表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

7. 2年間お待ちしておりましたわ、私の旦那様

レオナルドがコールデン侯爵領の屋敷に戻ったのは、ローズマリーの訃報が届いた4日後の事だった。

(やれやれ、面倒な。仕事が立て込んでいるというのに。宰相閣下も何と冷たいのだ。

私と共にコールデン侯爵領に向かうと行ったのに、何故来てくれないのだ)



尚、その業務だが。

レイナルドに業務を押し付けた王太子は、愛人との逢瀬中に第二王子にぶん殴られた。

『ヴィルに蛮族との戦を押し付けて何やってんだ、ゴラ』

『テメーの妻と。――侯爵夫人の犠牲に成り立つ業務ならしなくていい』

と、全ての業務を引き継ぎ、第二王子と妃で処理。王太子の業務を押し付けられた目に隈を作った第一王子妃は休ませた。

第二王子妃は、『この程度の作業で宰相補佐は部下をこき使っておられたの?』

『よく王太子が務まりましたわね』『ハンコ押すだけの王は要らねーですわよ』

『ああ、ヴィルちゃんが戦場に行く前にテメーの仕事を混ぜやがったんですわね?三年は困らないようにと引継ぎしていたヴィルちゃんが可哀そう…おい、足を崩すなおクソったれ亭主、正座しやがれあそばせ』

と王太子を正座させて毒を吐く。

レイナルドが秘書官ら5人で3日掛かる業務を1日半で終わらせた第二王子夫妻は、『名家だろうが、腐ったもんを放置するな』と国王と宰相へ毒を吐きまくった。


+++++


屋敷の扉が開くと母が泣きながらレイナルドに飛びついた。

「ごめんなさいレイナルド!わたくしが付いていながら…‼」

母オーギュスタの嗚咽は作り物めいていた。悲劇の母親を演じるために白粉まで塗りたくった頬を伝う涙は安っぽい舞台装置のようだが、レイナルドは母が悲しみに暮れていると信じた。

「わたくしのせいです……ローズマリーさんがどうしてもレイナルドにお会いしたいと言うので……」

涙に潤んだ声で執事がオーギュスタの代わりに語る。

「奥様とローズマリー様の二人で王都へ向かう途中……不幸な事故でした……」

レイナルドは眉ひとつ動かさず、『あなたのせいではないよ』と淡々と言った。その言葉にオーギュスタは悲しみの仮面の下で喜色が滲む。

彼女は被害者の立場を確保するためなら何でも利用する。


「ローズマリーさんは……あなたを愛していました……」

しかし、その茶番を砕く音がした。


ギィ……!


古びた階段が軋む音が響いた。下りてきたのは紛れもなく『ローズマリー』だった。血の一滴も纏わず、まるで何時もの日常のように堂々とした足取りで進んでくる。


「え……?」

レイナルドが首を傾げる。死んだはずの妻が現れた矛盾に、一瞬頭が追いつかない。

義母は顔面蒼白になり、『な……なんで!?』と呟いた。腰から力が抜け、その場に崩れ落ちる。

「母上?」

レイナルドは母の異常な怯えに眉を寄せた。


一方『ローズマリー』は冷たい微笑みを浮かべている。別人のような鋭い目が義母を見据えた。

「お久しぶりです、お義母様……いえ、『奥様』。事故の報告はどこまで嘘偽りなのでしょうね?」

その声は以前の弱々しい令嬢のものではない。氷の刃を研ぐような威圧感を孕んでいた。

義母は奇声をあげながら後退りする。

「ロ…ローズマリー……あ……あなたは……何で……」


「何でも何も…私はずっと西の奥の部屋で過ごしておりましたよ?」

こてんと首をかしげて告げる『ローズマリー』。

「西の奥の部屋…?」

レイナルドは疑問を抱いた。

「そこは物置部屋の筈だが」


「物置部屋にしては立派なものです。ひび割れた鏡台に崩れた本棚、木のテーブルまでありましたから。そこで奥様が投げ捨てる流行遅れのお洋服を頂きましたの」

そう告げると『ローズマリー』は青いドレスの裾を摘まんで見せる。

「訃報が旦那様の所へ届いたのが3日後。屋敷に戻ったのが4日後。亡骸など見つかってはありませんでした。奥様がローズマリーだと信じて殺害した相手は、一体誰だったのでしょう……」

「だ…誰だ!?お前は誰だよ!?」

「お前は何を言っている?あれはローズマリーだろう?」

「レイナルド…違う、違うのよ!?」


執事や義母の言葉に『ローズマリー』は微笑んだ。――こいつらはやつれ、血色の悪いローズマリーの顔しか覚えていない。

ならば、レイナルドは?

