表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

5.ローズマリーの死 前編

※胸糞描写があります。クソ夫注意報につき、宰相閣下の拳が火を噴きます。

「宰相補佐、新婚なのですから、業務後は奥方とお会いになってはどうでしょう」

「仕事が立て込んでおりますので結構です。唯でさえ忙しいのに人員が減って面倒だというのに」

「ああ、ジョンソン・ワーズ子爵令息ですね。宰相補佐、()()()()()()()()()()()()()()、ですよ?」

たかが子爵の位を何度も言うとは、鬱陶しい秘書官だ。

これでも仕事は出来るので、人員が減った以上配置換えも面倒だ。

「宰相補佐、ローズマリー奥様と時間を作れるように有休を取っても良いのでは?」

ローズマリー?…ああ、自身の妻の名か?

たかが男爵家の娘。虫よけと評価の為に、都合の良い令嬢と結婚したのだった。

2年程顔を見ていない。母も男爵令嬢に上流の教育を施すのに難儀しているという。

「まだ社交に出るには及ばぬ未熟者です。母の手を煩わせるとは、…ハズレですね」

レイナルドの評価に貢献も出来ないとは、ごく潰しもいい所だ。

父が何度もタウンハウスに移すように連絡はあるが、そんな恥知らずを王都に向かわせれば家名に傷がつく。


レイナルドは隣国の侯爵令息に劣等感を抱いていた。

ヘラヘラとした何の苦労も無いようなふざけた顔。当主にも成れない次男の分際で、その国の王女(第二王女)と婚姻。

更には我が国の国王や王子たち、果ては宰相である上司すらその侯爵令息と懇意にしている。私生活まで話して打ち解けている様は、レイナルドのプライドを傷つけた。

自分にはあのような顔など見せもしない癖に。

更にはヘラヘラした令息の兄。不愛想で下級貴族の出の、外聞の悪い妻を持った新たな侯爵すら、同様に交流が深い。挙句に子が出来たからと、これまた見たこともない様子で上司は祝福を送っている。


だから同じような令嬢をレイナルドの妻として貰ってやった。

なのに何の役にも立たないとは。


レイナルドは自らを宰相補佐として完璧な存在と位置づけていた。

父がどれだけ忠告しようと、それは単なる老い耄れによる妄言に過ぎなかった。自身の能力に対する驕りは幼少期から培われてきたものだ。

そう、確信していた。


+++++


(正直、ハンコ押してくれるだけの方が仕事は減るんだよなぁ)

秘書官はニコニコと笑みを崩さぬまま、思いっきり宰相補佐を見下した。

彼は確かに優秀『だった』。…学生の頃までは。

学問においては常に上位を維持し、社交界での立ち振る舞いも洗練されていた。ただし、それはすべて表面上のものに過ぎない。

基本は完璧だが応用が効かない。ただ、侯爵位と若さと美貌でフィルターが掛かり、貴族としての立ち振る舞いを維持しているだけ。

実際、彼が宰相補佐の地位を得られたのは、母方の実家であるメイソン公爵家の威光と政治的影響力によるもの。代替わりした当主は母を溺愛しており、強引に宰相補佐にねじ込んだだけ。

