、店を立て直せる」
東の商人は笑った。
「なら、これを売ってくれ」
渡されたのは。
黒い石だった。
「何だ?」
「東の大陸の鉱石だ」
「価値があるのか?」
「あなたが価値を作るのだ」
バルドには意味が分からなかった。
しかし。
金は本物だった。
「これだけでいいのか?」
「もちろんだ」
東の商人は。
小さな袋を机に置いた。
ガシャリ。
金貨の音。
バルドは震える手で袋を開いた。
人生で見たこともないほどの金貨が入っていた。
「……分かった」
それが。
最初だった。
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バルドは黒い石を売った。
最初は売れなかった。
しかし。
東の商人は、さらに金を出した。
「広告を出せ」
「もっと派手な店を作れ」
「有名な貴族に贈れ」
バルドは言われた通りにした。
すると。
黒い石は人気になった。
「東の大陸の宝石」
「不思議な力を持つ石」
「幸運を呼ぶ鉱石」
誰かがそう言い始めた。
真実かどうかは分からない。
しかし。
人々は欲しがった。
そして。
バルドは金持ちになった。
以前の小さな店は。
巨大な商会になった。
豪華な家。
高価な服。
多くの使用人。
彼は思った。
――東の大陸は、素晴らしい。
戦争をするより。
商売をする方がいい。
五大国の王たちも。
見習えばいい。
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西の大陸に広がる黄金
東の大陸との商売は。
水の国だけでは終わらなかった。
風の国の商人たちは。
東の大陸から届いた金属を売った。
火の国の商人たちは。
東の大陸の鉱石を加工した。
光の国の商人たちは。
金貨を使って新しい銀行を作った。
氷の国の商人たちは。
希少な毛皮と東の銀を交換した。
五つの国。
すべてに。
東の黄金が流れ始めた。
「戦争より商売だ!」
「東の大陸は敵ではない!」
「商売を禁止する王の方がおかしい!」
商人たちは豊かになった。
商人たちは強くなった。
そして。
金を持つ者は。
少しずつ。
政治に口を出すようになった。
「王の政策は間違っている」
「税金を下げろ」
「東との貿易を自由にしろ」
「軍隊に金を使うな」
「我々が国を豊かにする」
王たちは困惑した。
東の大陸から。
軍隊は来ていない。
侵略もしていない。
むしろ。
商売によって。
西の大陸は豊かになり始めていた。
「本当に危険なのか?」
水の国のマリウスは会議で呟いた。
フェリオが答えた。
「俺にも分からない」
ガルドが腕を組む。
「東の大陸の王が復活したのは事実だ」
セレナは静かに言った。
「でも民からすれば」
皆が彼女を見る。
「王が何を言っても」
「今まで散々、私たちは間違ってきた」
誰も反論できなかった。
五人の若き王は。
以前のように。
簡単に命令することができなくなっていた。
「東と商売するな」
そう言えば。
民は言うだろう。
――また、王が勝手に命令している。
――また、王が我々の生活を苦しめる。
五人は。
初めて知った。
信頼を失うということの恐ろしさを。
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最初の裏切り
東の大陸との交易が始まってから。
半年が経った。
五大国の王たちは。
それぞれの国で改革を続けていた。
エリシアは。
氷の国の北部へ食料を送った。
セレナは。
処刑制度を見直した。
マリウスは。
水害を防ぐ巨大な水路を建設した。
ガルドは。
焼かれた土地を復興させた。
フェリオは。
農民たちと直接会い始めた。
少しずつ。
五つの国は変わっていった。
しかし。
その頃。
東の黄金も。
さらに深く。
西の大陸へ入り込んでいた。
ある夜。
氷の国の王宮。
エリシアの側近である将軍、グラニスのもとへ。
一人の商人が訪れた。
「何の用だ」
「東の大陸からの贈り物です」
「いらん」
商人は笑った。
そして。
箱を開けた。
そこには。
大量の銀があった。
「……何のつもりだ」
「将軍は、国を憂いている」
グラニスの表情が変わった。
「何を知っている?」
「すべてではありません」
商人は言った。
「ですが」
「今の女王に不満を持っていることくらいは」
「知っております」
グラニスは剣に手をかけた。
「誰に聞いた」
「重要なのは、誰が話したかではありません」
商人は笑った。
「将軍」
「あなたは、王になるべきでは?」
「……馬鹿を言うな」
「今の女王は若い」
「迷う」
「他国と協力する」
「氷の国の伝統を壊している」
グラニスの目が揺れた。
「違う」
「違いません」
商人は。
さらに大きな箱を置いた。
「これは、ほんの一部です」
「東の王は」
「将軍のような優秀な人間を評価しております」
「黙れ」
「将軍が王になれば」
商人は囁いた。
「氷の国は、もっと豊かになる」
グラニスは。
箱を見た。
銀。
銀。
銀。
そして。
箱の底に。
あの黒い石があった。
「……これは」
「持っていてください」
商人は言った。
「決断をする時に」
「役に立つでしょう」
