33.第三王子 お尻地獄②
*次回、落ち込む第三王子と爆笑するゼラが出ます。
メイソン公爵とコールデン侯爵の尻の件はさておき。
――尻の純潔についてだ。
「…これ、元老院で論ずるのかよ!?」
ヴィルヘルムは王族の振る舞いをすっ飛ばしてツッコミを入れた。
第三王子ヴィルヘルム驚愕は終わらない。
「議会で、貴族男性の『純潔』を精査する法案が出された。特にフォルテ国の元王女であるメイソン公爵夫人をそのような事故で亡くす事態となったこと。
更に、レイナルド・コールデン侯爵が純潔を散らした結果、肛門が緩くなり粗相が多いこと。その上、メイソン公爵令嬢が肛門の異物挿入で担ぎ込まれた肛門の専門医曰く。
高貴な身分の肛門の事故は多いそうだ」
「冗談だろ!?あの一族全員とち狂っているのか!?どんだけ尻に可能性を求めてんだよ!?」
「公爵令嬢に関しては、ファインブルク王国の聖女デイジー殿への加害行動の結果、加護によって自身の肛門に突っ込んだそうだ」
「尻で2国に喧嘩売ってんじゃねえか!!ベリオドールも入れたら3か所だなあ!?
尻だけに3ってか…形が尻に似てるもんなって、やかましいわ!!」
自分の突っ込みに叫んだヴィルヘルムは更にまくしたてる。
「あの一族おかしいだろ!?何で尻に固執するんだよ!?そもそも、肛門は出すところだろ!?何で手遅れに成るほど入れるんだよ!?何故に!?」
戦地で娼館の利用や管理を徹底した事はあるし、男娼の話も聞いたことはある。
だが、尻が制御不能になるような事態はヴィルヘルムも初めて知った。
「…あ!?ヒルベルテのケツ揉んだ大臣はそういうつもりかよ!!??そりゃあバーンベルク侯爵はキレるよなぁ!?あーっ、最悪じゃねえか!!――ハー‥‥‥。
――事故が多いから尻を検査する法案が?」
「ああ。ヴィルヘルムよ……。
貴公が英傑であることは皆が認めている。そしてその証として……」
父王が肘掛けに手をつき、かすれた声で言った。
「貴公の……尻を公開検査することで、この法の正当性を証明してほしいのだ」
ヴィルヘルムは言葉を失った。
玉座の間の空気が凍り付く。父王ガーランドの目は真剣そのものであり、第二王子アーチバルドが隣で微かに頷いている。
「……父上?その提案は何かの冗談ではないよな?」
震える声で尋ねたヴィルヘルムに、ガーランドは眉一つ動かさなかった。
「冗談ではない。これは国家存亡に関わる重要な法だ」
謁見室の隅で、宰相が羊皮紙の山を整理しながら咳払いした。
「陛下の仰る通りです。この法案は単なる検査ではなく『血統保証』を目的としております。特に外交においても……」
宰相が言い終わる前に、アーチバルドが弟の肩に手を置いた。
「ヴィル。これは英傑たる君に対する信頼の証だ。君が最初に受け入れることで国民に安心を与えられる。安心しなさい、私も受けるから」
「これが……国のためになると仰るのですね?――本気かクソジジイ」
「そうだ」
父王は厳しい表情で頷いた。
「フォルテ国からの――王女を死に至らしめた一件での、和解の条件の一つだ。
先ずは、王家が率先して『潔白』を証明するべきだ」
「排泄器官の機能を議会で晒すのか?正気か!?全員!?」
「深窓の令嬢では耐えられない惨状だ。家同士の繋がり、ましてや国同士の繋がりでそのような醜態を晒す前に。
――我々の尻が潔白だと示すべきだ」
「いや、分かるけどね!?身内がさぁ、しかも姫君がそんなえげつない死に方した以上、やらかした国はそれ以上の恥を晒すべきだよな!?
戦争回避の為なら猶更なあ!!こちとら戦帰りだしなあ!!!
英傑がやれば他の尻込みしている連中も決断するよなぁ、尻だけにって…やかましいわ!!!」
再度、自分の突っ込みに叫んだヴィルヘルムは額に手を当て嘆息した。
「わかりましたよ……やりましょう。因みに、宰相補佐の場合は……どうなんだ?」
「手遅れだ」
「うそだろ」
「夫人の訃報…まあ、誤情報だったけれど。それを聞いて帰った2週間余りで、彼の尻は無惨な物になっているよ」
「うわあ‥‥‥」
監視役は『仕事場』のあまりの惨状に半泣きでいるらしい。
(愛人って事らしいけど…。誰かに恨まれてそう調教されたんじゃないか?)
