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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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25/50

25.コールデン先代侯爵の覚悟と微睡むローズマリー

ヘルムート・コールデン先代侯爵の声は枯れていた。ヒュウヒュウと漏れ出る異音が室内に木霊する。

「顔を上げてください先代侯爵様!!貴方は我が娘を案じてくれたのです!!救おうと尽力した!!

どうか、そのような真似をなさらないで下さい!!」

シモンズ男爵の説得で先代侯爵はようやく頭を上げ、侍従によって車椅子に乗せられた。


そして、ぽつりぽつりと語る。

「オーギュスタは……彼女の狂気は生まれついてのものだ。幼い頃から実の兄と特別な……おぞましい絆を持っていた。下位貴族を虐待し、果ては目を潰した。

私は…彼女の婚約者として、その暴走を止めたかった」


鏡越しに見える先代侯爵の指が震えていた。

「先々代の陛下に相談した。陛下に『生涯幽閉か監視下か』という選択を提示した。だが私は……そのような選択を与えるべきではなかった」

シモンズ男爵は黙って耳を傾けていた。

隣に立つゼラも眉をひそめるが、当時12歳の少年が王に進言したのだ。

その判断の甘さで彼を責め立てるのは酷だ。

(親が隔離するのがスジだろうに、子供に矢面立たせるなよ)

否。

グリンホルン共和国の忌まわしい事件を思うと、まともな貴族が少ないのだろう。


「オーギュスタは私すら欺いた。婚姻後、メイソン公爵の当主があの兄となった時。

呪術師を雇い、私の関係者を次々と暗殺したのだ。残るのは私とごく一部……そして愚かな息子だけとなった」

「息子……」

シモンズ男爵の喉が鳴る。

「レイナルドが呪いの対象にならなかったのは、『コールデン前侯爵夫人に反逆する敵を呪え』って対象から外れていたからか」

「恐らくは。…レイナルドは母親の傀儡と化した。私も監視体制を敷いていたが……、呪いの道具に気づくことができなかった」

先代侯爵は再び頭を垂れた。

「全ては私の過ちです。娘御への加害も許されるものではない」


クラウス弁護士が声を上げる。

「率直にお伺いしますが、具体的な補償は?」

「まずは婚姻無効の成立。次に……私が指名する後継者を貴領地の護衛とする。無論費用はこちらが負担する。それと」

彼は震える手で封筒を取り出した。鏡を通じて転送されたそれは重厚な羊皮紙。

「賠償金の他、シモンズ男爵家の名誉回復とローズマリー嬢の治療費全額。

そして最も重要なのは……」

先代侯爵の声はさらに弱々しくなったが、確かな意志を感じさせた。


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特に未熟な者の就任には複数の監督官を置き、不当な行為があれば即座に罷免できる仕組みを設けることを提案し…通します」

