4.ローズマリーの両親の嘆き
※胸糞描写があります
その2年間。両親からローズマリーが一切社交に出ないことに関して、疑念の手紙が来た。
そういう時、決まって義母に手紙を書かされた。
『高位貴族の一員として、不勉強な所も多いのでお義母様の手ずから勉強をしている最中です。余裕が出来次第、参加致します』
そういった内容が書かれた手紙を義母が書き、ローズマリーがそれを見ながら書き写して署名をして出した。それでも時々社交に参加しているかのような報告をしていた。
「トロくて芋臭い男爵令嬢如きが、どうしてわたくしの手を煩わせるの!?」
――両親に手紙を書いた後は、女主人の手を煩わせたと酷い折檻を受けた。
両親に助けを求めたかった。帰りたいと書きたかった。
しかし、義母の支配下にあるローズマリーには、自分の言葉を手紙に綴る自由すら奪われていた。誤字脱字があれば激しく罰せられた。
数回、両親に、『何か異変がないか』と尋ねられた手紙が届いたのだが、決まってローズマリーの人格を否定された。そして、長時間の罵倒を受けた後、こう連呼させられた。
「侯爵家の一員に成れて幸せです!」
「侯爵夫人教育が大変ですが充実しています!!」
「コールデン侯爵家の皆さんはとても良くしてくださいます!!!」
一晩中、喉から血が出るまで叫ばされる。気絶すれば義母が煙管を腕に押し当てて叩き起こされる。
ローズマリーの返答には嘘偽りが塗り固められ、本音は封じ込められていた。
その間もレイナルドは、一度たりともこの館に戻ることはなかった。
一方、ローズマリーの両親は異変に気付いていた。
手紙に娘らしさが無いのだ。
あの子は季節の花が好きで、そういった便箋を好むし、領地の友人らの話が一つも無い。
コールデン侯爵や義母との関係が良好ならば、そう云った些細な幸せを書く子だ。
それと、匂い。
手紙から、あの子が吸わない煙管の匂いが仄かにする。そして、――血の匂い。
シモンズ男爵は複数の貴族に働きかけ、前侯爵夫人が出席した夜会に接触する機会を作った。
「ローズマリーが全く社交に出ていないのはどういう事でしょうか?」
「娘は元気にしていますか?」
「最近の様子を教えていただけませんか?」
前侯爵夫人の返答は常に一貫していた。
「ローズマリーは侯爵家の教育に邁進しており、今はご挨拶できぬ状況です」
「素晴らしい貴婦人になろうと努力しておりますわ」
「公の場に出られるまで、あと少しですのよ」
しかし、それらはすべて嘘であり、真実を覆い隠すために巧妙に織り込まれた物語に過ぎなかった。
それでもシモンズ男爵は嘘に飲まれず、食い下がる。
「ですが…一度でいいので娘と会ってもよろしいでしょうか……」
「――侯爵家に意見なさるのかしら」
ゾッとする程、冷たい眼差しだった。
それでもシモンズ男爵は娘の無事を確かめる為、ローズマリーの夫であるレイナルド・コールデン宰相補佐――その護衛を担う騎士トリスタン・オールスと会うことにも成功した。
…王城で何度かレイナルド・コールデン宰相補佐に面会を申し出たが、レイナルドは一度も応じなかったからだ。
「お久し振りです、オールス卿」
「シモンズ男爵。先の戦いでは男爵の心遣いに感謝しております」
数年前の戦で共闘した二人だ。
あの戦いで嗅ぎなれた匂い。それで娘の異変に気付くとは皮肉なものだ。
「オールス卿、あの……実は……」
シモンズ男爵は辺りを見回し、誰もいない事を確認すると声を潜めて言った。
「娘が嫁いだコールデン侯爵家なのですが……、噂でも何でも構いません。レイナルド卿のお話を聞きたいのですが……」
「噂……ですか?…こちらへ」
一室を手配し、オールス卿は改めて口を開く。
「 残念ながらレイナルド卿は、私生活をお話しになることはございません。社交にも全く興味がないとおっしゃっておりまして、女性とのお付き合いについても、噂になった事は…ありません」
「まさか……我が娘の話題も出ないのでしょうか?」
「……ええ、一度も。秘書官が何度か、新婚なのだから奥方に会ってはどうか、王都のタウンハウスに来てもらうのはどうだとも進言しても、一切応じないと」
本来、護衛騎士が上司であるレイナルドの私情を話すのはよろしくない。
だが、結婚式すら新郎の不参加かつ新妻と交流一つしない。その不誠実な態度に憤りを覚えていたのか、ローズマリーを案じる者は多いのだと、オールス卿は拳を強く握りしめる。
