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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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レイナルドのしあわせなけっこん②

「足りない」

魔女リラの領域での実験を見た邪視の魔女ベアトリスはそう告げた。

どうにか邪視で崩れた腕のパーツの予備を付けたリラは怯えて問いかける。

「あ…あのー、何が足りませんか?」

「絶望が足りない。人形の改造だけで満足しているんじゃない。もっと精神を追い込め」

「ひえっ…ですが、あまりやりすぎると、クマのローズちゃんやマリーちゃんの思念の欠片を持つリリーちゃんに影響が‥‥‥」

「問題ない。ローズは元々聖女ゼラ・ローズのように、ローズマリー嬢の名を貰っているので聖女及び人の庇護下にある。聖女リコリスの魅了を介していたマリーだった欠片、リリーも聖女の名を貰っている故影響はない。

――バカガキ、そんな初歩的な魂の構造も知らないの?」


ベアトリスはマリーとの約束を違えたリラへ、チクチクと攻撃する。


「こいつを使え。ローズマリー嬢を虐げた元凶だ。――…、…しろ」

「それだと、お人形さんが巻き込まれます」

「そんなことも出来ないの?――こいつを恨む魂位使役できるようになれ。

――ああ、お前の得意な人形弄りも兼ねて、学ぶといい」


魔女モードのベアトリスは容赦がない。彼女の金の双眸は感情の起伏もなく、冷たくリラを見据える。

「ひいっ……!」

リラの指先が微かに震える。魔女の領域とはいえ、ベアトリスの威圧感は異常だった。

「早くしないとお前の趣味の悪いコレクション、全部『死』で消してやるけど?」

「やめてください!まだ改良途中なんですぅ!

あっ、あと。……、‥‥‥、はどうでしょう!?」


リラの指が紫色に染まった糸をエリザベートの腹に滑り込ませる。

エリザベートは意識を失い、無防備な体はリラの操り人形となっていた。


「ふうん……?まあいいでしょう。ただし——」

ベアトリスは指を鳴らした。

「こいつが過去に破壊した全ての人間の怨念を呼べ。それを使って胎内の構造を変えろ」

「無理ですよぉ!魂の使役は得意じゃないのに……!」

「使え」


リラの額にベアトリスの爪が突き刺さる。彼女の悲鳴が領域に響く。

「あ゛あ゛あ゛っっ!!」


ベアトリスに強制的に魂の使役方法をねじ込まれ、着々と準備を進めるリラ。

無論、ベアトリスの意に反した選択を取れば激痛が襲うのでやらない。


次の瞬間、エリザベートの腹が内側から膨らみ始めた。まるで何人も同時に宿しているような異常な速度で。

「わお☆」

リラは自分の行いに興奮して目を輝かせる。

「見て見てベアトリス様!彼女の――が――していくの!まるで人形工房みたい!」

「——煩い。追い込みが稚拙」


ベアトリスの邪視がリラを捉える。彼女の指先から溢れた紫色の魔力がエリザベートの腹へ吸い込まれていく。内部で何かが蠢く音がし始めた。


「……あれ?これって……」

リラは驚愕した。


ベアトリスは唇を歪めた。

「これくらいしなければ、愚か者は絶望しない」


+++++


「何……どういうことです?」

産婆の言葉をエリザベートは理解できなかった。いや、理解を拒んだ。あの忌まわしい初夜から1ヶ月も経っていない。

そもそもエリザベート自身が子宮を失ったはずだった。


「間違いありません。胎児は順調に育っております」

産婆は皺だらけの顔で微笑んだ。

「侯爵夫人は幸運ですな。普通の赤子とは違い……」


「待って、何?」

産婆はすぐに取り繕うように言った。

「ただの表現でございます。母子ともに健康そのものですよ」


しかしその目はエリザベートのまだ平坦な腹部を見つめ続けている。そこには尋常ならざるナニカが渦巻いていた。


三日後。エリザベートは違和感に気づいた。

下腹部が微かに熱を持っている。まるで火種を抱えているような疼きだ。

(まさか……本当に?)


六日後。侍女が気づいた。

「奥様のお召し物が……少しきつくありませんか?」

エリザベートのドレスのウエスト部分が微妙に張っている。本人も気づき始めていた。


十日後。異変は決定的だった。

湯浴みをする侍女が悲鳴を上げた。

「奥様の腹が……膨れております!」

確かに、平らだった腹部が歪に隆起している。しかも成長速度が尋常ではない。


二週間が経つ頃には、エリザベートは立っているのも困難になっていた。子宮がないはずの内臓が圧迫され、呼吸が浅くなる。侍女たちは恐れおののいていた。


「産婆様を呼んで!」エリザベートは苦痛に呻いた。

しかしレイナルドは動じない。

「必要ない」彼は異様な幸福感に浸っていた。

「君はマリーを宿しているんだ」


「何を言うんですか!」

愛人の名を出されたエリザベートは抗議しようとしたが、突然の陣痛に襲われた。


ついにその時が来た。

「破水です!」

深夜の屋敷に甲高い悲鳴が響く。分娩台に縛り付けられたエリザベートの脚の間から透明な液体が溢れ出す。子宮がないはずの腹が歪に隆起していた。


「いや……違う……こんなのおかしい!」

エリザベートは半狂乱で叫んだ。彼女の下腹部は異常なほど膨れ上がり、まるで奇形の人魚のようだった。皮膚が青紫色に変色し、血管が網目模様を描いている。


「力を抜いて!」産婆が叫んだ。

しかし陣痛は一向に収まらない。それどころか激しさを増すばかりだ。

そのとき、ズルリと音がした。

エリザベートの中から、ナニカが抜け出た音がした。


「さあ、お母さま。――可愛い赤ちゃんよぉ」


「……かはっ……!?」

エリザベートの喉奥から迸ったのは産声ではなく、獣のような喘鳴だった。分娩台の上で硬直した全身から汗が吹き出す。腹腔から押し出されたものの正体を認識した瞬間、彼女の網膜に焼き付いたのは―――


小さな陶器の人形だった。


完璧な球体の関節。滑らかな頬は蝋細工の艶を持ち、ストロベリーブロンドの髪は驚くほど精密に植え付けられている。閉じられた瞼がひくりと動き、細い睫毛が震えた。


「……え?」


エリザベートが硬直する中、産婆は笑顔で『赤ん坊』を清める。

『赤ん坊』――人形の瞼がゆっくりと開いた。


エメラルドグリーンの虹彩。


「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」


エリザベートの絶叫が石造りの産室を切り裂いた。それは生命の誕生を喜ぶ産声ではなく、魂そのものを削る断末魔だった。

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