3.全てを踏みにじられるローズマリー
※超絶胸糞描写があります
国王陛下が斬首にご不満だった理由の一つです
翌日から始まったのは、使用人たちからの執拗な嫌がらせだった。
「こちらが本日の朝食でございます」
物置部屋に乱暴に置かれて差し出されたトレイに乗せられたスープには、よく見ると小さな甲虫がいくつも浮いていた。吐き気を催しながらも、ローズマリーはそれを誰にも気づかれぬようそっと器の隅に寄せてやり過ごそうとした。
「全部食べて下さいね」
そう告げると使用人に髪を掴まれ、皿の中に顔を突っ込まれた。
嘔吐すれば汚れたモップを顔に当てられ、掃除だと嘲笑う使用人達。
別の日には、廊下を歩いているところに突然バケツ一杯の泥水を浴びせかけられた。呆然としていると、泥水をかけた使用人達はニヤリと笑う。
「汚らしいので、綺麗にしてあげましたわ」
と、言ってローズマリーの両脇を抱える。
「やめて、離して下さいっ!」
そう言えば平手が飛んできた。
濡れたまま凍えるような寒さの中、今度は冷たい井戸水を容赦なく何度もかけてくる。
「これで少しはまともになったでしょう?」と嘲笑しながら。
ローズマリーは歯をガチガチと鳴らしながら必死に耐えた。
(ここには私の味方は誰もいない……)
両親に助けを求めるための手紙を書こうと試みたこともあった。
だが、部屋には常に誰かしらの目があり、メモの一端でも見つかれば何をされるか分からない恐怖に押しつぶされそうになった。
定期的に部屋を検分され、書きかけの紙切れはすぐに見つかってしまった。
「こんなものを書いて一体誰に届けるつもりですの?」
と、義母に嘲笑われ鞭で叩かれた事は一度や二度ではない。
「ご不快でしたら、屋敷から離れた小屋で良いので、そこで過ごさせてください」
床に頭を擦り付けて懇願もした。
「お前の我儘をどうして聞かないといけないの?」
「奥様の手を煩わせるな、ごく潰し」
「躾の足りない愚図ね。本当に」
「ごめんなさい、わがまま言いません、ローズを…いぎっ」
見せしめと言って、クマの『ローズ』を切り刻まれた。
使用人に髪を掴まれそれを見せつけられる。
「男爵程度、簡単に潰せることが分からないのかしら?」
「ごめんなさい、ごめんなさい…‼」
物置に在った、折れたり曲がったりしている針から使えるものを探して、古い糸で必死に『ローズ』を直した。
それ以降、執拗に『ローズ』と『マリー』を傷付けようとする使用人たち。
ローズマリーはただ、大切なお友達を守るために仕置きを受けた。
(帰りたい)
数日前までは穏やかだったシモンズ男爵家の日々が懐かしく、夢の中のように遠い過去のように思えた。広大だが冷たいコールデン侯爵邸は、まるで彼女を閉じ込める牢獄のようだった。
ローズマリーは与えられた自室の片隅で膝を抱え、ツギハギだらけのローズと人形のマリーをぎゅっと抱きしめた。
唯一変わらず彼女を見守ってくれるのは、両親が幼かった自身にくれた、この古い人形たちだけだった。
「『ローズ』、『マリー』、お願い……早く朝が来ますように……」
窓から見える空はどんよりと曇り、陽の光さえも遠ざかっていくように感じられた。彼女の心の中で、思う。
(これが……私の新しい家族……そして夫となるレイナルド様は……未だ姿を見せてくださらなかった)
手紙でやり取りしてきたとはいえ、一度も顔を合わせていない新郎。
あの美しい絵の男性は本当に実在するのだろうか。そして、自分は一体ここでどのような役割を求められているのか。不安と孤独が胸の中に渦巻き始めた。
人形マリーは静かにローズマリーの傍らに佇んでいた。その無垢な微笑みが、今のローズマリーにとって唯一の慰めであった。しかし同時に、その微笑みが永遠に続くわけでもないことを彼女は知っている。
