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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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48/50

レイナルドのしあわせなけっこん④

エリザベートは絶望の叫びを上げようとした。


しかし車椅子のハンドリムを握った指が硬直している。視線を上げた先――館の玄関口に現れたのは四つの影だった。


最初に目に飛び込んできたのはオーギュスタ・コールデン。

処刑されたはずの叔母は確かに生きていた。ただし首から上が別人だった。切断面から蛇のような肉腫が蠢き、元の顔は見る影もない。代わりに移植されていたのは、かつてのメイソン公爵――エリザベートの父の首だった。

「久しぶり、エリザベート」

父の首が甲高い声で喋る。唇は歪み、眼球だけが娘を射抜く。


その傍らに佇む男女はエリザベートの母と元王太子。どちらも顔面が左右非対称にねじれている。皮膚は黄ばんだ亀甲模様に硬化し、裂けた口からは泡状の唾液が滴っていた。

「可愛い子供を産んだのね」母の声が反響する。

「私達みたいに素敵な怪物になれるわ」

「黙れ!」

エリザベートは怒声を放つ。しかし身体は金縛りにあったように動かない。背後に忍び寄ってきたのは見覚えのある顔。赤子の世話を任された侍女だった。否――その顔面は両側から引き裂かれ、左右それぞれ別の無機質な人形の顔を移植されていた。


「動かないで下さいね。奥様」

二重唱の囁きとともに侍女がエリザベートの車椅子に手をかける。

「やめて!」


必死の抵抗も虚しく車輪が軋む。車椅子はゆっくりと館の正面階段を登っていく。その途中でエリザベートは気づいた。

玄関ホールには真新しい祭壇が設えられていた。乳白色の水晶板の上には三体の人形が安置されている。一体目はエリザベートが出産したばかりのマリー人形。二体目と三体目は未完成の状態だが――特徴的なストロベリーブロンドとエメラルドグリーンの瞳は同一人物のものだ。


「これは……」

「ああ。『マリーの家系図』を作ろうと思って」

魔女リラが水晶の欠片を人形の頬に走らせながら微笑む。

「次世代はどんな姿になるかしらね?」


エリザベートは腹部の異変に気づいた。

「え?」

わずかな鈍痛。鼓動のような脈動が下腹部から伝わる。まるで胎内に別の生命が根を張り始めたかのようだった。


「あら、お早い御到着」


魔女リラがエリザベートのドレスの裾を捲り上げる。下着越しに膨らみ始める丸み――出産したばかりの腹部が既に臨月並みに隆起していた。


「や……やめて!」

エリザベートは叫ぶ。しかし肉体は相反する欲望に支配される。

胎内の温もりが心地よく感じる異常な幸福感。それは愛する者を孕む喜びではなく、強制的に植え付けられた繁殖本能だった。


「この子もマリーちゃんの遺伝子を受け継ぐのねぇ」

実際のマリーは消滅し、その思念の欠片が聖女リコリスの元に居る。

この人形たちはマリーの分身でも何でもない。


オーギュスタ・父の合成体が涎を垂らす。

「つまり我々の新しい家族ね」

メイソン夫人?が歯茎を剥き出しにして笑う。


その時、レイナルドだけが唯一正常に見えた。しかしその瞳には虚無だけが映る。

「ああ、母も、マリーもいる。私は何と幸せなのだろう」


狂信者の哄笑が玄関ホールに響く。



レイナルドはマリーたちを甲斐甲斐しく世話をするので、夜の営みは減った。

それなのに、エリザベートは経った3か月で12体のマリーを産んでいた。

人形を産む事すら狂ってしまいそうなのに、狂えない。


そして、生まれた子にこう言われた。


「どうしてお嬢様は毒を盛ったの?」


陶器の指がエリザベートの喉元へ伸びた。生まれたてのマリー人形――いや、マリーではない。

これはかつて孤児院で毒入り菓子を食べた少年の怨念そのものだ。エリザベートの瞳孔が開いた。


「覚えているでしょ? 慰問のふりして配ったお菓子。シスターのお母さんが一番美味しいって褒めてくれたのに……僕たちは……みんな……」


幼い声が途切れると同時に、少年の口から黒い澱のような膿が溢れ出た。腐敗した舌が蛇のようにうねり、『げげげぇ』と奇怪な喘鳴を上げる。


「ち……違う! あれは慈善活動を勧められたから! 私のせいじゃない!」

エリザベートは叫びながら人形の首をつかんだ。脆い陶器がミシリと軋む音。


「違うと……いうのですか……」


マリー人形の首が百八十度回転した。陶器の顔面が割れ、その向こうに真紅の口腔が覗く。無数の歯茎が蠢き、『ぺきぺき』と骨を砕くような咀嚼音を立てた。


「お嬢様は……わたくしを川に落としました……ご自身の帽子を……そこの侍女に投げ捨てさせて……」

次に生まれたのは白茶色の髪をした人形。川に落とされた男爵令嬢の人格だ。


細い指先がエリザベートの頬をなぞると、肌に冷たい霜がまとわりつく。指先から滴るのは氷結した涙粒だった。

「お嬢様…寒かったです…。氷像が見たいと私達を裸にして、極寒の中水を掛けるように命じた。

私たちの悲鳴を子守唄に、温かいベッドで眠っていた」


「いやあっ!」


反射的に人形を払い落とすと、大理石の床に当たった瞬間「ガシャン」と乾いた破砕音。だが割れた破片の中心からピンク色の肉塊が膨れ上がり、瞬く間に元の姿を再生してしまう。肉塊の断面に埋もれていたのは――焼け爛れた皮膚に覆われた人間の爪。


