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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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42/50

42.神の定めし聖女を殺した魔女

「マリーちゃんは身代わり人形の役目を果たしたわ」

「――そうだね」

デイジーからの映像で一部始終を見ていたゼラはポツリと告げる。

「やっぱり私たちは姉妹ね。――道具を道具としか思っていないもの」

「‥‥‥‥‥‥」

「マリーちゃんはもっとお外の世界を知って、王子様に見初められる幸せがあったかもしれない。

でも、ゼラちゃん。貴女はマリーちゃんを道具として扱った。

ローズマリーちゃんを救う使い捨てにした」

「――っ」



ゼラの指先が小刻みに震えた。


「ゼラちゃんは優しいなぁ」

リラの声は甘く粘りつく。まるで蜜に浸した紙を引き剥がすように。

「『人形を道具扱い』だって?貴女の魔石の生成だって、人体を弄り回す延長線上にあることを知らない振りして」


「黙れ」


ゼラはリラを鋭くにらむ


「私は姉さんのように愉悦のために動いていない」


「愉悦?」

リラは目尻を吊り上げて嗤う。

「人間の苦悩こそ最高の叡智の糧よ。マリーちゃんの肉体記憶だって興味深かったわぁ……何百人もの魂の重みが蓄積した感触♡」

「五月蠅い…!!」


扉が弾け飛んだ。


「ゼラ師匠!」

リコリスが杖を掲げて突入する。

「ゼラ師匠がどれだけ苦しんで決断したか、分かっていないの!?」

リコリスの突撃に滑り込むように突入したクラウス弁護士は、ゼラの身体を抱き寄せ両耳を塞いだ。

「あらぁ。折角ゼラちゃんを魔女に勧誘しようと思ったのにぃ」

「お言葉ですが」

クラウス弁護士はリラに向き直って告げる。

「妹御の痛みを知りもせず、魔女の甘言で彼女を苦しめないで下さい」


「……あら?」

リラの笑みが僅かに歪む。


ゼラは呆然とクラウスの胸に頬を埋める。初めてこんなにも触れた他人の体温に、彼女は震えを押さえ込んでいることに気づいた。

(――私が限界だったとき、あなたはちゃんと私の傍にいた)

クラウスのスーツの肩口が湿った。

ゼラの瞳からぽろぽろと零れるものがあった。


「姉さんの本性なんて知らなかった。だって全部奪われて……」

ゼラは震える声を噛み殺した。

「全部知っているわけじゃないから……怖いだけなの」

「ええ。そうでしょうとも」


クラウスがそっと頭を撫でる。緊張した手つきなのに温かい。

ゼラの震えが少しだけ落ち着いた。


その一方でリラの表情が崩れる。


「――そう。そうだったわね」

彼女が掌を翳すと空間が割れ瘴気が噴き上がる。

「私は姉であっても妹の痛みは知らない」


その一言を合図に魔女の領域が形成されたが、更に突っ込んできたヴィルヘルムが防護結界でそれを封じ込める。


「姉貴の癖に、妹を傷付けて遊ぶなよ!?」


ゼラの横顔が翳りを見せる。

「マリーの犠牲は私のせいでもある。だって私は利用したんだもの」

「違います。他の提案もありました。マリーちゃんじゃなく、師匠やロージーお嬢様のお母さま、沢山の人が身体を差し出す覚悟だった!!

