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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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29/50

29.鏡の聖女は絶望と希望を映しだす

※胸糞描写が複数あります。ご注意ください。


聖女に『パンツ』と連呼され混乱する現場の中、デイジーは突然冷静な顔になり一同を見渡した。

「冗談はさておき」

彼女は突然表情を変え、真面目な口調で話し始めた。


「コールデン先代侯爵は解呪しました。あの人や彼の派閥の方々は次期回復するでしょう」

「呪いだと!?本当ですか!?」

「はい。正確に言えば死の聖女の加護によって『殺意を向けた相手にそのまま返した』、ですね。

どういう訳か、メイソン公爵家の当主に呪いがはね返ったご様子。

――聖女ヴィルヘルムが不在の間に、随分とおぞましい所業を繰り広げたものですね」



デイジーの口調が一変する。

彼女が纏っていた騒々しさが霧散し、代わりに現れたのは聖女特有の圧倒的な威厳だった。まるで別人のように凛とした佇まいになる。


「私を侮辱した上に名君たるコールデン先代侯爵らへの、かような仕打ち……。

とても聖女の忍耐力を超えております」


その豹変ぶりに室内の緊張が高まる。

さっきまで下着を追いかけていた女と同じ人物とは信じ難いが、そこに宿る確かな力の波動は紛れもなく聖女特有のものである。


「私が今回コールデン先代様に会ったのは……彼の身辺の人間が不審死した実態を確認するためでした。結論から申しましょう」


デイジーが周囲を見渡し、一呼吸置く。


「先代様に掛けられた呪いは……メイソン公爵家当代殿とその妹オーギュスタ前侯爵夫人によるものです。

並びに、呪術たる蟲毒の為、ベリオドールの民を呪物にした事。

ワーズ文官の殺害、ローズマリー・コールデン侯爵夫人殺人未遂も彼らの身勝手な我欲によるもの」

場内がどよめく。


「――根拠は?」

宰相が鋭く尋ねる。


「我が『鏡』の能力により確かめました」

(ベルさんも『死』や『殺意』の記憶探しに協力してくれましたけど)