……コールデン侯爵の肛門が短期間でおかしいって事は、愛人が絡んでいる可能性が高い。
余程の恨み…。
点と点が繋がっていく。その為にコールデン侯爵の愛人を祝賀祭に参加させるのだろう。
ヴィルヘルムは玉座の前で膝をつきそうになった。
「祝賀祭で諸々事を起こすのは構わないけどさあ。
――常識的な貴族たちが可哀そうなんだが。諸々対策いるだろ」
(あの便所大好き伯爵と夫人も招待しておくか。そっち方面の清掃も必要になりそうだな)
老国王が苦虫を噛み潰した表情で言った。
「議会は既に『貴族男性純潔法』を全会一致で通過させた。我々王族こそがその検査の『模範』となると」
「何でそんなクソみたいな議題は速攻で通しているんだよ、オイ」
側近がそっと資料を差し出した。そこには『王族貴族肛門純潔審査条例』と太文字で記されていた。
「死の聖女が提供した証拠映像により、メイソン公爵夫人の非業の死がフォルテ国に伝えられてしまった以上……今や国中の母親が息子の尻の安全を案じている始末だ」
その聖女本人はあまりの惨状に吐いたらしい。
「やむを得ないか…。兎に角、尻の潔白を証明すればいいんだな!?」
「うむ、そしてコールデン前侯爵夫人らの確保と魔女との交渉だが、魔女側の意向は以下の通りだ」
「…エグイな、おい」
読み終えたヴィルヘルムの背筋が凍った。魔女リラの歪んだ遊び心が透けて見える。
(いや……これは『マシ』な部類だ)
これは王命遵守と被害者への誠意を秤にかけた、ギリギリの落としどころなのだろう。
「ふ……」
ヴィルヘルムが短く息を漏らした。
「…その辺も魔法契約を用いた秘密保持で良いかな、父上、ヴィルちゃん」
「うむ。魔女の世界で唯一対話可能な存在……『死の聖女』が提示した道だ」
「そのベアトリスが最善と考えた条件が……これですか。まさに綱渡りの妥協案だ」
ヴィルヘルムは低く唸った。額に汗がにじむ。彼女ですらぎりぎりの線引きしかできないというのが皮肉だった。
「……つまり、表面上は健全な拘束を演出したいんですね」
「その通りだ」
父王が重々しく応じた。
「もし魔女の世界から『強奪』しようとすれば――」
「千年続いたゼフェス教のような破滅を迎えるだろうな」
ヴィルヘルムは肩を竦めた。
「その後カトレア公爵令嬢との婚姻について‥‥‥」
「空気読めよ、クソ親父!!こんなクソみたいな話の後に繊細な話をするな!!!
カトレア嬢を酷使する縁談は許さん!条件のいい相手にしろよ!?
カトレア嬢を思いやって浮気をしない、激務でも手紙の一つ送る包容力ある男だ!!!
あと、アレだ!!尻の賄賂が横行しないように魔塔の魔術師にでも立ち会ってもらえ!!!」
「やっぱりヴィルちゃんがいると政務が捗るねー」
「ヴィルちゃん、で、カトレア嬢の事はどう思っていますの?」
アーチバルド第二王子とその妃アマリリスがにやにやしながら尋ねてくる。
「ヴィルちゃん」「ヴィルちゃん」と呼びかけられ、ヴィルヘルムは眉間に深い皺を刻んだ。
「……ご挨拶も兼ねて申しますが、尻を晒す話を終えたばかりなのに『恋バナ』とはどういうつもりだ義兄上?義姉上?」
アマリリスは扇子で口元を隠しつつ喉の奥でくっくっと笑う。
「‥‥‥取り敢えず、検査の後、諸々の問題が終わった後に話の場を設けます!
あと、『使用済』の貴族に専門家に日常での注意なり必要だろ‥‥‥。
あれだ、夫婦の営みでそうなった可能性も含めて、噓偽りが無いかも判定いるだろ」
「お兄ちゃんも手伝うから、頑張ろうねヴィルちゃんっ」
「はあ…」
+++++
『貴族男性純潔法』が可決した数日後、議会棟の大広間は異様な熱気に包まれていた。
議員たちの顔は青ざめたり紅潮したりしている。
診察室でヴィルヘルムは硬直していた。侍医と数人の検査技師、虚無顔の魔塔の魔術師が円陣を組み、専用の検査台に王子を導く。
「ええと……これは通常通りの肛門科検診と同じ手法でございます」
侍医が苦笑した。
「ただやんごとなき御方たちの検査ですので、極めて丁寧に行います」
「どんな屁理屈を並べても尻を見せることには変わらないだろうよ!お願いします!!」
ヴィルヘルムは叫びつつもやけくそにベルトを緩めた。
我が国の聖女であり、英傑たるヴィルヘルム第三王子が決然とした決意を以て、自らの潔白を決定的なものにした。
貴族たちはその決断を知り、検査に尻の穴を引き締めて挑む事となった
社交界の噂は凄まじかった。令嬢たちは扇子の陰で囁き合い、夜会では毎晩のようにお尻トークで持ちきりになった。
「オールス卿のお尻はどうなのかしら?」
「エリザベート・メイソン公爵令嬢も検査したらどうかしらプークスクス」
「でもヴィルヘルム王子の純潔っぷりは見て見たかったですわ。戦場を駆け巡りながら清廉潔白ですもの」
「それに比べてコールデン侯爵の汚い事」
噂の中心にいるレイナルド侯爵は隔離された三番書庫で悶々としていた。
(くそっ!何故俺がこんな目に!愛しのマリーはどうしているんだ?)
その頃マリーはコールデン邸の地下室で静かに佇んでいた。
手には一枚の紙片。レイナルド・コールデン侯爵の貴族男性純潔証明書『汚名』と刻印されているものを見て、涙するオーギュスタを見て二人は爆笑していた。




