42.神の定めし聖女を殺した魔女
「マリーちゃんは身代わり人形の役目を果たしたわ」
「――そうだね」
デイジーからの映像で一部始終を見ていたゼラはポツリと告げる。
「やっぱり私たちは姉妹ね。――道具を道具としか思っていないもの」
「‥‥‥‥‥‥」
「マリーちゃんはもっとお外の世界を知って、王子様に見初められる幸せがあったかもしれない。
でも、ゼラちゃん。貴女はマリーちゃんを道具として扱った。
ローズマリーちゃんを救う使い捨てにした」
「――っ」
ゼラの指先が小刻みに震えた。
「ゼラちゃんは優しいなぁ」
リラの声は甘く粘りつく。まるで蜜に浸した紙を引き剥がすように。
「『人形を道具扱い』だって?貴女の魔石の生成だって、人体を弄り回す延長線上にあることを知らない振りして」
「黙れ」
ゼラはリラを鋭くにらむ
「私は姉さんのように愉悦のために動いていない」
「愉悦?」
リラは目尻を吊り上げて嗤う。
「人間の苦悩こそ最高の叡智の糧よ。マリーちゃんの肉体記憶だって興味深かったわぁ……何百人もの魂の重みが蓄積した感触♡」
「五月蠅い…!!」
扉が弾け飛んだ。
「ゼラ師匠!」
リコリスが杖を掲げて突入する。
「ゼラ師匠がどれだけ苦しんで決断したか、分かっていないの!?」
リコリスの突撃に滑り込むように突入したクラウス弁護士は、ゼラの身体を抱き寄せ両耳を塞いだ。
「あらぁ。折角ゼラちゃんを魔女に勧誘しようと思ったのにぃ」
「お言葉ですが」
クラウス弁護士はリラに向き直って告げる。
「妹御の痛みを知りもせず、魔女の甘言で彼女を苦しめないで下さい」
「……あら?」
リラの笑みが僅かに歪む。
ゼラは呆然とクラウスの胸に頬を埋める。初めてこんなにも触れた他人の体温に、彼女は震えを押さえ込んでいることに気づいた。
(――私が限界だったとき、あなたはちゃんと私の傍にいた)
クラウスのスーツの肩口が湿った。
ゼラの瞳からぽろぽろと零れるものがあった。
「姉さんの本性なんて知らなかった。だって全部奪われて……」
ゼラは震える声を噛み殺した。
「全部知っているわけじゃないから……怖いだけなの」
「ええ。そうでしょうとも」
クラウスがそっと頭を撫でる。緊張した手つきなのに温かい。
ゼラの震えが少しだけ落ち着いた。
その一方でリラの表情が崩れる。
「――そう。そうだったわね」
彼女が掌を翳すと空間が割れ瘴気が噴き上がる。
「私は姉であっても妹の痛みは知らない」
その一言を合図に魔女の領域が形成されたが、更に突っ込んできたヴィルヘルムが防護結界でそれを封じ込める。
「姉貴の癖に、妹を傷付けて遊ぶなよ!?」
ゼラの横顔が翳りを見せる。
「マリーの犠牲は私のせいでもある。だって私は利用したんだもの」
「違います。他の提案もありました。マリーちゃんじゃなく、師匠やロージーお嬢様のお母さま、沢山の人が身体を差し出す覚悟だった!!
復讐だけに囚われたマリーちゃんに、師匠は別の道を教えた!!」
「正直、ゼラ殿のやり方は正しい。
恨みを持ったマリー殿は、あのままでは無作為に呪いを吐く存在になり果てただろう。
そうなる前に、ゼラ殿たちは別の道――ローズマリー嬢を救う道を差した。
だから、彼女は多くの人の幸福を願って逝った。救われた」
ヴィルヘルムは告げる。
「聖女ヴィルヘルムが断言する!聖女ゼラと聖女リコリスの判断は正しいと!!」
聖女リコリスと弁護士クラウスも頷く。
リラが嗤う。
「結局貴女たちは同じ穴の狢。人間の汚いものを見続けては正気ではいられない。……こうなる未来も避けられないわ。魔女化するのは時間の問題」
「……そうかもしれないね」
ゼラはクラウスの胸をそっと押した。濡れた睫毛で見据えるその眼差しは強い。
「でも私は細工師として誓った。誰かの笑顔の明日を守ると」
魔女の結界に亀裂が走る。紫の魔素を灼き払う光の帯が滲む。
「魔石の知識は民の幸福に活かすと決めている。私がどれだけ非情であろうと」
「へえ…?」
リラの魔力が膨れ上がる。その時だった。
コン、コン、コン
「――病室では静かにしろって、言われているでしょう」
+++++
長い黒髪に妖しく光る金の双眸。義足故に異なる足音。
黒いドレスを纏った死の聖女がゆらりと現れ、壊れたドアをノックして入室した。
「この子に頼まれたの。恩人を助けて欲しいと。
それと、夫はやっと眠ったの。黙ってくれないかしら」
彼女の肩にはローズが乗っていた。
「おねえさん、だいじょうぶ?」
