2.新郎不在の式 冷遇される花嫁
※胸糞描写があります。次回からそういった描写はもっと増えます。
結婚式当日。栗色の髪を纏め花嫁衣装を纏ったローズマリーは新郎ではなく、新郎の絵画の置かれた式場で夫婦の誓いを交わした。
そのエメラルドグリーンの双眸は戸惑いの色を纏っていた。
(結婚したお友達の話では戦地へ向かう騎士様との挙式が、このようだったと聞いたことがあるわ…)
結婚後に会った騎士は任務で顔合わせが出来なかった事を詫び、有事の際不在にすることが多い上、機密保持で教えられないことも多いのだと丁寧に教えられたという。
束の間の休みでは不器用ながらも、奥方との交流を設ける優しい人だとも。
今しがた夫となったレイナルド・コールデン侯爵は宰相補佐も担っている。
(きっと、お忙しいのだわ)
シモンズ家は代々男爵の家系だ。何度も叙爵の申し出はあったものの、無欲な当主は全て断り領民と同じ目線で過ごして来た。
歴史があるとはいえ、コールデン侯爵家は王族との血縁も深い由緒ある一族。
その侯爵家から縁談の申し出があった時には驚いた。
美貌のコールデン侯爵を何度か夜会で見かけたことはあるが、自身には縁が無いだろうと目の保養程度に眺める程度だった。
先代侯爵の評判も良く、レイナルドにも特に悪い噂は無かったので、合意した。
ローズマリーはレイナルドと直接話したことは無い。縁談の申し出も手紙と贈り物だけだった。
結婚前の準備期間も短く、ほとんどが手紙でのやり取りだった。
手紙に添えられていた花束や装飾品はどれも高級なものばかりで、シモンズ家の質素な暮らしとは比べ物にならないほど豪華だった。しかし、それらを受け取る度にローズマリーは言い知れぬ違和感を覚えていた。
確かに美しいが、ローズマリーの好みとはかけ離れていた。
(本当に私を選んでくださったのかしら……)
式が終わり、ローズマリーは両親に最後の挨拶をした。
父は目に涙を浮かべながら、「ロージー。何かあればすぐにでも連絡しなさい。どんな時でも駆けつけるからな」と力強く言った。
母も優しくローズマリーを抱きしめ、「身体には気をつけて、ロージー。そして、少しでも辛いことがあれば、いつでも戻ってきていいのですよ」と囁いた。
両親の温かい言葉に胸を打たれながらも、ローズマリーは笑顔で頷いた。
「ありがとうございます、お父様、お母様。どうぞご心配なく。私の新しい生活が始まるのですもの」
そう言って馬車に乗り込んだローズマリーは、小さな旅行鞄一つと、両親と友人から幼いころに誕生日プレゼントで貰ったクマの『ローズ』、そして人形『マリー』をしっかりと膝に乗せた。
「あなたたちと一緒なら大丈夫ね、ローズ、マリー」
ローズマリーと揃いのブローチを付けた人形たち。
エメラルドグリーンの小さな石を誂えたそれは、古い友人の贈り物だった。
結婚式のお祝いにと、他国での仕事で忙しいだろうに。
ローズマリーの瞳の色を誂えたネックレスや、ローズマリーの好きなミモザの花の模様が装丁されたブレスレットも贈ってくれた。
(ゼラおねえさん、ありがとう。落ち着いたら手紙を書くわ)
その希望はたった数時間で打ち砕かれた。
数時間の道のりを経て到着したコールデン侯爵邸は、シモンズ男爵家とは比較にならないほどの威容を誇っていた。厳めしい門構えに、広大な庭園。磨き上げられた大理石の床が広がる玄関ホールには、ずらりと使用人が並んでいる。
ローズマリーを迎えた執事の表情は硬く、事務的な口上を述べただけで荷物はそのまま。慌てて荷物を自身で持って運んだ。
「……え?」
案内された部屋は西の端の奥。物置小屋だった。
「あの……」
無情にも扉は閉められてしまった。
ベッドに埃の分厚い層が溜まったそこは、独房のような小部屋。
棚はボロボロで碌な手入れもされていない。
ローズマリーは呆然と立ち尽くす。
壁の隙間から冷たい風が吹き込んでいた。
使用人の誰一人として、ローズマリーに声をかけることもなかった。
両親との温かな関係に慣れてきた彼女にとって、それは寂しい体験であった。
夕食の席に姿を見せたのが、義母となるオーギュスタ・コールデン夫人だった。
歳の割に艶やかさを残す女性だが、その瞳には値踏みするような冷たい光が宿っていた。
「まあ、あなたが例のシモンズ男爵令嬢? 随分と可愛らしいお人形さんみたいねぇ。うちの息子があなたのような方を選ぶなんて、私も驚いたわ」
その口調には明らかに嘲弄が含まれていた。
「下賤な下級貴族がわたくしと同じ席に座るなんておぞましい。お前の食事はそこよ」
見れば、床にスープ皿が置かれていた。
「…っ!」
ローズマリーは悲鳴を上げそうになったが、ぐっとこらえた。
当主代理である義母を筆頭に、使用人達の冷たい視線が走る。
代わりに足元にしゃがみこみ、震える手でスプーンを手に取る。
「ソレが粗相をしたら、鞭で叩きなさい」
義母の命令に頷く侍女。ローズマリーはできる限り丁寧に食事をした。
けれど、些細な失敗をあげつらい、鞭を浴びることとなった。
義母の顔色を伺いながらの食事は、味などほとんどわからない。
ようやく食事を終えると、義母は満足そうに頷いた。
「そうそう、言い忘れていたけれど。私への敬称は『お義母様』ではなく、『奥様』ですわよ。『義母』だなんて呼ばれる覚えはないわ」
その言葉は、彼女がこの屋敷で迎えた初めての洗礼であり、ローズマリーの胸に重くのしかかった。
(やはり私は歓迎されていないのだわ……)
式で共に誓いを立てたはずの夫レイナルドの姿は見えない。彼は多忙なのだと聞かされているが、果たしてそれが本当のことなのか、それとも……。
ローズマリーはズキズキと痛む身体を引き摺って物置小屋である部屋に戻り、ベッドサイドに座るぬいぐるみのローズと人形マリーを見つめた。
「ローズ、マリー、どうか私を見守っていてね」
今はただ、この小さなお友達が心の支えだった。窓の外には月が輝いている。長い一日が終わろうとしていた。
夜が更けても夫レイナルドが訪れることはなかった。初夜を迎えることなく一人孤独なベッド――埃が層となっていたので、母の編んだブランケットに包まって床で眠りについたローズマリー。
しかし、翌朝からさらに厳しい現実に直面することになる。