「ゼラおねえさんならきっと……こんな時でも前向きな気持ちを取り戻せるのに……」
記憶の奥底にある『おねえさん』の姿が蘇る。隣国と近いシモンズ男爵領に細工師のお勉強に来ていたおねえさん。
(お母様の誕生日プレゼントを一緒に作ってくれたのよね)
いつも明るく、どんな困難にも屈しなかった強い意志を持った女性だった。
ローズマリーが男の子に意地悪をされていると、その虫をブンブン投げつける豪快な人。
自身の工房を持てたからと結婚式の祝いに、素敵なアクセサリーを贈ってくれた。
…義母にネックレスは奪われてしまったが。
「お姉さんなら…虫入りのスープを奥様に投げつけるわね。そして、嫌がらせする使用人には平手打ちをするかしら。…ね、マリー」
そんな強い自分を毎日、ひっそりとマリーに告げた。
しかし実際の彼女は違う。
ローズマリーの日常はさらに暗澹たるものとなっていた。
「奥様……」
ある日、呼び出しを受けたローズマリーは震える足で、使用人にせっつかれて地下へと連れていかれた。
扉を開けると、中央には仰々しい革張りの椅子が置かれている。義母はその傍らで不気味な笑みを浮かべながら待っていた。
「今宵は特別な検査を行います。そこに座りなさい」
その椅子は異様だった。座れば寝そべるような体勢になるし、突起はまるで足を拘束するような形式。
周囲には義母をはじめとする年嵩の侍女や若い執事たちが集まっていた。皆、好奇と侮蔑の視線を隠そうともしない。
「これは侯爵家の伝統よ」
義母は冷たい声で宣言した。
「正妻たるもの、純潔であることの証明は不可欠。あなたのような出自の者には疑念があるのだからね」
「な、何を……? 奥様……っ」
抗議の声は嘲笑でかき消された。侍女たちが近づき、ローズマリーを捕まえる。暴れれば殴られ、無理矢理椅子に乗せられると、身動きできないよう椅子に拘束する。
「やめてください!こんなこと……」
その体勢に恐怖を覚え、激しく抵抗した。
「やめて、やめて!私は潔白です!」
そう叫ぶと、執事に髪を掴まれ殴られた。
男の力はメイド達の比ではなく、ローズマリーはグッタリと椅子にもたれ掛かる。そして男がローズマリーの足を掴んで広げた。
抵抗も虚しく、ドレスの裾が乱暴に捲り上げられる。肌を晒される恥辱に加え、その場にいる全員の視線が一点に集中した。
「ふふ……可哀想に。こんな辱めを受けても抵抗できないのでしょう?」
義母の指先が無防備な部分に触れる。冷たい感触に全身が竦んだ。
「……さて、結果はどうなるかしらね」
(――~~~~~~~~!!!)
激痛に顔が歪む。泣き叫びたくても喉が引き攣って声が出ない。血が滲む感触と共に器具が抜き取られると、真紅の液体が布に染み込んでいた。
「見なさい!この娘は確かに純潔だったようよ。まぁ当然でしょうね。男爵風情の辺鄙な田舎育ちじゃあ、恋愛の機会もないでしょうから‼」
「う……ぅ……ひっく……ぅう………っ」
(痛い、痛い、いたい、痛い………っ‼)
「泣くなよ貧乏男爵の小娘」
「ほら、あんたの汚い血で床が汚れたわ‼舐めて掃除しなさい‼」
嘲るような罵倒と嗤い声が耳に刺さる。傷つけられた痛みよりも精神的な凌辱の方が遥かに深く、ローズマリーの心を抉った。
この日を境に彼女の中で決定的な変化が生じた。かつては僅かに残っていた希望や尊厳が完全に砕け散ってしまったのだ。
「もう……何も考えたくない……」
独り言ちて床に寝そべり、人形たちに縋りつく日々。しかしそれすら嘲笑の的となり始めていた。
2年もの間、ローズマリーは女主人や使用人のストレスを発散する『人形』となっていた。
次回、ローズマリーの両親に視点が移ります。愛娘を案ずる夫妻です。
それでも胸糞描写はあります。




