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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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36/50

36.ヴィルヘルム、マリーと魔女を連行する

ヘルムート・コールデン先代侯爵呪殺未遂、ローズマリー・コールデン侯爵夫人の監禁・虐待及び殺害未遂、ジョンソン・ワーズ文官殺害容疑、聖女デイジー拉致監禁幇助容疑、メイソン公爵家とコールデン侯爵家の血筋は一代限りの王命違反…


ヴィルヘルム第三王子は大量の容疑を抱えてコールデン侯爵領に居る、レイナルド・コールデン宰相補佐の母オーギュスタ前侯爵夫人と使用人たち。

そしてレイナルド・コールデン宰相補佐がローズマリーと言い切る『愛人』の確保に出向いた。

「――と、言う訳なので、王都に同行願う」

「あら、そうですのね。では行きましょうか、お義母様方」

「えエ、参りまショう」

前侯爵夫人は使用人と共に後ろに控え、愛人が王子を持て成す異常事態ではある。


成程な、とヴィルヘルムは納得した。

――このマリーという愛人は元人形で、第三者から魅了の能力を一部譲渡されている。

恨みの念が尋常ではない。


レイナルドの醜態と云い、恐らくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(魅了持ち…聖女リコリスのものか)

その魅了を行使すれば、ヴィルヘルムを篭絡したり本妻であるローズマリーと思い込ませることくらい出来るだろうが。

それを一切しないので、ヴィルヘルムの方針はあらかた決まった。


色々ツッコミどころは多いが、下手人である前侯爵夫人と使用人の確保をしてヴィルヘルムは自身の馬車にマリーと魔女リラを乗せた。


「色々詮索するかと思いました」

「ま、あいつらの口から、諸々の犯罪を自白させられればそれでいい」

「私も自白の対象ですか?」

「いや。俺が信頼できる者達には、コールデン前侯爵夫人らに恨みがあって『愛人』の座についたと通す。異論はあるか?」

「無いわ」

「それでも口傘の無い者からは、コールデンの愛人だと蔑まれるだろう。

宴の日までは不要な外出は控えた方が良い」


「あらぁ、聞き分けの良いいい子なのねぇ~」

一方のリラは王家の馬車の座り心地に感動していた。


ヴィルヘルムは分かっていた。

コールデン前侯爵夫人も彼女に使えるメイド長も執事長も殆どの者が。

魔女リラによって、脳を抜き取られ特殊な魔道具を脳の在った場所に埋められていると。

処刑し終わったら、脳を得た肉体にその精神が宿り、魔女の人形遊びに使われることも。


此方からすれば狂気の論理だが、魔女としては不文律を守っている。

狙う対象は悪人である事。善人には手を出さない事。


…あの聖女デイジーが踏み込まなかった魔女だ。要警戒とし、あの条件を呑んだ。


【悪い子の素体は欲しいので、中身はくりぬいて別のものを詰めたいわ。

『本人の肉体』と『本人の魂』が同一であれば形式上の拘束は成立するでしょう?だから、脳も、心臓も何もかも別のものに取り換えてお渡しするわね。お話は出来るから大丈夫よ】


ゼラにもリラに対して警戒する箇所を聞いたが、返答は芳しくなかった。

魔女の理屈に付き合って適度に接していくしかない。


魔女リラの要求を冷静に受け止めたヴィルヘルムだが、内心では彼女の異常な価値観に戦慄していた。しかし魔女との交渉は常に綱渡りだ。感情的な反応を見せれば状況はさらに悪化する。