復讐だけに囚われたマリーちゃんに、師匠は別の道を教えた!!」


「正直、ゼラ殿のやり方は正しい。

恨みを持ったマリー殿は、あのままでは無作為に呪いを吐く存在になり果てただろう。

そうなる前に、ゼラ殿たちは別の道――ローズマリー嬢を救う道を差した。

だから、彼女は多くの人の幸福を願って逝った。救われた」

ヴィルヘルムは告げる。

「聖女ヴィルヘルムが断言する!聖女ゼラと聖女リコリスの判断は正しいと!!」

聖女リコリスと弁護士クラウスも頷く。


リラが嗤う。

「結局貴女たちは同じ穴の狢。人間の汚いものを見続けては正気ではいられない。……こうなる未来も避けられないわ。魔女化するのは時間の問題」


「……そうかもしれないね」

ゼラはクラウスの胸をそっと押した。濡れた睫毛で見据えるその眼差しは強い。

「でも私は細工師として誓った。誰かの笑顔の明日を守ると」


魔女の結界に亀裂が走る。紫の魔素を灼き払う光の帯が滲む。

「魔石の知識は民の幸福に活かすと決めている。私がどれだけ非情であろうと」

「へえ…?」

リラの魔力が膨れ上がる。その時だった。


コン、コン、コン


「――病室では静かにしろって、言われているでしょう」


+++++


長い黒髪に妖しく光る金の双眸。義足故に異なる足音。

黒いドレスを纏った死の聖女がゆらりと現れ、壊れたドアをノックして入室した。

「この子に頼まれたの。恩人を助けて欲しいと。

それと、夫はやっと眠ったの。黙ってくれないかしら」

彼女の肩にはローズが乗っていた。

「おねえさん、だいじょうぶ?」

一晩中起きていたローズはゼラの異変を察し、死の聖女に助けを求めたそうだ。

その死の聖女は同病院に入院中の夫に付き添っていたという。


「ゼラ。――お前の姉、ちょっとお仕置きするわ」

死の聖女の金の双眸が邪視を発揮する。


「フフッ、貴女の邪視じゃあ、私には――なっ……!?」

魔女リラが狼狽える。

結界が物理的ではない力によって歪み、崩れていく。

リラの手指が霧散した。


「貴女……まさか『死』を……?!」

「リラ。あなたの趣味の悪い『コレクション』にはね……」


「――『死』の祝福を与えましょう」


魔女の腕だったものは地面に落ちる寸前に塵となって消えた。


「あぁああっ!!やめてくださいベアトリス様!!私の作品が!!」

リラは錯乱状態に陥り魔法陣を召喚した。異空間に逃れる。


が――


「マリーの『願い』。お前は叶えると約束した。それを違え、責任の放棄は厳禁。分かった?」

「ヒィッ――!!」

ベアトリスはその空間を無視してリラを引きずり出した。


「たかが()()()()()、魔女となったバカガキ。

――()()()()()調()()()。72の諸侯王(魔王)がひとり、序列・『総裁』、邪視の魔女ベアトリス。

そして、()()()()()()()()()()()()()

――まあ、下手に出てれば、随分とコケにしたな?」


(そうだったわ)

先代・現バーンベルク侯爵やら諸々の聖女や、それに準ずるものが上限突破している所為で失念しがちだが。

()()()()()()()()()()()()と呼ばれるこのベアトリス。


百数十年前。最も多くの人間を殺害し、神が最後に見定められた聖女をも殺害した、凶悪な経歴の持ち主だった。

その聖女はベアトリスの強力な死を刻まれた結果、無と化し神の加護を持つ聖女は二度と転生不能となったと聞く。


…何でそのような魔女が聖女になったかは、ゼラは知らない。

ベアトリス本人が聖女を毛嫌いしている分、余計に分からないし聞く度胸は無い。


真の聖女と精霊の加護を持つ聖女である自分たちとは、基本のスペックが違う。

現代で最も強い、当時の聖女以上の聖女は…その本人を殺したベアトリス位だろう。



「マリーの願いに反する者がここにいるか?」

「いいえ…」

髪を鷲掴みにされ、泣きべそをかく姉を初めて見たゼラ。

「ならば去れ。貴様のやる事は決まっているだろう」

弁解の余地なく、異空間にねじ込むベアトリス。


「邪魔したわね。あの馬鹿は後でアイツの領域でキッチリ〆ておくから」

「あ…いいえ。姉がすみません」

「泣いている子供を無視できないもの。じゃあ」

そうしてベアトリスはローズをゼラに預け、夫の病室へと戻っていった。

ついでに幼い子供のように頭を撫でられた。


(普通に子ども扱いされた…)

ゼラは状況に追いつけず呆然としていた。


「…ていうか、生き物だけが邪視の対象だと思ったんですけど」

「…リラは自分の身体をいじっているからね。身体の半分は人形の素材さ。

だから邪視が通じないと私も認識していた」


「俺もだ。まさか、物質そのものに死を送れるとは思っていなかった。或いは、『そう認識させられていたのか』、…改めて魔女は敵にすべきじゃない」

一応は味方である死の聖女ですら、奥の手は明かさないのだから。


「ところで、ヴィルヘルム殿。貴方は隣国に居たのでは?」

「嫌な予感と、渡すものがあったからな。貨物用の移送方陣からこっちに転移したんだよ」

「ああ。道理で野菜の切れ端やらが付いていたわけです」

貨物をどかして、その体躯をねじ込んできたらしいヴィルヘルム。その身体に付着した野菜くずを取るクラウス弁護士。


シモンズ男爵領の貨物をどけてしまって済まないと詫びる。

「渡したいものって?」

「ああ。――あの子から託された。

聖女リコリス。君に借りていたものを、返したいと」


「マリーちゃん…」

手のひらに収まる小さなストロベリーブロンドの色の髪と、瞳は固く閉じられた人形を見たリコリスは涙する。

「おい」

「ひゃあ!?」

死の聖女がひょっこり戻って来た。

「『マリー』は身代わり人形であり、呪い人形でもある。新しいその人形には、別の名前を付けてあげなさい。それと、聖女リコリス。お前が持ち主になる事。

――でなければ、呪いの残滓にその子が引き込まれる。

聖女の元に居る以上、愚か者の執着程度ではどうにもならないが、念のために」

他の注意事項は後で送ると告げて、今度こそ死の聖女は戻っていった。


「まあ、私じゃあリラに近すぎるし、能力を共有したリコが所有者で居た方がいいだろう。名前、考えてあげな」

「は、はいっ。じゃあ、‥‥‥――」


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