2年も妻の顔を見ていない夫は、釣り書きで見たローズマリーの面影しか知らない。

いや、愚鈍な夫は、母親の言葉を素直に受け取ったのだろう。

ふっくらと血色の良い『ローズマリー』をレイナルドは見る。どうやらローズマリーだとは認識しているようだ。

――そうなるように仕向けた。

「お初にお目にかかります、私の旦那様。私はシモンズ男爵から2年前に嫁ぎました、ローズマリー・コールデン侯爵夫人にございます」


レイナルドの思考は混乱した。訃報は母の勘違い?だが、確かに死んだのを目撃したという。

だが、死体は見つかっていない。

仮に見つかったとして、全くの無傷で、侯爵家の誰にも気付かれずに西の端の部屋に行けるのか?

死んだはずの妻が生きて現れ、母を追い詰めている。

それにもかかわらず、盲目的に母に付き従って来たレイナルドは、追い詰められる母を案じる処か、醜い老豚に見えてしまう。


「ローズマリー……君は……本当にあの崖から落ちたのではないのか?」

言葉を選びながら尋ねると、彼女は薄く笑った。

「あら、『マリー』は落ちていません。ずっとお部屋に居たのですが、皆さん『マリー』が死んだと大騒ぎでしてよ?」

甘い猫撫で声に背筋が粟立った。

「ローズマリー……?」

気付けばレイナルドを見上げる距離で、陶酔したような笑顔を浮かべるローズマリーの顔。

「ごめんなさいね、レイナルド様。――お待ちしておりましたわ」

「何を……」

ローズマリーの背後から義母の叫びが響く。

「なによ!貴女はわたくしの言うとおりにするべきなのに!」

「あら、おかわいそうに……そんなに泣いてしまっては、せっかくの美しいお顔が台無しですよ?」

「ヒィッ!?」

レイナルドは母の様子に眉をひそめた。普段の毅然とした姿とは打って変わって、今や彼女は怯えた小動物のように縮こまっている。

「母上……?」

「レイナルド!助けて‼この女は違うの!ローズマリーじゃないわ!」


執事は混乱しているようで、うなだれている。

―――もし、ここで『ローズマリー』ではないと叫べばどうなることか。

それを一番理解していたのは執事と義母オーギュスタ本人なのに。


それに気付いたオーギュスタ・コールデン前侯爵夫人は慄きながらも即座に取り繕う。

「ああ、ローズマリー。良かったわ……無事で。本当に良かった……」

「――わたくしは大丈夫ですわ。奥様、執事殿……奥様はわたくしと『旦那様』の為に王都へ向かう準備してくださったと、おっしゃいましたのね?」

ローズマリーは声を張り上げる。

「旦那様はお仕事で不在ですもの。私、ずっと待っていました。この家では奥様とお話しする時間のみでしたが、わたくしは幸せでした」


義母は目を見開く。ローズマリーの変貌ぶりに彼女は混乱していた。

レイナルドの肩にローズマリーがそっと触れる。

「ねえ、旦那様……久しぶりの逢瀬でございましょう?」

艶やかに微笑みながら、レイナルドの背中に耳打ちする。


「これから私の願いを叶えて貰うわレイナルド」

一瞬、レイナルドの瞳が鋭く光った。

「どういう意味だ?」

「文字通りの意味ですわ」

ローズマリーは微笑みを崩さないまま続ける。

「私はあなたが何年も私に会いに来なかったこと。それが『承認欲求の為』だったことを存じておりますわ。

…貴方を見捨てなかった宰相閣下に父性を感じておりましたものね」


レイナルドは一瞬硬直し、視線を逸らす。

「……何を言っているんだ、ローズマリー」

「貴族の婚礼は『重要な儀式』。夫婦になるお二人が夜を共に過ごし、神の祝福を得るものですよね?