現に騎士であるオールスが夜会に頻繁に赴くようになったのは、その秘書官の助言もあったそうだ。
その表情からは明らかな苛立ちが読み取れた。
「レイナルド卿の周囲にいる者は、ローズマリー夫人について全く知らないと言えます」
オールスの真剣な言葉にシモンズ男爵は沈痛な面持ちで溜息を漏らした。
「そうでしたか……」
シモンズ男爵はため息をついた。
「私も伝手を使い情報を集めたが、ローズマリーは侯爵家で教育中とだけと…。ですが、コールデン侯爵領では…娘くらいの年代の貴族が好む、ドレスや装飾品の購入も無い、と」
「それは、あまりにもおかしい。…ここから先は、正規の手段ではない方法で聞き及んだことです」
シモンズ男爵は驚愕した。
30年以上前、オーギュスタ・コールデン前侯爵夫人は下級貴族への暴力沙汰を起こしたことがある。当時の婚約者だった先代侯爵が、事前に対処せねばならない事案も多かった。
夫人の平民や下級貴族を見る目は異常極まりないもの。
婚姻するに辺り、彼女を持て余す公爵家に、当時10代前半の先代侯爵は告げた。
その意識を改めなければ婚姻の撤回と、撤回した暁には彼女の曽祖父である先々代の国王にオーギュスタの生涯幽閉を申し出たと。
降嫁した王家の血統であろうと、民の規範に成れない王女崩れは不要。
婚姻の条件は先代侯爵及び部下の監視下に当時公爵令嬢だったオーギュスタを置くこと、これを当時の王も容認しているとキッパリ告げた。
そこまで言われたのはオーギュスタにとって屈辱的だったが、マシな貰い手は無く幽閉を避けるべく渋々婚姻を選んだ。
「――先代侯爵が病に伏せ、…枷が外れたのでしょう。先代が伏せられた事で、ある者は世代が変わり買収され、ある者は病死した、と。
何度か宰相補佐に先代侯爵の手紙は来ていますが、…読んでそのまま破棄されています」
先代侯爵はローズマリーを案じて、王都のタウンハウスで暮らすようにと何度も書かれていたという。
「コールデン先代侯爵と、取り次ぎは出来ませんか?」
「…手紙も、相当無理をして書かれたと分かるほど、弱々しいものです。――容態が芳しくないのと、………。――これらを調べた一人は、文官のジョンソン・ワーズです。
それと。今は、コールデン先代侯爵に接触しない方がよろしいかと。
ワーズ殿は言っておりました。誰かに付けられた、もしもの時にと私に情報を託したのです」
数日後、レイナルド・コールデン宰相補佐付きの文官ジョンソン・ワーズが水路に死体となって浮いているのが発見された。
酔って落ちた事故と片付けられたが、オールスと話したシモンズ男爵には口封じにしか見えなかった。
シモンズ男爵夫妻にとって、それは予期せぬ災厄のように忍び寄ってきた不穏な影に他ならなかった。
それでも、彼らは幾度となく娘に会おうと試みた。しかし、いずれの場合もコールデン前侯爵夫人は巧みな理由を用意して阻んだ。
「申し訳ありませんわ。娘は今、非常に大切な時期なのです。邪魔をされてはいけませんので」
「あの子の旦那様も忙しくて、お会いできませんのよ」
そのたびに夫妻は胸を痛めた。
娘の幸福を願う気持ちは天を衝くほどだったが、権勢に抗する術が見つからない。
コールデン前侯爵夫人の凶暴性は社交界では噂一つ上がらず、全てを知る唯一の証人は病に倒れ、彼に接触した者も死んでいる。
――その暴力の衝動を娘にぶつけているのか?
助けたい。けれど、どうやって?
コールデン侯爵家は王族との血縁も深い由緒ある一族。対するシモンズ男爵家は、栄誉に富む歴史こそあれ、財力や政治的影響力では到底及ばなかった。
既に、一人殺されている。
国王に証拠も無く進言して、自分たちに何かあればローズマリーを救う道が完全に断ち切れる。
「娘に何があったとしても、私たちは黙って見過ごすしかないのか…?」
シモンズ男爵は沈痛な面持ちで呟いた。妻の目から溢れ落ちる涙を拭いながら、彼は深く悩んだ。
「あなた…もしかしたら……」
妻が思い出したように手紙を取り出した。
「隣国だが、王族や高位貴族と正面から戦えるのは、彼女だけかもしれない……‼」
急いで文をしたためるシモンズ男爵。
――『彼女』が手紙を読むことは無く、最悪の事態は引き起こされていた。




