38.ヴィルヘルム、ドレス選びに苦心する
マリーの待遇については慎重に進めなければならない。何より彼女は『復讐』という目的のためにどれほどの覚悟を持っているか未知数なのだ。
それにしても、と彼は思った。
ヴィルヘルムには疑念はあるが、確信に至っていないことがある。
マリーの恨みの念は強いが、会話の端々に希望や幸福に満ちたような…そんな一面が見て取れる。
(自己愛…とは少し違う。誰かへの想い?)
それが叶う、確信のようなものを持っている気がする。
その為の自身の夜会なのだろうとは察しが付く。
会場での貴族の並ぶ位置関係やらに規則性はあるものの…。
関係者一同、肝心なところは教えてくれない。
それだけ秘匿にせねばならない事柄が起きるのだろう。
「……あー」
グシャりと頭を掻く。
何となく察してしまった。その事柄を遂行した場合。
――魔力や呪いに秀でた魔女すら消滅する行為を、ヴィルヘルムは知っている。
(ゼラ殿やバーンベルク侯爵も苦肉の策何だろうな)
先の大戦で使った浄化の儀式は使えない。
彼女から全てを奪ったのは人間だから、耐魔王の浄化は効果がない。
やるせない思いで一杯になる。
「…せめて、あの娘の憂いを出来るだけ取り除くか。
それと、決戦の衣装も必要になるな」
(レイナルドにマリーが王城に来た件は…。言わなくて良いか、唯でさえ発作みたいに会わせろって抜かしているし)
告げるにしても、諸々の準備が出来てからで良い。
アレを王都に排出するのは公害だ。
「あっ」
「父上、義兄上。…マリー嬢の夜会用のドレスはどうしますか。『愛人』のクソ侯爵は軟禁中だろ」
魔石の発注はしては要るものの、進捗を聞けばビーフジャーキーをガジガジ噛みながらブチ切れのゼラに。
『夜会のひと月前まで!待て!!』と言われた。
リコリス曰く納期前の上、ローズマリー嬢のトラウマを思い出させないようにと禁煙中のゼラは相当イライラしているらしい。
クラウスという弁護士がジャーキー以外にも、度々飴や茶葉スティック――東方の茶葉を使った禁煙グッズ等を差し入れしているそうだ。
他の職人も総出でこちらが指定した貴族らの加護の付与に掛かっているが、一杯一杯だと。
「何だ、お前が用意すればいいだろう」
「うん。いいんじゃないの?」
「マリー嬢は隣国ファインブルクのバーンベルク侯爵からご指名の在ったコですわよね。
ヴィルちゃんのセンスに任せるのは不安ですが、後でチェックしておきましょう」
「やかましいですよ、義姉上」
「わあ~、絵本のお姫様みたいなドレスがいっぱいね」
ヴィルヘルムが持ってきたドレスのカタログを見たマリーは目を輝かせていた。
無理もない。
コールデン前侯爵夫人が牛耳っている関係か、ドレスは壮年向けの夫人ドレスばかり。
当のレイナルド・コールデン侯爵も流行に疎い。年配向けだが若い女性も着こなせるドレスを店員がさりげなく選んだのは、シンプルな色合いのものばかり。
若い令嬢が好む意匠のドレスは初めて見たのだろう。
「マリー嬢が好きな色は何だ?」
「?うーん、何かしら?」
レイナルドからも聞かれたことは無いらしい。
(マジか、あの野郎)
性欲発散の為、そう云った気遣いゼロで愛をのたまう、あの無能侯爵に苛立つヴィルヘルム。
「あっ、栗色とエメラルドグリーン色は好きよ?」
「ローズマリー嬢の色だな。こっちのカタログに同系色のドレスがあった筈…。
緑の系統えらいペラペラだな……噓だろ、3種類だけ?しかも壮年層向けか。
栗色の系統は落ち着いているが…こっちのは洗練されてもいる…、俺のセンスが試されるな‥‥‥」
真剣にドレスのページをめくるヴィルヘルムの横顔を見ながら、マリーはふと頬を緩めた。彼の深みのある真紅の髪と深い碧色の瞳が、ページの端にちらつく光を受けて揺れている。
「どうした?」
