レイナルドのしあわせなけっこん③
「‥‥‥これは、とんでもないな」
魔女ドロテアとしては、彼女も『対象』だった。
メイソン公爵家で魔女の魔の手から外れたのは、公爵家の異常性を察し修道院で神に祈り続けた長女だけ。
レイナルドの処置にも困っていたが、こうも鮮やかに事を為すとは。
とはいえ、呪いが絡んだ二つの高位貴族の屋敷一帯。
ベリオドール側もそこを慰霊碑として、犠牲になった者達を追悼することで同意した」
「流石に、全部とは――」
魔女とはやはり、規格外だ。
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「マリーだ……!」
レイナルドの声が狂おしいほどに弾んだ。血塗れの人形に跪き、赤い産着に包まれるまでもなく抱きしめる。その目尻には喜悦の涙が光っている。
「やめろぉぉぉぉ!!!それはわたしの子じゃないぃぃぃいいい!!!」
エリザベートは拘束具を軋ませ、無意味に四肢を振り回した。しかしその抵抗は瞬時に押さえつけられる。
出血多量で意識が霞みかけた視界に映るのは、死んだはずの愛人が生まれ変わったかのような姿だった。
「違う……こんな……こんなの嘘……!」
彼女の目の焦点が徐々に遠ざかる。
「おめでとうございます。母子共に健康そのものです」
産婆が微笑んだ。その口元は血糊で彩られている。
「マリー……」
レイナルドが涙声で囁きかけると、人形の小さな掌が彼の頬を撫でた。
指先はひんやりとした金属の冷たさだったが、動きには感情の欠片も感じられない。まるで幽鬼が憑依したかのようにおぞましい。
「すごいわぁ。貴女の愛で人形は動いている」
エリザベートの視界が狭窄していく。周囲の声はすべて幻聴になりかけていた。
「夢…悪夢よ、こんなもの」
「いいえ」
産婆が低い声で囁く。その姿は変貌した。
白衣を纏った魔女リラが立っていた。深い淵の底からの覗き込むような瞳は怪しげに輝く。
「ど~お?貴女はとっても嬉しいはずよ?
だって、貴女の大好きな、オーギュスタ叔母様の子宮から生まれた子だもの?」
そう言ってエリザベートの腹を愛おしそうに撫でる魔女リラ。
処刑されたオーギュスタの噂は聞いていたエリザベートだが、レイナルドに無理矢理犯されるようになってからはすっかり忘れていた。
(あの人形はレイナルドの母親の子宮から生まれた人形ということ?)
「レイナルドちゃんの子種とオーギュスタ叔母様の子宮で作った疑似近親相姦での人形よ?嬉しい?」
「――ッ!!」
エリザベートは吐血した。肺腑の奥で炸裂したのは生理的嫌悪を超えた、絶対的な禁忌を犯された感覚だった。母と子が交わる禁忌。
その子宮が今――自分の腹にある?