兎に角、聖女っぽく振る舞いを続ける。

デイジーは右手を掲げた。室内の空気が一気に清浄さを増し、窓という窓が映像を映し出す。


「ご覧あれ」


窓に映し出される映像。そこには若かりし日のメイソン当代が呪術と思しき本を開きながら何事かを唱えている姿がある。

続いて浮浪者姿の者達を集め、違法薬物を焚き込めた室内で殺し合いをさせる様。

更に、部屋で横たわるメイソン先代公爵。その寝顔が苦悶に歪む瞬間が克明に記録されていた。


「そして……」

映像が切り替わる。画面にはメイソン公爵と当代コールデン侯爵の実母オーギュスタの密談風景。


『あの男はレイナルドを当主にしないつもりよ。お兄様、…邪魔になるし、お父様もあの男も殺してしまいましょう』

『分かった。木偶はこちらで用意するよ。どうせなら邪魔な第三王子も木偶の巣窟に投げ込んでしまおう、愛するオーギュスタ』

『隣国の子爵令嬢の胎の子。その分際で王子なんて鬱陶しいもの。青い血は守らねばならないわ』


「王族の暗殺だと…!?」


「――呪術に関与したのは彼らだけではありません。メイソン公爵家の者が呪具を用意し……」

更に映像が切り替わる。

聖女デイジー自身の視点だ。

痩せこけ、酷い魔障痕のような爛れた皮膚の男性は――コールデン先代侯爵だ。


『貴女の、信頼できる、者へ、知らせてください。ローズマリー嬢を…無辜の民を…お救い下さい。

――鏡の聖女様』


苦痛にもがきながらも、震える手で涙を流しながら手紙の束を聖女に手渡した。



「これは全て真実を映す『鏡の聖女』の領域でございます」



デイジーはゆっくりと微笑む。


「そして……この真実も知るべきでしょう」

再び映像が切り替わる。そこには……。


『オラッ、飲めよ!!こっちはテメェを殺してくれって頼まれてんだよッ!!』


ジョンソン・ワーズ文官の腕を抑える男の視点。

漏斗を口にねじ込まれ、度数の高い酒を流し込まれるワーズ文官の姿だった。

『公爵に楯突くんじゃねえよ、子爵風情が』

ワーズ文官に蹴りを入れ、水路に投げ込もうと担ぎ上げる男たち。

酒で混濁しているが、彼は必死に言葉を紡ぐ。


『母…ざ…ま゛‥‥‥と、ロ゛ーズマ……令嬢に、あ゛や…ば、れ‥‥‥』

『知るか、バーカ』


ワーズ文官は水の底へと落とされた。


「ジョン!!」「ワーズ殿!!」

彼を知る同僚たちは彼の無念に息を呑み、手を伸ばした。


更に場面は変わる。


やつれ果てたローズマリー・コールデン侯爵夫人を、その男の視点で馬車から引きずり降ろす場面だった。



「…やめろ」



そこは断崖絶壁の風が唸りを上げていた。

ローズマリーは男たちに両脇を抱えられ、震える足で岩肌に立ち尽くしていた。底が見えないその下には川の音が微かに聞こえている。

『お嬢さん、ここでお別れだ』

男が冷笑を浮かべながら告げる。

『奥様がな、あんたのこと邪魔だっていうからさぁ。お気に入りの令嬢とご当主様を嫁がせるのにあんたは要らないってさ。王都でご当主様と再会なんて大嘘だよ』

もう一人が追い打ちをかけるように嘲笑う。



「やめろ、やめてくれ‥‥‥」



ローズマリーは震える唇を噛み締めた。

『どうして……』

言葉にならない問いかけを搾り出す。

『なんで…こんな目に遭わなければならないんですか……?』

涙が頬を伝う。しかし彼女の眼前には答えなどなく、代わりに冷酷な現実が迫ってくるだけだった。

男は棒切れを拾うと、笑いながら歩み寄って来た。

『いや……っ!助けて‼……せめて……お母様に会いたい、お父様と会いたい……‼お願いします……っ』


『恨むんなら己の不幸な運命と、親父を恨みな』

『あ…がっ………』

後頭部を殴られ、押し出されるように宙に舞った身体。



「やめろおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」



「……ご覧の通りです」

デイジーが宣言する。映像は消え、再び室内は静寂に包まれる。


文官の数人はその映像に手を伸ばした状態で固まっていた。

オールス卿に至ってはローズマリーの名を呼び、映像が消えたにもかかわらず窓を叩き続けていた。


「何で…何で、彼女が……何で………」


オールス卿は放心状態で涙を流していた。




「尊き方が、このような非道を働くとは思いませんでした」


デイジーの目は怒りで赤く充血している。否。

日に二度と制約を設けた死の聖女の力の発動。

被害者の死の恐怖はデイジーの許容量を超えるので、加害者視点で記憶を掘り当てたが、それでも『死』の記憶は間接的にデイジーに掛かってきてキツイ。


『死』に関わる情報を洗い出した負荷で眼から血が一筋流れ出る。


彼女は一歩踏み出す。


(もう少し詰めてやりたいところですが‥‥‥)


