34.ゼラ、第三王子の発注書に噴き出す
ず~んッと。沈んだ効果音が聞こえる位に聖女ヴィルヘルムは落ち込んでいる。
「ぷっ…ゴメンゴメン。王子サマの国に変な法律出来るとは思わなかったよ」
「‥‥‥まあ、俺の尻の一つや二つで戦争回避出来るなら……良いのか?良いのかなあ???」
現在、魔道通信機でヴィルヘルム第三王子と聖女ゼラは商談中だ。
――王家の費用持ちで聖女ゼラ殿に排泄器官の抑制や、浄化用の加護を付与した装飾品を依頼したいそうだ。
「あのー…、止められなくてすみません」
レイナルドの尻の件は弟子の聖女リコリスも関わっているのでゼラが謝るも、ヴィルヘルムは手をひらひらと振って告げる。
「――いや。それが老齢の貴族まで尻に問題があったから、リコリス殿の所為じゃない」
「うわー…」
「昔の躾の一環でな。家庭教師に生薬の根っこを加工して尻に突っ込まれていたらしい。
フィギングっていうらしいが、拷問でも使われていた代物だ…。
何でそんなもんに嵌るんだよ…下手に規制したら余計に拗らせそうだし…」
流石に貴族の内3割が尻に問題があったことが堪えたらしい。
「あ……ヴィルヘルム様。私からのご提案があります。もしよろしければ、『お尻の正しい使い方』について教えられる方をご紹介できます」
その言葉にヴィルヘルムが顔を上げた。
「……なんだと?」
リコリスは恥じることなく過去を明かした。彼女の声には一片の後悔もなく、むしろ今の自分を誇る響きがあった。
「以前……少々特殊な職業をしておりまして。お客様によっては色々と……まあ、そういう方面も熟知しております」
「あー、躾の成ってない駄犬を立派な雄豚にする奴ね?」
「そうです」
ゼラもその辺りは聞いてはいる。
「何か分けわからん単語が出たが、続けてくれ」
「お尻というのは本来、排泄以外に使うべきものではないと理解している男性は案外少ないんです。…欲求が前面に出ちゃうので。
ましてや拷問のような方法で無理やり快楽を得ようとするのは…」
そこで一度言葉を切り、彼女は澄んだ瞳でヴィルヘルムを見据えた。
「本人の身体はもちろんご家族の心にも深い傷を残します。それを正しい方向へ導く専門家がいます。
って言っても、うちの娼館のお尻に詳しい姐さんですけど。
出張料ってことでお金はそこそこ吹っ掛けられはするでしょうけど、事故は減ると思いますよ」
リコリスが肩をすくめて微笑んだ。
「そりゃ助かる!リコちゃんマジ天使!」
ヴィルヘルムが感極まったように叫び、右手で親指を立てて見せた。
「王家のお金が足りなければ、ヴィルちゃんやアーチ君のお尻の検査結果とかどうよ」
「うるっせえわ!!!」
ゼラの厭味ったらしい言葉に、ヴィルヘルムは青筋を立ててブチ切れた。
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一息ついて落ち着きを取り戻したヴィルヘルムは、通信水晶の中で揺れるゼラの姿に向かって苦笑した。
「パレードは予想以上に盛り上がった。あくどい連中の正体が一目瞭然だからな」
「まあ、アンタが良いならいいけどね」
「問題を起こしたメイソン公爵家の派閥の取り巻き連中も、そちらのバーンベルク侯爵の姿が見え隠れしているのを気にして『貴族らしい』装いで王子の凱旋に参列した。
まあ、諸々の関係が分かりやすい式典だったよ」
「ふーん。で?アンタの尻は無事だったんだろ?そっちの侯爵サマみたいに排泄困難になってない?」
「うるせえよ!元凶のくせして!!」
ヴィルヘルムは思わず拳を振り上げたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「冗談はさておき……本当にありがとう。
貴族共があの珍妙な格好をしている限り、民衆も連中がいかに無能か理解できる。