なのに、あなたは2年もの間、私を放置した」

レイナルドは反論しようとしたが、ローズマリーは畳み掛ける。

「これでは不仲は当然。愛妻家の宰相閣下もそのような者を尊重いたしませんわ」

レイナルドは困惑の色を浮かべた。彼にとって社会の評価は、仕事の成果以外には重要ではない。

その素っ気ない態度が余計に『マリー』の怒りを煽ったが、『ローズマリー』として蠱惑的な笑みを浮かべる。

「ええ、そうです。あなたは仕事に没頭することで家庭から逃げています」


義母オーギュスタが割り込もうとするが、『ローズマリー』は彼女に鋭い視線を送るだけでその動きを封じた。

「そもそもこの結婚自体が計算されていたのでしょう?隣国の侯爵をロールモデルにと、妻役も同じく下級貴族を選んだ。

――その方の生き方の指針とするための『役割の模範』にすべきことを何もしないで。それでは猿真似ですわ」


「黙れ」とレイナルドは低く言う。

「それ以上の戯言を吐けば……」

「吐けばどうなります?」

ローズマリーは挑発的に訊ねる。

「暴力を振るいますか?そのような宰相補佐では、愛妻家の宰相閣下も王太子殿下並びに王子殿下がたもお可哀そうに。

国王陛下は国益の為側妃を召しておられますが、正妃を一番に寵愛し、側妃たちにも平等に愛情を与えておられますのに!

…主君に反する行為を行うとは、王家に連なる侯爵家の成すことでしょうか」

『ローズマリー』の言葉にレイナルドは沈黙した。

彼女の瞳は冷静さを保ったまま、しかし内側には煮えたぎる憎悪が燃え上がっていた。

「あなたの行動一つ一つが私のプライドを傷つけます。仕事と同じくらい妻を大切にすべきじゃないですか?――宰相様のように」

レイナルドは彼女の言葉に一瞬動揺した。

「お可哀そうな旦那様。夫婦の営みも立派な『職務』ですのに、ちっともご理解できないのですね。お義母様がお可哀そうですわ、成人しても無能なお子様なのですね」

ローズマリーの口調は嘲るような響きを帯びる。レイナルドの眉間に皺が寄るが、彼女の言葉は不思議な高揚感を生む。

「仕事に忙殺されて私との時間を削っているのは、自分に都合が良いからですよね?

――種無しの侯爵様?」

「違う!」

レイナルドは強く否定する。

「私は………」

「ならば証明してくださいませ。種を植えねば畑は芽吹きませんわ」

ローズマリーは声を抑えて囁いた。

「今夜、『マリー』の寝室にお越しくださいませ……あなたの真意を見極めますわ」


その瞬間、部屋が奇妙な緊張感に包まれた。侍女や執事が息を飲む。ローズマリーは一歩引いて礼儀正しく退室した。

「おやすみなさいませ。旦那様」

義母と執事はお互いを見つめ、居間で沈黙する。

「奥様……何故あの方は……」

「分かりません。わたくしは何も……何も知りません!」

オーギュスタは声を荒げる。

「2年間顔を見せないレイナルドのせいではありませんの!?」

その2年間に自分たちが何をしてきたかを棚上げして、家の者たちは非難の目を向ける。

レイナルドは押し黙るしかなかった。


+++++


レイナルドは夜中、ふと目が覚めた。

「ローズマリーは死んだのではなかったのか……?」

レイナルドはベッドの中で何度も寝返りを打った。ローズマリーの言葉が頭の中で繰り返される。

『あなたの真意を見極めますわ』

(一体何を企んでいる?事故は狂言だったのか?いや、母の涙は本物だった。ならばなぜ私を呼びつける?)

仕事以外の煩わしい問題は避けたかった。だが、彼女の言葉の裏に潜む何かを探る必要があるかもしれない。あるいは、単にこの不可解な状況から脱するために、一度だけ彼女と向き合うべきか。

葛藤の末、レイナルドはベッドから起き上がり、妻の寝室へ向かった。夜も深い。廊下は冷え冷えとしており、自分の足音だけが石造りの壁に反響した。


ノックはせずにドアを開ける。月明かりだけが差し込む部屋の中心には、大きなベッドがあった。

そこに、ローズマリーが座っていた。昼間の青いドレスではなく、透けるような薄い夜着を纏い、月光を浴びて浮かび上がるその姿は、幽鬼のようでもあり、同時に抗いがたい魅力を放っていた。