それらは鏡の聖女に渡した国王陛下宛と元老院議長宛に書き記したという。

シモンズ男爵が息を呑む。


「レイナルドが当主の資格たり得ないのは当然……。しかし、奴は実母の協力で当主となった。

メイソン公爵も同様だ。このような無法はこれ以上許されてはならん」

クラウス弁護士が眉をひそめて聞き返す。

「つまり……法案成立のために全面協力すると?」

「――ああ。これが私の最後の責任だ」

先代侯爵の頬を一筋の涙が伝う。

「……オーギュスタにメイソン家が加担した時点で分かっていた。メイソン家は滅びるだろう。否、民の規範となれぬ当家も同様だ。

偽りの魔王討伐の勇者として財を成し、真なる魔王を知り…狂気のままに一族のみならず、王族貴族を殺した…ハンクシュタイン家のように」

かつてグリンホルン共和国では、魔王を倒したとされる勇者の一族が権勢を振るった時代があった。

表向きは魔王討伐の功績で栄華を極めた彼らだったが……。殺害したのは魔獣を制するために逗留していた魔王――72の諸侯王(まおう)の一人。

抑止力を失い、隣国であるファインブルク王国で魔獣たちはなだれ込み辺境領で暴れた。更に、15年前。

恐ろしい存在――真なる魔王――神の腹心が封じ、そう呼ばれる存在こそが、勇者として倒すべき相手と知った事。

その膨大な力を垣間見たことで、自称勇者の末裔は狂気に囚われたのだ。

最後の当主は自らの一族だけでなく、周囲の貴族や王族さえも手当たり次第に殺戮した末、己の手で首を掻き切った。

皮肉にも元老院の発言力が強まったのは、有力な王族貴族の頭目らが殺害されたため。


鏡面が静かに揺らいだ。

「あの惨劇で学ぶべきであった。だからこそ……」

先代侯爵の声が嗄れた。

「権力は分散されねばならぬ。間違いは正さねばならぬ。

どんなに高潔な者でも、絶対権力を持つ限り腐敗は避けられん。メイソン家やコールデン家のように」

先代侯爵の目がかすかに潤む。

「ご息女のような犠牲者を出さぬために」


沈黙が流れた後、シモンズ男爵が低く唸る。

「……分かりました。条件を飲みましょう」

「だが、この法案が通るまで半年以上はかかる。ローズマリー嬢の状態は……」

「娘は、婚姻した事すら記憶に在りません‥‥‥」


鏡面に映る先代侯爵の瞳が深く揺らめいた。

記憶を失った義娘に対し、何をどう伝えるべきか分からない。


クラウス弁護士が確認する。

「ヘルムート・コールデン先代侯爵閣下。この点については完全に守秘義務を遵守します。彼女の安寧第一です」

「もちろんだ。ならば……婚姻無効の申請手続きに、時間がかかっているという体裁にしてほしい。

息子と高位貴族の醜聞が絡み合っていると噂されるほうが……彼女の記憶がない理由を深掘りされずに済むだろう」

ゼラは思う。

ローズマリーがこの人と縁を結べたならば、どれ程良かったのだろう。

ローズマリーとは年が離れすぎているが、よき理解者になったかもしれない。

(もしも、何て今更か)

クラウス弁護士は厳かに頷いた。

「閣下のご提案、了承しました。それによって彼女への追及も最小限に抑えられます」


静寂が落ちた。

先代侯爵の肩がわずかに揺れる。

一度も会ったことのない、愚息の所為で苦痛を受けた義娘。

そんな彼女へ言葉を掛けることも許されない事に先代侯爵は苦悩する。

ただ……

(彼女のために出来ることが……私には何も出来ないのか……)

胸を締め付けられるような感覚に耐えながら先代侯爵は骨ばった拳を握る。


シモンズ男爵が立ち上がり、深々と頭を下げる。

「それでもローズマリーの幸福のために…力をお貸しいただけるならば、相談に乗って頂けますか」

「何なりと」

先代侯爵の答えは速かった。


「貴方は我々が知らない多くの事情を知っているはずです。どうか今後も情報提供を……そして場合によっては相談役としても関わっていただけないでしょうか」

「勿論……是非とも助力させて欲しい」

咽び泣くような声だった。

「愚息や愚妻、メイソン家の汚濁から守れなかった罪滅ぼしに。

――彼女の呪縛が完全に解けるその日まで……全霊を尽くしましょう」

静かだが、その魂の叫びのような願いが響いた。


クラウス弁護士とシモンズ男爵が静かに頷く。ゼラはそっと目頭を押さえた。


+++++


「…実は侯爵家が非常に面白い状況でね」


「面白い?」

「ああ。レイナルド・コールデンが……その……正当な後継者じゃなかった。

本来の当主を軟禁していてね、大変なことになっている」

「ええっ!?」

ゼラは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「しかも、他国の高位貴族にセクハラして国際問題に発展してね。

挙句にローズマリーとの婚姻もその隠れ蓑にしようとする悪辣さ。隠居した先代がブチ切れて病の床から這い出てきてね。侯爵家は修羅場の最中さ」

「そのゴタゴタの所為で書類の手続きが遅れているんだ‥‥‥」

シモンズ男爵もローズマリーに困ったように告げた。

言っていることに間違いはない。


事実だけを淡々と並べ立ててはいる。


「先代様がご病気なのは覚えているわ。…ご無理をされないと良いのだけど」


シモンズ男爵はローズマリーの頭を撫でて言う。

「…ロージーの気持ちを聞いたら、先代様もきっと喜ぶだろうね。

しばらくは辛い思いをしてきた分、のんびりといよう。お前の体調と精神の回復が優先だよ」

夫人が優しく娘の手を取って告げる。

「‥‥‥本当に疲れたでしょう。たくさん食べてたくさん眠りなさい」

「ありがとう‥‥‥お母様‥‥‥」

ローズマリーは感謝の言葉を述べながらも、何故か胸の中で引っかかりを感じていた。

その答えを探ろうとすると再び痛みが襲ってくるが、その度に両親やゼラ達が自分を包み込んで守ってくれる。

そんな温もりを感じて微睡みの中に身をゆだねると、胸の中の引っ掛かりは何処かへ行ってしまった。


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