逆に言えば、それがなければもっと危険な状況になっていたかもしれない」
ゼラは少しだけ微笑んだ。
「まあね。ただの服飾税収増加狙いもあるけど」
「やはりそうか。…メイソン公爵令嬢まで尻に興味があるとはなあ」
ゼラは通信水晶越しにため息をついた。
「あの娘がこんな馬鹿な行為に走ったのも、ある意味仕方ない部分はある」
「だが、愛人の写真を見て、デイジーに拷問は無いだろ。…で、だ。
公爵令嬢が激昂したレイナルド・コールデン侯爵の『愛人』。
‥‥‥知り合いか?」
ヴィルヘルムは脳筋に見えて、その辺りは随分と勘が良い。
デイジーから受け取ったであろう愛人マリーとレイナルドの写真を見せて問うてくる。
「――察しているっていうより、確信しているって顔だね」
ゼラは冷ややかに言った。
ヴィルヘルムは、マリーがローズマリーの復讐のために動いていると気付いている。
ヴィルヘルムは薄く笑い、椅子の背もたれに寄りかかる。
「これでも人となりの判断は得意だ。人形みたいに作り込まれた美貌の奥に燃える復讐心は隠せない。
っていうか、本当に金や身分狙いなら汚名付けるような営みはやらねえだろ」
「…それもそうか」
「現れた時期も不可解だしな、普通は王城に出向くだろ。その辺は本人に聞けたら聞くがな」
「まさか」
「ああ。俺はこれからコールデン前侯爵夫人ら及びマリー嬢の確保に出向く。
で、取り敢えず、マリー嬢の人となりを判断してだが…、コールデン前侯爵夫人らと因縁があり復讐の為に『愛人』になったとする」
悪名高いコールデンの愛人。
下手な正義感に暴走する連中が出るだろうと、頭をガシガシと掻きゼラに告げる。
「それは信頼できるものだけに告げるが、彼女の待遇は良くなるだろう。
その辺はあのおっかない侯爵にも話し通しておいてくれや」
夜会の日までにマリーが王宮で安全に過ごせる保険だそうだ。
ゼラの白い瞳がヴィルヘルムの決然とした表情を捉える。
「アンタが王座を狙わないわけだよ」
「まあ、義兄上の方が向いてはいるな」
そうではない。見ず知らずのマリーを案ずる彼はあまりに情が深すぎる。
ゼラは一つ情報を伝えた。
「愛人の名はマリー。会えばわかる。
――そして、彼女の傍に居る魔女は人形師リラ。私の姉で、人形をこよなく愛する狂人さ」
ゼラがそう告げると、魔道通信機の水晶の中に映るヴィルヘルムの目が僅かに細まった。彼はしばらく黙考した後、静かに問い返す。
「それにしても『人形師リラ』か‥‥‥。説得は可能か?」
「無理。妹の私ですらリラの思考は分かりたくもない」
ゼラの吐き捨てるような言葉にヴィルヘルムは「すまん」と謝った。
「――ただ、魔女の『領分』は破らない」
「十分だ、感謝する」
ゼラはゆっくりと指先で水晶の表面をなぞった。
「ただ、用心はしておいて」
「ああ」
「マリーが万が一にも暴走しそうなら即刻止めること。あのリラが絡んでいる以上、何が起きてもおかしくない」
ヴィルヘルムは長い沈黙の後、大きく息を吐いた。
「承知した。聖女の責務として――いや、人として出来るだけの事はするさ」
ゼラは短く「それでいい」と答え、通信を切断しようとする。しかしヴィルヘルムが最後に呼び止めた。
「ああ――もう一つ。侯爵に伝えておいてくれよ。聖女ヴィルヘルムが我が国の尻の責任をとるってな!」
水晶越しの爆笑がゼラの耳に響いた。彼女は呆れたように通信機を睨みつけた後、かすかに肩を震わせた。
「まったく……次期国王候補ともあろう者が何言っているんだか」
「良い王様に成りそうなのに、勿体無いですよね」
とはいえ――ローズマリーの仇を討とうとしているマリーにとって、今回の決断は悪くない落とし所なのかもしれない。
*フィギングとは皮をむいて形成した生姜の根を人間の秘所に挿入して、急性の灼熱感を引き起こす行為です。絶対に真似はしないで下さい。