「貴女に罪を負わせてあげる。罪深き私の可愛い被検体たち」
魔女リラは優雅に微笑む。
「これ以上ない極上の素材だわ。母と子の愛の結晶を使って子孫を作るなんて想像しただけで興奮するじゃない?」
狂っている。
だが狂気が最も美しい芸術を生むことを魔女リラは熟知していた。
「どうして?どうしてそんなことができるの!?」
「あらぁ?――貴女、色んな子を壊して来たじゃない」
魔女リラは爪を立て、エリザベートの額に押し当てた。冷たい刃先のような指紋が皮膚に食い込む。
「これ以上の禁断の実験道具なんてなかなか無いわよぉ?」
「実験道具?」
「ええ」
魔女リラは艶やかに嗤った。
「例えばねぇ、父と娘の密通。姉妹姉弟間の禁断愛。そんな幻想を現実にしてみたら――人間ってどんな風に壊れてくれると思う?」
その瞳孔が異様に拡大していく。爬虫類にも似た黄金の螺旋が輝き、エリザベートの脳髄を直接灼いた。
「やめて!!!」
エリザベートが絶叫する。全身の毛穴から汗が噴き出し、視界が渦を巻く。
「うふふ……」
魔女リラはそっと手を離すと、赤子の人形を抱き上げた。陶器の頬に愛おしげに口づけるその仕草は母親そのものなのに、瞳だけが異様に冴え冴えとしている。
「ねぇ?」リラが囁く。
「愛欲とは最上級の薬であり毒でもあるの。貴女たちはその完璧なモデルケースだわ」
「モデルケース……?」
「ええ」
魔女リラは再び嗤う。
「近親相姦で孕む子を見た時――母親になった貴女はどんな顔をするのかしらね?」
その問いの恐ろしさを理解した瞬間、エリザベートの理性が焼け切れた。
「ぎゃああああっ!!」
狂乱の絶叫。拘束具が砕けんばかりに暴れる肢体。あり得ない程の力を発揮し、拘束を解く。
悲鳴を押し殺し、出産で消耗した身体を無理矢理動かし車椅子に乗る。
(逃げないと!こんな狂った家に居られない!!)
エリザベートは車椅子を動かし逃亡を図った。
――あまりの異常事態に、疑問を抱かなかった。
何故、上階にいた自分が難なく屋敷の入り口に着いたか。
何故、お付きの侍女たちは姿を現さないのか。
屋敷を出た先の光景は、コールデン領では無かった。
「え…?」
「あらぁ。お引越ししたのよ?ベリオドールに」
「…え、え???」
「貴女のパパがね。ベリオドールの民を蟲毒の贄にしたの。
魔女ドロテア様。ああ、ここの長は怒ってね。呪殺に関わった連中の首を欲したの。
元王太子ちゃんにぃ、メイソン公爵家にぃ、オーギュスタちゃんも。
その娘さんのうち、貴女はとっても悪い子だし、アーチバルド王太子様もレイナルドちゃんの処遇に困っていたから。
ベリオドールにお引越しさせたらどうかってドロテア様が提案したの♪
ああ、貴女の異母姉さんは被害者ってことだから、亡きお母さまの国に帰ったわ」
魔女リラの言葉が耳朶を這うように染み渡る。ベリオドール。犯罪者たちの都。異界との境界線が曖昧な魔境。そこに……この呪われた屋敷ごと移されたのだ。
エリザベートは車椅子の肘掛けを砕けんばかりに握りしめた。
「……逃げなきゃ」
声が震える。背後には瘴気漂う森が広がっていた。梢の隙間から見える空は病んだ紫がかった鉛色。鳥の鳴き声すら、どこか金属質で歪んで聞こえる。
「逃げる?」
リラが首をかしげる。
「あらあら、無粋な提案だわぁ。せっかく新天地でお引越し祝いをしようと思っていたのに♡」
魔女の指先がパチンと鳴った。
「エリザベート。マリーが生まれた祝いだよ。母上たちが待っている」
レイナルドの声がした。
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コールデン領の調査をしていたヴィルヘルムは驚愕したものの、汚染と瘴気だまりと化したコールデン邸の問題があっさり解消された事に驚いていた。
(本当にゴッソリ転移させるとはなあ)
流石は恐るべき、ベリオドールの魔女ドロテア。
呪術の首謀者たちの首級を届けた際、ドロテアはこう告げた。
「高潔なお前とお前の家族に免じ、呪いと化した土地はベリオドールの区画と入れ替える。
ベリオドールの土地程度の瘴気ならば、お前だけで浄化できる」
一先ず、更地と化した元コールデン邸跡地に浄化を掛け、動揺する領民を新コールデン領への移住の指示を出す。
瘴気だまりで作物の実りが芳しくないため、浄化し土地が自浄作用を取り戻すまでは住民も避難させた方が良い。
魔道通信機で兄から知らせを受けた。
「そうか、良かった」
あの不遇なサフィニア令嬢は母の生家のあるフォルテ国で、生活がようやく落ち着いたとの朗報だった。