宰相もいい顔はしなかったが、業務での致命的な失敗は無いのでそのまま様子見とした。


レイナルドが問題ないと判断されるのも当然だ。

無能なだけの置物に、婚姻時に懸念される『賭博・女・酒・借金』と云った問題行動は起こせない。


職務上の欠陥を補助しているのは彼の秘書官や文官たちであり、レイナルド自身は日常業務の大半を彼らに任せきっていた。

重要な意思決定の瞬間でさえ、最終的には秘書官の助言に依存することも少なくないが、彼自身がそれを認識していない。

それどころか、周囲が自分をサポートするのは当然のことであり、まるで秘書官たちが自動的に問題を解決する魔法の装置かのように扱っていた。

故に、ローズマリーの事も『自身と上司との距離を埋める道具』と思っている。


+++++


レイナルドの心には父に対する根深い憎悪が渦巻いていた。

「あの無能が侯爵位を継ぐ資格などない」

若い頃から父は厳格な教育主義者であり、しばしば過酷な要求を課してきた。その反動か、レイナルドは父を軽蔑し続けてきた。

…実際は父が課したのは、侯爵位を継ぐに至る一般的な教育。レイナルドがそれで及第点を取ったことが無いのだ。


一方で母に対する盲目的な崇拝は狂信的と言ってもよかった。

母オーギュスタは社交界の頂点に君臨する絶対女王であり、その姿勢を真似ることがレイナルドにとっては模範となる道だった。母が言うことはすべて正しいと信じ込み、逆らうなど考えもしなかった。


しかし運命は皮肉だった。父は突然の病に倒れた。

後継者として選ばれるべき人材について、父は最後まで慎重に検討し続けていたものの、病は重篤で発声も筆記も出来なくなったことを良い事に、母オーギュスタが独断で我が子レイナルドに決定した。



「まだ社交に出るには及ばぬ未熟者」

母が下したという評価は、ローズマリーの価値そのものを反映したものであるとレイナルドは確信していた。

母の『男爵令嬢は淑女教育が足りていない』という説明を受け入れた。

その結果、実際に虐待どころか苛烈な拷問と支配が行われているという想像すらしなかったのである。

彼の中では『父からの手紙』すら迷惑な干渉以外の何物でもなかった。

その手紙を読み、くだらぬ妄言を破棄する行動も『時間の浪費』と捉えられていた。


+++++


宰相は執務室で書類を整理する最中、一枚の紙切れに目を留めた。それは半年前に提出された婚姻届だった。


「……コールデン侯爵家当主レイナルドとシモンズ男爵家長女ローズマリーの婚姻か」

別の廃棄用の書類に紛れており、仕分けの際に発見されたという。


記憶を探る。

当時は多忙を極めていたため、詳細な手続きは補佐官に任せていた。通常、結婚は国家の慶事であり、特に高位貴族であれば国王への報告も必要となる。だがこの件については何も聞いていない。


「なぜ報告が来ていない?」

副官を呼び出し尋ねると、彼は困惑した表情で答えた。

「宰相閣下、これはレイナルド補佐官御本人による直接的な申請でした。慣例を無視して書類だけで処理したようです」


宰相の眉間に深い皺が刻まれた。

「結婚式は行われたのか?」

副官は恐る恐る続けた。

「それが…当日、レイナルド補佐官は王城で通常通りの勤務を行っておりました。

レイナルド補佐官の秘書官ミューラーの証言では、世間話を振ったところ『一年程前に結婚した』と、…秘書官が書類は提出したか尋ねてようやく思い至ったのか、書類を投げて寄越したと。

それが、今から半年前の事です」


その瞬間、宰相の頭に危険信号が鳴り響いた。レイナルドは侯爵家の当主でありながら結婚式を欠席し、その事実すら正式に報告していない。これは貴族社会の儀礼を無視した重大な違反行為だ。