「オールス卿」

窓に拳を叩きつけたままの姿勢で、尋常じゃない殺意を胸に秘める男を鎮めねば。


+++++


ゼフェスゾームの戦いにおいて、聖女達は真なる魔王の軍勢の魔障の浄化に尽力した。

現バーンベルク侯爵が自身の臓腑を痛めて吐血してまで、致死量に至る騎士団総員の魔障を引き受けた。

その上、聖女の一人は真なる魔王に致命の一撃を入れ、昏睡状態に陥った。

それでも尚、魔障の影響は強く、前線に居たオールス達騎士を酷い激痛が蝕んだ。


夜通し看護を買って出たのは、戦線の近くの領の女たち。

シモンズ男爵夫人が陣頭指揮を執り、騎士たちの看護を行う。

「…令嬢に酷い怪我を見せて申し訳ありません」

「私どもを守るために負った傷でしょう。謝るよりも、ゆっくり休んで元気になって下さい」

聖女が治療に来るまで、熱に浮かされる己の身体を拭き、元気づけたのはローズマリーだった。


――何故、彼女があのような目に合わねばならないのだ。


優しい彼女が、良き領主であるシモンズ男爵が。

何故、こんな目に。

………あいつが――


+++++


デイジーは冷静に彼の肩に手を置いた。


「オールス卿」

殺意を滲ませるオールス卿にデイジーは手鏡を突き付ける。


「その怒りや憎しみを糧に、事を実行する前に。

――こちらを見てからどうするかを決めてください」


そこに映るのは、…隣国で療養中のローズマリーだった。


『とっても力を使うけど、少し指が動くみたい』


『オールス卿にお花のお礼をちゃんと言えていないわ。私がミモザの花が好きって覚えておいでだったのね』


『お仕事が落ち着いたら、また来てくださるかしら?』



「…………」


オールス卿の拳が震えた。彼はローズマリーの映像を食い入るように見つめている。ベッドに横たわる彼女の頬はこけ、包帯が巻かれた手は殆ど動かない。しかし──


『オールス卿……お忙しいのに、いつも来てくださって……ありがとうございます』


ローズマリーの声が響く。


『――って、ちゃんとお礼が言いたいの、お父様。私はまだ眠って回復する時間も多いけど、来られた時にはご挨拶したいわ。お母様も、ちゃんと起こしてね』


「……ッ!」

ローズマリーの瞳が潤む。微かにしか動かない指が布団の上で震えながらも、僅かに折り曲げられる。まるで握手を求めるかのように。


オールス卿の膝が崩れ落ちた。


「う……うう……」

彼は床に両手をつき、嗚咽を漏らす。

聖女の鏡越しとはいえ、ローズマリーの儚い願いが胸に突き刺さる。

彼が怒りに任せてレイナルドを殺せば、その願いを潰してしまう。


「……お嬢様……」

掠れた声が溢れる。


「貴女のささやかな楽しみまで……奪いたくありません……」

待っている。

彼女は生きて、オールスが見舞うのを。会いたいと、待っている。


嗚咽が静かな慟哭へと変わっていく。デイジーが静かに鏡を伏せた。映像は消えても、ローズマリーの願いは彼の心に焼き付いている。


オールス卿は顔を上げた。涙に濡れた双眸に、新たな決意が揺れている。


「私がすべきことは……復讐ではない」


彼はゆっくりと立ち上がった。その背筋は凜としていた。

「激情に呑まれて申し訳ございません。

改めて、お嬢様が再び笑える世界を作るため……全力を尽くします」

デイジーは微笑を浮かべる。



こうして殺意の嵐は静まり、オールス卿の目的は新たなものとなった。それは──


「まずパンツを買い直しましょうか」

デイジーの言葉に誰もが脱力した。


「……ですからその責任はキッチリ果たしてください。

あと、パンツの賠償金を請求します。女中さんの私物分含めた下着三組分の弁償費をください。今」


聖女デイジーの宣言は当然ではあるが、あまりにも頓狂だった。


宰相が眉間に皺を寄せ、震える声で尋ねる。

「……それは……もちろんですが、彼らは何故下着を?」


「呪いを防ぐためだとか何とか……」

全員が絶句する中、デイジーは溜息をついた。

「とにかくこれでコールデン先代侯爵の呪いは解けました。とはいえ、持病もあるので回復に時間が掛かるでしょうね。

そもそもメイソン公爵家が勝手に下着を装着したのが発端なのですから。暴行監禁と窃盗罪にも該当するはずです」


聖女の威厳はどこへやら、彼女は猛然と机の上の文書箱に身を乗り出しバンバンと机を叩いた。


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