気づいたヴィルヘルムが顔を上げる。その視線がマリーのエメラルドグリーンの瞳に留まった。
「ううん。……ヴィルヘルムさまの髪も綺麗だなあって」
思わぬ言葉に彼が瞬きをする。戦場で鍛えられた鋭い眼光が一瞬和らいだ。
「……そうか。ありがとう」
照れ隠しのように再びカタログに視線を落としたが、次の瞬間、彼は不意に顔を上げた。
「そういえば……君の好きな色だが……。盛大なパーティーだ。
他の色も入れてみたり、思い切ってもいいかもしれないな? 例えば今着ているドレスの淡い桃色や赤系統のような色も似合うんじゃないか?」
マリーは自分の膝の上で握りしめた小さな拳を見つめた。
(レイナルドは一度も聞かなかった)
「まあ、洗練された着こなしを選ぶセンスを…俺が持っていないのもある。スマン」
「ふふっ、沢山考えてくれてありがとうございます」
マリーの胸の奥に温かいものがこみ上げてくる。ローズマリーと彼女のママやローズ以外、誰も見向きもしなかった『好み』を問うてくれる王子の存在が新鮮だった。
「……赤やピンクも、好きです」
小さな声で告げると、ヴィルヘルムの表情がパッと明るくなる。
「赤か!マリー嬢の髪にも合うはずだ……」
彼はすぐにカタログの別のページを開き、鮮やかな赤いドレスが並ぶ見開きを指さした。
「これはどうだ? 深みのある赤に銀糸の刺繍……君の瞳にも映えそうだが」
そこにはまさに濃くも品のある赤いベルベットドレスが描かれていた。裾には控えめながらも精緻な銀糸の刺繍が波打ち、首回りは深紅のレースで縁取られている。
「わ……素敵……」
マリーは息を飲んだ。それは『人形』だった頃に夢見た幻想の中の衣裳にそっくりだった。
「気に入ったか?夜会って大舞台だ。華やかな姿を見せるといい。
あと、エメラルドグリーンの色はマリー嬢の色でもある。その色の系統の装飾品がドレスに合うかも確認してみよう。」
「はい!とても嬉しいです!!」
彼女の答えを聞くと、ヴィルヘルムは即座に羽ペンを取り、該当ページの角を折り曲げた。
「これを仮採用とする。明日実際に採寸する職人を呼ぶが……もし細かいところを調整したい場合は遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます……!」
思わず頭を下げた瞬間、ヴィルヘルムが小さく咳払いをした。
「あまり畏まるな。君は正当な権利の上でここにいる」
「……それでも。ヴィルヘルムさま、ありがとうございます」
――私の好きな色があの子の色って、直ぐに言ってくれた。
沸き立つこの気持ちは伝えておきたかった。
マリーの世話は第二王子妃が信頼おける侍女が行うこととなった。
ヴィルヘルムと接するマリーの、年相応ではない無邪気な様子。そして貴族令嬢の所作はあるものの、数年で変化した社交の情報を知らないことを観察した侍女。
アーチバルドの許可のもと、噂を流した。
「コールデン侯爵の愛人…デビュタント前の姪のようでしたわ」
「極東の民は成人しても幼く見えると聞きます。彼女は成人女性に見える、『少女』ではないのかしら?」
「何も知らない少女に、あんな下品な営みを仕込んだのかしら。最低ですね侯爵」
「それを仕込むために閉じ込めていたと聞きましたわ。何と惨い事」
レイナルドの愛人と云う事で嫌悪する者もいたが、大半はマリーに同情的な印象を持ち、彼を非難した。
マリーが王城に来たことを噂で知ったレイナルドは、『マリーに会わせろと』吠えまくったが。
第三王子帰還の宴で会わせると告げたアーチバルドだが、レイナルドの口からドレスを贈りたいとは一切出ない。
挙句に『母上のドレスを着ればいい』とのたまう始末。
レイナルドは只々、マリーとの愛の蜜月に想いを馳せるばかりだった。
エメラルドグリーンのドレスは服飾界隈の暗黙の了解で販売停止している。
ただし、裏のルートなら販売可能。