「即座に調査せよ。この結婚が正当なものであるかどうか、そして背景にどんな不審点があるかを徹底的に調べ上げろ。シモンズ男爵家にも確認を」


数日後、副官の報告を受けた宰相は怒りを抑えきれなかった。

「新婦は母親と共にコールデン家に住んでいますが、夫であるレイナルド様とは一度も顔を合わせていないと……しかも結婚後二年近く経過しているにも関わらず……」

「二年だと!?」

宰相は思わず机を叩いた。

「それなのに未だに侯爵夫人として社交界デビューすら、させていないのか!」


愛妻家として知られる宰相にとって、夫婦が顔を合わせないどころかコミュニケーションもないという状況は許し難いものだった。

ましてやレイナルドは自分が育て上げたはずの補佐官。こんな事態を招いたことに責任を感じざるを得なかった。


「ローズマリー嬢の状態はどうなのだ?」

「それが……」

副官は顔を青ざめて告げた。

「食事もまともに与えられず、使用人に罵倒され…悲痛な叫びと悲鳴に混じってローズマリー嬢は何度も叫んでいるのです。

『侯爵家の一員に成れて幸せです』

『侯爵夫人教育が大変ですが充実しています』

『コールデン侯爵家の皆さんはとても良くしてくださいます』

……と、前侯爵夫人に言わされて…います」


宰相は吐き気を催すほどの不快感に襲われた。

それは恐怖による洗脳だ。

幼い頃から厳格な家庭教育を受けた彼には、これが如何に残酷な虐待であるかが即座に理解できた。


「――シモンズ男爵は知っておられるのか」


「男爵は娘の異変に気づいておりましたが、前侯爵夫人に阻まれローズマリー嬢に接触できていません。ご夫妻は王都の別邸に滞在し続けており、娘の安否を確認しようと何度も試みております」