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王たちの周囲で
裏切りは。
氷の国だけではなかった。
光の国では。
セレナに仕える一部の貴族が。
東の商人と手を組んだ。
「女王は弱くなった」
「処刑を減らした」
「反対派と話し合う」
「こんな王では、国は強くならない」
彼らは。
東の金で軍隊を雇った。
水の国では。
港を支配する大商人たちが。
マリウスの許可を無視して。
東との密貿易を始めた。
火の国では。
ガルドの部下の一部が。
東の鉱石を手に入れるため。
軍用の武器を横流しした。
風の国では。
新しく金持ちになった商人たちが。
フェリオに圧力をかけ始めた。
「税を下げろ」
「東との交易を自由にしろ」
「王は商売に口を出すな」
五人の王は。
気づき始めていた。
東の大陸は。
金を配っているだけではない。
人間を。
選んでいる。
欲深い者。
不満を持つ者。
権力を欲しがる者。
そして。
王に恨みを持つ者。
東の黄金は。
そういう人間の心に。
入り込んでいた。
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闇の王の商売
東の大陸。
黒い城。
玉座に座る男がいた。
古代の王。
五つの力を奪った王。
今では。
闇の王と呼ばれる存在。
彼の前には。
大量の金と銀が積まれていた。
しかし。
闇の王は金に興味がなかった。
「人間とは不思議だ」
彼は呟いた。
「剣を向ければ、敵になる」
「だが」
一枚の金貨を持ち上げる。
「黄金を与えれば」
「自分から扉を開ける」
闇の王の前に。
東の商人たちが頭を下げていた。
「西の大陸では、商売が順調に進んでおります」
「そうか」
「多くの商人が、我々を信頼しております」
「信頼?」
闇の王は笑った。
「違う」
商人たちは顔を伏せた。
「彼らは、私を信頼しているのではない」
闇の王は言った。
「自分の欲望を信頼している」
「……」
「私は」
金貨を床に落とす。
カラン。
「ただ、それを利用しているだけだ」
闇の王の目が。
黒く光った。
「もっと金を送れ」
「もっと銀を送れ」
「もっと彼らを豊かにしろ」
商人が尋ねた。
「なぜでしょう?」
闇の王は。
ゆっくりと答えた。
「貧しい者は」
「生きるために戦う」
「だが」
「金持ちは」
少し笑った。
「失うものを守るために、戦う」
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黒い石
水の国。
大商人バルドの屋敷。
かつて。
小さな店だった場所には。
今や巨大な屋敷が建っていた。
豪華な食事。
大量の使用人。
金の皿。
銀の杯。
しかし。
バルドは眠れなくなっていた。
「またか……」
夜。
夢を見る。
黒い大地。
巨大な城。
そして。
誰かの声。
『もっと欲しいか』
「……誰だ」
『もっと金が欲しいか』
「金ならある」
『もっと欲しいか』
バルドは。
机の引き出しを開けた。
そこには。
最初に東の商人から渡された。
黒い石があった。
以前より。
大きくなっていた。
「……なぜだ」
石は。
生きているようだった。
バルドは震える手で触れた。
その瞬間。
声が聞こえた。
『王は邪魔ではないか』
「……」
『王がいるから』
『お前は自由に商売できない』
「違う」
『本当に?』
「違う!」
『ならば』
声が囁く。
『王を変えればいい』
バルドの目が。
ゆっくりと黒く染まり始めた。
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商人たちの会議
数週間後。
西の大陸各地から。
商人たちが集まった。
表向きは。
五大国の経済を発展させるための会議だった。
しかし。
その地下。
秘密の部屋には。
黒い石を持つ商人たちがいた。
バルド。
氷の国の銀商人。
光の国の銀行家。
火の国の武器商人。
風の国の大地主。
彼らは。
以前とは違っていた。
皆。
裕福だった。
皆。
権力を持っていた。
皆。
王に不満を持っていた。
「王は我々の商売を邪魔している」
「王は東との貿易を制限しようとしている」
「五人の王は、また我々を支配しようとしている」
「ならば」
バルドが言った。
「王がいなくなればいい」
一瞬。
部屋が静かになった。
「何?」
「また、跡継ぎ争いが起きるぞ」
「違う」
バルドは笑った。
「今度は」
机の上に。
大量の金貨を置いた。
「我々が国を動かす」
商人たちは。
金を見た。
そして。
一人。
また一人。
笑い始めた。
「いい考えだ」
「王より金を持っているのは我々だ」
「軍隊も雇える」
「貴族も買える」
「民も雇える」
「商人が国を支配すればいい」
その時。
部屋の隅にあった黒い石が。
一斉に光った。
誰も気づかなかった。
いや。
気づいていたのかもしれない。
ただ。
もう。
止めようとは思わなかった。
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五人の王の亀裂
一方。
白い城。
五人の王は再び集まっていた。
しかし。
今回は以前と違った。