「ふふ……さすがは魔女ドロテアの『お気に入り』。賢い対応なのねぇ」

魔女リラが妖艶に微笑んだ。

「私もね、無用な争いは避けたいの。特にドロテアのお気に入りと揉めたくないわ」


「…………は?」

一瞬、馬車内に奇妙な沈黙が広がった。

「いや待て、なんでそんな情報をお前が――」


「あらまぁ!」

リラは華奢な手を頬に当てると、可憐な驚愕の表情を見せた。

「ご存じなかったのですかぁ?あなたはドロテア様にとって大切な『コレクション(愛し子)』の一つよぉ~」


馬車の窓から差し込む夕陽がリラの歪んだ笑みを照らし出す。彼女の口元からは鋭い犬歯が見え隠れしていた。


「おい……俺は気に入られるようなことは‥‥‥」


ヴィルヘルムは平静を装いながら問うた。

「ふふ♪魔女もね、綺麗な魂には目がないのぉ。それも家族全員なんて珍しい。特に貴方は別格ねぇ。

――でなけば、あの人は(ベリオドールの件で)何年も(怒り狂い)猶予を(王家全員の首を)あげないわ(刎ねて生き地獄よ)


リラの声色が変わった。

そこには純粋な好奇心ではなく、野生の美しい獣を見るような冷徹さがあった。

「さてさて」

魔女リラは優雅に指を鳴らした。

「到着まで少し退屈でしょう?面白いものを見せてあげましょうか?」

窓の外で、捕らえられた前侯爵夫人が馬車の荷台で手枷をつけられている姿が見える。


「やめておけ。今は話しの最中だ」

「おやおや」

リラは楽しげに笑った。

「こんなつまらない悪人相手に怒らないなんてぇ!さすがは王子様♪」

ヴィルヘルムはそんな魔女を躱しつつマリーに問うた。

「マリーと言ったな。――君の要望に沿った祝宴の場は用意しよう。他に希望はあるか?」

「私に聞いてよろしいの?」

「君が抱える憎悪が少しでも晴れるなら」

「……少し、考えます」


馬車の中の空気は重かった。休憩の際、魔女リラが前侯爵夫人の方へ向かうたび、ヴィルヘルムは目配せで制止しなければならなかった。

リラは鼻歌を歌いながら、まるで子供が虫を弄ぶかのように捕虜たちの精神状態を弄んでいた。


「……本当にいいのかしら?」

マリーが囁くように問いかけた。

――彼女自身が『人形』としてレイナルドを惑わせていたことに罪悪感は微塵もない。


ヴィルヘルムは窓の外を見た。荒涼とした領境の景色が流れていく。

「君のような被害者が生き延びるために必要な『措置』だ。

……そして俺はこの国の王子でもある。民の憂いは晴らすべきだ」

「ローズマリーの持っている絵本に出て来た王子様よりゴツイけど、あなた王子様なのね」

見た目だけはレイナルドの方が王子らしいのに、とマリーは皮肉気に小さく呟いた。

「まあ、戦場に出ずっぱりだったからな。で、ローズマリー嬢を想うマリー殿。

他に希望があれば最善を尽くすが」


ヴィルヘルムは責任感から来る疲労を押し殺し、可能な限り優しく問いかけた。


「ふふふっ」

リラが突然高笑いを始めた。

「ゴツくてカッコイイって言っているじゃない!しかもお義兄ちゃん思いだし!」

「……勘弁してくれ。今は職務中だ」

「私には関係ないわぁ。――ヴィルヘルム様は『聖女』だけじゃなく、『王子』としても充分魅力的よ」


――マリーは深呼吸すると静かに口を開いた。

「……ローズマリーが生まれ育ったシモンズ男爵領のこと。守ってくれる?」

「成程」


ヴィルヘルムはローズマリーと彼女の家族に関する情報を整理し始める。

「確か……シモンズ男爵家は、隣国に滞在中のはずだな」


マリーはうなずいた。

「ローズマリーは手足が動かない酷い怪我なの。その療養のため、あの子のパパとママは一緒にいるの」

「当主不在が続くとなると不安だな。義兄…第二王子にも連絡を入れておく」


王族の政治力を使った対応を早速検討するヴィルヘルムに対し、マリーは少し意外そうな目を向けた。


「ローズマリーがあんな目に遭っているのは知っていた?」