「……シモンズ男爵夫妻の警護を派遣せよ」


宰相は窓辺に立ち、王都の風景を見下ろしながら考え込んだ。レイナルドは確かに有能ではないが勤勉であった――少なくとも表面的には。

経験不足故に部下の補助が必要であるが、仕事ぶりは評価されていた。しかし人間性は別だ。


「レイナルドが自宅に帰る頻度は?」

「…一度も帰っておりません」

副官が資料を見ながら答えた。

「昨年の夏季休暇も宮廷内で過ごしておりました。家族とは母親のみと連絡を取っていますが、先代侯爵の手紙は破棄しています」

秘書官ミューラーがその手紙の一部を保管していた。


宰相はコールデン先代侯爵の手紙を読んだ。

病に伏せる前とは全く違う、弱々しい文字でローズマリー嬢をオーギュスタから離すようにと忠告していた。その添えられた一文が胸を刺した。


『レイナルドよ、お前がこの手紙を最後まで読めるほど成長してくれることを願う』


これは尋常ではない。王城内に部屋を持つ高位貴族でも、最低限家族との接触はあるものだ。

特に新婚であれば尚更。

即日、宰相はレイナルドを呼び出した。


「レイナルド・コールデン宰相補佐」

重々しく声をかける。

「シモンズ男爵令嬢との結婚について伺いたい。なぜ私はこの情報を後から知ることになったのだ?」

レイナルドは驚いた様子もなく淡々と答えた。

「形式上の書類手続きですので、特別な報告の必要はないかと。実際の婚姻生活は順調です」


「どこが順調だ‼」

宰相はビキビキと血管を浮き立たせて声を荒げた。

「結婚式にも行かず、妻とも義理の両親とも顔を合わせずに!これは貴族としての義務を放棄していると同じことだぞ!」


「義務?」

レイナルドは鼻で笑った。

「婚姻契約を交わしました。彼女は私の妻として名ばかりの義務を果たせばよいのです。実務は私が行いますので問題ありません。

父のように愛人も作らず仕事に邁進しているだけです」


宰相は内心呆然とした。こんなに冷徹で歪んだ思想の持ち主だったとは。


先代侯爵は愛人など作っていない。

彼は戦争で壊滅した地方の孤児や寡婦を支援するため、自身の財産を使って施設運営や職業のあっせんをしていた。それは立派な慈善事業だ。

民の目線で必要なものは無いかと問うことが愛人関係になるならば、この世は不貞だらけだ。


先代侯爵が密かに行っていたもう一つの目的がある。――養子探しだ。


先代侯爵はレイナルドの資質を見抜き、自らの跡を継ぐに値しないと判断していた。

同時にレイナルドには、オーギュスタの問題行動を制御できないことも承知していた。

そこで信頼できる人物に依頼し、オーギュスタの手の届かない安全な場所で教育を受けさせる後継者を探す計画を進めていたのだ。


「レイナルド、お前は勘違いしている」

宰相の声は低く重い。

「先代侯爵が愛人など作るわけがない。彼は貴族としての義務と責任を果たすために活動していた。…今の貴様に言えるのはそこまでだ」



「ローズマリー嬢のことだが」

宰相は話題を変えた。

「彼女は母親と共にコールデン家に軟禁状態にあると報告を受けている。日常的に虐待を受けているとのことだ」

「知りません」

レイナルドは即座に否定した。

「母は教育熱心なだけでしょう。男爵家の娘など淑女の教養が身につくまで時間が必要なものです」


「その様子だと気づいていなかったようだな」

宰相は失望を露わにする。

この男を側近にしてきた自分の判断ミスを悔いた。


「今すぐコールデン侯爵領に戻れ‼私も同行する‼」

即座にローズマリー嬢を保護しなければ――

その時だった。

扉をノックする音。


「申し上げます。一昨日、ローズマリー・コールデン侯爵夫人が…

馬車での移動中に崖から落ちて亡くなったと…」


「母に面倒掛けるとは最後まで使えん女だったか。隣国の侯爵は、余程幸運な下位貴族の女に恵まれたのだな」

衛兵が制止しようとするのも構わず、宰相の拳がレイナルドの頬を打ち抜いた。骨と骨のぶつかる鈍い音が室内に響く。


「宰相閣下!」

レイナルドの秘書官ミューラーが驚きの声を上げる。


「貴様はそれで夫のつもりなのか!?」

宰相の怒号が静寂を裂く。

唇から血を滲ませながらも、レイナルドは無表情を保ったままだった。


「ローズマリー・コールデン侯爵夫人は、そもそも王都入りすらしていない。タウンハウスにも来ず領地で軟禁されていた‼」

宰相は血走った目でレイナルドを見据えた。

「つまり……殺された」

その言葉に室内が凍りつく。レイナルドだけが薄く嗤った。


「貴族社会ではよくある『教育』ですよ。どうせ王都に行きたいと癇癪でも起こしたのでしょう。田舎貴族は慎みが無い」

その瞬間再び拳が唸る。

今度は反対側の頬に命中した。レイナルドの体が机に激突し羊皮紙が宙を舞う。

「お前の母だ!前侯爵夫人が犯人だとわかっているだろうが‼」

宰相は襟首を掴み引きずり上げた。燃えるような瞳がレイナルドを睨む。


「なぜ止めなかった!?なぜ真相究明を拒む!?」

「母がそのような事をするわけがない」


レイナルドは血を吐き捨てた。その目に宿るのは盲信ともいえる母オーギュスタへの絶対的な信頼。

「そんな事はどうでもいいでしょう」

レイナルドが退屈そうに肩を竦めた。

「死亡した時点で彼女の存在価値は消えたんです。葬儀だけ適切に行えば――」



何を言っても無駄と判断した宰相は吐き捨てるように告げた。

「……夫人の葬儀があるだろう。休暇の手続きはする故、お前も見送るように」

「分かりました」


意外な素直さに一同が怪訝そうな顔をする中、レイナルドは廊下へ向かった。

姿が見えなくなった所で、秘書官に問うた。


「ローズマリー嬢の遺体はどうなった?」

「見つかっていません。侯爵家は川に流されたと判断したようです」

「………」

何を言ってもアレには届かないのだろう。

亡き妻の姿すら確認しないまま弔うつもりかと。結婚式もせず顔合わせもせず……。

若い娘がそのような状況にあったとは、何と不甲斐ない事か。


宰相の眉間に深い皺が寄る。

「現場検証が必要だ。兵を派遣する」

「それでしたら、レイナルド・コールデン宰相補佐の部下全員…トリスタン・オールス卿も含めて独自で動いておきたい。よって休暇の申請をお願いします」

秘書官ミューラーはそう告げた。

「理由は」

秘書官は告げた。

「ローズマリー嬢がコールデン侯爵家で眠ることに我慢できません。死んだジョンソン・ワーズ文官は自分の母のように苦しむ女性を見たくなくて、調査し。…死にました。

ローズマリー嬢が生きていたら休暇中偶々見つけたと言う、個人の判断で親元へ。……最悪の場合でも、令嬢が安らぐ場所へ、帰して上げたいのです。

あと、ワーズ文官が死んでも嫁が死のうと、部品の一つみたいに扱うクソ上司の元ではやってられません」


「…わかった、君たちには苦労を掛けたな。思う存分に休むといい」

宰相が静かに告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