「来てくれたのですね」

彼女の声は甘く、しかし鋼のような芯があった。

レイナルドは何も言わず、彼女の前に立った。

「私の『真意』を見るためか? 君は私に何を期待している?」

ローズマリーはクスリと笑った。その笑みには挑発と蔑みが混じっている。

「期待? 旦那様。わたくしはただ、夫婦の営みを果たそうと思っているだけですわ。2年以上放置された妻の、ささやかな望みですもの」

彼女はゆっくりと両手を広げた。

「さあ、いらっしゃいませ。このままでは夫婦としての務めを果たせませんもの」


レイナルドは内心で舌打ちした。

(くだらない。政略結婚の子作りなど、業務と何ら変わらん)

しかし、彼女のその夜着から覗く白い肌、エメラルドグリーンの瞳の奥に宿る底知れない光。それが彼の合理的な思考を微妙に揺さぶった。

無視するのも面倒だ。さっさと終わらせよう。そう考えて彼はベッドに上がった。

「手短に済ませよう」

ローズマリーはその言葉に眉一つ動かさず、「ご随意に」とだけ答えた。


彼女は顔を上げ、至近距離からレイナルドを見つめる。その瞳はもう人形のそれではなく、魔性の色を湛えていた。

「あなたがわたくしを愛していないのは分かっておりますわ」

甘い吐息が耳にかかる。

「でも、女は嫌いではありませんでしょう?」

ローズマリーは囁きながら、彼の首筋に唇を寄せた。生暖かい舌が触れる感触。それは決して不快ではなかった。

「何を……」

言葉を遮るようにローズマリーは彼の唇に口づけた。最初は啄むような軽いものだったが、次第に深くなり、舌が絡み合う濃厚なものへと変わっていく。彼女は巧みだった。呼吸さえも掌握するような巧みなキスに、レイナルドの頭が霞んでいく。

(この女……)

ただの田舎の男爵令嬢ではない。彼女は明らかに男を誑かす手練れだ。

「ほら……旦那様。どうしてそんなに怖い顔をなさるの? これは単なる夫婦の儀式ですわ」

彼女はその手首を掴み、逆にレイナルドをベッドに押し倒した。

「あらあら。せっかちな殿方。それでは面白くありませんわ」

ローズマリーは妖艶に笑い、彼の上に跨った。薄い夜着が完全にはだけ、月明かりに照らされた裸体があらわになる。その肌は瑞々しく弾力があり、腰のくびれや胸の形も計算されたように美しかった。

「もっと私を感じてくださいませ」

彼女はそう囁きながら、レイナルドの腹部に手を這わせた。指先が筋肉の谷をなぞるたびに、レイナルドの体は勝手に反応してしまう。冷徹であろうと努めている理性が、彼女の肉体的な誘惑の前に崩れ始めていた。


+++++


馬鹿な男。

夢の世界にでもいるつもりかしら?

ここは使用人たちが汚水をぶちまけてローズマリーを甚振って来た物置小屋。

ベッドは埃が層になっていて、ローズマリーが布団を叩こうとすれば使用人たちが折檻した。

『マリー』が人間だったらくしゃみをして涙が出るわ。病気にもなりそうね。

人間の姿になりたてだから、動きがぎこちない事にも気付いていないのね。

ああ、そうね。クソババアやクソ使用人共は、おぞましい拷問で傷ついてギクシャクした歩き方になったローズマリーしか覚えていないのね。


あいつらを蹴落とすには、このクソ夫を篭絡させるのが一番手っ取り早い。

所詮あいつらはクソ夫の威を借りて威張っているだけだもの。

私は『ローズマリー・コールデン侯爵夫人』。使用人共が虐げて良い身分ではない。

それとね。『足りない』の。

目的を達成するには、クソでもこいつの力が必要だわ。


そうそう。

随分なご高説を垂れたあのクソババアの大事な大事な息子さん。

とっても汚い部屋で、小汚い埃だらけの布団で子作りしているわよ?

折角綺麗な夫人用のお部屋があるのに、ココがお気に入りになるでしょうね‼

ここ、すきま風凄いから、初夜が終わったって丸分かりよね?

ババアが醜い顔で聞き耳立てていたらウケるわ。


ていうか、喘ぎ声気持ち悪いわね、こいつ。まあ、ババアには良い薬ね。

でも、始まったばかり。

ローズマリーにやられた分は、何百倍にしてでもやり返すわ。

こいつは徹底的に墜としてやる。ローズマリーを苦しめた罰として、この家ごと滅ぼしてやる。

復讐はこれからだ。





…『ローズ』。

ローズマリーをよろしくね。


誰もいいので、構ってくれればその相手に依存するレイナルド

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