レイナルドのしあわせなけっこん 序章
レイナルドの物語です
尻や異形が関わる出産に耐性の無い方は回れ右して下さい。
次回からギアを上げます。
魅了の力。
他者の心を自由自在に操り、恋心を芽生えさせ篭絡させるもの。
強いものだと多数の人間を操り意のままにすることも可能だ。
しかし長期の使用は中毒性が高く、魅了の効果が切れてなお術者への恋慕が途切れない者もいる。
特に、自我が弱く依存しやすい性質を持つ者には、猛毒と化す。
レイナルド・コールデン侯爵がそうだ。
彼の中の最愛の妻『ローズマリー』が人形『マリー』だと記憶が本来のものに戻っても。
彼の最愛は栗色の髪とエメラルドグリーンの瞳のローズマリーではなく。
ストロベリーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳の彼女こそがローズマリーだと信じて疑わない。
第三王子帰還の宴が混乱の中終焉した後。
レイナルドの派閥であるメイソン公爵家の者達の殆どが衰弱したまま拘束された。
呪殺の対象となったものの、存命中の被害者に彼らの寿命をゴッソリ補填したので、罪の重い者からじきに死に至る。
彼らの領地は一時的に王家預かりとなった。
これから元老院で議論し、かの地を治めるにふさわしい当主を選別する事となる。
新たな試みにはメイソン公爵家の呪術の影響から復帰したコールデン先代侯爵や、他の回復した者達が徹底した議論を繰り広げている。
レイナルドは時期を見て侯爵家当主の座をはく奪され、彼の父コールデン先代侯爵が育てていた戦争遺児が後継者となるだろう。
「それでもいい。私にはマリーがいる。マリー、マリー、何処に行った?」
三か月後、レイナルド・コールデン侯爵は神官、国王陛下、アーチバルト第二王子、元老院議長、弁護士立会いの下、ローズマリー・シモンズ男爵令嬢との婚姻無効の書類を呆然と見ていた。
立太子するアーチバルド王子に『恥を知れ』と罵倒され、婚姻無効の書類にサインをさせられた。
「あのドレスだけでも……」
レイナルドの唇から零れた言葉は哀願にも似ていた。無造作に散らばった契約書類の上に俯きながら、彼は震える指先で虚空を掴む。
「マリーのドレスを……あの赤いドレスだけは私のものにしたいのです」
その声はまるで幼子が玩具をねだるようだった。
彼らは冷笑しながら羊皮紙の束を整えている。
「コールデン殿」
アーチバルド王子の声が冷たく響く。
「そのドレスはヴィルヘルム第三王子が彼の予算内で購入したもの。よって王家の所有物だ」
「だがそれは私の妻──」
「妻?」
アーチバルドは鼻で笑い、杖を床に打ち付けた。
「貴様とローズマリー嬢との結婚は偽りの儀式に過ぎん」
「違う!私は愛していた!マリーを誰よりも──」
レイナルドの拳が契約書類の上に叩きつけられた。羊皮紙が波打つ。
「ならば訊こう」
アーチバルドが一歩近づき、低い声で問うた。
「マリー嬢の好む色は何か知っているか?」
「‥‥‥、赤──」
「違う」
アーチバルドの否定は即座だった。
「マリー嬢は素朴かつ洗練された二つの色が好きだった。しかし、ドレスのコーディネートに悩むヴィルヘルムがマリー嬢と相談して赤いドレスにした」
赤はヴィルヘルム第三王子の髪の色だ。
そしてあの男は図々しくもマリーの身体を抱きしめていた。
(レイナルドは自身がマリーを化け物と罵り、突き飛ばしたことは忘れている)
――マリーがあんな粗雑な男にドレスを贈られた?
「嘘だ!」
「貴様はマリーを愛していたのではない。自分の欲望を満たすために利用していただけだ」
「──違う!あいつだ!!所詮は子爵風情の母を持つ卑しい男!!
戦いしか能の無いアレが、愛らしいマリーを誑かしたんだ!!」
刹那。レイナルドはアーチバルドの拳を受けて吹き飛んでいた。
「『ローズマリー』の恩赦が無ければ、お前を処刑台に送るんだけどねぇ。
――ヴィルヘルムは、お前よりもずっとマリー嬢を分かっていたよ」
彼は大理石の床に伏したまま呻く。
「助けてくれ……マリー……」
嗚咽交じりの懇願。だが応答はない。
この日を境に宰相補佐の地位を剥奪されたレイナルドは最低限の使用人しかいない、侯爵領で過ごすことになる。
その屋敷の西の端にある小さな物置部屋。ベッドに埃の分厚い層が溜まったそこは、ローズマリーがいるはずの部屋だった。
だが二度と会うことは許されない。
彼女の記憶の中から自分の存在が消え去った今となっては――。
「マリー…。全て私が招いた結果なのだな……」
その時だった。
『マリー』の声がした。レイナルドは屋敷中を探し回り、彼女を見つけた。
「ああ…ああ‥‥‥。君はここに居たんだね?」
思い込みが激しく、見たいものしか見ないこの男に悔恨の念を持たせることは難しい。
――ならば。
ローズマリーを加害することを決めた者達に地獄を見せ、この男は偽りの愛で埋め尽くす。