「あなた……靴を履かせてくれたわね……焼けた鉄の靴を……踊れと言って楽しんだ」


氷像となったメイドの人格がエリザベートの足元から這い上がる。腰まで伸ばした髪が氷柱となり「しゃりしゃり」と床を削りながら膝に絡みつく。


「嘘よ! 嘘! 私はただ……」

「嘘つき」


三体目の人形が跳躍し、エリザベートの顔面にしがみついた。溶けた靴底を履いたまま燃え続けたメイドの人格だ。靴型の焼き印が少女の頬に貼り付き、脂焼けの臭いが漂う。人形の足裏から蒸気が噴き出し、『じゅわぁ』と肉を焦がす音がした。


「お嬢様が試された絵本……最後のページには『悪い子は焼かれる』と……書いてありました……」


エリザベートは絶叫した。人形の髪を引っ張り引き千切る。割れた陶器の破片が顔に突き刺さり鮮血が散る。しかし千切れた髪からは蛆虫が湧き出し、『きぃきぃ』と金属音を立ててエリザベートの耳孔に潜り込もうとする。


「やめて! やめて! もう十分でしょ! 私は悪くない!」

「「「嘘つき」」」


複数の声が完全同期し、空間全体が歪んだ。玄関ホールの壁に吊るされた鏡が次々と割れ、「ばりん! ばりん!」と破片が舞い落ちる。ガラス片の破断面には過去の事件現場が映し出される――毒入り菓子を食べる孤児たち、川に沈む令嬢の悲鳴、氷像になったメイド達や、赤くなった鉄の靴を履かせられるメイド。


「認めろ」

オーギュスタの合成体が嗤う。父の声帯が震えている。

「お前が殺した人数を」


その瞬間、エリザベートの腹部が激しく収縮した。卵巣が鉄パイプで捻じられるような激痛。皮膚の下で小動物が暴れる蠕動感。


「ぎゃあああああっ!!」


胎内を掻き回す異物の感覚が蘇る。子宮を埋め尽くす無数の人形。生まれて来る命はすべて『彼女が奪った命』の集合体だった。次の出産が始まる。


「また来てくれるんだ」

レイナルドだけが幸福そうに微笑んでいる。彼の視線は床に這いずるエリザベートではなく、天井に生えた百合の蕾へと注がれていた。純白の花弁は徐々に開花し、その中央には赤子の胴体が埋まっている。


「美しいなぁ……母が私の為に咲かせてくれた花園に新たな蕾が」


「やめて! 助けて!」


エリザベートの絶叫に呼応するように花弁が開ききった。百合の芯から降り注ぐ水が大理石の床を濡らし、『赤ちゃん人形』が落下してくる。しかし通常の誕生音ではなく、『ぢりぢり』と油が焦げるような音。人形の腹部が沸騰し、蒸気とともに蛆虫の大群が噴出する。


「ママ……産んでくれて……ありがとうございます……」


生まれたばかりのマリー人形は蛆虫を啜りながら歯茎を剥き出しにし、『ぎゅぎゅ』と粘液を吸い上げる音を鳴らした。

その背後で既存の人形たちが行列を作っている。一人ひとりが異なる死因を訴えながら、次なる出産を待ち侘びていた。


「お腹の中……あったかいですね……でも……次は……あなたの番ですよ……」


エリザベートの内臓が内側から押し上げられる。分娩の前兆だ。今回の痛みは今までで最も鋭利だった。卵管を通る胎児の頭部が鋭い鉤爪に変わり、血管壁を引き裂きながら進んでくる。


「あああぁぁぁ!! 出たくない! 産みたくない!」


「いいえ?」


魔女リラが微笑みながらエリザベートの膨腹を撫でる。彼女の指先から発せられる妖光がエリザベートの脊椎へ流れ込み、『ズチュズチュ』と淫靡な音を立てて神経節を侵していく。


「貴女はここを壊すのが一番辛くて、貴女の心を満たせるものと分かっているじゃない?

だからぁ、お望み通りにしてあげるわぁ」


レイナルドは無邪気に拍手をしている。彼にとってここは天国であり、母とマリー人形たちの微笑みこそが救いだった。


「ありがとう、エリザベート。私はとてもしあわせだ」


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