37.ヴィルヘルム、第二王子へ報告する
「――それで、マリー嬢の扱いはいかがなさるおつもりかな?」
応接室に入ったアーチバルドは、既にヴィルヘルムの話を半ば以上把握しているようだった。
彼は紅茶を優雅に啜りながら、ヴィルヘルムに微笑みかけた。
「彼女の動機が『復讐』というのは興味深いね。具体的には?」
ヴィルヘルムは簡潔に、自身が見た事柄のみを伝えた。
マリーがレイナルドの愛人となった経緯を。
前コールデン侯爵夫妻や使用人によるローズマリーへの虐待、そして殺人未遂。
そして、愛人マリーが『ローズマリー夫人の持ち物』であった可能性。
「ふぅん……つまり、『持ち主』であるローズマリー嬢を虐げたコールデン家に報復するために、彼女は自らを人形から人間に姿を変え、侯爵を篭絡したわけか」
「あくまで可能性…俺の勘だけどな。まあ、本人もそう言ってはいたが」
「ヴィルの直感は無下にできないよ」
アーチバルドは顎に手を当てて考え込んだ。
「筋金入りの忠誠心……いや、愛情と言うべきかな。そして相当な覚悟だ。よくもまあ、そこまでのリスクを冒したものだ」
「婚家で2年。おぞましい虐待と拷問を受ける主人に何にもしてやれなかったんだ。
恨みは相当だろうに、魅了の能力をレイナルドだけに絞って俺には何もしていない」
ヴィルヘルムは肩を竦めた。そもそも、ヴィルヘルムの魔力耐性はかなり強いが、試した痕跡も無い。
「あと…精神年齢が幼い。デビュタント前の令嬢くらい…良くて12-14歳位だろう。
不貞や高位貴族への魅了の行使を問うべきだろうが‥‥‥」
悩むところだとヴィルヘルムは頭を掻く。
「そもそも、毒や洗脳系の魔術に関しては高位貴族の当主は耐性が在ってしかるべき。
そんな少女の誘惑に抗えない時点で、コールデン侯爵に当主の資格はない」
先代の高位貴族らが蟲毒を以てしても死に抗っていたのは、魔力耐性の強さもある。
呪いと構造は異なるとはいえ、根本は同じだ。
「マリー嬢は、むしろ被害者の立場だろうな」
「ああ。…元人形を人に例えて良いか、分からないけれどね。
ローズマリー嬢は、隣国ファインブルクのバーンベルク侯爵及び聖女ゼラの庇護下にある。後はわが国のシモンズ男爵領のことも含め、こちらで最大限の便宜を図ろう。」
アーチバルドは優雅にカップを置くと立ち上がった。
「コールデン家に関しては父上……国王陛下とも相談が必要だろうな。
君の帰還の宴以降、レイナルドの処分と前侯爵夫人らの裁きを進める必要がある。
――のだけど。
機械みたいにぜーんぶ暴露しているんだよねぇ、前侯爵夫人を含めたほぼ全員。
ただ、王命違反に関するところでは、夫人本来の思考が勝つのか暴言はいたり躱したりしているね」
「公爵家絡みだろうな。
…了解した。俺はまずマリー嬢の安全を確保する」
ヴィルヘルムは兄に一礼し、部屋を後にした。
アーチバルドはヴィルヘルムが退出した後の応接室で、信頼できる僅かな臣下と二人の人物――文官ミューラーと副騎士団長オールス卿――を招集した。部屋には緊張感が漂っている。
「……と、いうのが弟から聞かされた内容だ」
アーチバルドが前置きもなく切り出すと、室内の空気が一層重くなった。
「つまり、レイナルドが公表していた愛人マリーは、ローズマリー嬢の持ち物で……」
「――元は、人形だったというのですか!?」
オールスとミューラーが絶句する
「あくまでヴィルヘルムの勘だけどね。
ただ、聖女ゼラ殿を介して、シモンズ男爵夫妻に確認してもらった。
ローズマリー嬢の持っていた人形『マリー』は、マリー嬢と同じストロベリーブロンドの髪とエメラルドグリーンの瞳で…。
――ローズマリー嬢がコールデン侯爵家に持っていったと」
アーチバルドは淡々と述べる。