「戦から帰還して知った。王宮内もゴタゴタしていて発覚が遅れた。

…その点は申し訳なく思っている」

ヴィルヘルムはマリーに頭を下げる。

「ヴィルヘルムちゃんわぁ~ご家族をドロテア様に取られちゃったものねぇ~」

その辺りは魔女の世界で有名らしい。

「まあ、私を迎えに来たせいで、貴方のママやパパと離れ離れにさせちゃったのねっ!?」

「……そこは、君の所為じゃあない」


ヴィルヘルムは少し声を潜めた。

「君の『願い』はそれだけか? 他に具体的な要望は?」

「あの子が安心して暮らせる家」

「分かった。国を跨いでの治療もご両親は大変だ。

隣国に知り合いの侯爵がいる。ローズマリー嬢の生活基盤を整える事も詰めていこう」

「ありがとうございます……」

ヴィルヘルムは苦笑した。

「気にしないで良い。君らの方が大変だったろう」




王都に到着し、馬車が止まった時すでに日没を迎えていた。


馬車はカーテンで外部を閉ざしているものの、マリーは明らかに落ち着かない様子だった。細い指が何度もカーテンを摘んでは離しを繰り返している。


「見てみたいのか?」

ヴィルヘルムが声をかけると、少女の顔がぱっと輝いた。

「いいんですかっ!?」

「少しだけだぞ」


ヴィルヘルムが窓のカーテンを少し引き下げると、黄昏に染まる王都の街並みが視界に入った。石畳の道を行き交う人々、賑わう市場の屋台、尖塔を持つ教会の輪郭──全てがマリーの瞳の中で踊り出したようだ。


「わあ……すごい……」

普段は落ち着いた大人の女性を演じている彼女の顔が、一気に十代前半の少女のように無防備に輝いた。建物の灯りひとつひとつを数えるように追いかける仕草は無邪気な少女だ。

身体こそ成熟した成人女性のマリーだが、その振る舞いは確かに少女のような幼さを感じさせた。


「人形だった頃はずっと部屋の中で過ごしていたから……」

ぽつりと漏れた本音にヴィルヘルムは頷いた。マリーはもともと『物』だった。時間と共に知識や経験を積む必要もなかったのだ。成長という概念すら緩慢なのかもしれない。


「ローズマリーもこういう景色を見ていたのかしら……」

遠い眼差しはかつての持ち主への懐古か。ヴィルヘルムは複雑な思いでその横顔を見つめる。

「デビュタントでローズマリー嬢はご両親と王城に来たから、見ているだろうな」


「そうなのね……!私、ローズマリーと同じ景色を見ているわ!」


子どものように喜ぶマリーの肩越しで、魔女リラがくすくす笑った。

「ふふ、可愛いお人形さんだこと」

「魔女殿の言う『人形(オーギュスタ達)』は違う意味だろう」

ヴィルヘルムの眉間に皺が寄る。

「あら失礼ね。私は純粋にお褒めしているわよ?」


城門へと進む途中、整列する兵士たちの敬礼を受けつつ、ヴィルヘルムは密かに部隊長に指示を出した。

「彼女は『保護対象』だ。貴賓室へ通せ」

「御意」

部下は短く返答し踵を返した。


馬車から降りるとリラがうっとりとした声で言った。

「これぞ王族の威厳って感じね~」

そう言ったかと思えばその姿は霞のように消えてしまった。

(魔女の領域か…)

魔女が待つという固有空間。個々によってその範囲はまちまちだが、出向いた場所とその空間を繋げ転移するのだという。

リラの固有空間は人形の製作所兼実験室だという。…悪趣味だ。


魔女ドロテアの場合、ベリオドールの民が出向いた場所・全ての空間が彼女の魔法の有効範囲だった。おかげでキツイ奇襲を喰らったし人質も取られた。

一時だが、ベリオドールの民が側妃の宮殿で下働きをしていた。そう言った経緯だからか、母と祖父母が捕らえられたのだが。

魔女リラは高みの見物と行くのだろう。

(さて)


ヴィルヘルムは第二王子アーチバルドの元へ向かった。

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