一晩中起きていたローズはゼラの異変を察し、死の聖女に助けを求めたそうだ。
その死の聖女は同病院に入院中の夫に付き添っていたという。
「ゼラ。――お前の姉、ちょっとお仕置きするわ」
死の聖女の金の双眸が邪視を発揮する。
「フフッ、貴女の邪視じゃあ、私には――なっ……!?」
魔女リラが狼狽える。
結界が物理的ではない力によって歪み、崩れていく。
リラの手指が霧散した。
「貴女……まさか『死』を……?!」
「リラ。あなたの趣味の悪い『コレクション』にはね……」
「――『死』の祝福を与えましょう」
魔女の腕だったものは地面に落ちる寸前に塵となって消えた。
「あぁああっ!!やめてくださいベアトリス様!!私の作品が!!」
リラは錯乱状態に陥り魔法陣を召喚した。異空間に逃れる。
が――
「マリーの『願い』。お前は叶えると約束した。それを違え、責任の放棄は厳禁。分かった?」
「ヒィッ――!!」
ベアトリスはその空間を無視してリラを引きずり出した。
「たかが十数年程度、魔女となったバカガキ。
――私は世界の調整者。72の諸侯王がひとり、序列・『総裁』、邪視の魔女ベアトリス。
そして、神の定めた聖女を殺した魔女。
――まあ、下手に出てれば、随分とコケにしたな?」
(そうだったわ)
先代・現バーンベルク侯爵やら諸々の聖女や、それに準ずるものが上限突破している所為で失念しがちだが。
魔女失格、最下位の諸侯王と呼ばれるこのベアトリス。
百数十年前。最も多くの人間を殺害し、神が最後に見定められた聖女をも殺害した、凶悪な経歴の持ち主だった。
その聖女はベアトリスの強力な死を刻まれた結果、無と化し神の加護を持つ聖女は二度と転生不能となったと聞く。
…何でそのような魔女が聖女になったかは、ゼラは知らない。
ベアトリス本人が聖女を毛嫌いしている分、余計に分からないし聞く度胸は無い。
真の聖女と精霊の加護を持つ聖女である自分たちとは、基本のスペックが違う。
現代で最も強い、当時の聖女以上の聖女は…その本人を殺したベアトリス位だろう。
「マリーの願いに反する者がここにいるか?」
「いいえ…」
髪を鷲掴みにされ、泣きべそをかく姉を初めて見たゼラ。
「ならば去れ。貴様のやる事は決まっているだろう」
弁解の余地なく、異空間にねじ込むベアトリス。
「邪魔したわね。あの馬鹿は後でアイツの領域でキッチリ〆ておくから」
「あ…いいえ。姉がすみません」
「泣いている子供を無視できないもの。じゃあ」
そうしてベアトリスはローズをゼラに預け、夫の病室へと戻っていった。
ついでに幼い子供のように頭を撫でられた。
(普通に子ども扱いされた…)
ゼラは状況に追いつけず呆然としていた。
「…ていうか、生き物だけが邪視の対象だと思ったんですけど」
「…リラは自分の身体をいじっているからね。身体の半分は人形の素材さ。
だから邪視が通じないと私も認識していた」
「俺もだ。まさか、物質そのものに死を送れるとは思っていなかった。或いは、『そう認識させられていたのか』、…改めて魔女は敵にすべきじゃない」
一応は味方である死の聖女ですら、奥の手は明かさないのだから。
「ところで、ヴィルヘルム殿。貴方は隣国に居たのでは?」
「嫌な予感と、渡すものがあったからな。貨物用の移送方陣からこっちに転移したんだよ」
「ああ。道理で野菜の切れ端やらが付いていたわけです」
貨物をどかして、その体躯をねじ込んできたらしいヴィルヘルム。その身体に付着した野菜くずを取るクラウス弁護士。
シモンズ男爵領の貨物をどけてしまって済まないと詫びる。
「渡したいものって?」
「ああ。――あの子から託された。
聖女リコリス。君に借りていたものを、返したいと」
「マリーちゃん…」
手のひらに収まる小さなストロベリーブロンドの色の髪と、瞳は固く閉じられた人形を見たリコリスは涙する。
「おい」
「ひゃあ!?」
死の聖女がひょっこり戻って来た。
「『マリー』は身代わり人形であり、呪い人形でもある。新しいその人形には、別の名前を付けてあげなさい。それと、聖女リコリス。お前が持ち主になる事。
――でなければ、呪いの残滓にその子が引き込まれる。
聖女の元に居る以上、愚か者の執着程度ではどうにもならないが、念のために」
他の注意事項は後で送ると告げて、今度こそ死の聖女は戻っていった。
「まあ、私じゃあリラに近すぎるし、能力を共有したリコが所有者で居た方がいいだろう。名前、考えてあげな」
「は、はいっ。じゃあ、‥‥‥――」




