41.身代わり令嬢③
ヴィルヘルムは温かい何かを感じ、呟いた。
「マリー殿……?」
眼前の淡い光をそっと手のひらですくう。
それは、手のひらに収まる小さな人形となった。ストロベリーブロンドの色の髪と、瞳は固く閉じられた人形。
聖女リコリスの力を感じる。それと。
『おうじさま、リコおねえさまに、ちからを、返してください』
彼女の最期の願いが伝わってくる。
「――君の大切なものは護ろう。必ず、叶えよう」
ヴィルヘルムがそう告げると、マリーという少女が微笑んだ気がした。
後に残されたのは膝をつき泣きじゃくるレイナルドと痛みに呻くエリザベート。
生命力が抜け落ちたように倒れるメイソン公爵家と関係のあった貴族たち。
そして微かな硝子の破片だけだった。
ヴィルヘルムは事態の収拾を父王とアーチバルドに託し、とある場所に向かった。
その夜。
隣国の療養地にある病院でローズマリーの傷はすべて消えた。
抜け落ちた髪も元に戻り、頸椎損傷で麻痺した四肢も子を産めなくなるほどの傷も何もかも消えた。
一夜限りの奇跡が舞い降りた。
ローズマリーは何も分からないままに、ベッドの中で緩やかに動く手指を動かす。
けれど、とめどなく涙が溢れた。
――大切な何かを失った気がする。
それが何かは思い出せない。でもとても大事な……何か。
昔からのかけがえのない宝物が消えたような悲しみ。ぽっかりと開いた何かをローズマリーを支配した。
「大丈夫。ぼくも、ローズマリーのパパもママもいるよ。今は休んでね」
「うん‥‥‥」
ローズマリーの涙を拭っているうちに、ローズマリーは眠りに付いた。
(ローズマリーは任せてね。…もう、名前を言ったらダメな、僕のいもうと)
マリーの消失を感じ取ったローズは、眠りに付いても涙を流すローズマリーの目じりをそっと拭い、自分の目を一晩中押さえていた。
(それでも、つらいよ。でもね、ローズマリーは泣いてくれたよ…)
ふと、あの崖の日のような不安がローズを襲った。
思わずローズマリーに小さなクマは覆いかぶさるが、悪意は別の部屋から感じる。
そういえば、ローズマリーのママもパパも、不思議なほど眠りが深い。
(ゼラおねえさん?)
ローズはベッドから降りて走る。
「だれ?ゼラおねえさんを悲しませるのはだれ?」
ローズマリーを救ってくれた恩人を助けなければと必死に走るローズ。
あの時ローズマリーを助けてくれた時に大きくなった魔石が在ればいいのだが、それはゼラ本人が持っている。
そもそも、ローズマリーを驚かせるので使う発想が無かった。
ゼラが要る筈の部屋はコールデン邸のような悪い気配がある。
押してもビクともしないので困っていると、階下から不思議な気配がした。
「ぼくの手足は動ける。今度は大丈夫」
階段を転げ落ち、必死に走る。
「あの崖に比べれば平気だよっ」
ローズはその部屋をポフポフと叩く。
「お願いします、助けてください!」
扉が開いた。
『彼女』へお願いをするならばと、ローズは魔石のブローチを外そうとする。
「あの、ぼくの大切なひとの恩人が危なくて、これをあげるので助けて欲しくて」
「要らない」
冷たい声にローズは身を竦めるも、必死だった。
「お願いします、ローズマリーを助けてくれた恩人なんです。だから――」
『彼女』は告げる。
「あいつ、約束を違えたもの。だから、不要」
ローズに黒い手が伸びた。