円卓には。
緊張があった。
「交易を禁止するべきだ」
ガルドが言った。
「東の鉱石は危険だ」
「証拠は?」
マリウスが尋ねた。
「商人たちが豊かになっている」
「それだけでは禁止できない」
「商人が東の王とつながっている!」
「それも証拠がない」
「マリウス!」
ガルドが机を叩いた。
「俺たちは実際に見ただろ!」
「見た」
マリウスも答えた。
「だからこそ慎重になるんだ」
「何だと?」
「以前の俺たちなら」
マリウスは言った。
「不安だからという理由だけで」
「民に命令していた」
ガルドは黙った。
セレナが口を開く。
「二人とも落ち着いて」
「だが!」
「私たちが争えば」
セレナの声が低くなった。
「東の王が一番喜ぶ」
沈黙。
フェリオが窓の外を見た。
「……何か嫌な感じがする」
エリシアが尋ねる。
「何が?」
「分からない」
フェリオは答えた。
「でも」
「前にも、こんな感じがした」
「いつ?」
「俺たちが」
フェリオはゆっくり言った。
「自分の国だけのことを考えていた頃だ」
五人は黙った。
しかし。
その時。
誰も知らなかった。
すでに。
五人の周囲にいる者たちの中にも。
裏切り者がいることを。
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最初の王の裏切り
氷の国。
エリシアは。
夜遅くまで書類を読んでいた。
北方へ送る食料。
凍結した村。
暖房用の魔石。
他国への協力要請。
「陛下」
扉の外から。
声がした。
「入って」
扉が開く。
入ってきたのは。
将軍グラニスだった。
エリシアは顔を上げる。
「こんな時間に何?」
「報告がございます」
「言って」
グラニスは。
ゆっくりと近づいた。
そして。
懐から。
黒い石を取り出した。
エリシアの目が変わった。
「それは……」
「東の大陸から頂いたものです」
「捨てなさい」
「できません」
「命令よ」
グラニスは笑った。
「それができるなら」
「私はここには来ておりません」
エリシアは立ち上がった。
「何をするつもり?」
グラニスは。
静かに言った。
「女王陛下」
「あなたは、変わりました」
「……」
「以前の方が良かった」
「人を恐れさせ」
「命令すれば従わせ」
「誰にも相談せず」
「氷の国だけを守っていた頃の方が」
エリシアの瞳が冷たく光る。
「それが、あなたの本心?」
「いいえ」
グラニスは答えた。
「これは」
黒い石を見る。
「私の本心でもあります」
「何?」
「そして」
「私の中にいる者の言葉でもある」
その瞬間。
黒い石から。
闇が溢れ出した。
「東の闇の王……!」
エリシアが叫ぶ。
グラニスの瞳が。
黒く染まる。
「女王を捕らえろ」
その瞬間。
王宮の外から。
兵士たちが入ってきた。
エリシアは。
凍りついた。
「あなたたちまで……」
兵士たちは。
顔を伏せていた。
恐れている。
迷っている。
しかし。
その手には。
東の大陸の銀貨が握られていた。
グラニスが言った。
「申し訳ありません、エリシア陛下」
「……」
「ですが」
剣を抜く。
「あなたは」
「この国のために、消えるべきです」
その夜。
氷の国で。
王への反乱が始まった。
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五つの国に広がる闇
それは。
氷の国だけではなかった。
光の国では。
セレナを憎む者たちが動き始めた。
かつて処刑された者たちの遺族。
王家に恨みを持つ貴族。
そして。
東の金で雇われた兵士たち。
水の国では。
商人バルドたちが港を封鎖した。
「交易の自由を!」
「王の横暴を許すな!」
火の国では。
東の鉱石を売る武器商人たちが。
ガルドに対して反乱を起こした。
風の国では。
金持ちになった商人たちが農地を買い占めた。
農民たちは。
再び土地を失い始めた。
西の大陸に。
新しい戦争が始まろうとしていた。
しかし。
敵は。
東の大陸の軍隊ではない。
西の大陸の人間だった。
父が。
息子を裏切る。
家臣が。
王を裏切る。
商人が。
国を裏切る。
友が。
友を裏切る。
そして。
五人の王たち自身も。
再び試される。
「自分を裏切った者を、許せるのか」
闇の王の声が。
黒い石を通して響いた。
「裏切り者を処刑するのか」
「再び恐怖で支配するのか」
「それとも」
黒い城の玉座で。
闇の王は笑った。
「聞く耳を持つ王になったお前たちは」
「裏切った者の声さえ、聞くのか?」
五人の若き王たちは。
答えを知らなかった。
民の声を聞くことは学んだ。
家臣の声を聞くことも学んだ。
しかし。
自分を殺そうとする者の声まで。
聞くことができるのか。
それこそが。
闇の王が仕掛けた。
次の試練だった。
そして。
東の大陸から送られてきた黄金は。
ついに。
西の大陸の王冠よりも強い力を持ち始めていた。
金によって豊かになった商人たちは、自由を求めた。
自由を求めた商人たちは、権力を求めた。
権力を求めた者たちは、闇の王を必要とした。
そして。
闇の王は。
彼らが自分を必要とするようになるまで。
ただ静かに。
金を渡し続けていた。