「『人形師リラ』という魔女が関わっている以上、有り得ない事ではないね」
アーチバルドは蒼白な臣下たちを見据えて続けた。
「そして今回判明した事実だ。愛人マリー殿はレイナルド・コールデンにのみ魅了を掛け、ローズマリー嬢と思い込ませている」
「つまり我々とレイナルド・コールデンは互いに異なる『ローズマリー嬢』のイメージを共有していた……」
「道理で普段嚙み合わない元クソ上司との会話が、一層おかしかったわけだ」
ミューラーはこめかみを抑えてそう零した。
「そしてコールデン前侯爵夫人らはローズマリー嬢に尋常ではない恨みを抱き、虐待を行い殺害さえ企てていた。
彼女やシモンズ男爵夫妻に何の瑕疵も無い。ただ、下位貴族というだけで、だ」
どのような想いだったのだろう。
動けないまま、愛する者が2年もの間踏みにじられ、挙句殺されるために部屋から出されたローズマリー嬢を。
――マリーは、どう想って見送ったのだろうか。
「正直なところ」
アーチバルドは苦々しく言った。
「マリー嬢の言う『個人的な恨み』は当然だ。
人形であった自分では救えない無力さを嘆き続けた結果だろう。
コールデン前侯爵夫人や使用人たちに恨みを持ち……ついには人体を得て、魔女を利用し復讐を果たす手段を講じた。
君たちから見て、どう思うかな?」
アーチバルドは、まずはミューラーに視線を向けた。
「‥‥‥ワーズ殿の件もありコールデンは許せませんが……。
あんな奴の愛人になるのが、どれほど辛かっただろうかと考えますと……胸が痛みます」
次にアーチバルドはオールス卿を見た。
「オールス卿はどうかな?」
騎士の目には涙が滲んでいる。
マリーの事情を知らずに、『敵』と認識していた事を恥じていた。
「……ローズマリーお嬢様を害した者へ、一矢報いたい想いだったのでしょう。
法に触れているかもしれませんが、心情としてはむしろ同情いたします」
場の空気は、臣下たちの間でマリーへの見方が好意的に傾いていることを示唆していた。アーチバルドは彼らの様子を見て満足げに頷いた。
「そしてもう一つ重要なことがある」
アーチバルドは静かに告げた。
「聖女ゼラとシモンズ男爵夫妻が雇った弁護士を通じて、ローズマリー嬢の受けた虐待に関する詳細な文書が届いている」
アーチバルドは机の上で封蝋された書類の束を叩いた。
「内容はほぼ完全に一致している。マリー嬢が馬車の中でかいつまんで話した『酷い怪我』――その証言とね」
部屋に重い沈黙が落ちた。
「まさか……」
オールス卿が顔を青ざめて告げて言う。
「ああ。君たちに言えるとしたら、嫁いだばかりの娘に耐えられないもの。
一生心の傷になるような拷問ばかりだよ」
アーチバルドは目を閉じた。
オールス卿は第二王子が拷問の詳細を告げなかった事に安堵した。が。
「そうだ。証拠映像もある」と付け加えた。
「鏡の聖女デイジーが陛下たちに見せた、諸々の犯罪映像は魔道映像として保存している」
言葉にするのも憚られるメイソン公爵家やコールデン前侯爵夫人らの残酷さに、室内の誰もが押し黙った。
アーチバルドは再び筆を走らせ始めた。
「ヴィルヘルムの報告によれば、マリー嬢はまだ十代前半の精神構造を持っているとのことだ。思春期のレディと思ってくれていい。
彼女はローズマリー嬢の拷問については、それを受けた後。苦しむ主の姿しか知らない。
拷問の詳細を語らせることは禁忌だ」
オールス卿らが深く頷いた。
「――ローズマリー嬢が叫んだ最後の言葉…『両親に会いたい』という声が……私の耳に焼き付いています」
「それが唯一残された真実だ」
アーチバルドが同意する。
「魔法契約による秘匿義務は維持する。だがこの部屋にいる者は皆それを心得ている」
臣下たちは改めて姿勢を正し、敬礼した。




