40.身代わり令嬢②
「ヒィィイイイ!?化け物ォォぉオオオオオオお!!??」
レイナルドが異常事態に叫び、マリーを突き飛ばした。
マリーはエリザベートもろとも、もつれ込むように床に倒れかかる。
しかし、寸でのところでヴィルヘルムがマリーを抱き止め、落下による破損を食い止めた。
マリーの身代わりをもろに被ったエリザベートは床で悶え苦しんではいる。
だがヴィルヘルムの腕はもうマリーを支えられない。
「マリー嬢!」
彼女の下半身はすでに膝から下は消失しており、空洞だけが残っている。
「――…レイ…ナルド」
それでもマリーは微笑んだままだった。
「…っ」
ヴィルヘルムはマリーの意図を汲み、自身の怒りを押し込む。
彼女の――マリーの穏やかな笑みがレイナルドに向くように支える。
「ロ…ローズ…マリー‥‥‥‥」
レイナルドは我に返ったように、腰を抜かしたままマリーに手を伸ばす。
「愛しています」
「マリー…」
「愛しているわ、レイナルド」
「わ…私もだ、すまない、マリー」
「いいえ、私はあなたを愛しているわ、レイナルド」
言葉は魔法。言葉は呪い。
身体が崩壊し、力がほとんど残っていないマリーは言葉を紡ぐ。
――レイナルドを呪う言葉を紡ぎ続ける。
「レイナルド様、愛しています」
憎い。大嫌い。
「マリー、…死ぬな、マリー!!」
嫌い。大嫌いな顔と声。
「愛しています」
憎い。お前がローズマリーを沢山ころした元凶だ。
お前があんな家に招かなければ、ローズマリーは幸せだった。
「レイナルドも、貴方のお義母様も、マリーは愛しています」
憎い。マリーをローズマリーの記憶からも消えなければならない状況に追いやった、こいつらが憎い。
「愛して…いるわ‥‥‥」
愛している。ローズマリー。マリーの最愛。
マリーはローズマリーが大好き。ローズマリーもマリーとローズが好きよ。
でも、もうすぐローズマリーからマリーの記憶は無くなっちゃう。
復讐で沢山汚れて、ローズマリーから忘れられちゃう。
――お前は…本当は、ただ……彼女の笑顔が見たかったんじゃないのか?
ゼラおねえさま、マリーを止めてくれてありがとう。
崖から落とされたローズマリーを助けてくれてありがとう。
あのままだと、マリーは恐ろしい化け物になって、ローズマリーから嫌われていたわ。
ローズマリーを助けようと頑張ってくれた、優しい人たちを教えてくれてありがとう。
――マリーちゃんが汚れるの、ヤダよ、私。
綺麗な女の子とリコリスおねえさまに言われて、マリーは嬉しかった。
相談に沢山乗ってくれて嬉しかった。
…ローズマリーは苦しんでいるのに、その気持ちを受け取りたくなったの。
普通のお人形として愛されたくなったの。マリーは悪い子ね。
マリーはとっても歪んでいるわ。
ローズマリー。最愛のローズマリー。
こんなマリーでごめんなさい。でもね。
「…マリー嬢」
ヴィルヘルム王子さま。笑顔が素敵なのに、悲しませてごめんなさい。
私、赤も好きになったの。
マリーの好きな色を沢山教えてくれてありがとう。ローズマリーと同じ景色を見せてくれてありがとう。
王子さまが選んでくれたドレス、嬉しかったのに汚しちゃった。
他にも、ローズマリーの色のドレスをプレゼントしてくれたの、嬉しかった。
マリーが何をするか分かったのね。色々ガマンさせてごめんなさい。
人形だって知っていたのに、優しくしてくれてありがとう。
王子様の腕に抱きしめられるなんて、何だか幸せね。
自慢できなくて残念だわ、私、もう、お口が上手く動かないの。
「レイ…愛し‥‥‥て」
でも、私はローズマリーを幸せにしたいの。
マリーは憎しみで一杯だから、沢山の幸せを叶えて消えないといけないの。
王子様、マリーの気持ちを一番に考えてくれてありがとう。
――レイナルド。お前には偽りの愛を刻んでやった。
偽りに塗れて生き続けるがいい。
永遠の悪夢の中で。
‥‥‥ああ、マリーが消える。何だか、分かるの。
身体も殆ど無くなっているわ、もう、目が見えないの。
こんなマリーだけど、ローズマリーや優しいあなた達が幸せになれるように願っているわ。
ローズマリー。あなたが幸せになれるなら、マリーの事を忘れてね。
マリーが貴女の辛い傷も何もかもを持っていくからね。大好きなローズマリー。
でも、もしもお願いが叶うなら。
次に生まれ変わったら、愛し愛される普通のお人形になりたい。
マリーはお人形だから、生まれ変わることは無いのに、そう思ってしまう。
ゼラおねえさま、リコリスおねえさま。
ヴィルヘルム王子さま、魔女のリラさん。
ローズマリーのパパ、ママ。
オールス卿やヘルムート様、他の沢山のやさしい人。
ローズマリーを沢山幸せにしてね。あなた達も幸せでいてね?
頭部の無くなった、マリーの小さな唇が僅かに動き言葉を紡ぐ。
「……ロー…ジー………最……愛……――」
その最期の呟きと同時に。
ヴィルヘルムが支えるマリーの全てが崩れ落ちた。
後には美しい赤のドレスと、『マリー』と同じ顔をした、元のサイズの美しいひび割れた人形だけが残った。
それも、たちまち風化するように崩れ、塵も同然となった。
遺されたドレスに、数滴の雫が落ちた。
偽りの愛を紡ぎながらも心に秘めた、あまりにも純粋なマリーの愛。
彼女と接触していたヴィルヘルムは、その想いを直に受け止めていた。
その感情を押し殺し、周囲を確認するヴィルヘルム。
エリザベート・メイソン公爵令嬢は悶絶しながらも意識を手放せない。
痛みはあっても出血はない。皮膚も赤みすら帯びていない。だが彼女の胎内では形容しがたい衝撃が続いている。
他の断罪すべき貴族たちも突然の身体の異変に動けないままでいる。
レイナルドがその惨状に茫然自失となっていた。
その時――
「哀れねぇ」
天井近くに淡い靄が集まり、そこに魔女リラの姿が浮かび上がる。
紫水晶のドレスが燐光を帯びた。
「ローズマリーちゃんを護るためとはいえねぇ……でもこれで彼女も楽になれたんじゃないかしら?」
ヴィルヘルムがその眼光をリラに向けた時、リラが顕現した光の文字列は天井へと昇って行き、やがて星屑のように弾け飛ぶ。
リラの微笑みがふっと柔らかくなる。
「さぁて。ゼラちゃんを揶揄いに行かなくちゃ~」
魔女はくるりと空中で回転すると姿を消した。
やるべきことは多い。
先ずは、魔女リラを追跡すべくヴィルヘルムは立ち上がる。
その時。
温かい力を感じ取った。




